業界動向
奥谷海人のAccess Accepted / 第241回:岐路に立つ欧米ゲーム産業
現在,欧米のゲーム業界はターニングポイントに立っている。世界的な不況によりハードウェアやソフトウェアのセールスが頭打ちとなり,売れているゲームタイトルも特定のシリーズに集中している。その一方,デジタル販売の一般化やブラウザゲームの発達,そしてソーシャル・ネットワーク・サービスをプラットフォームとしたゲームの確立など,多様化も見せつつある。これまで約30年にわたって培われてきたゲーム業界のありかたが,崩れつつあるのだ。荒波にもまれる一つのメーカーを中心に,クリスマス商戦前半で見えてきた欧米ゲーム業界の姿を描いてみよう。
12月にElectronic Artsが発売を予定する「The Saboteur」。ナチス政権下のヨーロッパを舞台にした,Pandemicらしいバイオレンスに満ちたステルス系アクションゲームとなる。Pandemicは,BioWareと共に6億2000万ドル(約580億円)という前代未聞の高額で買収されたことが記憶に新しいが,このThe Saboteurが彼らの最後のタイトルになるようだ
半年ほど前に掲載した本連載の第217回「苦戦を続けるEAの再起はなるか?」において,2008年の惨敗から立ち直るべく悪戦苦闘を続ける北米の大手ゲームメーカー,Electronic Artsの様子をお伝えしたが,依然として同社はイバラの道を進んでいるようだ。
すでに300万本ほどのセールスを記録した「Madden NFL 10」を筆頭に,クリスマス商戦に向けて「Dragon Age: Origins」「FIFA 10」,そして「Need for Speed: Shift」といった新作タイトルが次々に発売され,いずれも高い評価を獲得したヒット作になっている。しかし,ここ数年の間に肥大化した会社の規模はまだ,うまく絞れ切れていないようだ。
2009年11月初め,Electronic Artsは1億ドル(約90億円)に達する経費削減プランを公開し,2010年4月までに1500人程度のリストラを行うとした。昨年末の段階で1100人をリストラしているので,世界40都市に拠点を置く同社の全雇用者数は9000人ほどになっていたはずだが,今回はさらにそこから16%程度の削減を行う。つまり,同社の6人に一人が対象になるわけだ。
開発部隊として最大のリストラ対象になるのは,約3週間後にステルスアクション「The Saboteur」をリリースする予定のPandemic Studiosで,200人ほどの従業員を解雇したうえでサンタモニカのオフィスを閉鎖し,残りをEA Los Angelesに移す予定だ。またMMORPG,「Warhammer Online: Age of Reckoning」を開発し,「Ultima Online」の運営にもあたっていたMythic Entertainmentも,全人員200人のうちの40%,つまり80人程度がさらなる解雇の対象になっている。
このMythic Entertainmentは2006年末に,またPandemic Studiosは2007年末にElectronic Artsに買収された,いずれも古豪のデベロッパだが,その行く末は「風前の灯」という雰囲気だ。Westwood StudiosやOrigin Systemsといった名門を買収しては,つまずいた途端に解体するという行為をこれまで繰り返してきたElectronic Artsだけに,それを心配するファンも少なくない。
もっとも,今回のリストラで血を流すのは,“外様”の開発チームばかりではない。本社に併設され,コアプレイヤー向けのタイトルを開発しているVisceral Gamesも人員削減の対象だし,Need for SpeedシリーズやSkateシリーズで知られるEA Blackbox,そしてMadden FootballシリーズのEA Tiburonなど,新作/人気作を担当する部署でも整理が進められることになっている。
報道によれば,Electronic Artsの懐事情はあまり良くないようで,9月末までの収支はデジタルダウンロードなどのオンライン販売が60%以上伸びたという明るい材料もあったものの,パッケージ販売が振るわなかったため累積赤字は3億9100万ドル (約350億円)に達したと発表されている。今回のリストラ案は,より一層の経営健全化を図るためのものであり,今後もドラスティックなリストラが続けられていくのは間違いなさそうだ。
とはいえ,Electronic Artsが守り一辺倒かといえば必ずしもそうではないようで,同社は経営改善案を発表したのと同じ日,ソーシャル・ネットワーク・サービス向けのカジュアルゲームで有名なPlayfishを,3億ドル(約270億円)という高額で買収することも発表している。
Playfishは,ロンドンを本拠として2007年末に設立された会社だが,FacebookやMySpace,iPhoneなどへさまざまなゲームを提供しており,アクティブユーザー数は約6000万人,年間収益が推定で7500万ドル(約68億円)と,この分野ではZyngaに続く業界2位にある。
Electronic Artsは,早くからモバイル向けのカジュアルゲームに目を向けていたが,その波にうまく乗れず,EA Casual部門を2008年9月に解体したばかりだ。「育てるより買う」という強気の買収劇というわけだが,このElectronic Artsの動きから分かるのは,彼らの戦略の中核にあるのが従来のパッケージ販売ではなく,流通を含めたオンラインに向かっていることだろう。
カジュアルゲーム,MMORPG,コアゲームといった各ジャンルでミスを重ねているElectronic Artsだが,デジタル販売などは急速に伸びている。ソーシャル・ネットワーク・サービスをプラットフォームとした新しい市場で大きな成功を収めている,Playfishを高額買収し,パッケージ販売からの脱却を図っているようだ。不況が続く中,欧米ゲーム業界は急速に変化していくことが求められている。画像はPlayfishのFacebook用タイトルの一つ「Pet Society」
世界的な不況の中,苦戦を強いられているのはElectronic Artsに限ったことではない。Activision Blizzardの母体であるフランスの大手メディアVivendiは,第3四半期の純利益が6億ユーロ (約820億円)と金額は大きいものの,前年同期比では78%もダウンしている。Vivendiはアメリカの大手メディアNBC Universalの株を20%を保有しているが,現在ケーブル会社ComcastとNBC Universalの間で合併話が進んでおり,Vivendiが株を手放すかどうかに注目が集まっているという。
Activision Blizzardは,初日だけで約470万本を発売したという「Call of Duty: Modern Warfare 2」をはじめ,「Guitar Hero 5」や「World of Warcraft」といったドル箱タイトルを抱えており,今のところ好調のように思われる。
しかし,音楽ゲームのファン拡大を目指して送り込まれた「DJ Hero」は,主要プラットフォーム3機種の北米セールス合計が初週で15万本,さらに「Band Hero」にいたっては合計で5万3000本と,現時点では周辺機器の開発費やゲームに使われた楽曲のライセンス料をとても回収できないような,惨憺たるスタートとなっている。ヒット作のうえにあぐらをかいていられないのは,Electronic Artsと変わらない状況だといえよう。
前年同期比で25%もアップしていたActivision Blizzardの株価が,先月だけで16%下がったのも,変化の激しい北米のゲーム市場を反映している。
また,昨年(2008年)にリリースされた「Grand Theft Auto IV」により,発売からわずか2週間で5億ドル(約450億円)の収入を手に入れたTake-Two Interactiveだが,その後は目立った新作がリリースされておらず,第3四半期では5550万ドル (約50億円)の損失となった。
10月には,2K Gamesブランドから「Borderlands」が登場しているものの,今のところ,PC版を含めて100万本に達していない。Take-Two Interactiveにとっては,2009年内の予定が「NBA 2K 10」とBorderlandsだけであり,「Bioshock 2」や「Max Payne 3」などの続編がリリースされる2010年までは苦しい戦いが予想されそうだ。
ここまで,Electronic Arts,Activision Blizzard,そしてTake-Two Interactiveという北米の大手ゲーム企業の状況を見てきたが,ハードウェアの10月の販売状況も芳しくなかったようだ。PlayStation 3については月間販売台数が32万1000台と,前年同月比で70%近い販売増加になったものの,主要3プラットフォームを平均すると,9月に比べて23%も減少した。値下げ合戦に応じたXbox 360は29万7000台 (前年同月比33%減)と,クリスマス商戦に突入した割にはパッとしない。
ソフトウェアの10月のセールスも,第1位の「Uncharted 2: Among Thieves」(PlayStation 3)で53万7000本,2位の「Wii Fit Plus」(Wii)が41万1000本,3位のBorderlands(Xbox 360版)で41万8000本と,どこか寂しい数字が並んでいる。
今年2009年は,クリスマス商戦に向けた各社の新作タイトルが意外に少なく,すでに紹介した「Madden NFL 10」「Dragon Age: Origins」「Call of Duty: Modern Warfare 2」「Borderlands」「Uncharted 2: Among Thieves」のほか,「Halo: ODST」や「Assassin’s Creed 2」など一部のコア向けタイトルに人気が集中すると予想されている。
2010年になれば期待できる作品も多く控えているが,それまでElectronic Artsのように経営の引き締めや,ソーシャル・ネットワーク・サービス向けのゲームへの方向転換といったオプションが必要になっていくだろう。そして数年後,その荒波をうまく乗り切った結果として,現在とは異なるゲーム業界の姿に進化していることも十分に考えられる。
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