2026年3月9日,ソウルのフォーシーズンズホテル。韓国のAIスタートアップEnhansが主催するイベントの会場に,伝説的な囲碁棋士イ・セドル(李世乭)が再び立っていた。
彼は音声コマンドでEnhansのAIエージェントとリアルタイムにやり取りしながら新たな囲碁モデルを協働構築し,その場でそのモデルと対局した。「AIは,いまや同僚だ」とイ・セドルは現場で語った。
このイベントはAnthropicとNVIDIA,Microsoftが共同スポンサーとなっていた。
![]() |
この場所には,彼にとって格別に複雑な意味がある。10年前,まさにこのフォーシーズンズホテルで,AlphaGoが彼を打ち負かしたのだ。歴史にも名を残す九段棋士として,彼の名前は「AI」と切っても切れない形で結びついた。
それから1か月後の4月8日,韓国の著名な対談番組「ソン・ソクヒの質問」のスタジオで,イ・セドルは再びAIを語った。今度は彼の隣に,イ・サンヒョク(Faker)が座っていた――二人が同じ舞台に立つのは,これが初めてのことだ。
![]() |
この二人を番組が呼んだ理由は,難しくない。イ・セドルは囲碁界の伝説的九段棋士で,生涯14度の世界大会制覇を誇り,正式な試合でAlphaGoを唯一打ち負かした人物だ。
一方,FakerはLeague of Legendsのeスポーツ,ひいては世界のeスポーツ史においてもっとも象徴的な存在の一人であり,T1を率いて6度の世界大会制覇を成し遂げ,「不死大魔王(Unkillable Demon King)」という異名を持つほどだ。
番組冒頭,MCのソン・ソクヒはこう二人を紹介した。「一人はAIの時代をすでに体験した人,もう一人はこれから体験しようとしている人。大きく言えば,本日ここにいらっしゃるのは,人類の代表として戦う二人の選手です。」
この紹介は大げさでもない。イ・セドルはすでに,人類代表の棋士として歴史に刻まれる人間とAIの対局を経験済みだ。
Fakerもまた,イーロン・マスクが発したチャレンジを受け入れ,チームを率いてLoLでGrok 5と対戦に臨むことが決まっている。
We are ready? R U? pic.twitter.com/4WqFfD8Z7S
— T1 LoL (@T1LoL) November 25, 2025
AIの挑戦を前に,Fakerは自信と余裕を見せた。「League of Legendsは複雑なゲームだ」と何度も強調し,「AIはまだ本当に準備できていないのではないか」と疑いを口にした。
傍らのイ・セドルは,そう聞きながら微妙な表情を浮かべた。なぜなら2016年,AlphaGoとの対決前に受けたインタビューでも,彼はまったく同じ自信を,そして同じようなAIへの疑問を見せていたのだ。
その後の結末は,誰もが知っている。イ・セドルは1勝4敗で大敗し,AIが囲碁界に与えた衝撃は頂点に達した。彼自身は2019年に引退を宣言した。
この場面には,どこか「いまここで起きていること,かつても起きた」という感覚が漂っていた。
Fakerの自信と,イ・セドルの既視感
Fakerの自信には,それなりの根拠がある。League of Legendsの召喚師の峡谷は,構造がシンプルで白黒のつく碁盤とは違う。Grok 5は囲碁のために設計されたAlphaGoとは別物だ。
戦場も違えば相手もちがう――正式な試合でAIが人類を「圧勝」した歴史が,ゲームの世界で繰り返されるとはかぎらない。
競技の性質という観点から見ると,囲碁は人間にとってほぼ「無限」の展開が存在するとはいえ,情報が完全公開された完全情報ゲームであり,意思決定は離散的かつターン制だ。対してLeague of Legendsには深刻な情報の不透明さ(戦争の霧)が存在し,意思決定はリアルタイムかつ連続的に行われる。
不確実性は変数を生み,変数は局面を変える。AIが状況を理解・判断するために膨大な演算を要する一方,人間は経験と感覚でAIを揺さぶることができる。Fakerが「最終的に勝つのは我々だ」と言い続けるのは,そういう理由からだ。
![]() |
イ・セドルには,この点についてより深い実感があるはずだ。
10年前,AlphaGo相手に唯一勝利した一局で,彼が勝敗を決した第78手は「神の一手」として広く語り継がれている。「人類の知恵を尽くした妙手が,ついにAIを打ち破った」というイメージが独り歩きしてきた。
しかし今回の番組で,イ・セドルはその手についてはっきり明かした。通常の囲碁の論理で見れば,あの一手は最善手などではなく,むしろ「変則的な悪手」に近いと。
彼は通常の囲碁論理の延長線上ではAIに勝てないと悟り,「欺き・誤誘導」によってAIの計算を混乱させることに賭けたのだ。本人はそれを「囲碁」の意味での勝利とはあまり認識しておらず,むしろバグを見つけた感覚に近いと語った。
League of Legendsでは,その「戦略的欺瞞」の余地ははるかに大きい。それどころかそれは,ゲームプレイそのものの一部だ。バロンを囮にしてチームファイトを起こす,残HPで敵を誘き寄せる,視野を使った欺きなど,AIを面食らわせる「神の一手」になりうる要素は至るところにある。
それはFakerだけでなく,多くのプレイヤーが想像してきたことでもある。
一方,汎用マルチモーダル大規模モデル(MLLM)であるGrok 5の実力については,疑問符もつく。
まずマスクが公平性を担保するためにAI側に設けた制約がある。
Grok 5はゲームサーバーのデータポートには直接接続できず,カメラでモニターをリアルタイムに「視聴」する純粋な視覚入力のみが許される。得られる情報も,正常な視力を持つ人間プレイヤーが知覚できる範囲に限定される。
さらに,AIのレスポンス遅延とクリック頻度は,人間プロ選手の平均値あるいはそれ以下に厳しく制限される。つまり,「スタークラフト2」のプロ選手を破ったAlphaStarのように,超高頻度の戦闘マイクロマネジメントで各ユニットを精密制御するような,人間には不可能な操作はできない。
加えて,Grok 5は過去に特定ルールのもとで自己対戦を数千万回繰り返すことで磨き上げられた専用ゲームAIとも,本質的に異なる。
かつてOpenAIが開発した「eスポーツAIモデル」の強さは,特定ルール内で数値的最適解を無限に探し続けることで育まれたものだ。汎用大規模モデルが本当の意味での観察・思考能力を備えているかどうかは,現時点では未知数のままだ。
![]() |
Access Accepted第609回:StarCraftでも人類陥落。AIの進化は止まらない
ゲームAIの分野では最近,機械学習(マシンラーニング)という言葉をよく耳にするようになった。AIが自分で学習して進化するという仕組みが,ゲームという娯楽で成果を挙げているのだ。今週は「StarCraft II」のプロチームに勝利したAI「AlphaStar」を中心に,最近のトピックを紹介する。
言い換えると,今回Fakerはできるかぎり「人間に近い」制約枠に収められた相手と戦う。どんな人間にも弱点はあり,ミスはある。つまり,原理的には必ず倒せるのだ。
番組でFakerの自信が生まれている源を追うと,それは自分の実力そのものよりも,「ゲームへの理解」から来ていることが分かる。
彼はeスポーツを純粋な知的競争とは捉えておらず,人間の総合力の表れだと考えている。「AIがゲーム以外のほぼすべての領域で人間を超えて初めて,ゲームでも人間に本当に勝てるようになるはずだ」とFakerは語った。
AIの侵食への不安が,すでにゲームコミュニティに広がっている
Fakerの判断には理がある。しかし本当に面白いのは,AIの進化があまりに速いために,こうした疑念と不安がすでにゲームコミュニティに浸透し始めているという現実だ。
今年初頭,League of Legendsの韓国サーバーに,誰も知らない謎の実力者が現れた。51時間,56試合で93%という勝率を叩き出してチャレンジャーに駆け上がり,英雄のプールは底知れず,1日14時間という高強度の連続プレイにもかかわらず他のプレイヤーとのチャット記録はいっさいないことから,プレイヤーコミュニティはほぼ即座にマスクのGrok 5を連想し,AIが実戦ストレステストをしているのではないかと疑った。
操作の癖やアカウント名などの手がかりから,BROチームの控えミッドレーナーRoamerではないかと推測するプレイヤーもいた。「AIかどうか」をめぐる論争は激しく渦巻いたが,最終的にはLCKの公式英語配信がそのアカウントはRoamer選手本人であることを確認した。
![]() |
しかしこの騒動こそ,別の問題をよく示している。
技術の進歩につれて,いくつかの問いが統一的な結論に導けないことが分かった。AIはゲームのプロになりうるのか。もしAIがゲームの挙動において十分「人間らしく」見えるほどになったとき,人々はいったい何を根拠に両者の境界を見分けるのか。
技術が追いかけているのは,勝敗そのものだけではないのかもしれない。「人間とは何か」という問いもまた,始まる。
この点について,今回のFakerとイ・セドルの対談は,一つ興味深い切り口を提供している。
AIにどう勝つかを語るとき,Fakerは繰り返し「直感」がカギだと言った。直感とは「過去のすべての対局経験が積み重なったデータの総体」であり,同時に人の感情や意志が混ざり合ったものだ,と。
絶対的な合理性,冷静な局面分析,それへの対処はたしかにAIの強みだ。Faker自身,「感情がなければもっと強くなれるかもしれない」と思ったことさえあると言う。しかし刻一刻と変化する対局のなかで,実際の判断と対応を決め続けているのは,常にひとつひとつの「直感」なのだ。
AIに感情はなく,直感もない。それはAIの実力を損なわないかもしれないが,対局をナラティブの次元で空洞にもする。
Faker自身を例に取れば,彼がプレイヤーたちにこれほどの影響力を持つのは,精巧なプレイそのものだけでなく,そのプレイの背後にある人間の物語,すなわち継続,低迷,そして頂点への返り咲きという物語があるからだ。
Fakerたるゆえんは,チャンピオンシップを獲ったことにとどまらない。10年以上にわたるキャリアを通じて,一人の人間として,自律と葛藤と勝利への執念にも似た渇望を見せ続けてきたことにある。ゲームを通じて,観客はイ・サンヒョクというひとりの人間を見ている。
イ・セドルも言う。人間はナラティブを持つものに特別な意味を与えがちだ,と。個性も感情もストーリーも持たないAIが,もしナラティブなき試合をするなら,観客に本当の感動と面白さをもたらすことは難しい,と。
実際,AI同士がさまざまなゲームで圧倒的な実力を示してきた歴史を振り返っても,「技術」以外にプレイヤーの記憶に残るものは乏しい。
この角度から言えば,AIは試合に勝てるが,試合そのものは分からないだろう。
![]() |
人間はなぜ,まだ競い続けるのか
イ・セドルは今回の対談で,彼自身は2019年の引退後,2021年に再度AIに挑戦したことを明かした。
そのとき彼はAIに2子のハンデを要求し,AI側の持ち時間を20秒に制限しつつ,自分は時間制限なしの対局をした。疲れたら中断して翌日また続ける,という条件で挑んだ。1か月半という長い対局の末,ようやく2勝だけ手にした。
かつての最高峰のプロとして,彼は囲碁においてはもはや人間がAIに勝てないことを,実感として受け入れている。
もしAIが案内役にとどまり,参入の障壁を下げるだけなら,囲碁への影響はまだ肯定的と言える。しかし現実は,いまやプロ棋士がこぞってAIの手を模倣し,「勝率」の追求を頭の中心に置き,AIの追従者・模倣者になっていく。「これを進歩と呼べるのか?」イ・セドルは番組のなかで,疑問の表情を浮かべた。
彼は自分を「囲碁を芸術として学んだ最後の世代」と位置づける。対局の勝敗は,完璧な作品を創ろうとする過程で生まれる副産物にすぎず,優れた作品の創造に全霊を尽くす者が,対局でも美しく勝つ。いまAIが「正解」を示した以上,もはや芸術は存在しえない,と。
同様の感覚を持つのはイ・セドルだけではない。柯潔(カ ケツ)氏※も配信のなかで幾度となく近い考えを語っている。AIは囲碁をより強くしたかもしれないが,この競技の面白さを薄めてもいる,と。
AIは囲碁を「解いた」。やがてより多くのビデオゲームを「解く」かもしれない。しかし「AIvs人間」という物語のなかで,観客が見たいものは,勝ち負けだけでは決してない。
※中国のプロ囲碁棋士。世界ランキング1位として知られ,2017年にGoogleのAI「AlphaGo」と対局し、3戦全敗した
おわりに
最悲観的なシナリオに沿えば,囲碁界の今日がeスポーツの明日になるかもしれない。
AIが人間に追いつき,超えていくにつれて,これまで才能・経験・ひらめきの領域だったものが,計算可能で最適化できるモデルに解体されていく。そのとき「どう勝つか」はますます明確になるかもしれない。しかし別の問いはかえって鋭くなる。人間はなぜ,まだ競い続けるのか?
イ・セドルの言葉に続くように,Fakerはべつの領域から答えた。AIや,AIを通じた学習は,競技としての意義そのものを壊しはしない,なぜなら試合は結局人間同士の勝負であり,「人間に属する芸術性は,完全に残り続ける」と。
囲碁は,今もなお面白い。イ・セドルは少し照れながら,この対談で打ち明けた。気晴らしのため,対局サイトで見知らぬ棋士の対局を探し,相手の石を全部取り尽くして「生きている石を一つも残さない」ようにしているのだと。
League of Legendsも,今もなお面白い。AIによる「包囲」はまだ始まってもいない。
AIはゲームを「解き」続けることはできても,競技の魅力を本当に体現できるわけではない――競技とはただ「より強い者が勝つ」ことの証明ではなく,人間が自分の限界を突破し続け,その感動を観客すべてに投げかけていく過程でもあるのだから。
AIは答えを出せる。しかし,人間に代わって答えに意味を与えることはできない。
番組の最後,ソン・ソクヒはFakerにこう告げた。「AIとの対決で,どうかもう一度世界にあの言葉を聞かせてください……」
「What was that?(なんじゃこれは!)」
![]() |
この実況フレーズは2013年のOGN決勝から生まれた。あの試合でFakerとRyuが繰り広げた「Zed vs Zed」の1on1は,League of Legendsの歴史上もっとも語り継がれる瞬間の一つとなり,ひとつのプレイが「プレイ」を超えて,その後10年以上繰り返し語られる伝説になった。
もしあの場面が機械から生まれたものだったとしたら,それはもちろん精巧だっただろうし,正確だっただろう。しかし,あれほどまでに人を驚嘆させることはなかったはずだ――そして歴史に残り続けることも,ないだろう。(著者:鱼钩)
























