
インタビュー
「serial experiments lain」の20周年を記念し,主要スタッフにゲーム版をプレイしてもらった。次作は「誰かが適当に作ったら」?
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本作はメジャーなタイトルではないが,カルト的な支持を集めており,とくにアニメ版(1998年7〜9月に放映)の知名度が一部で高い。ただ,シリーズの原点は,アニメ終了後にリリースされたPlayStation用ソフト「serial experiments lain」(1998年11月に発売)がそれにあたる。
カルト作品とはいえ,アニメ版はイベントやメディアなどで語られる機会があったり,近年ではHuluやAmazonプライム・ビデオなどの定額動画配信サービスで提供されたりしている。その一方でゲーム版は,一部プレイヤーによるもの以外は回顧録などがほぼなく,ソフト自体もゲームアーカイブス化や移植が行われていないうえ,中古市場ではプレミア化しており,「カルトの中の闇」のような現状になっている。そこで,この20周年を記念し,ゲーム版について未だ明かされていない裏側を覗くべく,プロデュースを手がけた上田耕行氏,アートを手がけた安倍吉俊氏,シナリオを手がけた小中千昭氏に,実際のゲームプレイを踏まえつつ,回顧してもらった。
なお本作を知らない人のため簡単に解説しておくと,ゲーム版「serial experiments lain」の内容は,架空のOSから架空のデータベースサーバにアクセスして映像や音声などを閲覧し,メインキャラクターの岩倉玲音(いわくら れいん)と,そのカウンセラーである米良柊子(よねら とうこ),そして彼女達の周囲で起こった出来事を追っていく……というものだ。言うなれば「インタラクティブなメディアプレイヤー」といったところで,基本的に達成すべき目標や倒すべき敵,攻略すべきルートなどは存在せず,いわゆる“ゲーム”としての体裁を成しているかは,極めて微妙なところだ。
●上田耕行氏
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン所属のアニメ/音楽プロデューサー。「serial experiments lain」ではシリーズ全般のプロデュースや,ゲーム版における音声パートの脚本などを担当。近年はTVアニメ「ゴールデンカムイ」のエグゼクティブ・プロデューサーや「ドリフターズ」のプロデューサーなどを務める。
●安倍吉俊氏
イラストレーター/漫画家。「serial experiments lain」ではキャラクター原案やシリーズ全般のアートワークなどを担当。同作の画集である「an omnipresence in wired」の復刻版が,復刊ドットコムから9月中旬に発売される。10月には,キャラクター原案を担当したTVアニメ「RErideD-刻越えのデリダ-」の放映が開始となる。
●小中千昭氏
脚本家/小説家。「serial experiments lain」では,ゲーム版におけるアニメーションパートの脚本と,アニメ版のシリーズ構成および全話の脚本,雑誌連載「Layers」のテキストなどを担当。現在,回顧録的なblog・welcome back to wiredを公開中。また,安倍氏やアニメ版「serial experiments lain」監督の中村隆太郎氏と企画を進めていたものの,一旦企画終了となっていた「ですぺら」について,「近日ではないが動きがある」とのこと。そのほか,脚本を担当したアニメ「デジモンテイマーズ」のBlu-ray BOXが4月に発売されている。
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苦行の始まり
4Gamer:
皆さん普段4Gamerに出ていただくような機会はないわけですが,ゲームは遊ばれるのでしょうか?
上田:
俺はひたすらゲームやってるなあ。仕事柄,ゲーム原作のアニメに関わることもあるし(※)。最近だとSteamで面白いやつをひたすらチェックしたり,あと「フォートナイト」をひたすらやってます(笑)。
※上田氏は「ダンガンロンパ3 -The End of 希望ヶ峰学園-」のプロデュースや「神撃のバハムート VIRGIN SOUL」のプロデュース協力などしている。
小中:
私は去年PS4とソフトを8本くらい買って,操作に慣れようと思って「タイタンフォール2」をやったら,すっごい疲れて。「ああ,最近言うeスポーツというのは,本当にスポーツなんだな……」と思いましたね。
上田:
本当にプレイヤーはすごいと思うよ。子供にも勝てないもん。
小中:
それで疲れ果てて……チョイスが合ってなかったのかな(笑)。いきなりチュートリアルもなく,「さあ,ここを何とかしよう!」って言われて,30分くらい格闘したけど「どうしたらいいのよ!?」となって。そんなレベルです。
安倍:
僕は一通りのゲーム機を持っていて……。
上田:
で,「艦これ」やってたよね。
安倍:
最近は子供と「DARK SOULS」やってます(笑)。
上田:
俺は「アサシン クリード」なんかやってる。ガキは上の子と一緒に楽しくフォートナイトやってるよ。
安倍:
今,eスポーツのためにフォートナイトを教える家庭教師というのもあるみたいですね。
上田:
風向きがだいぶ変わったよね。うちらの子供が大きくなったころには廃れているかもしれないけど,今はめっちゃ稼げるし。
4Gamer:
ゲームの大会は,大きいものだと優勝賞金が1000万円を超えることもざらにありますからね。
上田:
人気実況者になると月収5000万(※)とかあるらしいね。
※「フォートナイト」のトップストリーマーであるNinja氏は月収50万ドル。昨今のレートで日本円にすると,おおよそ5500万円。
安倍:
作った人よりも稼いでるじゃないですか(笑)。
上田:
歌もそうでさ,例えば初音ミクで作曲した人がいても,それを“歌ってみた”って歌い手の動画の方が再生されたりして……だからちょっと,考え方が変わってきてるのかな。まあ,そのくらいのゲーム教養です(笑)。
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今回ですが,PlayStation版「serial experiments lain(以下,lain)」と初期型PS3を用意しましたので,皆さんにプレイしていただきつつ,お話をうかがっていければと思います。
(一同笑)
小中:
苦行だよ!
上田:
嫌な思い出しかない(笑)。だって,マスター納品まで半年切ったところで,中原(※1)がインタフェースを変えたからね。ペルソナ(※2)をバストアップじゃなく全身像にするって。
※1 lainやNOëLシリーズでディレクターを務めた中原順志氏。この後も同氏の奇抜さに関するエピソードが次々と飛び出す。
※2 ゲームのプレイ中,メイン画面の中央に表示されるキャラクター。物語の中心人物である玲音と瓜二つの容姿を持つ。
小中:
その時期だとね……。
上田:
中原は,そういう内情的なことはカッコ悪くて言ってないと思うけど。「NOëL NOT DiGITAL」(以下,NOëL)の延長で,表情とか仕草がわかるようにバストアップでやっていたんだけど,中原が「全身じゃないと駄目だ!」みたいなことを言い出して。
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何で駄目だったんだろう。身振り手振りの芝居が入るからかな?
上田:
NOëLは要するにテレクラだから顔を大きく見せるバストアップでいいけど,lainのペルソナはネットワークのデータベースを司っている人だからそうじゃないだろって。
小中:
まあ,演出的に正論ではあるね。
上田:
正論だけど「今じゃねえだろ!」って。
小中:
よくそこで要求を飲んだよね(笑)。
4Gamer:
ところでゲームスタートの準備をしているわけですが,プレイヤー名は何にしましょうか。
上田:
じゃあ「チアキ」で。
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それでは,チ,ア……見づらい!
上田:
見づらいねえ,これ! 我々の視力の問題もあるかもしれないけど。
小中:
この画面も,320×240くらいでしょ?(※)
※PlayStationの解像度は,最小256×224〜最大640×480。
上田:
これ悲しいわ(笑)。
小中:
でも,このプレイ動画がすっげえ動画サイトで再生されてるんだよ。
上田:
プレミア価格で手に入らないから,珍しくなっちゃってるんだろうね。(操作を開始して)……これ,ホント不親切だな!
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小中:
いきなりこれなの(笑)。
上田:
これ酷いなあ! いやもう,俺がこれ買ったら作った奴を●してるね!
小中:
lainみたいな内容のゲームって,今あるんですか?
4Gamer:
近年ですと「Her Story」というゲームが,「lainに似ている」と一部で話題になりました。収監されている女性を記録したビデオがあって,それを見て「何が起こったのか」を推理していく……といったものです。
上田:
あと「フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと」,あれも「事件があったところを探っていく」みたいなゲームだよね。まあ,インタフェースはしっかりしてるけど。
(カウンセリングの音声ログが流れる)
玲音「疲れてるの?」
柊子「そうね。これでもけっこう忙しいのよ」
玲音「どれくらい?」
柊子「うーん,そうだなあ……こうやって玲音ちゃんとゆっくりお話するのが,唯一の楽しみなくらい……かな?」
玲音「本当?」
柊子「本当よ」
上田:
……これ,ヤバいね!
小中:
これは盗聴しているの? パーソナルな会話じゃん。
上田:
プレイヤーとしては,2人のカウンセリングのシーンを盗み聞きするの。
小中:
NOëLは直接会話するよね。
上田:
「こうしよう」って言ったのが中原だったのか俺だったのか,もう記憶にないなあ……。
(音声ログはまだ流れ続けている)
柊子「米良柊子,27歳。東京都世田谷区生まれ。橘総合研究所,精神病理研究室ドクター。こんなところよ」
小中:
設定は私が書いているんだってのは分かる。でも全然覚えてないんだよね……。
上田:
「橘総研」(※)って設定したのは千昭氏だね。……このストレスフル,半端ねえ。
※アニメ版・ゲーム版ともに,lain劇中で大きなファクターとなっている組織。
小中:
イタリックの文字がまったく読めないな……。
上田:
遠目だったら見えるのかなあ。
安倍:
ファミコンのころだと,ブラウン管の滲みを生かして……みたいなのはありましたけど。
4Gamer:
最近では,HDMI接続の「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ」だと,ドットがはっきりしちゃって本来想定していた描画と違うみたいな話もありました。
安倍:
そう。中間色だとハマるドットが,単なる網目になっちゃう。
上田:
これ,上に行くときって髪はどうしてたかなあ……ああ,そこをリピートしたのか。
小中:
髪?
上田:
移動で髪がフワッとなるのを,上りと下りでどうするか,開発ルームですごい揉めたんだよ。キャッシュ容量の制約が辛くて。ほかにも,このアイコンそれぞれに色をつけたいけど,もう無理とか……で,ペルソナが馬鹿デカいんですよ。
(新たなカウンセリングの会話ログが流れ始める)
玲音「こんにちは柊子さん」
柊子「こんにちは玲音。さあ,今日から本格的に玲音ちゃんの……あっ,玲音が,怖い夢を見ないように,色々調べるからね」
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このPlayってのは何なの?
上田:
たぶん,NOëLのキーワードリンク的なシステムの,成れの果てだと思う。Playで会話を聞いて,その中のキーワードをメニューから選ぶと,データベース上のリンクしているところに飛んでいくの。そして,次はその周辺の情報を探れる。
小中:
えっ? その音声データと情報に,リンケージを張ってるわけだ?
上田:
1つの会話ブロックからキーワードを抜き出して,そことデータブロックのリンクを,3日間かけて,俺が手作業で全部Excelに打ち込んだ。
小中:
地獄だねそれ!
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上田:
ずっこけちゃうのは,まだ明かされてない部分ってことだよな。
小中:
何でフラグを立ててるの?
上田:
基本的には,データを読んで謎に近づいていくと,アクセスできるデータが増えていって,全体の概要をつかめるようになる。さっきの「Her Story」と一緒なんだけど,背後にあるストーリーが“自分の中で分かる”っていう形なんだよね。
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攻略本も用意してみました。
上田:
攻略するやつも凄いな……ああ美里ちゃん(※)懐かしい。これを読めば一発クリアじゃない?
※玲音の親友であるクラスメイト(と,玲音自身は語るのだが……?)。
安倍:
分解されたものを自分で探していく体験がキモなんです(笑)。
上田:
はい,その通り,それがゲームでした(笑)! まあ,昔は方眼紙に地図を描いて攻略してたから,そういうカルチャーで考えたら普通ではあるんだけど。
小中:
(攻略本を読みつつ)玲音の視力は3.0なんだ。
上田:
ちょっと「変わった子」って印象を出したかったんだよね。スペックが特殊で,「見え過ぎちゃって」みたいな,そういう物理的な要因は足してたかな。
小中:
電波キャンセラーの髪(※)もそうか。
※玲音は電波が見えたり聞こえたりしてしまうため,それを遮断すべく左のもみあげを伸ばしている。
安倍:
本と言えば,有名なゲーム雑誌でレビューを拒否されてませんでした? 上田さんがジャンルを聞かれて,「サイコストレッチウェアだ」とか何とかテキトーなことを言ったせいで,向こうが「ジャンル分けできねえ!」みたいな話になって。
(爆笑)
安倍:
わりと楽しみに待っていたのに,「何点かな」と思ったら,欄外のところに……。
上田:
0点付けられるよりマシだろ(笑)。
小中:
いや,いっそ最低点を目指すべきだよ(笑)。
4Gamer:
低スコアぶりが伝説になっているタイトルはいろいろありますけど,まさかの選外!
小中:
選外っていうか,審査拒否?
上田:
発売前にも,CESAから呼び出し食らってね。「こんなの駄目ですよ」
小中:
いわゆるゴア描写が。
上田:
ゴア描写つっても,ゾンビは撃ち殺していいのにね。でも「CESAとしては認定できません」って言われて……「はい,かしこまりました! サヨナラ!」って。
小中:
じゃあ,CESAを通さず?
上田:
通してない。CESA除名プロデューサーです(笑)。
小中:
でも当時は出せたんだ。自主管理盤みたいなもんか。
上田:
よい子は真似しちゃダメだけど(笑)。
(メイン画面で一定時間放置していると発生するランダム再生)
若い女性「わかんな〜い! もう試験なんてどうでもいいや。
今年世界が終わるって分かってたら,勉強なんてしないで好きに暮らせるのに……」
小中:
これ,想定では何時間プレイなの?
上田:
何時間で想定してたかな……プレイ時間の満足度とか,設計はしてたはずなんだけど。インタフェースの問題で大きくズレちゃったんだよね。ただ,分量はそこそこある。
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上田:
心が荒むなあ……。
小中:
画質の粗さ,動画サイトにコッソリ上がってる違法なの見ているような感じがあるね。
上田:
当時のゲーム機のスペックだと,容量の制約がデカかったので,ムービーをものすごく小さく,短くしないと入らないの。貧弱極まりなかった。
安倍:
読み込みも長かったですよね。
上田:
でもPS3だとけっこう,マシンスペックが上がっている分リーディングが速いよ。
小中:
何倍速くらいになってるんだろう?
4Gamer:
ちょっとそこまではわからないですね……(※)。非常に独特なインタフェースですが,これにはモデルがあったのでしょうか。
※後日調べたところ,PlayStationのCD読み込みは最大2倍速(2.4Mbps),PS3は最大24倍速(28.8Mbps)。単純比較できるものではないが,数字だけで言えば12倍の差がある。
上田:
インタフェースはねえ,いわゆるメディアラボ的な,初台にあるNTTのICC(インターコミュニケーション・センター)とかに中原といったりしたかなぁ。今で言うインタラクティブアートみたいな,画面に映っている蝶が人の動きに反応したりするやつ。今のARとかVRとかの前段階にある,そういうのは参考にしてるかな。
ゲーム版とアニメ版の関係性
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(再びランダム再生)
陰鬱げな女性「……ねえ,私のこと好き……?
好きだったら,Cサイトの私のURLまで来て……」
上田:
……怖いわ!
小中:
ゲーム内の写真って,写真家の人にいっぱい頼んでたやつ?
上田:
俺の撮ったやつが大半だと思うよ。それだけだと足りなくなって,写真家の人にも追加で頼んだけど。
小中:
アニメの前だけど,すでに電線は強調されてるよね。
上田:
電線の強調は企画の当初からやってたなあ。“空を分ける直線”というものに惹かれていた。
小中:
それに関しては,ゲームからなんだよね。
上田:
それを千昭氏や隆太郎さんがアニメで拡張していった。
小中:
僕らは電線を「使わせてもらってる」感じだった。ネットワークの象徴なんでしょ。
上田:
もちろんネットワークは意識してたし,それに「声とかデータとかを伝えているものが空に線を引いてる」って状況が,すごく面白かったな。あと,玲音っていうキャラクターはいろいろな面があるけど,“この子が見ていた風景”で確証を持ってるのが,「見上げた空」なんだよ。
小中:
上田Pは単なるプロデューサーじゃなくて,原案であり,原作であり,メインコンセプターであり,ある種の総監督なんだよね。それが普通のコンテンツと,事情がちょっと違う。
上田:
そういう,ちょっと変な企画ではあった。でもまあ,アニメに関しては千昭氏と隆太郎さんについていったようなものだよ。
4Gamer:
ゲーム版は精神の疾患や病理がテーマだったところ,アニメ版ではサイバーパンク色が強くなったのは,どういう流れだったのでしょうか。
上田:
千昭氏が一番デカいけど,中原も含めて,デバイスとかに関して当時としては最先端の知識を持っていて,そこで格上げされたのかな。安倍くんも本格的に参加するようになって……。あと,やっぱり時代として面白かったよな! PalmやNewton,BeOSがあって,iMacも出てきて。
4Gamer:
iMacはアニメでも似たようなものを出してましたね。
上田:
今やったら,すげえ怒られるんだろうなあ(笑)。そういえば,“スモールi”って俺の方が早かったんだよ。特許で出しとけばよかった。
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そこでは先陣を切ってるのに,なんで「to Be continued」はBeOSなの(※)。
上田:
BeOSは,俺と中原のお気に入りだから(笑)。夢があったんだよな! 素晴らしいOSでさ。俺らが一番欲しがってたものが,それだった。
小中:
夢はあったね(笑)。RhapsodyとかCoplandとかが潰えていく中で。
上田:
……あっ。久しぶりに開けたぞ。
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(爆笑)
上田:
何だよ! 同じのばっかり(笑)。
安倍:
一度見たやつはアイコンの色が変わるとか(※),あったら良かったんですけどね(笑)。
※実際のところ,既読アイコンは色が変わるのだが,全体の色調が暗いため分かりにくく,現場で誰も気付かなかった。
上田:
ごもっともです! 俺もそれ,言ったような気はするんだけどな……それくらいパンパンだったんだと思うよ。今じゃスマホの方が,よっぽど快適なゲームを作れるよ。
(長めのカウンセリング音声ログが流れている)
玲音「じっとしていたら治ったの……」
柊子「それじゃあ,どんな様子だったか説明してくれるかな? 絵とか描ける?」
玲音「ううん……描けない……」
柊子「……そっかあ……」
(一同失笑)
上田:
……これ,面白いなあ! ここまで忘れているとホント新鮮で面白いわ。
小中:
今のはけっこう聞き応えがあったね。ハマった人は,苦行の中で長いのを見つけたときの感動がデカかったのかもね。ある種のクエストだから。
4Gamer:
ある意味,DARK SOULSで強敵をなんとか倒したときの達成感みたいなものですね。ゲーム単体というより,そういうのを含めたメタフィクション感が評価されている傾向はあります。
上田:
プレイ動画はネットに上がってるんでしょ? それを見たら解決する気がしちゃうけど。
小中:
プレイ動画は,割とサクサク進めているわけよ。それと実際にプレイするのは,全然違う。
上田:
自分でプレイして「また再生できない……」みたいなのを積み重ねるのが。
小中:
それがキモなんだよ。
上田:
狙って作るのは難しいね。
安倍:
実際,中原さんから「こういうことをしたい」と言われたときは,何なのかよく分からなかったですね。でも出来上がったものを見たら,ロードが長いとかは別にして,ただ押し付けられるストーリーとは違う面白さを感じました。人って自分で見つけたものを信じるので,lainの物語を信じる感覚が生まれるんですよ。
上田:
(パッケージを見て)……なんでこれ,ディスク2があるんだ? そうだ,確か企画書ベースでは1枚だったけど,入りきらなくて途中でディスク2枚組になったんだ。
ゲームデータの引き継ぎが大変だったなあ。一回ディスク2に行ったら戻れないから,結局ディスク1のデータを,ムービー以外ほとんどディスク2にぶっ込んだ。
小中:
音声は共通で入ってるんだ?
上田:
いや,データ量との戦いばかり記憶に残ってる……。
小中:
当時だと厳しいよね。今はもう,「タイタンフォール2」を起動しようと思ったら,アップデートが何十ギガもあったりしてさ。
4Gamer:
ギガどころか,PlayStationはCD-ROMで容量700MBですからね。
上田:
CD-RとかMOとかでバックアップ作ったよね……。
小中:
私もMO使ってたよ。今は全部読めないね。
安倍:
うちもMOでした。あとJAZドライブとか。
小中:
JAZドライブあったなあ(笑)。例によって初期不良が?
安倍:
そうです。取り外したら,ヘッドが一緒にガシャッて外れて,部品がバラバラ〜って(笑)。
上田:
俺はZipドライブ買ったなあ……。
4Gamer:
それが現代ではクラウドですからね。ネットワークに繋いでさえいればデータをやり取りできるという。
安倍:
僕,小学校のころはカセットテープにプログラミングしていましたよ。友達に絵を描いてもらって,ひと夏かけてアドベンチャーゲームを作ったんです。
小中:
絵を描いて“もらった”?
安倍:
僕はプログラマ志望だったので(笑)。それで,第1部くらいまでできたところで,どこかに投稿するためカセットをダビングしようとしたら,マスターとブランクを逆に入れて,消しちゃったんですよ……。「わあああああああ!!」って廊下の端から端まで転がりました。
(爆笑)
上田:
俺も「I/O」見ながら徹夜で打ち込んでたプログラムが雷で飛んだことがあって,それはもう絶叫ですよ。
安倍:
普通のテープだと伸びちゃうから,メタルテープ(※)にしてたのに,あのころはバックアップを取るという発想もなくて……。
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小中:
イラストに転じたのは,それで?(笑)
安倍:
そんなことはない(笑)。ただ,その友達の影響で「絵を描こう」と思ったりはしました。
小中:
安倍くんがプログラムを手打ちした体験を持つような人だから,ある種の「自分が使うことも想定したリアリティ」みたいなのがデザインにあるよね。基本的に僕らは「こんなのあんなの」と言ってるだけで,絵に落とし込んでいるのは,安倍くんなわけです。
例えばお父さん……アニメの方のね(※1)……の部屋にモニタがいっぱいあるのは,僕が願望を言ったわけですよ。あとNAVIに銃のグリップが付いてる(※2)とか,そういう発想は僕らが言い出したことではなくて。
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※2 Layer: 13(第13話)「EGO」,少年・タロウの所持している携帯型NAVI。
安倍:
銃のグリップにしたのは何でだったかなあ。何か変な形のデバイスにしようと思っているうちに,「銃とくっつけよう」と思ったんですよ。
上田:
でも大体パクリだよな(笑)。
4Gamer:
“銃と端末”という点では「真・女神転生デビルサマナー」のGUMPを連想したりもしますが,関係あったりしますか?
安倍:
それは知らないですね。
上田:
パクるにしても,他のゲームとかアニメとか,同じジャンルでパクってたら却下するから,たぶんそれは違う。
小中:
(画集「An omnipresence in wired」から,アニメ終盤における玲音の部屋の設定画を開きつつ)でさ,この機器って何?
安倍:
もはや僕にも分からないですね(笑)。具体的に何の機能があるかは。
小中:
ところさん(※)のレイアウトだと,これはもうちょっと目立ってたんだよね。私はISDNルータで,スタックされているんだろうって見てたの。
※ところともかず氏。アニメーター/アニメーション監督で,近年では「セイレン」や「逆転裁判 〜その『真実』,異議あり!〜」などに関与。
上田:
ところさん,アニメ版のエンディングの一枚絵があまりの描き込みで,「こんな仕事やだ!」って怒ってたなあ……。
小中:
AX(※)での安倍くんの絵も,線画ではこんなに描いてるのに色を着けるとさ……あれっ,こっちはクッキリしてるな。
※ソニー・マガジンズから刊行されていたアニメ雑誌。Layersが連載されていた。「An omnipresence in wired」および「yoshitoshi ABe lain illustrations」に再録されている。
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安倍:
ワニマガジンの画集では,線を少し見せたのも載せてるんです。質感的には,潰してる感じの方が好きですけどね。
上田:
完成品としては加工後の方がいい感じだよね。「元絵を見たい」っていう欲求に向けて,画集ではフィルタを外したんじゃないかな。
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小中:
最初期はこの綴りだったの?
安倍:
一番最初,「綴りはどうするんですか?」って聞いたら「まだ決まってない」って言われて。
小中:
でもフォントは最初からこれ(Love Letter Typewriter font)だったんだ。
上田:
割と早い段階で「このフォントがいいな」となって,それをもとに作った。
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ジャケットイラストは,ゲームと画集で血糊の付け方が違いますね。よく見たら,攻略本も似ているけれど加工が違う。
安倍:
自分でやった奴と,上田さんとかがやった奴と,何パターンかあった気がします。血は別レイヤーになってるので,血なしのバージョンを送って,それが加工されたんです。ゲームのジャケットは,何かの都合で「下から(血が)伸びているようにしたい」という話になって。
上田:
あやふやだけど,ジャケットはところがアートディレクションした気がする。けっこう終盤のほうだよな。
安倍:
パッケージは最後の方ですね。
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