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このトークセッションは,本イベントでインディー企画のキュレーションを担当した吉田修平氏が聞き手となり,日本のインディーゲームの歩みや現在について,クリエイターたちから話を聞くというものだ。
セッションは2部構成で,第1部では日本のインディーゲーム史をテーマに,NIGORO代表で「LA-MULANA」シリーズや「薔薇と椿」などを手がける楢村 匠氏,「天穂のサクナヒメ」を開発したえーでるわいすのなる氏,そして「PICO PARK」のクリエイターであるTECOPARK代表・三宅俊輔氏が登壇した。
まだ日本で「インディーゲーム」という言葉が一般的ではなかった時代から活動してきた3人は,どのように制作を続け,独立し,作品を世界へ届けてきたのか。独立の経緯やパブリッシャとの付き合い方,次世代のクリエイター支援,そして生成AI時代の作家性まで,日本のインディーシーンの過去と現在,そしてこれからについて語り合った。
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同人ソフト,フリーゲーム。まだ「インディーゲーム」と呼ばれていなかった頃
吉田氏が海外勤務から日本へ戻った2008年頃,海外ではインディーゲームが盛り上がり始めていた一方,日本ではユーザーにもメディアにも十分に知られておらず,海外の良作が日本語化されないまま遊ぶ機会を得られないことも多かったという。
そうした状況から,吉田氏は自らを“インディーゲーム応援団”と位置づけ,この領域を追い続けてきた。
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楢村氏は,ゲーム業界未経験のメンバーとともに開発を開始。2000年代半ばに「LA-MULANA」の原型となるフリーゲームをWebで公開し,反響を得た。
ホームページのアクセスカウンターが30万を超えたときに「100円でも値段をつけたら大変なことになるのでは」と思ったことや,本業の行き詰まりから「今,ゲーム制作に一番熱意を傾けられている」と感じたことが,この道へ踏み出すきっかけになったという。
なる氏は2003年頃からゲーム会社で働きながら,週末に同人ゲームを制作。2007年にコミケで作品を初頒布した。
会社を辞めた時点でゲーム制作だけで生活できる確信はなく,「駄目ならプログラマとして再就職する」くらいの覚悟だったそうだ。その後は会社に所属せず,現在まで制作を続けている。
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三宅氏は2008年にセガへ入社。同年にAppleが発表したApp Storeを見て,「自分でもゲームを作りたい」という思いを強めた。
35歳で独立した三宅氏だが,経済的な不安を抱えたままでは,それ自体がものづくりのノイズになると考えていたという。そこで,給与や退職金,今後必要になる生活費まで細かく算定したエクセルシートを作成。それを家族にも見せて了承を得たうえで,会社を辞めたそうだ。
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資金難,パンデミック。ヒットの舞台裏にあったもの
話は,各氏の代表作が世界的ヒットに至るまでの舞台裏へと移った。
現在850万本以上のセールスを記録している「PICO PARK」は,当初ローカルマルチ専用のゲームだった。
しかし2020年,コロナ禍によって人が集まって遊ぶことが難しくなる。三宅氏は「Among Us」などの盛り上がりから,離れた場所にいる人たちが集まって遊ぶ需要を感じ取り,急遽オンライン対応を進めた。
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リリース後,まずベトナムや韓国の実況者がプレイ。その後,「1コインで買える面白いゲーム」としてXで話題になり,翌日には大手VTuber事務所から配信許諾の問い合わせが相次いだという。
さらにSteamでは,中国,南米,北米,欧州へと人気が広がった。三宅氏自身は大規模なプロモーションをしていたわけではなく,この広がりを見て「ゲームのプロモーションとはなんなのか?」と思うほどだったそうだ。
なる氏は,「天穂のサクナヒメ」へつながる,パブリッシャである米国のマーベラス(XSEED Games)との出会いを振り返った。
2014年頃,BitSummitで「アスタブリード」を出展していた際に声をかけられ,そこから2〜3年にわたり,東京ゲームショウなどで熱心なアプローチを受けたという。時間をかけて関係を築いたうえで契約に至ったそうだ。
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楢村氏が振り返ったのは,「LA-MULANA 2」の開発だ。
当時,日本から直接利用することが難しかったKickstarterを海外経由で実施し,約3000万円を調達。しかし予定していた2年間の開発は4年間へ延び,資金は途中で尽きた。
そこからは親や親戚に頭を下げ,個人で借り入れを行いながら完成までたどり着いたという。
海外の有名なインディー開発者が,制作を続けるため家を売ったり抵当に入れたりして資金を作った……という話はまま見かけるが,まさにあの状態に近かったようだ。
その後,LA-MULANAシリーズのコンシューマ向けパッケージ展開や「薔薇と椿」などのヒットを経て,長い年月をかけて事業として成立させていった。
また楢村氏は,PLAYISMの水谷俊次氏との出会いにも触れた。
当時は声をかけてくる企業の多くが不義理で,人間不信に近い状態になっていたという。PLAYISMも当時は水谷氏ら2人ほどの小さな体制で,「正直,怪しく見えた」と振り返る。
それでも「これなら一緒に沈んでもいいだろう」と提携を決めたという裏話が明かされ,会場の笑いを誘った。
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増え続けるパブリッシャと支援。大切なのは「自分の1本」をどう扱ってくれるか
現在はインディーゲーム向けイベントや助成制度が増え,異業種からパブリッシャとして参入する企業も珍しくない。三宅氏は,10年前と比べれば,イベントへ出展するだけでもメディアやパブリッシャに見つけてもらいやすくなったと評価する。
数に埋もれやすくなった一方で,「知られるための導線」は増えた。実際にプレイヤーの反応をその場で確認できることも,イベント出展の大きな意味だという。
三宅氏自身はエンジニアだったため,支援を受けられなくてもゲーム制作を続けられたというが,講談社ゲームクリエイターズラボへ応募した経験があり,“普通に落ちた”ことを明かした。
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ゲームエンジンの普及によって,それまで技術面でゲームを作ることが難しかった人も制作へ参入できるようになった。そこにパブリッシャや支援制度の増加が重なり,新しい才能が世に出やすくなったこと自体は「本当に素晴らしいこと」だと三宅氏は語る。
一方で,パブリッシャからさまざまな意見を受ける時代だからこそ,クリエイター自身がブレない軸を持たなければ迷走しやすくなるとも指摘した。
吉田氏も,新規パブリッシャの参入にはゲーム業界を盛り上げる良い側面がある一方,経験値の浅い担当者と組むリスクもあると見る。
また,“続いていく”パブリッシャかどうかを見るうえでは,海外であればDevolver DigitalやAnnapurna Interactive,国内であればPLAYISMやroom6のように,特定のジャンルや作風でヒット作を生み出し,ブランドを築けているかどうかがカギになると語った。
楢村氏は,ブームになるとパブリッシャやスポンサーが一気に増え,数年後には姿を消すという光景を何度も見てきたという。そのため,相手が大企業であっても,いつでも「懐の刀を抜けるよう」に構えているそうだ。
企業にとっては,年間に扱う数百本のうちの1本かもしれない。しかし開発者にとっては,何年もの時間と人生を注ぎ込んだ命がけの1本だ。
だからこそ,「その1本をどれだけ本気で大切に扱ってくれるか」「担当者がどれだけ寄り添ってくれるか」を見極めることが重要だと語った。
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成果なき独立の危うさと,先輩クリエイターが繋ぐ次世代支援
若いクリエイターの独立について,三宅氏は慎重な見方を示した。
「Downwell」のもっぴん氏や「Öoo」の生高橋氏のように,学生時代からゲームを作り,そのまま独立するクリエイターも増えている。
しかし,そうした人物の多くは,在学中からコンテストで結果を残すなど,すでに実績を積んでいる。才能もあり,さらに試行錯誤も重ねてきた人たちだ。そういったクリエイターの例を表面だけ見て「会社へ入らなくても大丈夫」と安易に独立するのは危険で,まず成果を出してから進むべきだという。
一方で,成功したクリエイターが次世代を支える動きも広がっている。
三宅氏は,TGSなどのイベントで可能性を感じる作品を見つければ,自社で声をかけることにこだわらずとも手伝いたいと話す。それはなにより「良い作品が世に増えてほしい」という思いがあるからだ。
楢村氏も,かつて立ち上げた日本初のインディー開発者コミュニティ「Indie Stream」について振り返った。
当時はノウハウを共有しながら,「売り場自体を大きくしなければ,自分たちも売れない」と考えて活動していたという。なかなか周囲がついてこなかった苦い経験もあったが,シーン全体を大きくしたいという気持ちは今も変わっていないそうだ。
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セッション後の質疑応答では,現代の開発者が直面する課題について議論が交わされた。
「AI技術の発達によってゲームが大量生産され,作品が飽和する時代に,自作の優位性をどう出すべきか」という質問に対し,楢村氏は,自社でAI研究を行った経験を踏まえたうえで「AIがいくら発達しても,ゼロから『薔薇と椿』のようなものは生み出せない」という考えに至ったと語った。
三宅氏は「一番尊敬するのは,紙とペンだけで勝負する小説家」だという。
技術的な制約が減り,誰でも同じ道具を使えるようになるほど,最後に残るのは「その人が何を作るのか」という作家性だと話した。
なる氏は,生成AIに指示を出すうえでも「自分が作りたいものを言語化する力」が重要になると指摘。何を作りたいのかを言葉にできなければ,AIへ的確な指示を出すこともできない。技術が進歩するほど,“国語力”の重要性が増していくのではないかと語った。
続いて,「インフルエンサーや配信者とは,どのように付き合うべきか」という質問も寄せられた。
三宅氏は,有名実況者が作品を遊んでくれたとしても,特定のプレイヤーだけを特別扱いしないことが重要だと話した。
相手が有名だからと態度を変えたり,下心を持って接したりすれば,そうした姿勢はユーザーにも見抜かれる。だからこそ,一貫したスタンスを保つべきだという。
楢村氏の場合,自分の作品と相性が良さそうな配信者に絞ってアプローチすることはあるものの,基本的な姿勢は「勝手にやってくれ」に近いそうだ。誰に取り上げてもらえるかを追いかけるより,実際に作品を楽しんでくれる人を大切にする。それが結局は一番大事なのではないかと語った。
制作環境も,販売方法も,支援制度も大きく変わった。
かつてゲームを売る場すらなかった時代から,世界的ヒットを打ち立ててきた3人。その歩みはそれぞれ異なるが,共通していたのは,流行や周囲の声に振り回されず,自分自身の軸を持つこと。そして何より,まずは生き残り,作品を完成させて世に出すことだ。
目まぐるしく環境が変化する現在においても,「自分だけの作家性で作品を磨き,完成させる」ことの重要性は変わらない。その大切さをあらためて感じさせるセッションだった。
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