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「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,テーマや執筆担当者によって異なるさまざまなスタイルでお届けする予定だ。
北欧神話の原典「エッダ」。この40年,折に触れて読み返してきた。そのたびに,淡々と苛烈な描写,破壊による創世から壮大なる滅びに至る世界観,人間味あふれる神々の掛け合いに,筆者はワクワクしたものだ。
ギリシア/ローマ神話に比べ,かつてはさほど有名ではなかった北欧神話だが,昨今はゲームや漫画で取りあげられることが多くなり,すっかり人口に膾炙(かいしゃ)した感がある。嚆矢として思い浮かぶのは「ヴァルキリープロファイル」だが,最近でも世界の終焉をテーマにした「ゴッド・オブ・ウォー ラグナロク」や,2026年内にSwitch2版の発売も予定されている「Valheim」などは記憶に新しい。
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話を戻すと,筆者が愛読した「エッダ」は1973年に新潮社から出版された谷口幸男訳だったが,残念ながらこれは完訳ではなかった。紙幅やタイミングの都合で,一部重要な神話が収録されていなかったのだ。それが今年,ついに完全版が刊行される運びとなったのである。これが興奮しないでいられようか!
そんなわけで今回は,この「完全版 エッダ」の魅力やお勧めの読み方について,筆者なりの視点で迫ってみたい。どうか最後までお付き合いいただけたら幸いだ。
「完全版 エッダ 古代北欧歌謡集」
訳者:谷口幸男
監修者:伊藤 尽&小澤 実
版元:新潮社
発行:2026年2月20日
定価:1万6000円(税別)
ISBN:978-4-10-313705-4
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実は「エッダ」と呼ばれる文献には2種類ある。
9〜13世紀に書かれたと思しき神話伝承詩の集成「詩のエッダ」もしくは「古エッダ」と,アイスランドの政治家にして詩人スノッリ・ストゥルルソンが1220年頃にまとめた詩の教本「散文のエッダ」もしくは「新エッダ」である。
このうち前者である「詩のエッダ」の部分は,新旧で収録作品に変化はない。とはいえ注釈は後の研究の成果を踏まえ,少し調整されているのだが。問題は後者の「散文のエッダ」のほうで,本来は次のように四部構成になっている。
- 序文
- ギュルヴィたぶらかし
- 詩語法
- 韻律一覧
旧版では,このうち「ギュルヴィたぶらかし」しか翻訳されていなかったのだ。しかし今回の新版では,これらすべてが収録され,ページ数も600ページ超と2倍近くとなった。内容のみならず,判型も四六判からA5判になったことで目にも優しいのが嬉しいところ。ソフトカバーがハードカバーとなり,資料としての保存性も高まっている。
地味にありがたいのが,しおりひもが2本になった点だ。読んでいるページに1本挟むのは普通だが,もう1本あるので註釈や引用ページに挟むことができ,相互参照もしやすい。至れり尽くせりである。
そんな「完全版」だが,楽しい巻頭の口絵を見たあとで,頭からページ順に読むのはお勧めできない。あなたが「これから北欧神話を学びたい」という初心者ならなおさらである。頭から読むと「詩のエッダ」から始まるのだが,詩であるがゆえに美しくも説明不足であり,膨大な注釈が差し挟まれる。途中で心が折れる可能性が大なのだ。
そんなわけで,何をおいてもまず「ギュルヴィたぶらかし」のページを開いていただきたい。註釈がなく,物語形式になっているので読みやすいのだ。
主人公たるスウェーデン王ギュルヴィは,ガングレリという偽名で身分を隠して神々の国アースガルズに潜入するところから始まるのだが,彼は北欧神話について何も知らないので,そこで出会ったハール,ヤヴンハール,スリジという三位一体っぽい神々に(読者の代弁者として)基礎的なことからどんどん質問しまくってくれる。
つまり,我々と同じ視点で話が進んでいく親切設計で,しかも個々の逸話が独特かつ鮮明なので,内容に惹きこまれること間違いなしである。
さらに,ときおり引用される神話詩が,雰囲気とリアリティをいやがうえにも高めてくれる。またタイトルからも分かるとおり,この話は「たぶらかし/幻惑」がテーマになっていて,伏線が二重三重に回収される用意周到さも備えている。スノッリの話術と構成の巧みさには,舌を巻かされるものがある。
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読み終わったら,そのまま続けて「詩語法」に進もう。今度は海神エーギルがアースガルズを訪問し,詩神ブラギがさらに興味深い神話を語ってくれる。
ところが第8章になると,詩学の(とくにケニングについての)講義が始まる。ケニングとは,1単語を別の2単語以上の熟語に置き換える詩的表現のことで,例えば「海」のことを「鯨の道」と言い換えたりする。日本で「イノシシ」のことを隠語で「山クジラ」と言ったりするのでこれに似るが,より詩的に洗練された言い回しというわけだ。
そんなわけで,途中から言い換えのオンパレードになり,それはそれで当時の詩人の苦労や気持ちが分かって面白いのだが,飽きたら無理に読まなくていい。
飛ばしていくと,第24〜26章で再び神話となる。ここでは雷神ソールの冒険が描かれ,最強巨人フルングニルとの決闘,およびだまし討ちを企むゲイルロズとのやりとりが語られる。
そこからまたしばらくして,第41章ではエーギルが逆に神々を自宅に招待してからの物語になる。第43章ではロキが小人たちに神器の数々を造らせる話となり,第46〜50章では神話に端を発しつつも人間の時代に突入。以前「ルーン文字研究序説」の回でも解説した,シグムンド&シグルズ親子のニーベルンゲン伝説の大筋が紹介される。
魔力を秘めた北欧の線刻文字を,豊富な実例から解き明かす「ルーン文字研究序説」(ゲーマーのためのブックガイド:第24回)
北欧神話を出典とし,刃物で刻みつけたことから直線のみで構成された不思議な文字,ルーン。さまざまなゲームに登場し,ときに魔力の源泉として扱われるこの文字を,理解したいと思ったことはないだろうか。そんなあなたにピッタリの本がある。それが今回紹介する「ルーン文字研究序説」だ。
第52章は北欧全土に平和をもたらした(とされる)ゴットランドのフロージ王と不思議な石臼の話で,第53〜54章でデンマーク王フロールヴ・クラキが登場。第62章では,世界の終焉たるラグナロクまで戦い続ける呪われた男たちによる「ヒャズニングの戦い」が描写され,抜いたら血を吸わずには鞘に収まらない魔剣ダーインスレイヴが姿を現す……といった具合である。
その次の「韻律一覧」は,スノッリによる「ハーコン・ハーコナルソンとスクーリ侯のための頌歌」の実作と,その韻律について自ら解説したものだ。その解説は,もちろん原文の音韻についてなので,「アイスランド語で詩を学びたい」という殊勝な心掛けがない場合は詩の訳文だけ楽しめばいいし,それも辛い場合は飛ばしてしまって構わない。
なお「ギュルヴィたぶらかし」の前の「序文」を飛ばしたのにもワケがある。ここはキリスト者であるスノッリが,学者として「神々とは過去の人間の英雄が神格化されたもの」と合理的に解釈する立場から書いた部分なので,北欧の神々の逸話をいきいきと体験したい向きには,いらぬ混乱をもたらす恐れがあるからだ(最後に読むといいかも)。
ともかく「詩語法」のエピソード部分までを堪能したなら,冒頭の「詩のエッダ」にまで戻っても大丈夫だろう。ただし詩の並びは,必ずしも理解しやすい順にはなっていない。これはそもそも元になった「王の写本」の並びがそうであったことと,それ以外の写本の詩を末尾につけたことによる。
そんなわけで,「詩のエッダ」の各章を,筆者なりに整理してみたので参考にしてもらいたい。関連する作品を続けて読んだほうが理解しやすいはずだ。
| ■神話概論 | |
| 巫女の予言 | オーディンへの語りかけ |
| ■主神オーディンの逸話 | |
| オーディンの箴言 | ルーン文字の解説も |
| ヴァフスルーズニルの歌 | 巨人との知恵比べ/さまざまなものの起源 |
| グリームニルの歌 | さまざまな事物の優れたもの |
| バルドルの夢 | 冥界への旅,予言 |
| ハールバルズの歌 | ソールとの罵りあい |
| ■雷神ソール&奸智の神ロキ | |
| ヒュミルの歌 | 戦神チュールと共に巨人の元へ |
| ロキの口論 | 「詩語法」第41章に対応 |
| スリュムの歌 | ソールの婚礼? |
| アルヴィースの歌 | 小人との問答/さまざまな事物の種族ごとの呼称 |
| ■見張りの神ヘイムダッル | |
| リーグの歌 | 人間の階級の起源 |
| ■豊穣神フレイの結婚 | |
| スキールニルの旅 | 女巨人ゲルズへの求婚 |
| ■性愛の女神フレイヤと女巨人の論争 | |
| ヒュンドラの歌 | 貴族たちの系譜,予言 |
| ■伝説の鍛冶屋ヴォルンド | |
| ヴォルンドの歌 | 白鳥乙女ヴァルキューレとの婚礼と幽閉 |
| ■ニーベルンゲン伝説 | |
| 「フンディング殺しのヘルギの歌I」〜「ハムジルの歌」までの連続20篇 | 「詩語法」第46〜50章に対応 |
| ■ゴットランド王フロージとふたりの女巨人 | |
| グロッティの歌 | 「詩語法」第52章に対応 |
| ■その他 | |
| フン戦争の歌 またはフレズの歌 | 破滅の魔剣チュルヴィング登場 |
| ヒルデブランドの挽歌 | ベルセルクの悲劇 |
では最後に,「エッダ」を読んで北欧の神話伝説に更なる興味を抱いた人にお勧めの本を2冊,追加で紹介しておこう。
一つは同じ新潮社/訳者/判型の「アイスランド サガ」だ。
これには6つのサガ(伝説)が収録されているが,とくに「ヴォルスンガサガ」はニーベルンゲン伝説をさらに深めたものとなっていて,ワーグナーも楽劇「ニーベルンゲンの指輪」を生み出すにあたり大いに参考にしている。ほかにも詩人として呪歌を駆使する「エギルのサガ」,アンデッドであるドラウグと戦う「グレティルのサガ」が,個人的には興味深かった。
もう一冊は菅原邦城の遺作「北欧神話入門」である。
北欧神話の学者であるからして,直接原典に当たった上での解説は当然としても,一般人にも読みやすい平易な語り口と,個々の神単位での分かりやすい情報整理が秀逸な一冊である。こちらも新版なのだが,筆者は旧版をボロボロになるまで読みつくしたほどだ。ぜひお手元に!
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■■健部伸明(翻訳家,ライター)■■
青森県出身の編集者,翻訳家,ライター,作家。日本アイスランド学会,弘前ペンクラブ会員,特定非営利活動法人harappa理事。著書に「メイルドメイデン」「氷の下の記憶」,編著に「幻想世界の住人たち」「幻獣大全」,監修に「ファンタジー&異世界用語事典」「ビジュアル図鑑 ドラゴン」「図解 西洋魔術大全」「幻想悪魔大図鑑」「異種最強王図鑑 天界頂上決戦編」など。ボードゲームの翻訳監修に「アンドールの伝説」「テラフォーミング・マーズ」「グルームヘイヴン」などがある。

























