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  • 発売日:2022/12/08
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[インタビュー]「魔法使いの夜」がフルボイス化で目指したもの。奈須きのこ氏と,静希草十郎役の声優・小林裕介さんが,込められた想いを語る
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印刷2022/12/29 10:00

インタビュー

[インタビュー]「魔法使いの夜」がフルボイス化で目指したもの。奈須きのこ氏と,静希草十郎役の声優・小林裕介さんが,込められた想いを語る

 TYPE-MOONのノベルゲーム「魔法使いの夜」のコンシューマ版(PS4 / Switch)が,2022年12月8日にアニプレックスより発売された。

画像集 No.005のサムネイル画像 / [インタビュー]「魔法使いの夜」がフルボイス化で目指したもの。奈須きのこ氏と,静希草十郎役の声優・小林裕介さんが,込められた想いを語る

 本作は,「Fate」シリーズ「月姫」などを生み出したTYPE-MOON作品の原点となった,奈須きのこ氏の未発表小説をベースに制作されたノベルゲームだ。2012年にPC向けとして発売されたオリジナル版に,キャラクターボイスの追加高解像度化といったブラッシュアップを施した移植作品となっている。


 4GamerではPC版発売の折,制作の中核を担った三名――奈須きのこ氏,こやまひろかず氏,つくりものじ氏へのインタビューを掲載しているが,今回はコンシューマ機向けの移植にあたって加えられたボイス部分にフォーカスを当てたインタビューをお届けする。
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 2012年4月12日,自社ブランド新作としては8年ぶりとなるTYPE-MOONのノベルゲーム「魔法使いの夜」が発売された。その生みの親である,シナリオの奈須きのこ氏,原画のこやまひろかず氏,スクリプトのつくりものじ氏にお話しを伺ったインタビューをお届けしよう。これまで語られることのなかった“魔法”の秘密が,今,明かされる。

[2012/05/19 00:00]
 語ってくれたのはもちろんこの人,シナリオ担当の奈須きのこ氏と,そして静希草十郎役の声優・小林裕介さんだ。主人公の一人でありながら,本作の中でもとくに謎めいたキャラクターである草十郎の話題を中心に,収録時のあれこれをネタバレを前提で語ってもらった。
 本作をプレイ済みの人は,先のPC版発売時のインタビューと合わせ,今一度作品世界に想いをはせる一助にしてもらえたら幸いだ。

※インタビュー中には,本編についてのネタバレが含まれます。あらかじめご了承ください

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TYPE-MOONの奈須きのこ氏。本作ではシナリオ・監督を担当
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静希草十郎役の声優・小林裕介さん。代表作に「Re:ゼロから始める異世界生活」(ナツキ・スバル役),「Fate/Apocrypha」(カウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニア役)など

「魔法使いの夜」公式サイト



屈指の難役だった静希草十郎


4Gamer:
 本日はよろしくお願いします。今回は静希草十郎役の小林裕介さんにも同席いただけるとのことで,主にコンシューマ版「魔法使いの夜」(以下,まほよ)の音響面について,詳しくお話いただければと思っています。演出面のコダワリをとくに強く感じる本作ですので,移植のハードルも案外高かったのではないかと思うのですが。

奈須きのこ氏(以下,奈須氏):
 それがですね,思いのほかスムーズだったんですよ。おっしゃるように,ボイスに合わせて演出の尺を変える必要があると思っていたのですが……(PC版でスクリプトを担当した)つくりものじは脳内でセリフを再生しながら演出幅を作っていたので,結果的に調整したのは細かい部分だけでした。

4Gamer:
 それは意外ですね。では,苦労もあまりなく?

奈須氏:
 はい。音響会社さんに恵まれたこともあって,声録りで苦労することもありませんでした。あとサウンド全般を立体的に,サラウンド化することも考えたんですが……それを1年発売が延びるって言われてしまって,仕方ないな,と断念しました。

4Gamer:
 なるほど(苦笑)。では肝心のキャスティングについて,とくに草十郎役に小林さんが選ばれた経緯についてをお聞かせください。

奈須氏:
 草十郎は,「まほよ」の中でもかなり難しいキャラクターです。まあ,どいつもこいつも難しい奴らばかりですけど,その中でも彼はとびきりです。こう概念的というか……素で草十郎らしい空気感をまとっている役者さんに演じてほしいと思っていました。
 朴訥なセリフが自然に聞こえて,かつ少々トンチキなことを言っても嫌悪感を持たれない。「こいつは悪意があって言ってるわけじゃないんだな」というのが一発で分かるような。そういう自然な声が欲しかった。そうして候補を絞っていく中で出会ったのが,小林さんだったんですね。

小林裕介さん(以下,小林さん):
 ありがとうございます。めっちゃ嬉しいです(笑)。

奈須氏:
 ご本人の前で言うのもなんですけど,この人にならどんなことを言われても頭に来ない,青子の怒りゲージもギリギリで止まるだろうなって(笑)。

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4Gamer:
 小林さんの最初の印象はいかがでしたか。草十郎というキャラクターについて。

小林さん:
 オーディションではセリフが4つぐらいあって,設定も一般公開されている範囲までしか分かっていなかったんですが……変な話,全部のセリフがちょっと似た感じになっちゃった,と思ったことを覚えています。
 ただあまり色をつけすぎると,らしくなくなるんじゃないかって印象が,その時点でもありました。セリフに感情を乗せて分かりやすくするよりも,草十郎の場合は普通に話すほうがいいんじゃないかって。だから色をつけたのは作中で焦って逃げているシーンくらいで,それ以外はほぼ同じ調子の演技でしたね。

4Gamer:
 小林さんの素の部分を活かした演技,ということでしょうか。

小林さん:
 そうですね。ぶっきらぼうでありつつも,ちょっとした語尾の抜け方で嫌味っぽく聞こえないような,抑えた声の作り方を心掛けました。それがよかったのかな?

奈須氏:
 デモテープ用のセリフを選んだとき,あまり強いセリフは入れないようにしたんです。格好いいセリフを声優さんに読んでもらったら,皆さんプロなので当然,格好よく聞こえるものがくる。草十郎はそういうシーンより日常がメインなので,日常セリフで素朴な草十郎らしさが出せる方が必要だった。
 最終的には奈須とこやまさん(原画を担当したこやまひろかず氏)が小林さんに票を入れてて,そこが一致してるなら小林さんしかないだろうと。とはいえ収録が始まれば,そこから新しい難しさが立ちふさがるというか。ほかのキャラクター達に比べると数倍,大変でしたよね(笑)。

小林さん:
 それはもう,本当に大変でした。奈須さんの前で言うのもアレですが,演じれば演じるほど分からなくなっちゃって。

4Gamer:
 え,そうなんですか。

小林さん:
 PC版をプレイした上で収録に挑んだんですが,それでもどう演じればいいのかという答えが出ないんです。“山育ち”で,ただ天然なだけの男の子かと言うと,そうではないですし。ディレクションを受けても,自分の中で消化しきれなくて……結局,草十郎らしさというのは奈須さんの中にしかないんだろうなと。

奈須氏:
 「まほよ」は三人称視点の物語だから,主人公の内面は言葉としては出てこない。有珠も青子もそうですけど,とくに草十郎は最後の最後までプレイして,やっと分かってくる,くらいの作りになっています。それが小林さんを戸惑わせる一因だったかもしれない。こちらとしては,収録2日目からもう「ナイス草十郎! まさに,今そこにいる草の字」という感じでしたが。

小林さん:
 ある意味,深く考えなくても問題ない収録ではあったんですよね。「ここ!」というポイントは奈須さんが指摘してくださいますし,指示もすごく分かりやすくて,すっと胸に落ちてくる。例えば「ここは草十郎,怒ってます」とかじゃなく,こういうことで怒ってますと加えてくださるので,雑念なく収録できました。

奈須氏:
 確かにセリフと感情がズレてるようなシーン,例えば「笑っているようで怒っています」とか「怒っているようで悲しんでいます」といった部分では,一度収録を止めて説明させてもらうこともありましたが,そういう重要な難所も含めて,正しく草十郎だったと思います。説明すればすぐに欲しいニュアンスで返してくれるので,こちらも本当に嬉しかったし,助かりました。

4Gamer:
 小林さんとしては,何かキャラクターをつかむきっかけがあったんでしょうか。

小林さん:
 うーん。草十郎自身は自分の心情を語らないんですけど,ちょっとした会話の中でほかのキャラクターがボソッと漏らす一言の中に,草十郎を言い表したような表現があるんですよね。それに気付いたとき,肩の力が抜けたように思います。「演じる前に知っておきたかったなあ」とは,思いましたけど (笑)。

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奈須氏:
 お話に対する理解度が上がった今の状態で,もう1回演じたいって思うかもしれませんが,あの分かっていないがゆえの手探り感,恐る恐るな感じが,草十郎とリンクしていてよかったんです。

小林さん:
 ありがとうございます。

奈須氏:
 小林さんは草十郎が分からないとおっしゃいますけど,演技の指針が固まった2日目以降は紛れもなく草十郎でした。青子という猛獣を前に,セリフ的には押されていても,態度としては負けてない。「何があってもビクともしない」強さがあって,聞いていて楽しかったです。

4Gamer:
 ボイスが入ったことで草十郎のとぼけた感じが強調されて,ボケとツッコミの掛け合いがより面白くなりましたよね。個人的には,戦闘シーンよりも日常パートで印象が大きく変わった気がします。

奈須氏:
 有珠のどこから飛んでくるか分からないボケもすごいけど,ボイスがあると草十郎の見えないジャブもかなりいいんですよね。「まほよ」は戦闘シーンで宝具名を叫んだりしないですし,どちらかというとセリフは状況説明になりがちです。だからおっしゃるように,むしろボイスの妙は日常シーンに色濃く出ていると思います。

小林さん:
 PC版があることで,どこでどういう音楽が流れているかまで事前に分かってましたから,自分としてはゲームのボイス収録というより,朗読劇をやっている感覚に近かったんです。なので「表情と音楽に合わせた芝居も許されるかな?」と,そういうテンションの演技も入っています。

奈須氏:
 それは初耳です。実際ゲームに載せてみたらとてもよかったのは,そういう小林さんの演技がしっかりハマっていたからなんですね。

小林さん:
 ただ音楽に合わせた芝居って,必ずしもよいものではないとも思っています。ある種の雰囲気芝居になってしまって……キャラの心情を考えるには邪念になってしまうことだってある。ただ今回は,もう既に完成しているものに声を入れるなら,それもエモくない? って。

4Gamer:
 今回のようなケースでないとできない演技プランですね。

奈須氏:
 「Fate/stay night」のときは,それこそ台本だけでやっていました。そういう意味では,絵と音楽がある状態での収録が,声優さんにとってどれだけプラスになるかを実感した収録でもありました。今回は台本に表情まで指定しておくこともできましたし,自分やミキサーさんもリラックスして臨めたように思います。

小林さん:
 草十郎の口が“ミッフィー”みたいになるところで,台本にもミッフィーマークがついてたりしましたね(笑)。

奈須氏:
 そうそう。あれは「相手に文句が言いたいけど,言えない」ときの表情です。

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4Gamer:
 抜き録り(声優ごとに別に収録する形式)だったわけですよね。収録には何日ほどかかったのでしょうか。

奈須氏:
 草十郎の場合は3日ほどでした。長セリフが多い青子はもう少しかかったと思います。途中に休憩を挟みながら毎日5時間,「一緒にがんばろうな!」って感じでした(笑)。

小林さん:
 自分としては,なんだったら休憩もしたくなかったぐらいですけどね。時間をかければかけるほど,草十郎になっていける感覚があって。

奈須氏:
 でも喉は筋肉だから,休憩は必要なんじゃないですか。体力と集中力も使いますし,そこは心配していたんですけど。

小林さん:
 そうですけど草十郎は声を張ることがほとんどないので,負担が小さいんですよ。むしろ休憩で気持ちがリセットされないよう,気をつけていたくらいです。

奈須氏:
 なんと! ならぶっ通しでやればよかったかな(笑)。



草十郎の内面を探る旅


4Gamer:
 ここからは個々のシーンを掘り下げてみたいのですが,小林さんご自身として,とくに苦労したセリフやシーンはありましたか。

小林さん:
 これはもう,「人殺しは、いけない事だ」ですね。ゲーム中に何度か出てくるんですが,シーンによって重みが全然違うんですよ。このセリフ以外は絶対にないだろうという場面もあれば,その伏線としてフラットに言うところもあって。何回かリテイクを重ねたセリフです。

奈須氏:
 でも最後の「人殺しは、いけない事だ」は一番手こずるだろうと思っていたのに,すんなりでしたよね。

小林さん:
 それは奈須さんが「草十郎の言葉は,青子に対してとそれ以外とでは込められた思いが違う」って言ってくれていたからだと思います。確か1日目の収録だったかな。2日目はそれを自分なりに噛み砕くことができていたので,恐る恐る感が消えたんでしょう。

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奈須氏:
 どういう意味合いでかは伏せるとして,草十郎にとって青子は“一番”なので,青子に対してはほかの事柄よりも半歩踏み込んでいくんです。適当なことを言ってるようでも,草十郎としては「それが原因で死んでも後悔はない」ぐらいの強い気持ちがこもっています。

4Gamer:
 ああ……。

奈須氏:
 草十郎自身は,その真剣さをあまり意識していないか,意識していても特別なことだとは思っていません。でもその真剣さに,有珠だけが気付いている。あの館の中は,そんな複雑な相関図でできています。まあ,その想いのすべてが一方通行なんですけど。
 だから小林さんには,草十郎が青子に語りかける言葉はどれも茶化しているとかではなく,本当に心配して言ってるんだと伝えました。逆に有珠に対しては自然体で接していて,何も気負っていない。有珠と草十郎は似た者同士ですから。

4Gamer:
 小林さんとしては,青子と有珠へはどんな印象をお持ちですか。

奈須氏:
 これ何を言っても角が立つやつだ(笑)。

小林さん:
 いやあ,二人ともタイヘンステキな女性で(苦笑)。
 でもなんでしょうね,それぞれ性格的に尖った部分がある二人ですけど,やっぱり魔術師の性か,思考が論理的ですよね。草十郎が言うことが的を射ていると思ったら,スッと引いて耳を傾けてくれるし,そういうロジカルなところは好感度が高いです。熱さと冷たさという違いはあれ,青子と有珠は根源的に似ていると思いますし,そうした意味でも好きなキャラクターですね。

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4Gamer:
 では,もし小林さんご自身が久遠寺邸に住むことになったら……。

小林さん:
 絶対イヤですよ!

奈須氏:
 今どきの優良物件に比べたら厳しいかもですけど,昭和の時代だったらけっこういい物件ですよ?

小林さん:
 物件とかじゃなく,僕なんかベッドで起きた瞬間に有珠に殺されるじゃないですか。

奈須氏:
 うむむ,草十郎は死亡フラグを回避できる野生動物ゆえ……。

小林さん:
 そういう奈須さんはどうなんですか?

奈須氏:
 自分は氷室冴子先生の「雑居時代」が大好きなので,洋館で友人関係だけど恋人関係ではない,共存はしているけどお互いの生活には絶対踏み込まない,でもその関係が自分たちにすごくプラスに働いている……っていうシチュエーションに憧れます。
 そこにちょっと危険だけどかわいい女の子――さわるな危険の爆弾少女と,泥棒ごと家人を倒してしまうような猛犬注意ですけど――と暮らしてみたいという普遍的な願望をプラスして,伝奇ものをやろうというのが「まほよ」です。当時の自分が面白いと思っていたものを詰め込んでいるので,一度洋館で暮らしてみたいという夢は,やっぱりありますね。

4Gamer:
 当時と言うのは,小説版「まほよ」の執筆時ですよね。

奈須氏:
 はい,二十歳くらいの頃だったかな。なにか長編を書いてみようと思って,一番最初に取りかかったのが「まほよ」だったんです。好きなものを詰め込んだ長編小説が完成するなら,物書きとしてやっていけるんじゃないかと。好きなもので書き切れないならダメだろうし,そうしたら違う仕事に就きましょう,なんて思ってました。

4Gamer:
 なるほど。で,小林さんとしてはお付き合いするならどちらです?

小林さん:
 やめましょう! そういう質問は!

奈須氏:
 ほら,角が立つ話に戻ってきた(笑)。

小林さん:
 それだったら僕は,金鹿(久万梨金鹿)に逃げますよ!

奈須氏:
 うむ,金鹿はみんなの逃げ道。金鹿かわいいで話が収まる。

小林さん:
 「まほよ」のキャラクターって,普通の恋愛ゲームみたいな「それぞれちょっと性格に難があるけど,みんなかわいいよね!」で括れる感じではないんですよ。心の中に強い信念を持っているので。草十郎を演じたからっていうのもある……と思いたいんですけど,なんかなかポンと言えないですよね。

奈須氏:
 草十郎役らしくていいと思いますよ。青子と有珠,どっちかをストレートに答えたら,それは草十郎じゃないですから。

4Gamer:
 いや,すごく良い回答だと思います(笑)。

小林さん:
 良かったです。この質問が一番怖かったので(苦笑)。

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4Gamer:
 PC版発売当時のインタビューでは,TYPE-MOONのスタッフ内では有珠派が優勢という話でしたね。

奈須氏:
 こやまさんとつくりさんは有珠過激派ですね,たぶん。つくりさんは駒鳥のロビンのモデルだし。ロビンのCVはつくりものじにしたかったくらいです。こっちがドジをしたり困ったりしていると,素でああいうツッコミを入れてくるんです。めっちゃガッツもらえるし,癒される(笑)。

4Gamer:
 ほかのキャラクターについてはいかがですか。恋愛うんぬんは横に置いておいて。

小林さん:
 印象深さでは,やっぱり金鹿ですかね。草十郎と金鹿のかけ合いのシーンをボイスありで見ると,ますます好感度が上がっちゃって。それに,金鹿は草十郎がどういう人間なのかを気付かせてくれたキャラクターの代表格でもあります。彼女の発言でなるほどと思うことが多くて,何度かロードし直して金鹿とのやり取りを振り返ったりもしました。

奈須氏:
 金鹿は都会に生きる人間としては感性が鋭くて,草十郎は無垢に見えても,実はそんなにかわいい生き物じゃないぞってことを一発で見抜いている。木乃美とか脊髄で生きている連中は,「こいつはいい奴だ。いつでも利用できる」と思いがちなんですけど,金鹿は「おとなしい顔をしてるけど中身はライオン」と気付いている。でも同時に,都会でライオンが生きるのは大変だよね,とも思っている。

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4Gamer:
 個人的には,橙子さんと草十郎の会話は,作中でもとくに緊張感のあるシーンだと思うので,フルボイス化が楽しみでした。あとは「なんで熊を倒すために修業しなくちゃいけないんだ?」のシーンとか。

奈須氏:
 「なんで熊を〜」は,むしろ色を出したらダメなところなのでサラっとですね。「今日はランチがないのか」ぐらい,普通のテンションです(笑)。
 橙子さんのシーンも,草十郎としては普段どおりというか,「この人怖いなー」ぐらいのぼんやりとした感じ。草十郎は目の前にギロチンが落ちてきても「おっと危ない」で済ますような男ですから。

4Gamer:
 そうか,確かにそうですね。

奈須氏:
 ギロチンを設置した有珠や,間違って動かした青子がその場にいたら「そういうとこだぞ」って怒りはするでしょうけど。それはそれとして,自分の命に関しては,生きるってことはそういうもんだって思ってるという。

小林さん:
 かっこいい(笑)。

4Gamer:
 小林さんが印象に残ってるシーンは,どこかありますか。

小林さん:
 うーん……「まほよ」って重要なポイントが派手なシーンではなかったりするので,難しいですね。ただ男の子的観点から言うと最後のベオウルフとの戦いは,やっぱりハッとさせられました。「あ,草十郎ってそういう人だったんだ」って気付かされたので。フワフワしていた草十郎像が一つのところに収束して,これまでの彼の言葉がすっと理解できた思いでした。「草十郎,やれる子じゃん!」って(笑)。
 ただ,ここって僕はセリフがあるわけじゃないので,単なるいちプレイヤーとしての感想なんですけど。

奈須氏:
 確かに(笑)。

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三者三様の想いと“山育ち“の謎


4Gamer:
 草十郎の背景をもう少し掘り下げられたらと思うのですが,彼にはまだ語られてない部分がありますよね。

奈須氏:
 そのことなんですけど,彼に関して明かされていない能力って,実はもうなんにもないんですよ。とりあえず能力値的な情報は,すでに作中で全部提示しています。だから「まだ隠された能力が〜」なんてことには,今後もならないと思います。

4Gamer:
 そうなんですか? それは少し意外です。

奈須氏:
 だから,もし仮に「まほよ」の物語がここから広がったうえで結末を迎えたとしても,彼には今回のエピソード以上の戦闘はありません。活躍したとしても,それは「こいつの精神力とんでもないな」みたいな,別の方向性になるでしょう。

4Gamer:
 それは,草十郎のすごさが後になって分かるような?

奈須氏:
 はい。草十郎は,自身がこれまでの15年で積み上げてきたものを,ベオを倒すために使い切ってしまいました。野生動物にとって,片脚を失うのはそれだけで死を意味します。にもかかわらず,彼は青子のために腕と左脚を失うことを覚悟した。文字どおり青子にすべてを捧げたわけですけど,そのことに青子は一生気付かないし,草十郎もしれっとしています。だけど後ろでその光景を見ていた有珠だけが,その選択の重みを分かっている。

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4Gamer:
 ああ,先ほども話題にのぼった館の関係性そのままですね。

奈須氏:
 そうですね。ややこしい関係。なのでここまでのお話だけだと,草十郎は最後までよく分からない人間に見えると思います。ただ小林さんにはお伝えしましたけど,首の包帯の意味なんかは明かされていないですし,そういう意味ではまだ秘密があると言えます。

4Gamer:
 なるほど……。草十郎は「Fate」の葛木宗一郎や,「月姫」の遠野志貴の原型という側面もあると思うのですが,その辺りはいかがですか。

奈須氏:
 青子なんかは,自分一人でなんでもやってしまう能動的なヒロインの原型になっていますが,草十郎からの派生キャラはいないんですよ。葛木を出したのは,あの当時は「まほよ」が世に出ることはないと思っていたからで……バッドエンドを迎えた草十郎というのが当時のコンセプトでした。名前が似ているのも,その名残ですね。

「Fate stay/night」より葛木宗一郎
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4Gamer:
 原作となった小説版の草十郎は,もっと“壁のような男”だったと以前おっしゃっていたので,葛木先生に近いイメージだったのかな,とも思ったのですが。

奈須氏:
 そうですね。ややこしい関係。初期の草十郎はもうちょっと厳ついというか,身長が186cmぐらいある,ほっそり系マッチョでした。そこの変遷は,キャラクターデザインが武内からこやまさんに変わった影響が大きいと思います。絵にあわせて性格も少し変えていますので。

4Gamer:
 そもそも……なんですが,ファンの間でも話題になりがちな“山育ち”というキーワードですけど,あれは何が源泉なのでしょうか。TYPE-MOON世界の“山”は,いったいどうなっているんです?

奈須氏:
 どうなっているんでしょうねぇ(笑)。……世代的なものかもしれませんけど,子供の頃に山奥に連れていってもらったり,学生時代に山中のバンガローを借りたりした経験ってないですか。一歩足を踏み出したら,もう戻って来れないようなあの異界感。昭和の時代には,山は魔境だったんですよ。いえ,今でも魔境ですけど。

4Gamer:
 なるほど。フィクションとしてのサンカ(山窩)小説――まつろわぬ民とかワタリなどとも呼ばれる伝奇ものの流れかとも思ったのですが,そうでもないですか。

※サンカ……昭和初期に存在したとされる,山地の放浪民集団のこと。ときにオカルト色を帯びて語られることから実在したかは定かでなく,今なおさまざまな説がある。

奈須氏:
 ああ,80〜90年代には,そういったテーマの伝奇ものがたくさんありました。ただ,あまりそっちに傾倒すると埋もれてしまうと思ったので,昭和初期の因習みたいな要素は脇に置いて,自分はあくまで自然環境としての“山”を扱おうと考えたんです。
 “山”は魔境ではあるけれど,恐ろしい場所ではない。それでいて文明に負けない何かがあるという感覚を,自分の伝奇観に取り入れていきました。

4Gamer:
 奈須さんの記憶に残っている山での原体験って,どういったものだったのでしょうか。

奈須氏:
 「まほよ」を書く前,高校の終わりに仲間6人ぐらいで山奥のキャンプ場に行って星を見たことかなぁ。文明がないとこんなにも星がキレイなんだな,地球ってすげえなと思った記憶があります。
 実際,今でも千葉の真ん中あたりに行ったら,うっそうとした未開の森があって,ヤバい昆虫がいっぱいいるんだろうなって思ってます。一度はアマゾンの奥地に行って,リアルにそういう体験をしてみたいものです。

4Gamer:
 ……ということみたいですが,草十郎的には納得できます?

小林さん:
 まあ男の子ならよくわかる部分はありますね。修行といえば山だろう,みたいな(笑)。
 「まほよ」の最後のほうで,草十郎が生きてきた時間が垣間見えるシーンがあるじゃないですか。あそこを自分なりに解釈して,想像してみたんです。ああいう極限の状態で生きてきたら,草十郎みたいになるのかもしれない,とは思いました。

画像集 No.013のサムネイル画像 / [インタビュー]「魔法使いの夜」がフルボイス化で目指したもの。奈須きのこ氏と,静希草十郎役の声優・小林裕介さんが,込められた想いを語る

奈須氏:
 小林さんの年代だと知らないかもしれませんが,「ミラクル・ワールド ブッシュマン」(※現在は「コイサンマン」に改題)っていう映画があったんですよ。あれは砂漠に住んでいた狩猟民族の主人公が,都会にやってきたことで巻き起こるドタバタを描いたコメディ映画ですけど,我々はそういう未開の土地から来た人に会ったら,憐れみを向けますよね。「電気もないところに住んでいたのか」って。

4Gamer:
 そうですね。

奈須氏:
 で,都会ならもっと楽に生きられるぞって手を差し伸べるけど,果たして相手がこちらの世界を美しいと思うかは別の話で。文明の楽しさを知ったうえで,それでも俺は元の生活が好きだよと言えるのも,また人間の素晴らしさなんじゃなかって。そう思って生まれたのが草十郎なんです。高度成長期に生きてきた自分には怖かったんですよね。人や物がどんどん派手に飾りつけられていった先に,我々はどこに行きつくのだろうかって。

4Gamer:
 なるほど。「進む文明」と「消費文化」という,本作のテーマそのものですね。



ノベルゲームが生き残れる世界線を探して


4Gamer:
 さて,ここまで来ると続編について聞かないわけにもいかないのですが……その,いかがでしょうか。

奈須氏:
 えーと,次の質問を……いや,そうですよね。はい(苦笑)。
 続編は今抱えているものを一個ずつ片付けてから,最終的にできたらいいなと思っています。例えばノベルゲームは無理だったとしても,映像作品として発表するとか。本当にいつも考えているんですよ!

小林さん:
 ノベルゲームだとしたら,収録は大変そうですねえ。今回は絵や音楽を先に確認できましたが,次はボイスが先でしょうし。

奈須氏:
 今回の収録の感触が良かったので,ボイスは80%ぐらいゲームができた段階で収録するのがいいのかもしれないですね。ところで,あの館の面子で夏になったら,楽しいと思います?

小林さん:
 全然想像できないですね。「まほよ」って冬の物語だからこそ素敵なところがあるじゃないですか。あの3人,夏に何をするんだろう……。青子はまだ分かりますけど,有珠が外で活発に動くところが想像できないです。特典の水着を着た2人を見たとき,あまりにもレアすぎてかなり驚きましたよ。

店舗特典イラスト
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奈須氏:
 有珠は「犬かきだったらできるわよ」って言っているので,泳げはするんですよ。自分もボイスが入った日常シーンがもっと見たいです。いっそプロットを入力したら,あとは自動で書いてくれるAIきのこが完成しないものか……。

4Gamer:
 日常シーンを厚くするなら,やはりノベルゲームがいいのでは?

奈須氏:
 楽しい日常シーンを描くなら,確かにノベルゲームが一番です。でも続編が出せるタイミングでノベルゲームを楽しんでくれるファンが,果たしてどれだけ生き残っているのか。実は「月姫 -A piece of blue glass moon-」PS4 / Switch)と「まほよ」を続けてリリースしたのには,若い人に一度ノベルゲームに触れてもらいたいという狙いもあったんです。

4Gamer:
 なるほど……。

奈須氏:
 ノベルゲームを頻繁に遊ぶわけではないとしても,1年に1回ぐらい,気に入ったものだったら付き合ってやるよ,みたいな空気になってくれないかなと。「月姫」を面白いと思ってくれた新規の皆さんが「まほよ」にも手を伸ばしてくれたら,市場としてまだいけるかもしない。……ダメだったらまた違った方向を考えなくちゃ,ですね。
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PS4/Switch版「魔法使いの夜」,全世界累計出荷本数が11万本を突破

PS4/Switch版「魔法使いの夜」,全世界累計出荷本数が11万本を突破

 アニプレックスは本日(2022年12月12日),TYPE-MOONの「魔法使いの夜」(PS4 / Nintendo Switch)の全世界累計出荷本数(限定版を含むパッケージ版の出荷本数とダウンロード版の販売本数の合計)が11万本を突破したことを発表した。

[2022/12/12 20:56]
4Gamer:
 分かりました。ともあれ「まほよ」が完結に向かうことを,切に期待したいと思います。最後にお二人から,今作のここを見てほしいというポイントを挙げていただきたいと思うのですが,いかがですか。

小林さん:
 僕は館での三人のかけ合いがすごく好きなので,そこを見てほしいですね。この言い方が適切かどうか分かりませんが,「まほよ」においてバトルはおまけみたいなものだと思っているので,ゆったりした時間が流れる日常パートを楽しんでもらえたらと。だからこそ,館のシーンは(抜き録りではなく)掛け合いで演じたかったですけどね。

奈須氏:
 そこは劇場版に期待ということで。


小林さん:
 そうですね。とくに何が起こるわけでもないけれど,三人の関係値だけが少しずつ変化していく,それでいて退屈しないどころかめちゃくちゃ面白い。そこが「まほよ」の魅力だと思うので,ぜひ噛みしめながらプレイしてもらえたらと思います。音楽も素敵ですし。

奈須氏:
 自分も日常シーンになりますが,今回デバッグをしながら「いいなぁ」と思ったのは,6章に入って一通り状況が整い,これから雑居が始まるってところから,橙子さんがぶち壊しに来るまでのところですね。
 小林さんが言うように,あれだけ相容れない人間が一緒に住んでいたら,何かしら事件が起きるハズなんだけど,あの三人にはそれぞれの生活には関わらない鉄の意志があります。だから誰かが問題を抱えていても,それはそれとして「有珠が今日の夕食代を使い込みました」「なにぃ!?」っていう日常が保たれる。
 裏で起こっている大変なことと,それでも存在する日常の大変さ。その天秤が最後でひっくり返るのが「まほよ」というお話なので。その寸前で成立しているギリギリの“雑居もの”を楽しんでもらえたら嬉しいですね。

4Gamer:
 本日はありがとうございました。

画像集 No.021のサムネイル画像 / [インタビュー]「魔法使いの夜」がフルボイス化で目指したもの。奈須きのこ氏と,静希草十郎役の声優・小林裕介さんが,込められた想いを語る

――2022年12月1日収録

「魔法使いの夜」公式サイト

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