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ゲーム業界の165人が2022年を振り返り,新年への抱負を語る。年末恒例のコメント集企画
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印刷2022/12/29 00:00

企画記事

ゲーム業界の165人が2022年を振り返り,新年への抱負を語る。年末恒例のコメント集企画




ファーレンハイト213
代表取締役 クリエイティブディレクター
塩川洋介

代表作:「キングダムハーツ」「ディシディア ファイナルファンタジー」「Fate/Grand Order」

Twitterアカウント
画像集 No.476のサムネイル画像 / ゲーム業界の165人が2022年を振り返り,新年への抱負を語る。年末恒例のコメント集企画
<質問1>2022年に発売されたゲームの中で、最も感心させられた(あるいは衝撃を受けた)タイトル

「ドラゴンの卵と魔法の祭壇」です。100円ショップのダイソーで販売されている「体験ミステリーゲーム」と銘打たれたマーダーミステリーゲームになります。もちろん、100円です。マーダーミステリーは代え難い面白さはあるものの手に取りづらく参加の敷居も高さもある中で、そうした遊ぶためのハードルを一気にぶち破る革新的な作品かつ取り組みだと思います。マーダーミステリーの魅力がコンパクトにまとめられたその面白さも、お値段以上でした!

<質問2>2022年に発売/公開されたエンターテイメントコンテンツの中で最も印象深かった作品

「TAROMAN 岡本太郎式特撮活劇」です。「70年代に放送された巨大変身ヒーロー物の特撮作品」という体裁の特撮番組風モキュメンタリーになります。タローマンの強烈なインパクトが印象的ですが、作品全体に岡本太郎さんのでたらめにも感じられるけど強烈な言葉や想いが散りばめられており、頭ではよくはわからないけど心のどこかに何故か何かがひっかかかる、唯一無二の不思議な感覚が味わえる作品です。

<質問3>2022年に、個人的に注目した(している)人物

アイドルグループを手掛けるWACKという音楽事務所の代表、渡辺淳之介さんです。事務所の圧倒的な稼ぎ頭であるグループBiSHの2023年解散が予告されている状況が、会社がひとつのヒットタイトルに大きく依存する中で次の一手として何を打ちどう切り開いていくのか?というところで、ゲーム業界にも通じる課題への取り組みだと思い大いに注目しています。

<質問4>2023年に向けての抱負、また4Gamer読者に向けてのメッセージをお願いします。

2022年12月に、213℉自社開発の新作インディーゲーム「つるぎ姫」を発表させていただきました!「運命さえ“クラフト”する、アールピージー。」として皆さまにここにしかない体験をお届けできるよう鋭意開発中です。2024年リリース予定でまだだいぶ先になりますが、Steamウィッシュリストに登録の上、続報お待ちください!それと、実はもう一つ別の話がありまして……

「つるぎ姫」(PC
(C)2022 Fahrenheit 213 Inc. All rights reserved.
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プラチナゲームズ
代表取締役社長 / スタジオヘッド
稲葉敦志

代表作:「ベヨネッタ3」「The Wonderful 101」「MAX ANARCHY」

画像集 No.481のサムネイル画像 / ゲーム業界の165人が2022年を振り返り,新年への抱負を語る。年末恒例のコメント集企画
<質問1>2022年に発売されたゲームの中で、最も感心させられた(あるいは衝撃を受けた)タイトル

「TUNIC」
遊べば遊ぶほどゲームの世界に引きずり込まれて行き、かつ「不親切さ」ということが絶妙にゲームデザインとゲームバランスに関わっていることに驚嘆しました。ちゃんと考えなければいけないゲームに触れるというのも久しぶりでしたが、最終フェーズに向かう中でアレがああなってああなった時に本当に全身に鳥肌が立ちました。いやよくこんなこと考えたなあと素直に脱帽です。

<質問2>2022年に発売/公開されたエンターテイメントコンテンツの中で最も印象深かった作品

「しょせん他人事ですから」は時代に即した作品だと感じました。漫画としてシンプルに面白いのですが、非常にためになることもあり。ほっこりラブ系だと「スーパーベイビー」「やんちゃギャルの安城さん」がやっぱめっちゃ良いです。コミカライズ版の「片田舎のおっさん、剣聖になる」も楽しい。僕のiPad Proはほぼ漫画を読むためだけに存在しております…。

<質問3>2022年に、個人的に注目した(している)人物

Repezen Foxxの皆さんです。SNSの使い方やセルフプロデュース…特に海外進出の手法については学ぶことたくさんあるなあと興味深く見ておりました。

<質問4>2023年に向けての抱負、また4Gamer読者に向けてのメッセージをお願いします。

アクセル踏み続けるだけですね。イケイケで頑張ります!

「ベヨネッタ3」(Switch
(C) Nintendo (C) SEGA Published by Nintendo
画像集 No.482のサムネイル画像 / ゲーム業界の165人が2022年を振り返り,新年への抱負を語る。年末恒例のコメント集企画



プラチナゲームズ
副社長執行役員 チーフゲームデザイナー
神谷英樹

代表作:「バイオハザード2」「デビルメイクライ」「ビューティフルジョー」「大神」「ベヨネッタ」「ザ・ワンダフル101」「ソルクレスタ」

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画像集 No.553のサムネイル画像 / ゲーム業界の165人が2022年を振り返り,新年への抱負を語る。年末恒例のコメント集企画
<質問1>2022年に発売されたゲームの中で、最も感心させられた(あるいは衝撃を受けた)タイトル

「ファンタジーゾーン」(メガドライブミニ2)
「スペースハリアー」(メガドライブミニ2)

僕がわざわざ触れるのもおこがましいほど、今年はこの2つのタイトルを挙げる人がきっと多いことでしょう。…というか回答されている全てのクリエイターがこの二つを挙げているという奇跡がいま正に起こっている可能性すらある中で、わざわざドヤ顔で語ろうとしている自分が恥ずかしくすら思えてきました。

ともあれ、そのような話題に移る前にひとつ触れておきたいのですが、ハムちゃん(株式会社ハムスター、業界ではこう書く)による歴史的アーケードゲームのアーカイブ(記録、保存、未来への伝承)化プロジェクト、「アーケードアーカイブス」は今年も盛況でしたね。何と言っても圧巻だったのが、去年の9月に電撃参入を果たしたナムコ作品の怒涛のラッシュ! 「ゼビウス」、「パックマン」で幕を開け、その後も「ラリーX」、「マッピー」、「リブルラブル」、「ドラゴンバスター」といった古典的な作品や、「源平討魔伝」、「ドラゴンスピリット」、「妖怪道中記」、「イシターの復活」、「アサルト」といったAAA級超人気作品など、ナムコが誇る名作群が続々とリリースされ、その勢いは未だとどまるところを知りません。

この原稿を書いているさなかにも「パックマニア」、「マーベルランド」、「メタルホーク」と立て続けにリリースされ、「ギャラガ」の移植決定もアナウンスされましたが、まだまだ他にも移植が期待されるタイトルは「ジービー」、「キューティQ」、「海底宝探し」、「キング&バルーン」、「タンクバタリアン」、「ポールポジション」、「グロブダー」、「ディグダグ2」、「ボスコニアン」、「爆突機銃艇」、「メルヘンメイズ」、「クエスター」、「ミズ・パックマン」、「ニュージグザグ」など、まだまだ山ほどありますから、今後も変わらず快進撃が続くことを期待しましょう。

そして、ナムコ、すなわちバンダイナムコと言えば、つい先日舞い込んできた、あのニュースにも触れないわけにはいきません。もちろん皆さんも既にご存知のことと思いますが、そう、なんとあのバンプレスト作品がアーケードアーカイブスに参入することが電撃発表されたのです! その第一弾は、僕がカプコンに入社した年の1994年にリリースされた縦スクロール・シューティング「マジンガーZ」ということで、いきなり版権モノを持ってきたというのもアツいところですが、なんといってもバンプレストと言えば、巡り巡って今はバンダイスピリッツのブランド名ではあるものの、歴史を辿るとその源流に「コアランド」、「豊栄産業」といったゲーム史を語る上では欠かすことのできない名前が燦然と輝く、由緒正しい老舗企業でしたから、今後のタイトルラインナップを夢想するだけでも俄然人生に張りが生まれまるというものです。

バンプレストのアーケードタイトルと言えば、皆さんはあどけないSDキャラグラフィックでガンダムファンを惹きつけつつも、見た目に反したガチ目の高難易度でにわかゲーマーを容赦なく弾き飛ばした、「機動戦士SDガンダム サイコサラマンダーの脅威」か、あるいは格闘ゲームのブームに慌てて乗っかってレバー+2ボタンを引っ提げて登場し、「ストIIで腕に覚えはあるから一丁クリアしちゃおうかな」などと浮ついた気持ちで触れる人間の必殺技コマンドを、簡単な波動拳コマンドすら何度入力されようとも受け付けず、「必殺技さえ出れば勝てるのに!」と目を血走らせるプレイヤーの100円玉を延々飲み込んで、まるでパチンコの沼に沈めるかのように獲物を捕食し続けた、その名も「機動戦士ガンダム」を真っ先に思い浮かべるかも知れませんが、実は前身のコアランド時代には大手メーカーからリリースされた有名タイトルの開発を多数手掛けていたことでも知られていて、たとえばセガ販売の「ペンゴ」、「ごんべえのあいむそ〜り〜」、「青春スキャンダル」などの一時代を築いた名作がその開発実績に綺羅星の如く名を連ねるだけでなく、大型可動筐体を用いてダイナミックなゲーム体験が楽しめることで人気を博し、80年代後半に一大ブームを巻き起こした「体感ゲーム」の祖とも言える、バイク型巨大ジョイスティックまたがりゲーム、「ハングオン」も同社の持ち込み企画であったほか、「動物が主人公のゲームといえば?」という話題になると「エコー・ザ・ドルフィン」や「大神」を差し置いて真っ先にその名前が挙がるといった話はさすがに聞いたこともない、コナミ販売の「ブラックパンサー」や、前述の体感ゲームの空前の大ブームの正に震源地であったセガの「アウトラン」に、同じレース(ドライブ)ゲームでありながらごっそり話題をかっさらわれて早々にゲームセンターから姿を消しつつ、それでもわたくし神谷英樹が学生時代にアルバイトとして働いていた信州松本市のナムコ直営ゲームセンターでは頑張って稼働し続け、夜な夜なふらりと現れては1コインで難なくオールクリアして颯爽と帰っていく初老の男性によって長きに渡って愛されて、その結果我々アルバイト一同をしてその男性を「ル・マン親父」と呼ばしめるに至ったという曰くつきの佳作、「WECル・マン24」もまた、このバンプレストが開発元であることはあまりにも有名です。

更に豊栄産業まで遡るのであれば、アルファ電子と共同制作しセガが販売した、ゲーム史において“ジャンプ”というアクションを「ドンキーコング」に先んじて初めて導入したのは「きこりの与作」か、本作か?という議論の渦中に常にあると言われてるとか言われてないとか噂されることもないあの名作、「ジャンプバグ」の名前も急浮上してくるわけですが、そちらの早期移植ももちろん願いつつ、ここでもう一つ敢えて挙げておきたいタイトルはと言うと…そうです。今あなたが頭に思い浮かべた、縦スクロール・シューティングスタイルで、地上と空中の撃ち分けというゲームメカニズムを洗練させ、超新星の如くゲームシーンに現れながらも、わずか4ステージでループするという簡素さゆえに、ポストゼビウスの波に乗り切れなかった、とは言え丁寧な調整で確かな遊び応えを提供してくれたことには間違いはなく、その存在をこのままゲームの歴史の暗闇に埋もれさせてしまうのはあまりにも惜しいと言われる、誰もがよく知るコアランド時代の意欲作、「ガルディア」です。

我々にとっては馴染み深いにもかかわらず、残念ながら世間一般にはメジャーとは言えないため、これまでも移植の機会に全く恵まれてこなかった不遇のタイトルですが、バンプレスト参入によってこの「ガルディア」にも光明が挿し、あまつさえ某メディアのオンライン記事にその移植の可能性への言及があったというのは、それだけでも歴史的快挙と言え、僕は興奮で胸の高鳴りを抑えることができません。

僕にとって、この名作が家庭で遊べるようになるというだけでも無上の喜びですが、名曲ぞろいのBGMの中でも、最後まで聴かせてくれると思いきやタイムアップにより途中で終わってしまうため、熱狂的な愛好家は改造プログラムを施したロムを挿し替えて最後まで鑑賞しているとさえ言われるあの幻の長尺ネームエントリー曲を、アーケードアーカイブスならば「こだわり設定」で制限時間を延長して心ゆくまで堪能できたりするのだろうか?などと、楽しい想像は尽きません。

ただ、これはもう皆さんも察しがついていることとは思いますが、シンプルに“バンプレスト作品”であればともかく、コアランド時代の作品や、更に古い豊栄産業時代の作品となると、権利の所在が複雑で契約締結に困難を極める…ということも十分考えられます。いわゆる“大人の事情”と言われるたぐいのものです。…が、まぁゲームを愛する人たちが、ゲームを愛するユーザーのために、そして健全なゲーム文化のためにきっと尽力して下さることでしょうから、我々はそれを信じて、座して静かに朗報を待ちましょう。

…といったところで甚だ簡素で恐縮ではありますが前置きは終わりにしまして、さっそく設問の回答に移りたいと思います。
改めまして、僕が今回挙げさせて頂いたのは、メガドライブミニ2に収録された「ファンタジーゾーン」と「スペースハリアー」の2作品です。言うまでもないことですが、これらのオリジナル版はいずれもセガが開発し、80年代中期のゲームセンターで好評を博した名作中の名作です。今回触れるのはその移植版ということになりますが、ただものではない今回のバージョンの登場は、僕だけではなく全ゲームユーザー、全ゲーム業界人にとりましても、驚愕の出来事だったことでしょう。

どちらも“オールドゲーム” …そう、巷ではよく「レトロゲーム」などという呼び名を耳にしますが、レトロとは復古“調“を意味し、例えば「ロックマン9」のような、前時代的味わいを復古したものを指す言葉であり、我々プラチナゲームズが「ネオ‐クラシック・アーケード」と銘打ったプロジェクトの第一弾ソフトとして満を持してリリースした「ソルクレスタ」もその範疇に含まれると言える一方で、真に“歴史的に古いゲーム”は、紛れも無いオリジナルであって、「レトロ」などでは断じて無いので、ゲーム文化を正しく伝えていくべき側にいる僕としましては、歴史的作品たちへの尊崇の念も込めて「オールドゲーム」、その中でもとりわけ名作とされるものは「クラシックゲーム」と呼ぶなどして慈しむわけですが、そうした作品群においても誰もがその名を知るクラシックゲーム中のクラシックゲームとして、これまでにも多くの移植の機会に恵まれてきたこの2タイトルの登場が、なぜいま“驚愕の出来事“だったというのか? …そんな分かりきったことを僕みたいなものが説明するのはおこがましいことこの上ない…ということは重々承知した上で、このタイトルを世に送り出すためにご尽力された関係者の方々への敬意を込めて、僕自身の思い出話も交えながら敢えてお話しさせて頂くことをお許し頂ければ幸甚に存じます。

ではまず「ファンタジーゾーン」の方ですが、これについては以前にこちらでもお話したことがある通り、僕にとって非常に思い入れの強い作品で、初めての出会いは、級友の長澤にセガ・マークIII版のカートリッジを借りてプレイした高校時代まで遡ります。

当時の僕は、二年目の高校入試を目前に控えた年末に、伯父から「これで息抜きでもしろ」と二万円を渡されるや否や、脊髄反射で行きつけのゲームショップ「シマコー」へまっしぐらに急行して迷わず購入したものの、帰宅早々玄関先で大激怒した親父に取り上げられた悲運のハード「セガ・マークIII」とその対応ソフト「スペースハリアー」を、高校合格の知らせと同時にようやく返還してもらい、それから勉強そっちのけで思う存分ゲームライフを謳歌していた頃で、それまで盛んにプレイしていたファミコンに比べて格段に進化したグラフィック能力を持つセガ・マークIIIの性能に興奮を覚えつつも、表向きは敬虔なファミコン原理主義コンソールウォーリアーとして、宿敵であるセガ派長澤と教室で顔を合わせるたびに熾烈なハード戦争を繰り広げていたわけですが、その長澤から毎日のようにセガ・マークIII版「ファンタジーゾーン」の絶賛と自慢話を聞かされ続けるうちに焚きつけられた僕は、背に腹は代えられず甘んじて彼から「ファンタジーゾーン」のカートリッジを借りて、家に帰って遊んでみたわけです。

その時点での僕は、既に「スペースハリアー」にハマり込み、当時ハードスペックを測るベンチマーク的な側面もあった疑似3D表現のこの作品を毎日のようにプレイして、セガ・マークIIIの性能を隅々まで堪能していたのですが、この「スペースハリアー」についてはまた後ほど詳しくお話するとして、ただのシンプルな横スクロール・シューティングにも見える「ファンタジーゾーン」を、どんなもんかと訝しみつつ、そのカートリッジを本体に差し込んで起動すると…したり顔で嫌味な視線を送る長澤の忌々しい顔はすぐに脳裏から消え失せ、自分の考えがまったくもって浅はかだったことにすぐに気付かされました。“シューティングゲーム”という攻撃的なイメージのゲームにもかかわらず、プレイヤーばかりか敵キャラクターさえも柔らかく丸みを帯びた姿にデザインされ、画面に映る全てのものが淡いパステルカラーで優しく描かれていて、その名に“ファンタジー”を冠する通りの華やかで幻想的な世界に、僕はたちまち心を奪われました。

その僅か一年後にリリースされることとなる続編の「ファンタジーゾーンII オパオパの涙」では、その美しい世界観の全てが突然ゴミ箱に投げ捨てられ、どう見ても面白半分で卑猥な何かを表したとしか思えない不気味な敵キャラクターや、原色を遠慮なく使ったセンスのかけらもない背景デザインで、“ファンタジー”とはかけ離れた狂気の世界へとユーザーをいざない、一方遊び心地はというと、まぁ一定の水準がきちんと守られている、というか繰り返し遊びたくなる中毒性がしっかりあって、どちらかと言えば好きな作品なのですが、語りだすと長くなるので話を戻しますと、僕はこの運命的な出会いをきっかけにこの「ファンタジーゾーン」というゲームに入れ込むことになり、その後アーケード版の存在を聞きつけ、カタクラモールのゲームコーナーへ馳せ参じてそれをプレイするに至るわけです。

今と違って当時のアーケードゲームというのは、一般消費者向けの安価な民生ゲーム機のものとは格段の差があり、高価なICチップをふんだんに使った高性能な基板で動作する高品質なものとして一目置かれ、ファミコンもそれはそれで業務用機に迫る表現能力を有した、当時としては画期的なコンソール機ではありましたが、それに熱狂して「ゲームセンターが家に来た!」と信じて遊ぶゲーキッズたちにとっても、やはりたまに行く本物のゲームセンターで100円という大金を投入して遊ぶ本物のアーケードゲームは、使われている色の数もキャラクターの大きさもスピーカーから響く音の厚みも、何もかもが家で遊んでいるゲームを遥かに超越した雲の上の存在であり、時にファミコン神話を容易く打ち砕いて夢から現実へと引き戻しさえする元凶でもありました。

そしてそのアーケード版「ファンタジーゾーン」もまた、あれほど僕をワクワクさせてくれたセガ・マークIII版を優に上回る圧倒的なクオリティで、“本物のファンタジーとはなにか”を、ゲームコーナーの片隅で雄弁に物語っていました。立体感を演出する多重スクロール、そこに悠然と現れる巨大なボスキャラクター、そして重厚なFM音源サウンド。目から、耳から飛び込んでくる情報のすべてが、それまで知っていた「ファンタジーゾーン」とは似て非なるもので、そのどれもが新しさと荘厳さと真実味に満ちていました。

アーケード版といえば、「ショップの音楽が2種類ある」というのも、地味な相違点ではありますがとてもワクワクしたポイントです。アーケード版のBGMは、それはもう音色は鮮やかで音のレイヤーも多層に重なり、セガ・マークIII版を聴きなれた耳にはどの曲も衝撃的なほど新鮮でしたが、それに加えて「いつもの聴きなれたメロディーの曲とは違う、別のフレーズの曲が流れてる…!」という予想外の体験には、アーケード版への憧れの念がより一層強まり、自然と溜め息が漏れました。

他にもBGMの話では、ステージ5の「HOT SNOW」にまつわる逸話も有名です。当時のゲーム雑誌で、「ファンタジーゾーン」には後期に出荷された“USA版”というものが存在し、「ステージ開始時にそのステージ曲の名前が画面左下に表示される」等、国内版に比べて微細な違いが幾つかあって、中でもステージ5のBGM「HOT SNOW」は、国内版にはなかった主旋律が追加でレイヤーされていて、よりメロディアスな完全版になっている、と紹介されて話題を呼んだことは、皆さんの記憶にもしっかりと刻まれていることでしょう。

実際にそれを確かめるために、わたくし神谷英樹も松本駅前の公園通りにあった、店内は清潔感に溢れていておしぼりも常備され、筐体も綺麗にメンテナンスされて難易度設定も低めに調整されているけど、1プレイ100円なために滅多に行けない、ナムコ直営の上級ゲームセンター「キャロット」でそのUSA版を発見し、周囲のゲームの音が雑多に入り乱れる喧騒の中でプレイしながら、スピーカーから流れるBGMに耳をそばだてたものです。

待ちわびた「ファンタジーゾーン」のBGMが収録されたサウンドトラック、「セガ・ゲーム・ミュージック VOL.2」が発売になった時には、その名曲の全てを余すところなく堪能し、翌日水泳の授業の終わりに更衣室で宿敵長澤にUSA版の「HOT SNOW」を鼻歌で聴かせてマウントを取り、「いや音痴でよく分からない」という負け惜しみを引き出すことにも成功しました。

話を元に戻しますと、そのようなアーケード版の魅力を全身に浴びた後でも、それによってセガ・マークIII版が僕の中で品格を下げたかと言えば、決してそんなことはありませんでした。少々…いや大分外見の印象が違ったとしても、中身のプレイの楽しさ自体はちゃんと守られていましたし、何よりプレイするごとに100円を入れる必要がなく心ゆくまで遊べるというのは、何ものにも代えがたいバリューがあったからです。

アーケード版と家庭用版、同じ名前を冠しながら、それぞれ異なる内容を持った存在。こういったことは、旧世代のゲームシーンではよくありましたが、それが阿鼻叫喚の悲劇の火種になってしまうことも往々にしてありました。代表的な例で言うと、ゲームセンターで入れ込んだ「グラディウス」がファミコンに移植されると聞いて歓喜するも、容赦ないオプション削減や見苦しい短小レーザー、SDキャラのように縮こまったビッグコアに直面して大落胆、というような。あるいは、同じくゲームセンターで人気を博した「パロディウスだ!」のファミコン版が、「グラディウスII」の移植時にコナミの執念が結実してついに実現を果たした夢のオプション四個装備をしっかり踏襲して全ユーザーの期待を集めるも、セクシーなサンバの衣装で我々を魅了してくれていたはずのお姉さんがガッチリと肌を隠して現れたばかりか、突然不可解な首ポキポキムーブをキメ始めて大混乱、というような。スペック(…だけでなくコンプライアンス基準など)の違いがあるので仕方のないことだと頭では分かってはいても、悲しみを素直に受け止められない当時のゲームキッズたちが心に深い傷を負わされた、そのような事例は枚挙にいとまがありません。

そして、それはこの「ファンタジーゾーン」にも同じことが言える…はずだったのですが、僕の場合は家庭用版の方から先にこの作品に触れたからなのか、あるいはオリジナルのアーケード版の開発中に既に移植作業が始まっていたため、両スタッフの間で「ファンタジーゾーンの何たるか」といった根っこにあるスピリットのようなものが共有されていたからなのか、はたまた当時激しく競い合っていたライバルハードのファミコンに比べてセガ・マークIIIのグラフィック能力が高いことに素直に感動し、ついに家庭でここまでのクオリティを楽しめるようになったのかと感慨にふけっていたからなのか、ともかく僕はセガ・マークIII版に対しては“アーケード版から家庭用版へのグレードダウン”という悪印象ではなく、“家庭用から業務用への飛躍的なグレードアップ”という好印象の方に気持ちが向いたため、二つの「ファンタジーゾーン」を同時に愛することができ、更にはそれに続くファミコン版、PCエンジン版にも興味を寄せて行くことになって、学生という身の上の経済事情のため、それら全てを定価で購入するというのはハードルが高くてままならなかったものの、ファミコン版の方はハード戦争において中立派だった高木に泣きついて中古で売ってもらったり、またPCエンジン版の方も、二組のトクという同級生に500円で売ってもらう約束をして、次の日彼のクラスまで受け取りに行くと「忘れた」というので仕方なくその日は手ぶらで帰り、翌日改めて彼のクラスへ出向くもまた「忘れた」というので、さすがにその辺にあった椅子を引っ掴んで床に叩きつけ、「明日は必ず持ってきてね」アピールをせざるを得なかったりという、そんな青春の甘酸っぱい思い出話にこれ以上浸っていると僕に許された文字数を超過してしまうので割愛するとして、僕はそれ以降も、それぞれが違った顔を持つ様々な「ファンタジーゾーン」の移植作を、分け隔てなく愛していくことになるのです。

ただ、僕の“ファンタジーゾーン愛”の根底には、「最高品質のあのアーケード版をいつか家で遊びたい」という願望がずっとあったことは言うまでもありません。憧れのアーケード版なんて手の届かない夢のまた夢、でも家庭用ゲームの品質が時の流れと共に向上していくのを体感していると、いつかその日はきっと来るという希望が湧きあがり、僕はそれを信じて夢を追い続けました。

実際、レーダーがない、基地も動かない、上下スクロールもしない、一部オリジナル通りのボスが出てこない、とアーケード版との相違点が多いセガ・マークIII版ではありましたが、なぜかアーケード版ではなくそのセガ・マークIII版をベースに移植を行ったという低い志の賜物であるMSX版については黒歴史として一旦隠蔽しまして、続くファミコン版では、同世代性能のハードであるにもかかわらず、レーダー表示、基地の浮遊挙動、上下スクロールが実装され、ボスたちもほぼオリジナル通りの姿で登場するという、「このハードスペックでよくここまで頑張ったな」と感涙せずにはいられない飛躍的な向上がありました。

更にそれに続くPCエンジン版では、ハードが次世代スペックに進化したのに伴い、その強力なグラフィック能力によって、少なくとも見た目に関して言えばオリジナルのアーケード版に肉薄するレベルにまで到達し、当時のゲーム雑誌で継続的に紹介されたその移植作業の進捗記事を興奮しながら注視していた僕が、その後因縁の「二組のトク事件」を巻き起こすまでになるのは、皆さんも記憶に新しいことと思います。

ただこのPCエンジン版、見た目とプレイフィールは前世代機版に比較して格段に良くなってはいるものの、残念ながらBGMが耳を疑う…というか耳を破壊されかねない貧相な出来なのが何とも惜しいところ…だったのですが、こちらは2020年発売の「PCエンジンmini」において、グラフィックやBGMを再調整してアーケード版に近づけた、その名も「ファンタジーゾーン near Arcade」なる改良版が隠し収録されて、当時PCエンジンユーザーの誰もが夢見た“本当はこうなるはずだった”という姿を、約35年の時を経て我々に見せてくれたという話は、今回の話の主旨と少し被るところなので触れるのはこの辺にして、話を先に進めましょう。

さてその後は、NES、すなわち北米版ファミコンにおいて、サンソフトによる国内ファミコンの移植版とはまったく別モノの、なぜかサンソフトとは異なるアプローチでイチから独自にアーケード版の再現が試みられた、レーダーや基地浮遊挙動、上下スクロールに全ボス実装というポイントもきちんと押さえている、しかし全体的な再現度においてはサンソフトには一歩譲る仕上がりの、“テンゲン社による新移植版”という怪奇なる別バージョンが出現し、ゲームファンを「此は如何に?」とハテナのるつぼへといざなう珍事も起きるのですが、それを神谷が知るのは数十年後の話なので、ここでは無視します。

というわけで話を進めると、「ファンタジーゾーン」の移植の歴史を語る上で欠かせない大きな出来事として、1987年の、当時のゲームキッズの垂涎の的にしてゲーミングPCの祖と言ってもいいシャープのパーソナルワークステーション、ご存知「X68000」の登場に触れないわけにはいきません。
このX68000がどれだけゲームシーンに影響を与え、どれだけ多くのユーザーを熱狂させたのか、それについて語り始めると、「1設問あたり300字程度で」という目安をさすがに超過しそうなので、ここでは断腸の思いで割愛するとして、その名が示す通り、当時多くのアーケードゲームの基板でもメインCPUとして使われていた、モトローラ社開発のマイクロプロセッサ、「MC68000」を搭載した、まさに“さあアーケードゲームを移植してください”と言わんばかりのエンタメ全振りスペックを遺憾なく発揮し、開発者をして「1ドットでも違っていたら腹を切る」と豪語させ、目コピー移植が決行された結果、実際のドット云々の真偽はともかく、ゲーム内のあらゆる仕様や敵のアルゴリズムがまるっきり違う“似て非なる何か”になり果てた、しかし今となってはそれすらも愛おしい伝説のバンドルソフト「グラディウス」を皮切りに、数々のアーケードタイトルが、オリジナルと寸分たがわぬ(と当時においては評価するに値する)品質で続々とラインナップされ、そしてその中に、我らが「ファンタジーゾーン」も、ついに悠然と並び立ったのです。

このX68000版「ファンタジーゾーン」は、怪物級のハードスペックの恩恵を得て、それ以前の移植版とは比較にならない出色の出来を誇り、グラフィックや挙動、サウンドなどあらゆる面でアーケード版そのものと言っていい再現度でゲームキッズたちの度肝を抜いただけでなく、国内版・海外版の切り替えや、世界観を共有しているとも言える「スペースハリアー」をモチーフとしたオリジナルステージの追加、果ては、ファミコン3Dシステム(3Dメガネ)に対応して(要改造)立体視プレイさえ可能にするなど、エクストラなサービスに富んだ決定版たる風格を備えていました。僕もご多分に漏れず、ネットオークションで改造済みの3Dメガネを入手し、「セガ 3D復刻プロジェクト」の「3D ファンタジーゾーン オパオパブラザーズ」に先んじて、夢の立体視プレイを堪能したものです。

ただそうは言っても、そもそもX68000というゲームを遊ぶためのプラットフォーム自体が、手に入れるのに369,000円という大金を必要とし、それならもうアーケード版の基板を買うのと変わらないんじゃねえ? という、それを言ったらおしまいなシロモノでしたから、苦渋の決断ではありますがここではノーカンということにして、話を進めましょう。

…と言っても、結局のところアーケードゲームが栄華を誇った1980年代には、“ホンモノの「ファンタジーゾーン」を家で遊ぶ”という夢はついぞ叶うことはなく…それから人類はただ漫然と、気が遠くなるような長い時間が流れていくのを黙って傍観するしかありませんでした。
そして、オリジナル版の登場から10年あまりもの歳月を経た1997年、その日は突然やってきます。セガ自身が世に送り出した新世代ハード「セガサターン」をプラットフォームに、自社の歴史的タイトルを忠実に復刻することを標榜して立ち上がったブランド「SEGA AGES」が、「スペースハリアー」や「アウトラン」、「アフターバーナーII」といったそうそうたる顔ぶれを次々と世に送り出して一年が経過した頃、その第6弾ソフトとして、オリジナルに少しも引けを取らない、正真正銘の「ファンタジーゾーン」が、満を持してついにその姿を我々の前に現したのです。

10年…。子供たちの純粋な夢を大人が叶えるのに、果たしてそれほどの月日が本当に必要だったのでしょうか? いや、必要ではない(反語)。…いや、まずは感謝(反省)。我々ファンが求める声と、それを実現しようとする作り手側の人間たちの執念、その二つ無くして、この夢のような奇跡は決して起こり得なかったでしょう。

「SEGA AGES」の移植の本気度は、先にリリースされたタイトルたちがすでに証明済みで、その看板に偽りのない、夢にまで見た“ゲーム専用機で遊べるオリジナルそのままの「ファンタジーゾーン」”を、人類はついに手に入れたのでした。どれだけその時を待ったことでしょうか。そしてそれは奇しくも、同じく忠実な再現を熱望された同世代の名作シューティング「グラディウス」の、ファンの期待に応えるクオリティを備えた移植版が、セガサターンとプレイステーション向けの「グラディウスDELUXE PACK」という形で実現した、まさにその次の年のことだったというのはとても運命的なものを感じますし、また1993年に行われたセガの入社試験に挑んだわたくし神谷英樹が、無情にもバッサリとご縁をお断りされた、まさにその4年後に当たる出来事でもあったというのは、今ここで持ち出す必要のない話ですし、ましてや更にこの11年後、プレイステーション2をプラットフォームに、奇怪なる「ファンタジーゾーンII」をアーケード基板「システム16」での動作を仮想(というか実際に動く現物の基板バージョンをもプロモーション的に製作)してリメイクした、仮想アーケード版「ファンタジーゾーンII」や、ファミコン版をベースにまるで何かに忖度するかのようにお化粧直しした、その名も「ファンタジーゾーン ネオクラシック」をはじめ、主要な関連タイトルを多数収録した決定版「SEGA AGES 2500シリーズ Vol.33 ファンタジーゾーン コンプリートコレクション」がリリースされるも、そこに収録された肝心のアーケード版「ファンタジーゾーン」が、“最終ボスを倒しても涙がこぼれない”という、最も起こってはならないバグを搭載してしまい、開発者の方々もさぞかし臍を噛む思いだったことだろうなぁというのも、こんなところでする話ではないので、やめておきましょう。

ところで、どちらも同じ横スクロール・シューティングの「ファンタジーゾーン」と「グラディウス」。その両者の間には、実は浅からぬ縁があります。1985年にコナミよりリリースされた「グラディウス」は、同社が1981年にリリースした横スクロール・シューティング、「スクランブル」を原型として、その更なる発展・進化形を目指して開発されました。

一方の「ファンタジーゾーン」は、その「グラディウス」を超える作品を、という目標を掲げて開発がスタートし、約一年後の1986年にリリースされました。そのゲームデザインには、1980年にウィリアムス社によって製作された、世界初の横スクロール・シューティングと言われる「ディフェンダー」の影響が色濃く見られ、任意スクロール、左右が繋がった構造のステージ、全体を把握するためのレーダー、更には画面全体の敵を全滅させる武器(その名も同名の「スマートボム」!)など、非常に多くの共通点があります。

そして、両者それぞれの源流にある「スクランブル」と「ディフェンダー」、この二者も特別な関係にあるとされていて、後発の「スクランブル」は「ディフェンダー」からおよそ三カ月遅れでリリースされたのですが、当時のゲームショウに出展されていた「ディフェンダー」を、コナミのエラい人が熱心に眺めていたという記録が、あるとかないとか言われているのです。真偽のほどは分かりませんが、その後のシューティングゲームの在り方に多大な影響を及ぼした二大巨頭が、時を経ても相互に絡み合って、原典に勝るとも劣らない名作を誕生させた…そう想像したら、とてもロマンチックではないでしょうか?

一歳違いの「グラディウス」と「ファンタジーゾーン」は、オリジナルに忠実な移植作が実現したのも一年違い、そしてPCエンジンminiでは、どちらも不完全だった移植版に改良が施され、「 〜 near Arcade」として新しい命を吹き込まれて同じハードウェアに収まった…。なんだかずっと仲のいい幼馴染同士を見ているようで、ほほえましいですね。

…といったところで、ここからがようやく本題です。皆さん、ここまでの話に違和感を覚えませんでしたか?ジェネレーションの移り変わりとともに、「ファンタジーゾーン」の移植がどのような変遷をたどってきたのかをかいつまんでお話してきたわけですが、ゲームハードの世代の分類でザックリまとめると、“第三世代”に関してはファミコン版とセガ・マークIII版、それに続く第四世代ではPCエンジン版、そして本格的な3D時代に突入した“第五世代”ではセガサターン版についてご紹介したことになります。

…そう、その通りです。この移植の歴史の中に、「ファンタジーゾーン」を生み出した当事者であるセガ自身が「時代が求めた16ビット」というキャッチコピーを堂々と掲げて世に送り出し、任天堂のスーパーファミコンやNECのPCエンジンといった強豪を向こうに回して大立ち回りを演じた、花の第四世代三羽ガラス(いま命名)の一つ、あの「メガドライブ」の名前がただの一度も出てきていないのです。

本体上面に円盤のように隆起したデザインを取り入れて、その名称と相まって見る者を「光学ドライブ搭載か?」と錯覚させ、更に品性をかなぐり捨ててそこに金メッキで「16-BIT」の文字を誇らしげに刻み、尚且つ約二年後にはライバル機スーパーファミコンが画期的な「LRボタン」を含む合計6個ものボタンを引っ提げて登場するとも知らず、3ボタン搭載に社運をかけて世に送り出した、あの稀代の名機メガドライブが、です。

Tシャツやスマホケース、ミニチュアモデルなど、何らかのセガグッズが作られるたびに、現在のセガの礎を築いたと言っても過言ではないセガ初の家庭用ゲーム機「SG-1000」やその上位互換機「セガ・マークIII」という歴史的名機を忘却の彼方に追いやり、セガサターンやドリーム何とかと一緒に「僕たちがセガの歴史を作ってきました」と言わんばかりの主張をゴリゴリに押し付けてくるにもかかわらず、です。

と言いますか…ここまで敢えて触れなかったのですが、そもそも“なぜセガは、ライバルハードに移植されるのを知っていながら、自身の生命線でもある大切な資産をわざわざライセンスアウトしたのか?”という、常に口角泡を飛ばして不毛な議論に興じているコンソールウォーリアーたちさえ真顔になるような、至極真っ当な疑問が皆さんの頭にも浮かんでいることでしょう。

現代の状況で例えるなら、まるで任天堂が「マリオ」をプレイステーション向けにライセンスアウトするような、あるいはSIEが「ゴッド・オブ・ウォー」をXBOX向けにライセンスアウトするような、あるいはマイクロソフトが「マインクラフト」をニンテンドースイッチやプレイステーション向けにライセンスアウトするような、そんな常識では考えられないことを実行したセガの戦略の裏には、一体どのような崇高な理念があったのでしょうか?

この謎を解き明かすことができれば、「ヤン-ミルズ方程式と質量ギャップ問題」も鼻歌交じりで解決できると言われていますが、いまだに伝説的な未解決問題として多くのビデオゲーム歴史学者の頭を悩ませているとかいないとか噂されているので、解答は皆さんにぶん投げるとしましょう。

ともあれ、メガドライブは当時アーケードが主戦場だったセガの志向を反映してか、心臓部にMC68000、音源チップにはヤマハ製YM2612をセレクトするなど、他社のライバル機に比べてもアーケードタイトル、とりわけ自社作品の移植には一日も二日も長があったにもかかわらず、その頃には既に旬が過ぎていたとは言え、数々の移植版を生み出すほど多くのシューティングファンに支持された「ファンタジーゾーン」はついぞ移植されることはなく、ハードのローンチから約三年もの月日が経過した頃に、初代をすっ飛ばしていきなり「スーパーファンタジーゾーン」なる続編タイトルが、それもセガ自らではなくサンソフトによって開発・販売され、その上裏技を使えばBGMが全て初代ファンタジーゾーンのBGMに差し換わってプレイ可能になり、しかもそのBGMがオリジナルのアーケード版に非常に忠実な再現度で、「嗚呼、もしも『ファンタジーゾーン』がメガドラに移植されていたらこのレベルで遊べたのだろうか」という妄想に誰しも身もだえを禁じ得ないという、移植を切望する者の心をかき乱すあまりにも酷な仕打ちさえ平然ともたらたしたわけですが、一応そうは書いたものの、「スーパーファンタジーゾーン」自体は前述の「ファンタジーゾーンII オパオパの涙」とは異なり、まるで原作チームが手掛けたかのような調和が取れた世界観で、またBGMに関する裏技も、ほんの僅かとは言え、叶わなかった歴史の“if”を夢見させてくれるものだったということで、わたくし神谷英樹は高く評価しているので、それについては不問に付すとして、いずれにしましても、それから30年近く経った今となっては、「メガドライブ版『ファンタジーゾーン』は存在しない」という重く冷たい事実だけが、決して消せない刻印としてゲーム史に残され、我々はそれを甘んじて受け入れるしかない…はずでした。そう、“はずだった”のです。

メガドライブのタイトルを複数収録したミニチュア復刻ハード、「メガドライブミニ2」。それは、2016年に発売された「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ」(いわゆる“ミニファミコン”)に端を発する“遊べるミニチュアハード”のブームに乗って発売された、メガドライブのミニチュア復刻版「メガドライブミニ」に続く第二弾で、セガ創立60周年記念事業の一環の特別プロジェクトだった第一弾の成功と、更に多くのタイトルを求める熱心なユーザーのアンコールの声を受けて、第一弾から約三年もの月日を経て、ついに発売が決定した、わたくし神谷英樹待望の商品です。

その発表には、セガに貢ぐことこそ人生の喜びとする古参のメガドライバーや、厳しい審美眼を持つ面倒くさいオールドゲーム愛好家を筆頭に、多くのゲームジジイたちの注目が集まりましたが、皆が固唾を飲んで見守る暑苦しい空気の中、一新される全60本もの収録作品が発表されると、そのラインナップに名を連ねていた一つのタイトルに、日本中が騒然となりました。

「ファンタジーゾーン」。

まさか、と誰もが目を疑ったことでしょう。そんなものが存在しないことはもちろん、前述のように、まるで呪いにも似た因縁の渦に飲み込まれて歴史の闇に消えたそのタイトル名は、ゲームジジイたちの間では口にすることすら憚られる禁断の忌み名として恐れられていた、という話はいまでっち上げました。
しかし、公開されたその映像は、実際にメガドライブのアーキテクチャで動いている、紛れもない「ファンタジーゾーン」でした。それを目にした時の驚きがどれほどのものだったのかは、そもそもここまで誰も読んでないと思うので、もう説明するまでもないでしょう。しかも、そのグラフィックもBGMも、ほとんどアーケード版と区別がつかない再現度で、移植が実現した驚きはもちろんのこと、ハードスペックの隔たりをどんな魔法で超えたのか、その偉業に畏怖の念すら抱きました。

夢にまで見たメガドライブ版「ファンタジーゾーン」は、実際に遊んでみると、まったくアーケード版と区別がつかないプレイフィールで、コントロールパッドを握っている手元を見なければ、メガドライブミニ2で遊んでいることを忘れるほどでした。
この「ファンタジーゾーン」があの頃に存在したら、もしかしたらメガドライブが覇権を取っていたかも? “ゲーセンのゲームそのものが家に来た”という一大センセーションを巻き起こしていたのでは? しかし “ハイスペックからロースペックへの移植なのだからこの程度の再現度でも仕方がないよね”と、作り手サイドもユーザーサイドも、グレードダウンに対する許容のハードルが低かった当時の緩い空気感の中では、ここまでの忠実性は成し得なかったかも?…などと、様々な想像が頭の中で入り乱れることすら幸せに思えました。

セガを中心に、ゲームを愛する益荒男たちの情熱が結集して奇跡を起こし、本来は絶対に叶うはずのない、あまりにも現実離れした“歴史のif”を、「ファンタジーゾーン」がもしもメガドライブに移植されたらという、当時ゲームキッズの誰もが思い描き、しかし無情にも時の流れに押し流されていったはずのあの夢を、“リアル”へと変えたのです。そこに尽力を惜しまなかった方々への気持ちを表現するに足りる言葉は見つかりませんが、万感の思いを込めて「ありがとう」の一言をお伝えしたいと思います。

さて、一つ目の話をサクっと終えたところで、二つ目の「スペースハリアー」の話もチャッチャとやっつけることにしましょう。

「ファンタジーゾーン」がメガドライブミニ2に収録されたことがどれほど奇跡的なことだったのかは今お話した通りですが、この「スペースハリアー」も同じく、メガドライブの女神に微笑んでもらえなかった悲運の作品です。

「スペースハリアー」は、「ファンタジーゾーン」から遡ること数カ月、1985年12月にアーケードでの稼働が始まったとされています。開発当初は“ファンタジーゾーン”の名が冠される予定だったと言われており、ゲーム開始時に流れる「Welcome to the Fantasy Zone.」というセリフにその名残が見られます。これを“両者は世界観を共有している”と考えて悦に入るのは、ファンの強引な妄想でしょうか?

さて、僕と「スペースハリアー」との最初の出会いは、その後高校入試に失敗して市内の予備校に通うようになって帰り道に駅前のゲームセンターに寄るのが日課になり、人生で最もゲームライフを謳歌することになるのを目前に控えた頃の、1986年2月に発行された「Beep」というゲーム雑誌の特集記事でのことでした。
発行された全冊を今もバイブルとして所蔵しているこのBeepという雑誌を初めて購入したのが正にこの2月号だったのは、本当は級友に見せてもらったオトナの袋とじ付きの「コンプティーク」と間違えて購入したのだとしても、何か運命的な巡り合わせを感じずにはいられません。ともあれ、アーケードの可動筐体と一緒に写る、鈴木裕氏を始めとする開発者の方々の写真も微笑ましい、いま読んでも楽しいその記事に掲載されたスクリーンショットを見るや否や、僕はあっという間にこのゲームに引き込まれました。

迫力たっぷりに大きく描かれたキャラクターたちも、色彩豊かなグラフィックも、巧みな陰影表現で演出された立体感も、何もかもがゲームのものとは思えない美しさで、この時代のほとんどのゲームがそうだった、平面的なステージに角張ったキャラクターが配置された、如何にもデジタルな絵とは次元が違う、それまでのゲームでは見たことも感じたこともなかった“躍動感のある生きた世界”に、僕は心を鷲掴みにされたのです。

ゲームのジャンルは、当時まだ決して多くはなかった「3Dシューティング」。3Dといっても、今のように本格的な三次元表現がまだできない時代でしたから、空間を縦横無尽に飛び回るようなものではなく、画面の奥に向かって直進するシンプルなルールのゲームです。当時そうした3D表現を取り入れたゲームの多くが、画面の奥から近づいてくるキャラクターをアニメのように二次元の絵を何枚も書き換えて“近づいてくるように見せる”という、いわゆる“疑似3D表現”の手法をとっていましたが、疑似とはいえキャラクターを高速で書き換えたり、目前に迫るキャラクターを大きく描画したりと、相応の製作コストと処理負担がかかるため、こうしたタイプのゲームは当時のゲームセンターでもあまり多く見かけるようなものではありませんでした。しかし「スペースハリアー」はそうした事情を加味しても、群を抜いた存在感をすでに画面写真から放っていたのです。

画面写真から醸し出される雰囲気を独創的なものにしていた理由のひとつに、主人公キャラクターのデザインもあったのかも知れません。プレイヤーが操作するのは、“超能力戦士ハリアー”。マクドネル・ダグラス社の垂直離着陸機と同じ名前がついていますが、その姿は戦闘機やロボットのようなメカではなく、超能力キャノンを携えた“人間”なのです。敵となるキャラクターたちは、巨大なドラゴンや不気味な巨顔岩など、一目でそれとわかる異界の怪物たちなのですが、そこに“人間”が立ち向かっているという構図には、それだけで男のロマンを掻き立てるものがありました。当初は“戦闘機”のプレイヤーキャラで製作が進んでいたのが、技術的制約なども影響し、路線変更して人間へと変えたとも言われていますが、ゲーム制作をする立場の人間になった今、最終的に“人間”へと帰結させるその創造性には、感服するよりほかありません。

ちなみにこの記事ではもう一つ、この「スペースハリアー」が「ムービングシート(と記事中では呼称)」、つまりレバー操作に対応して前後左右に動く可動筐体を採用していることも紹介されていました。「ハングオン」に続く大型の可動筐体ゲームで、その後「体感ゲーム」と呼ばれる一大ブームを巻き起こすことになるわけですが、僕はこの時、画面写真を見た衝撃でその辺のことが頭から吹っ飛んでしまい、後年になってから「スペースハリアー」も体感ゲームの一つだったことを知って、もう一度衝撃を受けることになった、という逸話は、おじいちゃんになって物忘れが激しくなった今となっては珍しくもないことでしょう。

ともあれ、僕は掲載された何枚かのスクリーンショットを穴の開くほど見つめながら、この「スペースハリアー」というゲームは、幻想的な空間を優雅に舞って、色鮮やかで美しいグラフィックを堪能しながら敵を撃つ、そんなふうに遊ぶのだろうかと妄想して、心を躍らせました。そう、この時点では、僕は「スペースハリアー」の本当の姿を、そして「スペースハリアー」の何たるかというものを、全く理解していなかったのです。

稼働する「スペースハリアー」をこの目で見ることが叶ったのは、奇しくも「ファンタジーゾーン」の海外版を初めて遊んだのと同じ、松本駅前の「キャロット」でした。ある日キャロットを訪れた僕は、地下へ降りた薄暗い店内の一番奥に、「スペースハリアー」の筐体が鎮座しているのを見つけました。先にも触れたように、「スペースハリアー」は大型可動筐体を使用するゲームだったのですが、我が故郷松本には残念ながら、「シットダウンタイプ」と呼ばれる非可動の廉価版筐体のものしか入荷しませんでした。しかし筐体が何であれ、その色彩豊かなゲーム画面から、それが「スペースハリアー」であることは遠目にもすぐに分かりました。足早に向かった筐体には既に誰かが座ってプレイしていて、そのすぐ後ろに立って覗き込むと…僕は目の当たりにした映像に声を失い、その場に立ち尽くしました。

何度も見返したスクリーンショットと同じ、色鮮やかな美しい世界。しかしその中を、主人公ハリアーは時速100kmはあろうかというとんでもない速度で、猛然と突き進んでいるではないですか。ものすごい勢いで迫り、あっという間に過ぎ去っていく木々や石柱。目の前まで飛来しては去り、去ってはまた飛来する敵キャラクターたち。その間隙を縫って飛び、超能力キャノンを連射する主人公ハリアー。
パターン書き換えとは全く違う滑らかなキャラクター描画や、それすらゆっくり堪能することを許さない圧倒的なスピード感に、僕の中の“3Dゲームの常識”と“優雅なスペースハリアー像”は粉々に打ち砕かれ、目を釘付けにされたまま呆然となったのです。

「なんだ、このゲームは?」
「こんな速度に人間が対応できるのか?」
「いまプレイしてる人はやり込んだプレイヤーで、これはきっと最終面だろう」
「俺には無理だ…」

目に飛び込んでくる情報の洪水と頭の中を駆け巡る様々な思考にオーバーフローしながら、しかし同時に、僕は興奮で全身が総毛立つのも感じました。これが「スペースハリアー」なのか。これはヤバい。ヤバいゲームが来た。でもこいつは最高だ!

結局のところ、そのオーラに圧倒された僕は、「スペースハリアー」を一度も遊ばずに帰りました。その時に見たプレイが、まだ序盤も序盤の“ステージ2”に過ぎなかったことを知るのは、覚悟を決めて100円を投入することになる、暫く経った頃のことでした。そしてこのヤバいゲームに心酔した僕は、高校の遠足で遊園地「軽井沢プレイランド」へ行っても、青春の全てをゲームに注ぎ込んだ切ない悪友、高木や長澤と一緒に一日中ゲームコーナーに入り浸るなど、そこに「スペースハリアー」がある限り果敢に挑戦し続け、やがてノーミスクリアを達成するまでになるわけです。

更に先の話をすると、僕は「スペースハリアー」好きが高じたあまり、大人になってからシットダウンタイプの筐体を購入して自宅のリビングに置いてしまうことになるのですが、eBayで購入して北米から船に揺られてはるばるやって来たその筐体を港の倉庫まで取りに行って車に積み込むと、想像以上の巨大さのために筐体の一部が荷台から運転席の真横まで突き出すことになり、その後リビングへ運び込む手伝いを依頼した友人の都合がつくまでの間、暫くそれを車に乗せたまま過ごさねばならず、その車を当時のパートナーとのデートで使うたびに「すごい邪魔」「なにこの隕石」「突然降ってきた隕石だよ、こんなもの!」と罵詈雑言を浴びせられ続ける筐体に対して、心痛の念を禁じ得なかったという逸話もまた、「スペースハリアー」の偉大さを表す伝説の一つとしてここに記しておきます。

さてこの「スペースハリアー」、移植の口火を切ったのは、神谷家において伯父からの二万円の使い道巡って悶着を引き起こす元凶となった、曰く付きのあのセガ・マークIIIです。「ファンタジーゾーン」も初移植の場はセガ・マークIIIでしたから、「アーケードから家庭用機へ」というセガの戦略が遺憾なく発揮されていたのが見て取れますが、その後なぜかその主力タイトル群を競合ハード向けにせっせとライセンスアウトすることになる、という話は後でまたほじくり返すので、ここでは一旦やめておきましょう。

移植版第一号となったセガ・マークIII版は、オリジナルのアーケード版からちょうど一年後、僕が二年目の高校受験のために本来は受験勉強に勤しんでいなければいけない浪人時代の1986年12日に発売となりました。アーケード版の開発中に移植作業が始まった「ファンタジーゾーン」は、アーケード版のリリースから約三カ月ほどでセガ・マークIII版が発売されましたが、さすがに32,000色を駆使して描かれた巨大なキャラクターたちがダイナミックに飛び回る、メインCPUにMC68000を2個、サブCPUにZ80を1個搭載した規格外スペックの基板による3Dゲームを、Z80A相当のCPUひとつで頑張る家庭用機に移植するのは、当時一般的だった2Dゲームの移植に比べなくとも非常に難航したことでしょう。

そのセガ・マークIII版「スペースハリアー」を僕が初めて見たのは、テレビCMでのプレイ映像でした。流石にとんでもなくスペックに開きのある下位ハードへの力技移植で、相当な無理をしたことが伝わってくる映像でしたが、それでも「あのとんでもない怪物ゲームが家で遊べる!?」という興奮の方が勝ち、よく耳をすませばそのCMにはアーケード版のBGMが使われているというセガの可愛さが炸裂しているにもかかわらず、そんなことにも気付かないほど胸が躍ったのを覚えています。

確かに、細かいところを見ればキャラクターに“枠”があったり、動きが少々ガクガクしていたり、セガ・マークIIIの純正パッドの操作性が欠陥品レベルで劣悪で思うように操作できないばかりか隠しコマンドすら満足に入力できなかったり、ポーズボタンが本体に付いている欠陥品レベルの設計のためゲーム中ポーズをかけようとするとわざわざ本体のところまで行かなければならず大抵その間に柱に激突して死んだりと、一部のセガ・マークIII本体由来の致命的問題は除いたとしても、アーケード版の品質には何歩か譲るといえば譲るものでしたが、それでも絶対に失敗できない二度目の高校受験を目前にした僕を、伯父から二万円をもらった瞬間に半狂乱でシマコーへと走るゲームビーストへと変貌させ、「目を細めればアーケード版みたいにスムーズに見える!」と、いじらしく努力することさえエンターテイメントとして楽しめるほど心酔させてくれたのは、神谷家の主力機だったファミコンでは成し得ない、セガ・マークIIIのスペックだからこその超家庭用級グラフィックに純粋に感動したからなのかも知れませんし、何よりもオリジナルの美麗なグラフィックと巨大なキャラクターたちを家庭用ハードでも可能な限り表現して、最大限その魅力を伝えようとした、開発者たちの高い志と情熱のほとばしりが感じられたからなのかも知れません。
そう考えると、グレードダウンの話になると僕によって何かとやり玉に挙げられるファミコン版グラディウスも、もう少し開発者の“頑張り”を感じることができるものだったら、僕をこんなネチネチモンスターに変えることもなかっただろう、と悔やまれるところです。

セガ・マークIII版には、オリジナルの開発初期版へのオマージュでしょうか、隠しコマンドでプレイヤーキャラクターを戦闘機に変更することができたり、アーケード版には存在しなかった独自の最終ボス「HAYA-OH」が登場するというような、単なる移植に終わらない、製作者のこだわりと情熱と遊び心がいっぱい詰まっています。特にこの最終ボス「HAYA-OH」が当時プレイヤーに与えた衝撃はすさまじく、燃え盛る炎をまとった姿、双子の二体による連携攻撃、そして勇ましいBGMと、どれをとっても「スペースハリアー」のラストを締めくくるにふさわしい風格を備えていて、スペースハリアー史のみならず、ゲーム史に残る最終ボスとして高い評価を得ていると言っても過言ではありません。

移植と言うと、セールス活動などのビジネス的な側面から求められたからなのか、あるいは忠実性を守った移植が叶わないことへの諦めとその贖罪なのか、理由はともかく元となるオジリナル版には存在しない余計な追加要素が実装され、それが蛇足として忌み嫌われるということも常だったのですが、この「HAYA-OH」に関してはむしろ当時のユーザーに好評をもって迎えられ、逆に「オリジナルのアーケード版の方にもいるべきだった」とさえ言われるほど、デザインの素晴らしさと世界観への親和性の高さが評価されていました。その後に制作される幾つかの移植版にもこの「HAYA-OH」が採用されているという事実が、それを証明しています。

さて、開発者の高い志と情熱、という話となると、「スペースハリアー」の数ある移植版のうちの一つ、取捨選択の好例として語り継がれる伝説の移植版、PC-8801(mkIISR以降、以後省略)版を避けて通ることは許されません。

実は「スペースハリアー」は、家庭用ハード以外にも、国内、国外問わず多くのPCに移植されたことでも知られていて、高校の文化祭の時にパソコン部の展示場に設置されてコントローラーを手に取ってみるも、キャラクターが心なしか小さ目だったり、地面の市松模様が再現されていなかったり、処理落ちが気になったりと、アーケードゲームを遊ぶための絶対王者として君臨していたその対応PC本体の神話を崩壊させてくれた、しかしそれでも十分に開発者の気合いと根性が現れていて高く評価されたX68000版を代表格として、各PCの特性に合わせて様々なアプローチでの再現性を競い合った数々のバージョンが、PCゲーム界を舞台に“スペースハリアー百花繚乱の時代”を築いたのは皆さんもよくご存知のことですが、そんなバリエーション溢れるPC版「スペースハリアー」の中でも、僕にとっては自分が所有していたPC向けに発売され、家庭用ハードとは全く違う移植のアプローチで楽しませてくれたPC-8801版が、最も思い入れがあるバージョンです。

PC-8801版はアーケード版から遅れること三年弱の、1988年の7月に発売されました。X68000版を含め、このPC-8801版より先行して発売されたPC版は他にもありましたが、それを指をくわえて見送り続けていた僕は、自分の愛機PC-8801MA対応の移植版が発売されたのを知るや否や、即座にゲームビーストと化してシマコーへ急行しました。

このPC-8801版の特筆すべき点は、“移植とはどうあるべきか”という永遠のテーマへのひとつの解答を、非常に独創的な形で体現しているところです。具体的にいうと、「スペースハリアー」を「スペースハリアー」たらしめる要素の中でも、特に重要な二つである “美麗なグラフィック” と “スピード感” のうち、“スピード感” を実現することに全リソースを全力でブッ込んでいるのです。

32,000種もの色を駆使して描かれたオリジナルの「スペースハリアー」とは打って変わって、このPC-8801版のキャラクターは、色鮮やかで立体的だったかつての姿は見る影もなく、デザインだけは辛うじてドット絵で再現されてはいるものの、ムカデンスは白、スケッグは黄、アイダは紺で、ド…バレルは緑と、そのどれもが単色のみで簡素に塗られ、障害物の木や柱や敵弾に至っては、デザインすら消失してただの“長方形”というありさま。

そのグラフィックを雑誌で見た人の多くは、あまりの質素さに失望したかも知れません。オリジナル版を知っていれば尚更、その落差に衝撃を受けたことでしょう。しかし僕は、このPC-8801版「スペースハリアー」のスクリーンショットをBeepで初めて見た時、猛烈な期待感と好奇心が湧きあがり、今すぐに手に取って遊びたくなる気持ちを押えられませんでした。ロースペックハードへの移植では、失うものが多いのが常。でもこのPC-8801版には、それまでによく目にした“限られたスペックゆえに最初から忠実性を諦めた妥協の産物”のような雰囲気はなく、“大切な何かを守るために敢えてこうした”という潔さが現れていたのです。ここまで大胆に大切なものを切り捨てたからには、何かとてつもないものを得ているはず。僕は直感でそう確信したのです。

その直感は当たっていました。心待ちにしたPC-8801版「スペースハリアー」のディスクを愛機PC-8801MAに挿入して、やかましいディスクドライブの駆動音が終わると、カラフルなマンモスとド…バレルが並ぶタイトル画面が現れました。キャラクターがフルカラーで描かれるのはここまで。ゲームをスタートすると、そこから先は“単色”と“長方形”の世界です。

再びディスクドライブがガッチャンガッチャンと音を立て、やがてディスプレイに映し出される、オリジナルとは似ても似つかない殺風景な世界。しかし次の瞬間、そんなネガティブな印象はあっという間に吹っ飛ばされました。アーケード版と同じく「Welcome to the Fantasy Zone. Get ready !」の掛け声が終わるや否や、主人公ハリアーは猛然と走り始め、木々や岩、巨大な敵がものすごいスピードで迫って来るではないですか。家庭用ゲーム機のようなスクロール機能もスプライト機能も持たないホビーパソコンだとは信じられない、予想外の速度に唖然としながらも、慌ててコントローラーを握り直し、目を皿のようにして障害物を掻い潜りながら、超能力キャノンを連射! そしてステージ1、ステージ2とプレイするうちに、僕はいつの間にかオリジナルそのままの“躍動感のある生きた世界”の中にすっかり没入していたのです。

更に驚きだったのは、それまでのどの移植版「スペースハリアー」と比べても、段違いにアーケード版そっくりの音色のBGMや効果音がスピーカーから流れてきたことです。確かにPC-8801には音源に「YM2203」、つまり「スペースハリアー」が基板に搭載しているものと同じFM音源チップが採用されてはいましたが、とはいえメロディだけでなく“音そのもの”をオリジナル版そっくりそのままに再現するとなると、当時の開発環境では大変な工夫と作業が必要になります。…ということを当時の僕は知る由もありませんでしたが、PC-8801版「スペースハリアー」は視覚だけでなく、耳からも没入感を高めてくれ、誇張抜きに“アーケード版そのまま”のプレイフィールを実現して、僕の部屋を“ゲームセンター”へと変えてくれたのでした。

このPC-8801版が示してくれた“取捨選択”の形は、僕のゲームデザイナーとしての考え方にも大きな影響を与えてくれました。近年、このPC-8801版を面白半分に取り上げて、まるで珍獣であるかのように揶揄する向きも見られますが、それは全くの誤りです。作品が持つ、受け手に伝えたい最も大切なテーマは何か。それを正しく伝えるためには何を優先するべきか。僕は実際にこのバージョンをプレイすることで、そうした大切なことを教わった気がします。

これに関連して印象的だったのが、その当時のPC界隈で同世代機としてよく比較されていた、NECのPC-8801(mkIISR以降)、シャープのX1(turbo)、富士通のFM77AVの三機種すべてにおいて、それぞれの「スペースハリアー」の移植版が発売されたことです。8ビットPCとしてはこの三機が、家庭用機における第四世代三羽ガラス(さっき命名)のように血で血を洗う抗争を繰り広げ、PCウォーリアーたちもハード戦争に躍起になっていた…ということもなく、コンシューマ勢に比べて少々おカネを持っている層だったためなのか、金欠高校生の神谷VS長澤のコンシューマ機代理戦争のような過激な行為は行われず、「そのゲーム、俺の機種でも出してくれ〜」程度の、比較的穏やかなおねだり合戦が見られた程度だったわけですが、その中でもまず先陣を切ってリリースされたのが、三機種のうち一番シェアの少なかったFM77AVへの移植版でした。

FM77AV版は1987年12月、4096色同時発色という、三機種の中でも群を抜いた強力なグラフィック能力を遺憾なく発揮し、さすがにアーケード版には及ばないものの、ステージやキャラクターがカラフルに描画された華やかなゲーム画面を引っ提げて登場しました。当時は今のようにインターネットもなかった時代でしたし、FM77AVのデモ機を置いているようなPCショップもなかったので、このFM77AV版の実際の再現度がどの程度のものなのかは、雑誌やパッケージ裏の画面写真を眺めながら想像するよりほかなかったのですが、近年になって見ることが叶ったそのプレイ映像は、残念ながら、そして想像通りと言えば想像通り、動きとスピードを犠牲にしたものでした。

“残念ながら”と言っても、それはあくまで僕の個人的な所感であり、FM77AV版が示した形もまた一つの解答であって、正解だ、不正解だと断じるようなものではない、ということはお断りしておきます。「このカラフルな世界観だからこその『スペースハリアー』だ」とする考えがあってももっともですし、単にそうした思想の違いの現れだということに過ぎません。

そしてもう一つのX1版「スペースハリアー」ですが、こちらは先ほどお話したPC-8801版と同日に発売されました。このX1版も、当時は実際のプレイ動画を見ることはできなかったのですが、画面写真を見るとPC-8801版同様、キャラクターが単色で描かれていて、基本スペックの違いのためかPC-8801版より少々“盛れた”品質ではあったものの、ほぼ同じ思想で開発されたのだろうかと想像できました。近年確認できたプレイ動画を見ると、おおよそその通りだったと言え、当時のX1ユーザーの中にもそのプレイフィールの再現度に驚いた人がきっと大勢いたことと思います。

このように、同世代機を舞台に登場した三つの「スペースハリアー」は、その在りようをして「スペースハリアーの何たるか」を我々に問いかけてくれたようにも思います。先にも申し上げたように、ハードに高い処理不可がかかりがちな疑似3Dゲームは、特に家庭用機においてはある意味でベンチマークソフトのようなものとして注目を集めていましたが、この三機種版(のみならず、もちろんその他の機種のバージョンも含めて、ですが)は、ハードのスペックだけでなく開発思想によってもゲームの完成形は変わるのだ、ということが観察できる、貴重な歴史的資料と言えるでしょう。

…と、まとめに入る前に、ここまで敢えて触れずにスキップした“伝説のバージョン”があることに、懸命な読者であれば既に読むのをやめているので、誰ひとり気付いていない、というか、ここにはもう僕一人しかいないので、勝手に続けましょう。そうです。前述したオールドPC版の中で、どれよりも早く登場した、あのPC-6001版です。先ほど僕が所有していたPC-8801版について、“潔く大胆に大切なものを切り捨てた”と表現しましたが、このPC-6001版の潔さはそれを遥かに上回り、ボクサーで例えればまるで4階級落とすために減量したのかと思えるほど、エグいレベルでグラフィックへのリソースを絞り、極限まで処理不可を削ぎ落して、それと引き換えに非現実的なスピードとプレイフィールを実現した、血に飢えた獰猛なビーストのような「スペースハリアー」なのです。

何を言ってるのか分からないと思いますが、僕も分かりません。ともかく、「PC-6001」というPC自体が、そもそもPC-8801よりも遥かに古い世代のPCであり、本来であれば「スペースハリアー」のような、“巨大なキャラクターが”、“ものすごいスピードで迫ってくる”、“3Dシューティング” などというものを扱えるスペックは到底持ち合わせていないにもかかわらず、そのPC上で再現しようと試みた結果、キャラクターはもはや単色云々というレベルを踏み越えて全て“ただの四角”と化し、辛うじて主人公ハリアーだけはきちんとデザインされたキャラクターの姿を維持しているものの、それ以外のものは木も柱もムカデンスもスケッグもアイダもド…バレルも全て“四角い何か”に、そしてドラゴンさえも“連ダコのように連なる謎の四角の列”へと変貌を遂げて、オリジナル版を知らない人には何が何だかさっぱりわからない、“四角軍団と戦う超能力戦士ゲーム”と化したのです。

このPC-6001版に対してもまた、当時は周囲から「なんだこれ?」と嘲笑する声がありました。しかし僕は画面写真をひと目見て、制作者が下した取捨選択の判断に共感し、死に物狂いで守った“「スペースハリアー」そのもののスピード感”を雑誌の画面写真から妄想しつつ、それが評価されない現実に歯がゆい思いを募らせ、そしてその思いが、約一年後の自分が所有するPC-8801の移植版への猛烈な期待感に、そして自分自身で実際プレイして、その思想こそ自分にとっての正解であったという確信と安堵へと繋がっていくわけです。

ちなみにこの伝説のPC-6001版は、社会人になってから本体のPCともどもネットオークションで血眼になって探し当て、大人のマネーパワーを遺憾なく注ぎ込んで手に入れて、ようやくプレイすることが叶いました。コンバーターを介して、普段はハイエンドなゲームを映し出している50インチのプラズマテレビに現れた“四角軍団”は、その見た目こそ今の時代では不可解なモザイク模様のようでしたが、一たび動き出したその姿は、まさにあの時僕が思い描いた通りの、「スペースハリアー」そのものでした。

このPC-6001版に近いもので、MZ-700版というバージョンも存在します。こちらも旧世代のロースペックPC向けに移植が試みられた作品ですが、これまで紹介したものと違って実際に販売されたものではなく、パソコン雑誌にプログラムが掲載されるという形で世に出た異色の移植作です。このMZ-700版は、僕は残念ながら実際に遊んだことはないのですが、動画を見る限りではプレイフィールの再現性自体も少々物足りなさがあって、“アマチュア制作の「スペースハリアー」っぽい何か”という域を出ない感はあるものの、グラフィックを極限まで単純化させて処理不可を削り、スピード感を優先するという思想自体はPC-6001版やPC-8801版と共通するものがあって、その挑戦は十分に評価に値するものだと思います。

以上、国内PCに絞って主だった「スペースハリアー」の移植版の話をご紹介しましたが、家庭用機への移植版に話を戻しまして、セガ・マークIII版の次に続く移植版となると、その登場はそこから前述の全てのPC移植版を飛び越え、約二年後となる1988年12月発売のPCエンジン版まで待つことになります。

このPCエンジン版は、セガ・マークIIIよりも上位の世代のハード向けということで、その再現性は飛躍的に向上していますが、アーケード版からではなくX68000版をベースに移植が行われたと言われており(データのコンバートがしやすかったのでしょうか?)、両者その色使いやプレイフィールは非常によく似ています。

もしも「アーケード版を再現する」というコンセプトで移植が行われていれば、あるいは別の解答があったかも…? と、少し残念に感じるところもあるにはあるのですが、“家庭用機で遊べる「スペースハリアー」”としては当時のゲームキッズを興奮させるには十分な品質で、PCエンジン版「ファンタジーゾーン」同様、ゲーム雑誌に不定期で開発進捗情報が載り、最初はサイズが小さくて読者をヤキモキさせたステージ1ボスのスケイラが、その後の記事では少し大きく改善されたのを見て一喜一憂するなど、まるで開発に参加しているかのような臨場感も楽しみつつ、待望の製品版を遊んでみたら、波打つ軌道を描いてドアップになるまで接近するアーケード版の迫力とは裏腹に、ガクガクした珍妙な軌道でやって来たかと思ったら、十分近寄る前に急に引っ込み思案になって引き返してしまうシャイなスケイラの様子に「あれ?」の波が押し寄せながら、それでもアーケード版同様にちゃんと遠景が描かれ、ハリアーの移動に合わせて地平線が上下する再現度の「スペースハリアー」がついに家庭にやってきたと、多くのユーザーが賞賛を送りました。

さて、オリジナルのアーケード版からの移植でもなく、さりとてX68000版からの移植でもない、なぜか“セガ・マークIII版を移植する”という、低いところから更なる低みを目指す暴挙に出たファミコン版や、基本性能をセガ・マークIIIと同じくしながら、解像度など微妙に仕様が異なるスペックのために何らかの専用調整が必要だったとは言え、なぜか敵キャラクターのデザインをセガ・マークIII版からダメな方向に一新し、奇怪なグラフィックの微グロゲーになり果てたゲームギア版のことは忘れたことにしておくとして、ここまで簡単にではありますが、「スペースハリアー」を忠実に再現することに血道を上げた人類の歴史の一部をほんの少しご紹介してきたわけですが、では、正真正銘、オリジナルと比べて遜色のない“アーケード版の「スペースハリアー」”が家庭で遊べるようになったのは、いつなのでしょうか?

この問いに対する回答は、「ファンタジーゾーン」同様に、セガが展開していたオールドゲーム復刻ブランド「SEGA AGES」にて、その第二弾タイトルとしてリリースされた「セガサターン版」、ということになります。このブランドの品質については既に「ファンタジーゾーン」の話で触れた通りで、その再現度の高さは言うまでもなく、且つそれまでのどの移植版も成し得なかった、あの操縦桿による操作性さえも、セガサターン専用のアナログコントローラー「ミッションスティック」を使ってそのまま再現するという、正に非の打ちどころのない決定版「スペースハリアー」として、アーケード版からおよそ11年の歳月を経て、ようやく家庭にやって来たのでした。

というわけで、これにて一件落着、めでたしめでたし…とはまだなりません。ここまでの話で何か強烈な違和感を覚えませんか? 覚えませんよね。もう誰も読んでないのですから。しかし僕は続けます。そうです。「スペースハリアー」の移植の歴史を、家庭用版に絞ってザックリとまとめると、“第三世代”のセガ・マークIII版、それに続く第四世代のPCエンジン版、そしてたった今ご紹介した“第五世代”のセガサターン版の、わずか三本にしか触れておらず、「ファンタジーゾーン」同様、当事者であるセガ自身が世に送り出した、花の第四世代三羽ガラスの一つ、あの「メガドライブ」の名前がただの一度も出てきていないのです。黒歴史のファミコン版のことは無視するとして、「ファンタジーゾーン」の時と同様に、競合他社となるNECのPCエンジン向けにはライセンスアウトするという謎のご乱心は晒しておきながら、またしても自社ハードへの移植が一世代分まるまるとスキップされているのです。

ですが、まだ早まってはいけません。まさに、そこにメスを入れることが肝要であり、それこそが、今回冒頭に挙げたメガドライブミニ2版「スペースハリアー」へと繋がる重要な話なのです。

ただ、そのお話をする前に、スペースファンタジーゾ…あ、間違えました。「スペースハリアーII」という作品についても触れておかねばならないでしょう。正にメガドライブが発売となった1988年10月29日、本体と同時発売のローンチタイトルとしてリリースされた、「スペースハリアー」のできれば忘れたい正当続編作品です。

この作品について、わたくし神谷英樹の偏見に満ちた視点からご紹介しますと、第三世代の家庭用ハードから大幅にスペックアップした“次世代機”であるメガドライブが、その圧倒的性能をここぞとばかりに誇示し、これこそが時代が求めた16ビットゲームだと世に知らしめ、悲願の覇権奪取を叶えるために満を持して開発された、セガの命運を握る究極兵器…のはずだったのが、グラフィック、デザイン、ゲーム性、フレームレート、サウンドと、ありとあらゆる面で前作「スペースハリアー」を遥かに下回り、世界的クリエイター神谷英樹をして発売当日にメガドライブ本体と一緒に購入した長澤の家に付いて行ってその目の前で初回プレイノーコンティニューオールクリアせしめ、そのドヤ顔圧で長澤をペシャンコにしたというような、目を覆いたくなるような大惨事を全国のそこかしこで引き起こし、セガの未来を派手に狂わせた曰く付きのタイトルで、スーパーサンダーなんとかのことはセガの名誉のためにここでは触れないとしても、さすがに全財産を愚直にセガに貢ぎ続けるメガドライバーたちと言えど、セガ原理主義コンソールウォーリアーの矜持にかけて口が裂けても言葉にはしなかったものの、その心の中では「コレジャナイよセガ」と叫んで血の涙を流し、悲嘆に暮れたと言われています。

では、メガドライブではそれ以外に「スペースハリアー」の活躍の場はなかったのでしょうか? その答えは“否”です。そう、実はメガドライブにも、初代「スペースハリアー」が存在したのです。正確に言うと、切なさ溢れる「スペースハリアーII」の発売から約6年後にして、カプコンに入社したばかりのわたくし神谷英樹が三上真司氏に迷惑をかけまくっていた生意気盛り真っただ中の1994年12月3日、ゲーム史にその名を永遠に刻むこととなる絶対王者、「プレイステーション」が世に産み落とされた正にその同日に、今度こそ第五世代の覇者にならんと11月にセガサターンを発進させたばかりのセガが、もう役目を終えるはずの旧世代機メガドライブをなぜか32ビット機にパワーアップさせるためのアップグレードブースター、その名も「スーパー32X」を、満を持して市場に投入し、そのローンチタイトルに初代「スペースハリアー」を大抜擢したのです。

このスーパー32X版「スペースハリアー」は、その後セガサターン版が登場するまで、最強の家庭用「スペースハリアー」の名を欲しいままにするほどの再現度を誇り、アップグレードブースター、スーパー32Xの名を世に轟かせる役目を見事に果たしました。もちろん僕も発売日当日にプレイステーションそっちのけで購入し、その後発売された「アフターバーナーコンプリート」と共に、今に至るまで末永く愛好することになるわけですが、一方で、どうしてもぬぐい切れない思いもまた、心に残り続けることになりました。それは、「もしもスーパー32Xに頼らない素のメガドライブで『スペースハリアー』が作られていたら?」という、「スペースハリアー」を愛するがゆえに思い描かずにはいられない、限られたスペックの中での試行錯誤と取捨選択の末に生まれる英知の結晶を夢想する、禁断の“if”です。

それはまさに、時計の針を逆転させる荒唐無稽な話。そんな奇跡は、起こるはずもありません。…ところが、スペースハリアー史に横たわるその暗闇に、ある日突然一筋の光明が挿し込みます。それは今年の8月のこと。夏休みを目の前にして、故郷の信州に帰省しようかどうしようかと、ぼんやりと予定を考えていた僕のところに届いた、セガの奥成さんの一通のLINEから全ては始まったのです。

「来週金曜日に、東京へ来る用事はございませんか?」

それは唐突なメッセージでしたが、奥成さんには以前にもコアなゲーム業界人向けのイベントにお誘いいただいたこともあり、それの第二弾だろうか? それとも雑誌の取材…? と、僕は興味を惹かれました。帰省するにしても、どうせさしたる用事もない休暇ですし、東京に出るのも大した手間ではありません。僕はすぐに返信し、どんな要件なのかを尋ねてみました。すると奥成さんの返事は、僕を驚愕のあまりiPhoneを豆腐のように握りつぶす寸前まで追いやるほど、あまりにも信じられないものだったのです。

「メガドライブ ミニ2の収録タイトル発表の番組の配信があって、そこで神谷さんにメガドライブ版『スペースハリアー』を、サイバースティックで遊んでもらえないかなあと。」

……? ん? えーと…?

メガドライブ版「スペースハリアー」を?
サイバースティックで!?
遊んでもらう!?!?!?

このおじさんはいったい何を言ってるの? 僕は我が目を疑いました。そして、それが見間違い出ないことを確認すると、今度は無い髪の毛が逆立つような興奮が全身を駆け巡りました。これは夢ではなく現実なのか? メガドライブ版「ファンタジーゾーン」に飽き足らず、そしてメガドライブミニ1の時にメガドライブ版「テトリス」、そしてメガドライブ版「ダライアス」を成し遂げてなお、益荒男たちはまた偉業をやってのけたというのか!? でもどうやって!? どうせ起こり得ないと高を括って、ツイッターで「メガドライブ版『スペースハリアー』が入ってるからメガドラミニ2予約注文するか」と陰湿な当てこすりツイートしたのをゲームの神様が見てくれていたのか!? 僕は動転する気持ちを必死で抑え、それからはひたすら、東京へ行くのを待ち焦がれる日々を過ごすことになりました。

そしてやって来た番組配信の当日。極度の人見知りで基本的に一人では行動できない僕は、メガドライブ版「スペースハリアー」が俺を待っているんだと自分に言い聞かせ、勇気を振り絞ってセガ本社のある住友不動産大崎ガーデンタワーへ単身乗り込みました。すると、すぐに奥成さんが僕を出迎えて下さり、スペハリ談義など暫しの歓談で僕の緊張を解いてくれた後、配信放送のリハーサルへと案内してくれました。

リハーサルは、番組の段取りを本番に近い形で通すものでした。リハーサルは恙なく進んでいき、暫くして僕の出演パートを確認するタイミングがやってきて、僕は指示の通りにカメラの前へと座ります。その流れで当然メガドライブ版「スペースハリアー」を遊ぶ、ということになるのですが、僕の席の前にはまだ現物はなく、しかし僕も「いま遊んでしまうより、本番でユーザーと一緒に自然な反応を楽しもう」と思い、そのまま台本通りに流れだけを確認して、リハーサルを終えました。

それから暫くの間、控室で待っていると、ついに生配信の番組が始まりました。僕もiPadを立ち上げ、イチ視聴者として番組を見始めます。メガドライブ版「スーパーロコモーティブ」や、セガ社内での研修で作られたという幻のソフト「でびとぴー」など、「スペースハリアー」以外にも目玉ソフトが目白押しで、僕は一人で小さく歓声を挙げながら番組を楽しんでいました。そしていくつかのタイトル紹介が終わると、番組スタッフの方が僕を呼びに控室へやって来ました。ついに僕の出番です。

控室から収録スタジオへと移動し、マイクを付け、カメラの脇に立ってスタンバイします。そこで待ちながら番組を観覧していると、リハーサルで流れを確認した通り、「スペースハリアーII」の紹介が始まりました。この「スペースハリアーII」は、メガドライブのハードウェアの開発当時、価格との兼ね合いで最終的にオミットされてしまったといわれるスプライトの拡大縮小機能が、“もしもオミットされずに搭載されていたら”という仮想のもとに再現された架空の高機能版メガドライブ、“セガ・マークV”をメガドライブ ミニ2の中に実装し、そのセガマークV対応ソフトとして「スペースハリアーII」を徹底的に改修した、というもの。確かに、オリジナルではキャラクターの書き換えで拡大縮小を表現していた部分が、キャラクターのスプライトを拡大縮小させる表現に変わっていたり、フレームレートが目に見えて向上していたりと、ビジュアルの印象はかなり良くなっています。僕にとってもその日に初めて知る情報、初めて見る映像だったので、これもまたすごいものを作ったな、と感心しながら見入っていました。

…と、その時です。奥成さんが「それでは神谷英樹さんに登場して頂きましょう。どうぞ!」と呼び込みをするではないですか。あれ? もう呼び込み? まだメガドライブ版の初代「スペースハリアー」の紹介が済んでないよね…? 俺が入ってから紹介するんだったっけ? と、毎度のことながら真剣に台本を確認してない適当さが祟って戸惑う僕。でもまぁいいか、何とかなるさと、いつもの適当さで、トコトコ出て行って席に着いたわけです。

さて、ここから初代「スペースハリアー」の紹介に移っていくわけだよね? それを俺がプレイさせてもらえるんだよね? と頭の中で考えながら、まずは雑談でその場を取り繕っていきます。しかし、番組ではそのまま「スペースハリアーII」の話題が平然と続き、僕もカメラに向けて笑顔を作って「長澤の家でノーコンクリアしてやった」的な数少ない“スペハリIIエピソード”を披露しながら、何とかその場を繋いでいくものの、番組は一向に初代の話題へと移りません。あれ? どういうこと? …ヤバい、これ以上口を開くと、俺からはもう「スペースハリアーII」のディスりしか出てこねえ、と限界に達したその時。

「では早速『スペースハリアーII』を遊んでもらいましょう!」

え? え? そ、そうなの? 「スペースハリアーII」なの? 僕は更に激しく動揺します。奥成さんからは、「メガドライブ版『スペースハリアー』をサイバースティックで遊んでもらいたい」ということで、ここにお招きいただいたんだよね? でも現実は、「スペースハリアーII」のプレイ体験になっている…? 一体どういうこと?

これがリハーサルだったら「あれ? 初代じゃないんですか?」と確認するところです。…が、今は生放送の本番真っただ中。そんなことを口走るわけにはいきません。僕は脂汗で、ワックスを塗ったばかりのカメの甲羅のように頭をテカらせ、目を泳がせながらも、必死に動揺を隠して、さーてお待ちかねの大好きな「スペースハリアーII」を遊んじゃおうかな! と平静を装います…が、一方その頭の中では…

(え、待って、マジでスペハリIIなの?)
(俺、奥成さんのLINE、読み間違えてた?)
(単に俺の願望が生んだ妄想だったってこと?)
(くそっ、リハの時に一応確認しておくんだった…!)
(うろたえるな、取り繕え)
(スペハリIIを楽しそうに遊ぶんだ)
(でも…メガドラ版スペハリは、やっぱり存在しないってこと…?)
(そらそうだよな…そんなもの、さすがにあるわけがない)
(天国から急転直下の地獄…ッ)
(待て、落胆の気持ちを顔に出すなッ)
(泣くな、メガドラ版スペハリなんて、最初からなかったんだ…ッ!)

まるで走馬灯のように、色んな思いがグルグルと駆け巡り、もはや自分でも自分がどんな表情をしているのか分からないほどの混乱の極致に達して、それでも精いっぱいの笑顔を作って(いるつもりで)、1/1フィギュアのようにそこに座っていました。

その時です。うつろな表情で、奥成さんに促されるままメガドライブミニ2のメニュー画面から「スペースハリアーII」を選択し、決定ボタンを押して次へ進むと…画面には「スペースハリアーII」の文字の下に、燦然と輝く「スペースハリアー」の文字が…!?

…そう、これは奥成さんが仕掛けたドッキリだったのです。しかも視聴者には伝わらない、カメラの前で僕だけが人知れず動揺し続けるだけの。
「これ、なんぞ…?」
普段の僕ならそう口走っていたでしょう。だが、しかし! メガドライブ版「スペースハリアー」は、現実に存在したのです。嘘でもドッキリでもなく、本当にあったのです!

生配信番組で初めて体験する、メガドライブ版(正確にはセガ・マークV版)「スペースハリアー」。これまでに色んな「スペースハリアー」をたくさん遊んできましたが、こんな形で初体験をするバージョンは初めてです。スタートボタンを押し、表示されたタイトルは、マンモスとド…バレルが並び立つおなじみのもの。キャラクターのサイズも色使いもオリジナルに非常に近く、この時点で既に高い忠実性を守っているのが伝わってきます。

そしてゲームがスタートすると、画面にパッと広がる、抜けるような青い空と、地面の市松模様。当時はこの市松模様の再現も、ハードスペックや移植技術を測る指標の一つでしたが、セガ・マークVのスペックの恩恵か、そこは難なくクリアしています。画面全体の色合いもアーケード版の印象とまったく変わりません。そしてキャラクターたちの動きは…何の違和感もなく綺麗な軌道で飛来し、且つ近付く、遠のくといった動きの全てが、オブジェクトの拡大縮小によって滑らかに再現されているではないですか! これはまさに、先ほどの改修版「スペースハリアーII」で実証された、セガ・マークVのスペック躍如といったところ。ボスのスケイラも、ちゃんとアーケード版のように迫力いっぱいに目の前まで迫ってきます。表示されるキャラクター数が増えると、懐かしいいわゆる“チラつき”が起きるものまた一興。それによって「あ、俺はメガドラ版をプレイしているんだ」と気付かされ、同時に「ハードも開発者も頑張ってる」という、ロースペックハードへの移植作ならではの懐かしい感慨も味わえます。

驚くべきはそのサウンドです。耳から入ってくるBGMや効果音の、どれをとってもまったくアーケード版との違いが分かりません。これによってもたらされる臨場感は素晴らしく、たとえ多少のチラつきが起こっていても、そんなものを吹き飛ばすほどゲームに没入させてくれます。その感覚はPC-8801版を遊んだ時のものに似ていますが、それとは段違いの再現度で、メガドライブが秘めていたポテンシャルと、洗練された再現技術に、ただただ驚かされるばかりでした。

贅沢を言えば、セガ・マークVのブーストさえ受けない、“裸のメガドライブ”による「スペースハリアー」も見てみたかったのですが、そうなるとキャラクターはパターン書き換えになり、地面の市松模様はなくなって、フレームレートはまた低下するのだろうか…? いや、技術の進歩と情熱でそれらの幾つかは乗り越えてくるに違いない…! などと妄想するのも楽しみながら、それはまた別の機会へと期待を預けることにしましょう。
…というわけで、このメガドライブ(セガ・マークV)版「スペースハリアー」との出会いは、最初こそ謎の戸惑いこそあったものの、忘れられない思い出として僕の心の“スペースハリアー史”に刻まれたのでした。

如何だったでしょうか。このように、ゲームに並々ならぬ情熱を注ぎ込むセガですし、またゲーム文化、ゲーム業界の未来、そして何よりユーザーの幸せを思えば、ハムちゃん(業界ではこう書く)の崇高な理念に共感しないはずはなく、電撃参入の記憶も新しいナムコ然り、アーケードゲーム黄金期の巨人たちが続々集う「アーケードアーカイブス」にセガが加わるのはもはや時間の問題だと確信していますが、念のため申し上げておきますと、一日も早く参入して頂いて、「ペンゴ」「ジャンプバグ」「モナコGP」「ターボ」「スタージャッカー」「ピットフォールII」「ごんべえのあいむそ〜り〜」「フォートレス」「ファンタジーゾーン」「ハングオン」「アフターバーナーII」「パワードリフト」「ギャラクシーフォースII」「エンデューロレーサー」「SDI」「ブロックギャル」「モンスターランド」「ピタゴラスの謎」「ギガス」「ガルディア」などの移植を実現するために、一肌も二肌も脱いで欲しいと切に願う次第です。

さて、最後になりますが、以上の2タイトルとは別に、もう一つ触れておかなければならないタイトルがあります。それは、来年の三月にタイトーより発売が予定されている「レイズ アーケード クロノロジー」です。発売はまだ先ですが、既にメーカーより詳細が大々的に発表されているので、今回敢えて取り上げたいと思います。

取り上げる理由はただひとつ、もはやこのメーカーの伝統芸と化していますが、いわゆる“限定商法”、具体的には、「Amazonプライム会員のためのセール限定で販売される商品にのみ、購入特典としてゲームソフトのダウンロードコードが付属する」という手法を、

「ダライアス コズミックコレクション」(ゲームボーイ版「サーガイア」DLコードが限定付属)

「バブルボブル 4 フレンズ」(セガ・マークIII版「ファイナルバブルボブル」DLコードが限定付属)

「スペースインベーダー インヴィンシブルコレクション」(メガドライブ版「スペースインベーダー90」DLコードが限定付属)

「ダライアス コズミックリベレーション」(「ダライアス EXTRA Ver.(メガドライブ)」DLコードが限定付属)

…に続いて、またやるのだそうです。

なんとも寂しい話ですね。上記の中で、「ダライアス EXTRA Ver.(メガドライブ)」に関しては、そもそも特典のために用意されたゲームだとも言えるので、それをどのように使おうと自由でしょう。しかし、ゲームボーイ版「サーガイア」、セガ・マークIII版「ファイナルバブルボブル」、メガドライブ版「スペースインベーダー90」の三つは、いずれも過去に実在したゲームであり、それぞれに深い思い出を持っているユーザーもたくさんいるはずです。例えば僕自身も、この中では特にセガ・マークIII版「ファイナルバブルボブル」には、以前にもこちらで述べたように、忘れられない大切な思い出があります。そうしたゲームが、一方でハムちゃんのように、歴史的ゲームをアーカイブして、末永く未来への伝承していこうという理念を掲げて尽力しているメーカーがある中で、それとは正反対の施策により、ユーザーの手の届かないところへ仕舞い込まれてしまう。これを寂しいという言葉以外に、僕には表現する方法が見つかりません。

今回限定商法の生贄として捧げられるのは、「R-GEAR」というタイトルで、“「レイフォース」の続編として開発されたものの、「レイストーム」の開発が開始したことで開発が中止されてしまった幻のゲーム”なのだそうです。過去に販売されていたゲームということではありませんが、「レイフォース」の成り立ちを紐解く上で、ユーザー視点からも、作り手視点からも、非常に貴重な資料だと言えるでしょう。

ひとつ補足しますと、上記のタイトルのうち、ゲームボーイ版「サーガイア」については、限定商法から三年以上の時を経て、先日ようやく一般販売が開始されたようです。つまり、これは希望的観測の域を出ませんが、もしかしたらその他の限定商法タイトルも、暫くしたら一般販売される可能性があるということなのかも知れません。それについては、これからも辛抱強く、希望を持ち続けるしかないでしょう。

言うまでもなく、ゲーム製作とビジネスは切っても切れない関係です。僕もその世界にいてメシを食わせてもらっています。“そうでもしなければ実現できない”という、のっぴきならない事情が時に降りかかることがあるのも承知です。しかし、その立場にあったとしても、ユーザーの不利益につながることには声を上げ続けていくべきだし、その責任がある、というのが僕個人の考えであり、自戒の念も込めまして、それを改めてここに表明する次第です。

人類の英知によって生み出される素晴らしいゲームたちを、等しく全てのユーザーが手に取れる世界になることを、願ってやみません。



…と、一旦区切りがついた後で、今ため息交じりでこのパートを付け足しているのですが…締め切りをとうに過ぎているというのに、まだせっせとこの原稿を書いていた12月23日の夜、そのニュースは突然舞い込んできました。上で少し触れた、セガ・マークVのブーストに頼らない、正真正銘、素のメガドライブのスペックのみで実現した“本物のメガドライブ版「スペースハリアー」”が、なんと秘密裏に試作されていたのです。

その情報番組では、実際のゲームプレイの様子が画面に映し出され、それは丁度僕が妄想していたように、地面の市松模様がしっかりと再現され、フレームレートも安定した状態で、且つキャラクターのアニメーションがスプライトの拡大縮小ではなく、パターン書き換えで表現された、まさに「そうそう、メガドライブで動かしたらこうなる!」と叫びたくなるほど心の歯車にガッチリハマる、夢に思い描いた通りの“メガドライブ版「スペースハリアー」”でした。

…と言っても、それが「メガドライブミニ2に隠し収録されています!」とか、「隠しコマンドでアンロックできます!」というような、直接ユーザーサービスに繋がる話ではありません。見たところまだ完成には至っていない開発途中段階のもののようで、要するに「実は裏でこんなのも作ってました」と、単に見せびらかしただけのようです。ということは、開発に当たって「素のメガドライブ版」よりも「仮想スペックアップしたメガドライブ版」を優先せよ、という意思の介在があったということでしょうか。

それは推測の域を出ませんが、しかし、そんなものを見せられたら、「ジョジョの奇妙な冒険」の第一巻で、ディオに愛犬ダニーを蹴り飛ばされながらも、「これから一緒に暮らすんだし、早く友達にならなくっちゃ」と、顔を引きつらせてそれを飲み込もうとしていたジョナサンの如く、心のどこかで“これはこれで良いものだ”と自分を納得させようとしていた、そのセガ・マークV版に対して、まるでPC-8801mkIISR新発売の知らせの後で、目の前に鎮座する昨日買ったばかりのPC-8801mkIIを見ているかのような、あるいは「今日はカレー食いたいな」と思って帰ったら食卓には肉じゃがが並んでいて、まぁいっかとモグモグ食べてる最中に母ちゃんの「カレーにしようかとも思ったんだけどね」という独り言を聞かされたかのような、「いや、だったらそっちを寄越せや」的な、なんとも形容しがたいやるせない気持ちを抱くほかなく、無邪気に喜んでいた記憶さえも邪魔で汚いもののように思えてきます。

「ファンタジーゾーン」や「スペースハリアー」というタイトルを通じて、80年代の移植を巡るロマンのようなものをここまでお話してきましたが、どの移植作であっても、もちろんオリジナルのアーケード版と寸分違わないものであることを理想としてはいたものの、ではそこに到達するまでにユーザーが幾度も味わった、「頑張ってるけどオリジナルと同じじゃない」移植作が忌むべきものだったのかといえば、決してそうではないことは皆さんにも伝わっているかと思います。それは、「ハードが煙が出るほど頑張ってる」とか、「ソフトを作る人間も知恵と努力で頑張ってる」というような、“高い壁を越えようとする挑戦”がそこにあったからにほかなりません。

ちなみに、今回の話の中では触れていませんが、“本来のハードウェアの限界を超える”ために、カートリッジにカスタムチップを搭載するという事例は、過去に多くありました。例えば、ファミコンへの移植で初めてオプション四個実装を実現した「グラディウスII」も、あの“ファミコン離れ”した驚異的な再現度の高さは、コナミ開発のカスタムチップ「VRC-IV」搭載による恩恵があったからこそと言えるでしょう。

それを当てはめて解釈すれば、“特殊機能を増設して再現度を高めたバージョン”として、セガ・マークV版「スペースハリアー」というのも受け入れられなくはありません。しかし、そのような「ハードの頑張りや制作者の創意工夫よりも、まずハード自体に改良を加えて表現力を高める」という手法がもてはやされていたのは、未知のテクノロジーに大きな期待を抱き、“どんな手を使ってでもオリジナルへ近づくことこそ至高”とされていた、“当時のリアルタイムの時間の中でのこと”ではないでしょうか。

セガ・マークV版という形であっても一応メガドライブへの移植を果たした、ということがとても貴重なことだというのは重々承知しています。しかし、いまこの時代に旧世代アーキテクチャ上での復刻を仮想するのであれば、「ハードウェアを強化する」ことよりも、「ハードウェア本来の枠を厳格に守った上でソフトウェアに英知を注ぐ」ことを優先して欲しかったと、あの熱い時代を生きてきた人間として、非常に残念に思うわけです。

というわけで、いま僕は心にダメージを受けて、セガ・マークなんとか版「スペースハリアー」とやらにも急速に興味を失い、意気消沈して原稿を書き直す気力もないので、書き終えてある分は“情報を知る前のテンションの記録”としてそのまま放置するとして、まぁわざわざ高慢にも現物を見せびらかしたということは、そのうちそれを世に出す気くらいはあるんだろうというのを一旦の自分の中での解釈として、それまでこのよく分からないスペハリみたいなものが入ってるメガなんとかミニ2は、ダンボールにしまって倉庫に放り込んでおこうと思います。

尚、僕が急激に元気がなくなってしまったことに伴い、これ以降の設問への回答がいつもよりおざなりになることを何卒ご容赦ください。



<質問2>2022年に発売/公開されたエンターテイメントコンテンツの中で最も印象深かった作品

花組公演 ミュージカル「TOP HAT」
音楽劇 「ジェイド・バイン」

さて、「ツー」と言えば「カー」、「エンターテイメントコンテンツ」と言えば我が国が誇る世界的にも類を見ない女性団員だけで構成される歌劇団「宝塚歌劇団」と相場は決まっていますが、今年は珍しくタカラヅカ以外の舞台も観劇し、新しい刺激をインプットした一年でもありました。

まず春先に観劇した宝塚花組公演の「TOP HAT」ですが、こちらは1935年、ハリウッド黄金期のアメリカで上映された、名作中の名作とされるミュージカル映画が原作で、2011年にイギリスで初めて舞台化されて好評を博し、日本では宝塚歌劇が舞台化して、宙組公演として2015年に上演されました。

この宙組公演は、2012年に上演された「銀河英雄伝説@TAKARAZUKA」で、ジークフリード・キルヒアイス役を爽やかに演じて僕のハートを奪った朝夏まなとさんと、2011年に蘭寿とむさん、蘭乃はなさんコンビのトップお披露目大劇場公演として上演された「ファントム」で、主人公エリックの幼少期を演じ、池を覗き込んで自分の醜い顔に初めて気付いてしまう場面では、胸を突き刺すような悲痛な絶叫をあげて観る者の涙を誘った実咲凜音さんの、二人の新トップコンビのお披露目の場でもあったのですが、当時それをこの目で観ることができなかったのは返す返すも残念で、痛恨の極みと言うよりほかありません。

…と、こうして当時のことを書いているだけでも、既にタカラヅカを退団してしまった二人の思い出が脳裏に蘇り、懐かしさがこみ上げてきますが、そんな儚さもまたタカラヅカの魅力であり、だからこそ観劇の一秒一秒を大切にしなければならない…という思いを改めて胸に刻んで話を元に戻しますと、約7年の年月を経てこの作品の再演が決まり、しかもそれが僕の贔屓にしている花組公演ということで、柚香光さんと星風まどかさんのコンビによって新たに命が吹き込まれることになった新生「TOP HAT」を、僕は大喜びで観劇したのでした。

この作品は、一目惚れからお互いに恋に落ちた男と女が、誤解が誤解を生んですれ違い、あらぬ方向へと話がこじれていって、逃げる女と追う男が最後には…という、情熱的な恋模様をユーモアたっぷりに描いたドタバタ恋愛コメディで、肩ひじ張らずに観劇できる軽快な娯楽作です。

90年近く昔の映画を基にした作品ですが、古さは微塵も感じられず、むしろトラディショナルなシルクハットにタキシードをダンディに着こなし、アーヴィング・バーリンの名曲に乗って、ステッキ片手に軽やかにタップダンスを踊る男役集団の姿はまさに壮観で、時代を超えて人々を魅了する不変の美学にも満ちていました。

このほかにも今年は6月にも花組公演の「巡礼の年〜リスト・フェレンツ、魂の彷徨〜」を観劇し、来年早々には、ミュージカル・ロマン「うたかたの恋」を観劇する予定で既にチケットを押さえてあるのですが、ぼちぼち星組や雪組も恋しくなってきたので、来年はもっと宝塚の観劇機会を増やして、ゲームデザイナーとしての引き出しを増やしていきたい所存です。

さて、もう一本の「音楽劇 『ジェイド・バイン』」ですが、こちらは僕のこれまでの観劇履歴の中でも珍しい、“タカラヅカではない演劇”のひとつです。…と言っても、タカラヅカと全く関係ないのかと言えば、そうでもありません。というのもこちらの作品、実は脚本 / ディレクションを務める花奈澪さんが、かつて宝塚歌劇団花組に娘役として所属していた元タカラジェンヌで、退団後も女優として多くの舞台で活躍されている方なのです。そんなプレイヤー側の方が、脚本執筆という全く違う分野で活躍されるということで、とても興味が湧きました。

脚本。我々の業界では「シナリオ」と呼称することが多いですが、僕自身もこれまでに、ほぼ全ての自分の作品でシナリオを書いてきました。唯一、初めてディレクターを務めた「バイオハザード2」では、外部のシナリオライターである杉村升先生にシナリオ執筆を依頼したのですが、その時に、僕が求める「ゲーム側のやりたいこと」と、杉村先生が求める「シナリオ側でやりたいこと」を、毎日のようにお互いにぶつけ合って、巨大な岩から一体の彫刻を削り出すような共同作業をしたその経験が、僕にとってとてつもなく貴重な学びとなり、それがあったからこそ、その後の作品でもシナリオのようなものを書けるようになりました。

“シナリオのようなもの”という表現は、決して自分を卑下したいわけではないのですが、僕は昔からそれほど本を多く読むわけでもなく、語彙力も乏しくて、また物語を書く訓練もしたことがないので、シナリオにしてもゲーム中のフレーバーテキストにしても、文章を書くことにはいつも苦戦している有様で、そのため“シナリオを書く”ということにも引け目を感じていて、胸を張って誇ろうという気持ちにはなれません。では、なぜそれでも自分で自分の作品のシナリオを受け持つのかと言えば、もちろん世界観や筋書きも自分の思う通りに整えて、作品全体の調和を整えたいから、という理由もありますが、もう一点、“自分でやった方がロスが少ない”ということも大きな理由として挙げられます。

「バイオハザード2」における杉村先生とのシナリオ構築作業は、夜遅くヘトヘトになるまで激論を交わす毎日で、それはそれで多くの学びもあり、楽しくもあったのですが、多大な労力と時間を必要とするというのもまた事実で、更にシナリオが完成した後でも、ゲーム制作の過程で「ステージ内容を大幅に変更しよう」ということになれば、その都度杉村先生に連絡を取り、これこれこういう理由でステージが変わるので、それに合わせてシナリオの方も整理しなおしてください、というような依頼をすることになり、そうすると、そこからまたプチ激論が始まって、更にそれが長引けば、当然ゲームの制作スケジュールの方にもその影響が及んで…となっていくわけです。

一方、ゲーム全体を監督するディレクターが、自分自身で自分の作品のシナリオを書くのであれば、「ステージをこう変えよう」、「そしたらシナリオはこう変えよう」であったり、「A案とB案、ゲーム内容を変更するならどっちがいいだろう?」、「こっちを選んだ方がシナリオ修正の手間が少なくて済むので、B案の方にしよう」であったりと、自分の中だけで即座に作業を回し、品質的にも効率的にもロスなく最適解を求めることができるわけです。

そんなわけで、僕もそれなりにシナリオ執筆の経験値を貯めてきているわけですが、あくまでもそれは“ゲームのシナリオ”の話であり、お作法としてまず「ゲーム内容を考え」、「登場人物を考え」、「ステージ構成を考え」、「ボス戦、ライバル戦などのタイミングを考え」…と、ゲームデザイン面からまず必要となるものを固めていく手順があり、そうして出来上がったものがシナリオガイドの役割を果たすことで、シナリオが完成まで導かれていくのであって、いきなり何もないところから「ハイ、シナリオだけ書いて」と言われても、さすがにそれは僕には無理だと思うのです。…というかそもそもゲームのシナリオ執筆だって、未だに僕にとっては毎回が勉強ですし、且つゲームの神様が奇跡を起こしてくれるお陰もあって成り立っているわけですが。

一方で花奈澪さんですが、僕は花奈さんには宝塚在団中から注目しており、退団後のご活躍の中でも、特に2017年に「空想ペルクライム/Les Nankayaru」という演劇を企画され、ご自身で構成・脚本・演出、且つ主演もされたことには、精力的に活動されるそのバイタリティと、何よりご自身の活動領域を広げるチャレンジ精神に驚き、リスペクトの念を抱きました。

“プレイヤーでありながらシナリオも書く”というところに、(おこがましいことですが)なんとなく僕自身と似た境遇を感じたのも、興味を抱いた理由の一つかも知れません。残念ながら、「空想ペルクライム/Les Nankayaru」の時は観劇することが叶わなかったのですが、今回再びシナリオ執筆に取り組まれる(だけでなく、ご自身も出演!)ということで、花奈さんがどんなふうにそれを仕上げるのかを今度こそは目撃しようと、劇場に足を運んだのです。

というわけでこの音楽劇「ジェイド・バイン」を観劇したのですが、僕はそれがどんな作品なのか、ほとんど予備知識を持たずに行きました。作品のホームページをチラっと見たところ、紹介されている登場人物たちが、デザインもキャプションもしっかりと設定されていて、またサイトのトップにはセル画調に描かれたキャラクターたちが並ぶポスターも掲載されていたため、「既存のアニメかゲームのスピンオフ作品だろうか?」と、ぼんやり考えながら観劇しました。

あとで調べて知ったことですが、実際には、歌手として活動されていて、この「ジェイド・バイン」にもリリー・ハリソン役として出演されている黒崎真音さんという方が構想されたオリジナルの世界観ということで、花奈さん同様、マルチな才能には驚かされました。

そして今回の観劇では、タカラヅカを見る時のようなキラキラした目ではなく…といいつつ、「このメイドアンドロイドの役者さん誰だろう…ほうほうZAQさんというのか」と観劇後に抜かりなく検索したことはご愛敬として、生意気にも制作者目線で色んなところをジロジロ観察したのですが、キャラクター説明、状況説明、ストーリーの流れなど、丁寧に配慮が行き届いていて(…と僕が上から目線で評価するのも恐縮なのですが)、密度の濃い公演を最後までしっかり楽しめました。

物語の締め方も、更なる世界観の広がりを感じさせてくれる僕好みの終わり方で、勝手ながら親近感を覚えました。…と言っても先に申し上げた通り、シナリオ執筆というものに対して引け目を感じている身としては、最終的にはただただ「舞台演劇のシナリオが書けるなんてすごいなぁ」と語彙力を失って感服しつつ、ほんのりと嫉妬心を抱きながら帰路に就いたわけですが。

花奈澪さんには、是非これからも創作分野でご活躍されることをお祈り申し上げると同時に、自分も頑張らねば、という決意を新たにしたのでした。

<質問3>2022年に、個人的に注目した(している)人物

ヨコオタロウさん
上田文人さん
外山圭一郎さん
イシイジロウさん
小高和剛さん


皆さんは僕に対してどのようなイメージをお持ちかわかりませんが、僕はこう見えても世界でも5本の指に入る人見知りだと言われていて、且つSNSでのカリスマ的な働きぶりも高く評価されてしまうがゆえに、ゲーム業界にゲームクリエイターの友達がいません。一応、皆さんも名前くらいはご存知なあたりで言えば、「逆転裁判」や「ゴースト トリック」を作った巧舟は、辛うじて酒を飲みに行ったりする仲ではありますが、あれはカプコン時代の同期なので、“業界の友達”としては残念ながらノーカンです。

あと超有名どころですが、桜井政博さんは、親戚の子供たちとテレビを見ていてスマブラのCMが流れた時に、すかさず「このゲーム作った人、俺の友達」と言ったら「すご!」と羨望の眼差しで見てもらえた、という微笑ましいエピソードをSNSで紹介したら、桜井さん本人から友達の公認を頂いたので、そこはカウントできると思います。

そんな僕ですが、少し前に、思いがけないきっかけから、上記のそうそうたる顔ぶれの酒席にお招きされ、急接近するという出来事がありました。本来であれば、このような誌面を飾るスターたちが集まる場には絶対に出向かない僕ですが、これまでにも自分からは誘えないので共通の知人である僕の後輩に仲介を頼んで何度も飲んだことがあるほど親しいヨコオさんも出席されるというので、ヨコオさんに絶対の信頼を寄せて参加を決断したのです。

当日は、もしも早めにお店に着いてしまい、特に親しくもない人と二人きりになって氷のような時間を過ごす羽目になったらどうしようなどと心配が尽きなかったのですが、いい具合に移動時間を見誤り、生意気にも店に一番最後に到着して、且つ絶対的な信頼を寄せるヨコオさんの隣の席を用意して頂けたので、恙なくとても楽しい時間を過ごすことができました。あろうことか二軒目までお付き合いさせて頂いて、終電がなくなるまで飲んだので、これはもう親戚の子供たちに雑誌の写真を指差して「これ俺の友達」と言っても差し支えないと思います。

「業界内に友達を作る」というのも場合によっては厄介で、例えばその“友達”が、例のナントカ商法のメーカーのような、ゲーム業界人にあるまじき行為を行った時に、人間関係に配慮してSNSでのカリスマ的発信ができない、というのでは、プラチナゲームズ副社長として本末転倒なわけです。

そのような理由で、今まで業界内で過度に親しい関係を作ることを意図的に避けていた面もなくはないのですが、しかし今回お名前を挙げさせていただいた方々であれば、そのような行為を心配する必要はまずないでしょうし、彼らが生み出す作品も、僕は作家性が強く出ていて且つ品質も高いゲームを遊んで嫉妬に苦んだり憎悪を抱いたりすることがないよう遊んだことはないですし、これからも遊ばないとは思いますが、きっと素晴らしい品質に違いないので、皆さんこれからも是非ご注目下さい。

あとは、宝塚歌劇団のタカラジェンヌの皆さんは言うに及ばず、宝塚退団後も精力的に活動されている芽吹幸奈さんにはこれからも注目を続けていきますし、“マホネッタ”こと橋本真帆ちゃんも、ツイッター、インスタと執拗にロックオンし続ける所存である、ということは改めてここに宣言しておきます。

<質問4>2023年に向けての抱負、また4Gamer読者に向けてのメッセージをお願いします。

読んでませんが稲葉と同じです。

「ソルクレスタ」(PC / PS4 / Nintendo Switch
SOL CRESTA (C)PlatinumGames Inc. / (C)HAMSTER Co.
MOON CRESTA / TERRA CRESTA (C)HAMSTER Co.
画像集 No.552のサムネイル画像 / ゲーム業界の165人が2022年を振り返り,新年への抱負を語る。年末恒例のコメント集企画



プラチナゲームズ
シニアゲームデザイナー
齋藤健治

代表作:「METAL GEAR RISING REVENGEANCE」「TRANSFORMERS: DEVASTATION」「BABYLON'S FALL」

Twitterアカウント
画像集 No.483のサムネイル画像 / ゲーム業界の165人が2022年を振り返り,新年への抱負を語る。年末恒例のコメント集企画
<質問1>2022年に発売されたゲームの中で、最も感心させられた(あるいは衝撃を受けた)タイトル

「Satisfactory」
Steamでアーリーアクセス版が2年ほど前から公開されていて以来ずっと注目している作品で、2022年9月末に大型アプデ「Update 6」が配信されたのをきっかけに購入。めちゃくちゃハマって2〜3週間くらいでアーリーアクセス版として行きつけるところまでプレイしてしまった。だけど、まだまだプレイ中。
このゲームをプレイすれば分かりますが、仕事しながら2〜3週間くらいで終わるのは異常です、やりすぎだと自分でも感じています。通常プレイだとアーリーアクセスの最終までは多分2〜3カ月は掛かるかと思います。
12月上旬に「Update 7」が配信され、新たな機能「ブループリント」が実装され、今でも抜け出せないでいます。
ジャンルとしては、一人称視点オープンワールド工場建設ゲームで、FICSIT社の従業員のプレイヤーが、無人の惑星に派遣され、その惑星の天然資源を掘削、加工する工場を作っていき、出来上がった製品を本社に納品していくというのがゲームの流れになっています。

最初のうちは掘削できる量や掘削した資源・加工品を運べる数なども少なく時間が掛かりますが、マイルストーンをこなすうちに、運べる数が増えたり複雑なものが作れるようになります。工場建設ゲームの醍醐味といえる部分なのですが、作った工場をどんどんと作り直さないと対応できないという状況になってくるんですよね。
新たなマイルストーンを解放すればするほど、より色々な材料を必要とするものを作らないといけなくなる。
そして工場のラインを考え直して、増築するか改築するか、もしくは今の工場は置いておいて新たな場所に工場を作り直すか?など、そういうことを考えながら工場を作っては壊しを繰り返す日々を過ごしていました。

ふと、この作業どこかでしたことあるな…という気持ちに…

プログラマー時代、ゲームの仕様が降りてきて、それを組み上げディレクターやプランナーに見せると追加や修正を言い渡されて、増築・改築や作り直しをしていたなというのと同じことになっていましたね。
プログラマー時代だけではないのですが、追加、変更・修正、効率化などが、現状作っているモノに対して動的に介入してくることがゲームづくりの工程に似ているからハマれたのかなと感じました。
ゲームクリアするためにタスク消化表を作ったのは初めてでした。
このゲームをクリアできる人は、プログラマーやプロジェクトマネージャーなどに向いていると思いますよ。

このゲームにひとつ不満があるとすれば、もうマイルストーンが全部終わってしまって納品する先がないということです。FICSIT社の社員になるのでもっと僕に仕事をください…納品させてください。
ハマるとかなり危険なゲームですが自分が作った工場を見て、ニヤニヤしたい人にはおすすめなので、ぜひ購入してください。

<質問2>2022年に発売/公開されたエンターテイメントコンテンツの中で最も印象深かった作品

エンターテイメントコンテンツではないですが、「Unreal Engine 5」「AI」が今年はとても印象に残っています。

「Unreal Engine 5」
ゲームの作り方自体はUE4のころからそれほど変わっていないですが、UE5になり新機能の追加や操作性やグラフィッククオリティの向上など、短時間でいろいろなことが試せるようになっているので、アイディアを入れこむための手順が少なくなってきたのだと実感しました。思いついたらすぐに試せてクオリティもそこそこ出ている、これはゲームをディレクションする上ではかなり有用。このレベルになるとプロトタイプの有用性がかなり高まるので、ゲーム作りの幅は昔に比べるとずいぶんと広がったのだと実感しました。
小さい作品を個人で作ってみるのも楽しそうなので、空いた時間にちょこちょこチャレンジしてみようかと思ったり、思わなかったり。

それと「AI」の台頭が印象深いですね。
これまでもAIが使われてきたものはありましたが、イラスト生成AIやchatGPTのように人でしかできないであろうと思われた精度の高い創造や会話(質問に対しての人間らしい返答をする)などが一般の人でも触れるようになり、AIを使いこなすということや創造の方向性に違うレイヤーができた印象を受けています。
こういう新しいツールは、実際触ったり、どう使いこなすかというのを考えたりするのも面白いのでどんどん進化していってほしいですね。

そのほかにも、好きなコラボの「ねぽらぼ」メンバー全員がチャンネル登録者100万人突破したのでとてもうれしいですねー。
いやもう後方腕組みおじさんになって観ています。
そしてもうひとつの好きなコラボの「スバちょこるなたん」にはお礼しかないです、ありがとうございます!
箱推しなので興味ある配信は覗いているのですが、最近は、大空スバルさん・獅白ぼたんさんの配信を中心に作業やゲームをしながら視聴することが多いですね。
あと、ぽぅぽぅが醤油混ぜているかどうか気になっていますね。たぶん皆気になっているとおもっている。
今年は、夜空メルさんの魅力を再認識しましたね。ホロ公式番組や他のメンバーとのコラボなど、発言や思考、ド天然をかましているのが面白くて天才やと改めて思いました。
メンバー全員、コラボについても語ってしまいそうになるのでこの辺で…

あとは「あおぎり高校」の「大代真白」さん面白いですね、僕は好きですよ。
説明しづらいんですけど、面白いです、頑張っています。
普段ほんといろんなことをやっているのに歌の時だけ別人になるんですよね。
おめシスのリオちゃんと歌ってみてほしいですねー。

<質問3>2022年に、個人的に注目した(している)人物

造形作家Yoshi.
プラチナゲームズのキャラクターモデラーとして一緒に働いていたけど退職し、現在は彼の主としている世界観“ツムギバコ” を基に講談社さんの支援で「IZON.」という共依存アクションゲームを制作しています。彼の独特な造形の世界観を楽しめるゲームになりそうでとても楽しみです。
彼の造形で世界観は感じられると思いますが、ゲームの映像(外部リンク)もあるのでぜひご覧ください!

造形でも「プトゥン」がマックスファクトリーさんからプラモで発売されていたり、壱百万天原サロメさんを人外アレンジしていたりするので、興味があれば彼の造形を見てあげてください。
Twitterアカウント

あとは田浦貴久ですよ。
彼は今後もっと活躍するはずなので、
注目しておいてください!!

<質問4>2023年に向けての抱負、また4Gamer読者に向けてのメッセージをお願いします。

2022年はベヨネッタシリーズの最新作「ベヨネッタ3」が発売されました!
終盤にホントに少しだけお手伝いをしただけなのですが、シリーズ集大成の3作目として素晴らしいアクションゲームになっているので、みなさまぜひ「ベヨネッタ3」をプレイしてみてください!
自分自身の課題はたくさんあり、考えること勉強することは山積みですが、次に向けてコツコツとやって行ければなと思っています。

「ベヨネッタ3」(Switch
(C) Nintendo (C) SEGA Published by Nintendo
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プラチナゲームズ
シニアゲームデザイナー
田浦貴久

代表作:「ASTRAL CHAIN」「NieR:Automata」

Twitterアカウント
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<質問1>2022年に発売されたゲームの中で、最も感心させられた(あるいは衝撃を受けた)タイトル

「ANNO: Mutationem」
ドットを3Dで構成した美しいサイバーパンクのアートスタイルと、操作性の良いゲームプレイが相まって、お気に入りの一本です。

<質問2>2022年に発売/公開されたエンターテイメントコンテンツの中で最も印象深かった作品

「劇場版 呪術廻戦 0」
公開開始は2021年末でしたが、観に行ったのが2022年頭だったので。
乙骨くんとリカちゃんの純愛が最高の映画。漫画でも活躍の場が増えてきてただただ嬉しい。

<質問3>2022年に、個人的に注目した(している)人物

Yoshi.さん
造形から世界観を広げてゲーム制作にも着手しているさまに注目しています。行動力に脱帽。

ケイゴイノウエさん
自身の世界観をアパレルやMVなど多種多様に発信しており、今後の活躍にも期待しています。

<質問4>2023年に向けての抱負、また4Gamer読者に向けてのメッセージをお願いします。

頑張って引き続きゲームを作ります。なんとか、お披露目できる日を夢に見ながら……

「NieR:Automata」(PC / PS4 / Xbox One / Switch
(C)2017, 2022 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
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Bokeh Game Studio
取締役社長 / プロデューサー
佐藤一信

代表作:SIRENシリーズ,「パペッティア」「人喰いの大鷲トリコ」

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<質問1>2022年に発売されたゲームの中で、最も感心させられた(あるいは衝撃を受けた)タイトル

「ELDEN RING」
元来の高難易度バトルアクションとオープンワールドの融合がお見事で驚嘆しました。
また新たなユーザーへの配慮も素晴らしく、今まで手をこまねいていたユーザーも楽しめるタイトルに昇華されていると感じました。
GOTY受賞おめでとうございます!

<質問2>2022年に発売/公開されたエンターテイメントコンテンツの中で最も印象深かった作品

「女神の継承」
文様作家であり怪談師でもあるAPSU SHUSEIさんにお勧めされ鑑賞したのですが度肝を抜かれました…。
「哭声/コクソン」のナ・ホンジン監督の最新作ということは知ってはいたのですが、色々な意味で想像を超えられた作品でした。
タイの湿気や匂いが漂ってくるような映像力にも感嘆です。

<質問3>2022年に、個人的に注目した(している)人物

サッカー日本代表
コロナ禍でどこかスッキリしない雰囲気が続く日本に特大の歓喜と熱狂をもたらしてくれたサッカー日本代表に感謝です!
YouTubeで放映している「SAMURAI BLUEの軌跡〜日本代表TeamCam」も相まって選手に親近感が沸いて応援にも熱が入りました。
今回のW杯はネット配信やVAR、交代人数などなど、中身も周辺も色々な進化があって新鮮でした。

<質問4>2023年に向けての抱負、また4Gamer読者に向けてのメッセージをお願いします。

現在ボーカゲームスタジオでは昨年発表した「野狗子: Slitterhead」を鋭意制作中です。
本年は制作に集中していたので大きな発表は出来ませんでしたが、2023年には新情報をお知らせ出来るよう関係者全員で頑張っております。
弊社のYouTubeチャンネルでも情報を発信しておりますのでご覧頂けると幸いです!

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「野狗子: Slitterhead」
(C)2021 Bokeh Game Studio Inc.
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Bokeh Game Studio
CEO / クリエイター
外山圭一郎

代表作:「SILENT HILL」,SIRENシリーズ,GRAVITY DAZEシリーズ

Twitterアカウント
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<質問1>2022年に発売されたゲームの中で、最も感心させられた(あるいは衝撃を受けた)タイトル

「地球防衛軍6」
シリーズ通して大好きですけど、これまで多々見られた制約とのせめぎ合いと、そこから導かれてきた数々のお約束。そういったものを逆手に取るストーリー展開に度肝を抜かれました。アクション、シューティングとしての爽快感は言わずもがなで、今回は今まであまりできなかったマルチプレイもかなり楽しませていただきました。

<質問2>2022年に発売/公開されたエンターテイメントコンテンツの中で最も印象深かった作品

コミック「マイホームヒーロー」完結した第二部(17巻)。じわじわと追い込まれ引き返せなくなった挙句に、とんでもないところに着地してしまうテンポ感。人の死に様がフィクションの醍醐味、と思っていましたがそれにしても強烈で、夢に出てうなされたりしました。

<質問3>2022年に、個人的に注目した(している)人物

Apsu Shuseiさん。文様アーティストで怪談家で、イベントのオーガナイズに呪物にお遍路にクラフトジン…… 「怪のモノリス展」に知人が出展していたことをきっかけに、仲良くさせていただくようになりました。自分自身は新しいことに物怖じしがちなタイプなのですが、興味の趣くところにごく自然に没入し、周囲の人々を惹きつけムーブメントへと昇華していく強固なパーソナリティに驚嘆します。

<質問4>2023年に向けての抱負、また4Gamer読者に向けてのメッセージをお願いします。

スタジオ初回作「野狗子: Slitterhead」の制作も佳境です。その後の我々の行く末を大きく左右する重要な時期ですので、緊張感を伴いつつも挑戦的姿勢を前面に出していきたいと思います。

画像集 No.002のサムネイル画像 / ゲーム業界の165人が2022年を振り返り,新年への抱負を語る。年末恒例のコメント集企画
「野狗子: Slitterhead」
(C)2021 Bokeh Game Studio Inc.
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White Owls
ゲームデザイナー / シナリオライター / 小説家
SWERY(末弘秀孝)

代表作:「The Good Life」「The MISSING - J.J.マクフィールドと追憶島」,Deadly Premonitionシリーズほか

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<質問1>2022年に発売されたゲームの中で、最も感心させられた(あるいは衝撃を受けた)タイトル

意外に思われるかもしれないですが、やはり今年は「ELDEN RING」でしょうね。
日本の開発会社で本当の意味での世界規模のタイトルを仕上げられるところは、かなり限られていると言えます。
しかし、この作品はどこに出しても間違いなくトップ。ゲームメカニクスもグラフィックスも、サウンドも、そして世界観も、どれも確実に世界最高クラスでした。
今年は開発がとても忙しくて、例年よりも遊んだゲームが少なかったのですが、「ELDEN RING」にずっと時間を取られて、他のゲームをやる暇が無かったのも選出理由のひとつです。

<質問2>2022年に発売/公開されたエンターテイメントコンテンツの中で最も印象深かった作品

「ジ・オファー / ゴッドファーザーに賭けた男」
あの名作映画「ゴッドファーザー」が誕生するまでの舞台裏を、ドラマ仕立てで描いたTVシリーズです。個人的な見所は、アル・パチーノやマーロン・ブランド役の俳優陣が本人を意識しつつも、モノマネにならない範囲での絶妙な演技をしているのがとても良かったです。
また、主演が興味のある俳優(「トップガン マーヴェリック」のマイルズ・テラー)だったのも、入り口で感情移入しやすかったですね。
超マニアックな話では、ゴッドファーザーの監督にフランシス・フォード・コッポラが起用される下りで、主人公のラディがコッポラに会いに行くシーンがあります。
そのコッポラ初登場のシーンでは、当時一緒に会社を経営していた若き日のジョージ・ルーカスが背景の奥の方に映り込んでいました。
こういうちょっとした遊び心も満載で、映画ファンの方は是非には見てほしいです。

<質問3>2022年に、個人的に注目した(している)人物

クリフ・ブレジンスキー氏
言わずと知れた「Gears of War」の生みの親です。
しばらくゲーム業界を離れていましたが、秋頃に自伝「Control Freak」を出版し、再びエンタメ業界への意欲を見せています。
ネトフリ版の「Gears of War」に関する記事やツイートにも積極的に反応したりと、もしかすると何かあるのかも?と個人的に期待しています。

<質問4>2023年に向けての抱負、また4Gamer読者に向けてのメッセージをお願いします。

4Gamer読者の皆さん、White OwlsのSWERYです。
White Owlsでは現在、複数本のプロジェクトが進行しています。
すでに発表済みのThe Good Lifeの追加コンテンツだけでなく、中には完全新作も。
そのため、2022年は開発が忙しくて、殆ど遊びに行くことができませんでした。
来年、これらのうちのいくつかを皆さんにお届けできるよう、開発一同、頑張っております!
引き続き、応援のほどよろしくお願いいたします。

2022/12/12 SWERY

「The Good Life」(PC / PS4 / Xbox One / Switch
(C)2021 White Owls Inc. Licensed to and published by Active Gaming Media Inc.
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MyDearest
代表取締役CEO / 総合プロデューサー
岸上健人

代表作:「東京クロノス」「ALTDEUS: Beyond Chronos」「DYSCHRONIA: Chronos Alternate」

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<質問1>2022年に発売されたゲームの中で、最も感心させられた(あるいは衝撃を受けた)タイトル

「BONELAB」
2022年VRゲーム界最大のヒット作で、VR専用にもかかわらず100万本を突破するであろうゲームです。日本だとそこまで話題になっていないですが世界のVRゲーム界からするとこの話題で持ち切りでした。ゲームとしての完成度というより、物理シミュレーションとにかくVRらしいさ面白さに振り切っており、これが大ヒットしたことが驚きが大きいタイトルです。ゲームデザインというものがある意味でほぼ存在しなく、とにかくVRとして面白い。これが大ヒットしたことが世界のVRゲーム界に大きな影響を与えることになると思い、しかもとくに日本の開発者にない視点で作られたタイプの作品なので注視して遊んでいます。

<質問2>2022年に発売/公開されたエンターテイメントコンテンツの中で最も印象深かった作品

「RRR」
2022年最強のエンターテインメントでした!
最強の男と最強の男同士が肩車したらもっと最強になる、という当然の真理に気付けてなかった無知な自分をぶん殴られるくらい最強のエンターテインメントでした。

<質問3>2022年に、個人的に注目した(している)人物

ENDROLL 前元健志
ARゲームというか体験型のエンターテインメントを開発している会社の社長で友人なのですが、「人はここまでロジカルにゲームや組織を作れるのか??」というくらい同世代として衝撃を受ける人物です。
よひつじの森」という睡眠促進というテーマで現実を拡張するゲームを彼と集英社が組んでリリースしたのですがこれもまた傑作でした。近い将来世に出る人物です。

MyDearest 末岡青
自社の最新作ディスクロニアのディレクターなんですが、この人は「鬼才・天才」の部類ですね。僕がこれまで出会ったクリエイターの中で最もポテンシャルを秘める人物の一人です。凄まじい才能を持ちますがまだ生まれたての才能ゆえにまだ荒削りな部分もあるのでプロデューサーとして方向性を導いていけるように身の引き締まる思いです。末岡青の才能が詰まったディスクロニアのファイナルエピソードが2023年にリリースされますので是非ご期待ください。

<質問4>2023年に向けての抱負、また4Gamer読者に向けてのメッセージをお願いします。

来年は「コンシューマーゲーム進出!&マルチプレイVRゲーム」の年です!
これまでVRオンリーで開発してきましたが、来年は「DYSCHRONIA: Chronos Alternate」という最新作がなんとタッグを組んでいるイザナギゲームズさんによってSwitch版が発売されます!
そしてディスクロニアはPS VR2のローンチタイトルでもあり、さらにディスクロニアはエピソード方式のゲームということでファイナルエピソードであるエピソード3が2023年にリリースされますので是非皆様にご期待いただけますと幸いです!
また僕らがずっと準備してきた世界に向けたマルチプレイVRゲームの情報発表もできると思いますのでご期待ください!

「DYSCHRONIA: Chronos Alternate」
(C)Project DYSCHRONIA.
画像集 No.059のサムネイル画像 / ゲーム業界の165人が2022年を振り返り,新年への抱負を語る。年末恒例のコメント集企画



MyDearest
ディレクター
末岡 青

代表作:「ALTDEUS: Beyond Chronos」「DYSCHRONIA: Chronos Alternate」

Twitterアカウント
画像集 No.060のサムネイル画像 / ゲーム業界の165人が2022年を振り返り,新年への抱負を語る。年末恒例のコメント集企画
<質問1>2022年に発売されたゲームの中で、最も感心させられた(あるいは衝撃を受けた)タイトル

「IMMORTALITY」
2022年はとにかくずっとばたばたしていて、最後までプレイできたゲームが少ないのですが、「IMMORTALITY」には夢中になってしまいました。

「Her Story」で有名な開発者の新作、公開されることのなかった3本の映画の映像データを検証することで失踪した女優の謎を追うという捜査アドベンチャーです。映像編集者になるという体験の新鮮さと独創的なメカニクス、膨大かつ断片的な映像素材の向こうに浮かび上がってくる謎に終始惹きこまれました。

<質問2>2022年に発売/公開されたエンターテイメントコンテンツの中で最も印象深かった作品

「ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス」
実はMCUは長い間、食わず嫌いをしていたのですが…。ワクチン接種を受けたあと時間があって6作品を一気見した結果、見事にはまりました。なかでも「ドクター・ストレンジ」は一番好きな作品です。

最近のMCU作品は変化していく価値観を捉えようとしている様子が作品から伺えると感じています。それが作品にとって良いことか悪いことかはさておき、市場の価値観の変化を捉える意味でもMCUの最新作を追うのはおもしろいと思っています。

<質問3>2022年に、個人的に注目した(している)人物

神経科学者カール・フリストンの自由エネルギー原理に注目しています。
わたしは当然、この分野の専門家でもなんでもないわけなのですが、脳の統一理論ともいわれる自由エネルギー原理の本を読んだ時、とても興奮しました。人間の脳が世界をどう捉えているのか、ずっと興味があったからです。

2022年になって国内で触れられる本や論文も増えたように感じていて、今後も追い続けたいなと思っています。

<質問4>2023年に向けての抱負、また4Gamer読者に向けてのメッセージをお願いします。

2022年は初ディレクションの「DYSCHRONIA: Chronos Alternate」エピソード1、2をリリースし、とても目まぐるしい年でした。

2023年は完結編となるエピソード3がリリース、その後、Non-VRのSwitch版もリリースと相変わらず忙しいですが、おもしろいゲームをお届けできるように開発陣は日々試行錯誤しています。楽しみにお待ちいただければと思います!

「DYSCHRONIA: Chronos Alternate」
(C)Project DYSCHRONIA.
画像集 No.061のサムネイル画像 / ゲーム業界の165人が2022年を振り返り,新年への抱負を語る。年末恒例のコメント集企画

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