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モデレーターを務めたのは,医師としての経歴を持つアイリス代表取締役CEOの沖山 翔氏。登壇したのは,衆議院議員でデジタル副大臣・内閣府副大臣を務める今枝宗一郎氏,秘密計算やコンフィデンシャルコンピューティング技術で知られるAcompany代表取締役CEOの高橋亮祐氏,そして今年3月に「ガバメントクラウド」への採択を果たした国産クラウド事業者,さくらインターネット執行役員の横田真俊氏の3名だ。
冒頭,今枝氏は「ソブリンAI」※の重要性を政府として以前から訴え続けてきたものの,実際に大きな予算を投じる合意形成には長らく苦労してきたと明かす。ところが,Anthropicの「Fable 5」が輸出管理の規制対象となり,アメリカ国内であってもアメリカ人以外の利用が制限されるという事態が発生したことで,状況は大きく動いた。
※ソブリンAI(Sovereign AI),データやモデル,それを動かす計算資源に至るまで,自国の管理下に置こうという考え方
「さすがにここまでやるのか」と今枝氏自身も驚いたというが,同時にこの一件が国民全体にソブリンAIの必要性を実感させ,政府として予算を投じやすくなったのも事実だという。国産LLMや国産クラウドへの投資を訝しむ声は減り,合意形成が一気に進みやすくなったというのが,今枝氏の率直な感触だ。
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話を引き継いだのは,Acompanyの高橋氏である。同氏は,ソブリンという概念を「チップ」「コンピューティング環境」「AIモデル」「ガバナンス」という4つのレイヤーに分解して捉えているという。すべてを国産で固めることは重要ではあるが,フロンティアモデルを持たない国がその活用を完全に諦めてしまえば,技術的なギャップは広がるばかりだ。そこで鍵になるのが,データを暗号化・保護したまま処理できるコンフィデンシャルコンピューティングだという。
この技術を使えば,AIモデルという知的財産を毀損せずに,日本国内の信頼できる環境へフロンティアモデルをデプロイすることが可能になる。逆に,日本発のAIが世界で戦えるレベルに育ったとき,それを他国の環境へ安全に展開していくためにも,同じ基盤技術が必要になってくる。高橋氏は,富士通などの企業とも連携しながら,この基盤レイヤーの社会実装に取り組んでいると述べた。
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司会の沖山氏は,このテーマをより噛み砕くべく,日常的に使うOSやクラウドの多くが海外製である現状に触れた。企業側の意向にかかわらず,国の方針ひとつでサービス提供が止まってしまえば,私たちは翌日から何ができるのか。これはまさに国家の経済安全保障に直結する問いだと指摘する。
これを引き受けたさくらインターネットの横田氏は,「Fable 5」が公開直後に突然使えなくなった出来事を例に挙げ,当たり前だと思っていた環境が一夜にして失われるリスクが,かつてより格段に現実味を帯びてきたと語った。他国と敵対関係になった途端にハイパースケーラーのクラウドがシャットダウンされる,あるいは海外リージョンがミサイル攻撃で失われる,といった事態も現実にありうる。
だからこそ重要なのは,特定の国産クラウドを選ぶこと自体ではなく,自分たちでクラウドを作れる潜在能力を国内に持っておくことだと横田氏は強調した。
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会場がもっとも沸いたのは,沖山氏の体験談だ。「Fable 5」の公開から3日間で300万円もの利用料を課金してしまい,そのペースが続けば1か月で3000万円に達する計算だったという。結局サービス自体が3日で止まり,「嬉しいのか悲しいのか」という複雑な感情を覚えたと苦笑いを交えて振り返る。一度依存してしまった便利さを,後から取り上げられるリスクこそがこのセッションを通底するテーマだ,と沖山氏はまとめた。
基盤モデルの世界では米中の存在感が圧倒的だが,高橋氏は日本の立ち位置を過度に悲観する必要はないと語る。日本は半導体チップの製造からクラウド基盤,そして高度なシステムインテグレーションまでを一気通貫で担えるプレイヤーが揃った,世界でも稀有な国だという。加えて,NTTやNECといった企業が10年以上前から蓄積してきた暗号技術の研究は,世界トップクラスの実力を誇る。
さらに高橋氏は,地政学的な観点から日本に独自の優位性があると指摘する。アメリカは自国製のフロンティアモデルを軍事や政府システムで使う際,運用環境をそこまで信用する必要がない。
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一方,日本のように他国のシステムを前提に安全な処理基盤を構築せざるを得ない国では,トラスト技術そのものが成熟しやすい環境にあるというのだ。実際,アメリカで開催されたコンフィデンシャルコンピューティング関連の国際会議に参加した際にも,こうしたトラストを軸としたアジェンダを本気で推進しているのは日本とヨーロッパくらいだと実感したという。アメリカでは,この分野への取り組みは民間の自主的な動きに限られているのが実情らしい。
今枝氏も,クラウドの世界で数年前にはハイパースケーラーとの機能差が大きかったものが,今では十分に追いつける水準まで縮まったことに触れ,AIの世界でも同様の展開が起こり得ると期待を寄せた。
実際,ガバメントクラウドの技術要件を国産クラウドが満たしていった経緯は,その先例といえるだろう。フロンティアモデルには難しい処理を任せ,日常的な処理はローカルモデルで担う,といった使い分けが進めば,AIの世界にも同様の「追いつき」が起こる可能性がある。
今枝氏はさらに,日本が置かれている地政学的な立ち位置についても言及した。米中いずれにも依存したくないという意識は,東南アジアをはじめとする各国の間で確実に強まっているという。そうした国々にとって,フルセットの技術基盤を持ちながら米中どちらの陣営にも属さない日本は,「第3極」として大きな期待を集めている,というのが今枝氏の実感だ。
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デジタル庁は4月から,政府職員向けの生成AI基盤「源内(GenAI)」の利用を全省庁に拡大した。今枝氏によれば,すでに多くの職員が意欲的に利用しているといい,近くその利用状況も公表される予定だという。加えて,GenAIをオープンソース化し,海外政府への提供/支援も具体的に進めているという。
各国政府が日本発の生成AI基盤を採用すれば,その国の事業者にとっても日本製システムとの親和性が高まり,日本企業の海外展開を後押しする効果が期待できる,という構想だ。
ちなみに,源内という名前は平賀源内に由来しており,GenAI(Generative AI)にもかかっていて,シャレが利いている。
個人情報の活用と保護のバランスも,このセッションの重要な論点だった。今枝氏は,個人情報保護法の立法趣旨がそもそも「個人情報の保護」と「国益のための情報活用」という2つを並列に掲げていたことを指摘する。
しかし実際の国会審議では,衆参両院の党構成比の違いから,参議院のほうが厳しい姿勢を見せることが多いという。リスクゼロは現実には存在しないにもかかわらず,それを追求しすぎればデータは活用されないまま眠ってしまう。だからこそリスクとベネフィットのバランスを取りながら理解を広げていく作業を,国会で何十時間も重ねているのが実態だと今枝氏は明かした。
高橋氏も,プライバシーテック協会会長という立場から,自民党のデジタル社会推進協議会などへの働きかけを2,3年にわたって続けてきたと振り返る。新しい技術が生まれるたびに求められるガバナンスや法制度のあり方も変化していくべきだという主張を,粘り強くコミュニケーションを重ねながら伝えていくことが欠かせない。一方的に主張をぶつけるのではなく,対話を通じて落としどころを探る姿勢こそが,パブリックアフェアーズにおいて重要になっているという。
政府側の取り組みとしては,スタートアップ支援における「調達改革」も紹介された。従来型の補助金頼みではなく,政府自らがスタートアップの製品・サービスの「最初の顧客」になることで,事業成長と信頼性確保を後押しする。日本版SBIR制度をはじめとするこの新しい枠組みは,2027年からの本格稼働に向けて急ピッチで整備が進められているそうだ。
高橋氏は最後に,日本が世界で勝ち上がっていくためには,一企業の視点にとどまらず「国」あるいは「人類」といった大きな主語を持ち,国内外のプレイヤーと連携していく姿勢が欠かせないと述べた。
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セッションの終盤,3氏はそれぞれ過去1年間で印象に残ったニュースを振り返った。
横田氏が挙げたのは,やはり今年3月のガバメントクラウド採択である。「これが通らなければ後がない」というほどの重圧を感じていたといい,同時に「Fable 5」が瞬く間に利用制限された一件も,ソブリンの重要性を強く実感させる出来事だったと語った。
高橋氏が挙げたのは,OpenAIが中国の工作員による攻撃を報告した一件だ。モデルベンダーが「学習には使わない」としながらも,実際には「改善のため」データを閲覧している事実が明らかになったことに,産業データ保護の観点から強い危機感を抱いたという。
今枝氏が挙げたのは,高市政権の誕生だった。ソブリンAIに強い思いを持つ総理のもと,官民合わせて370兆円規模という野心的な成長投資ロードマップが打ち出された。バーティカルAI分野では2030年までに世界市場33兆円のうち5兆円を日本で獲得する目標を掲げ,2040年までには官民投資で23兆円を投じる計画も描かれている。こうした規模の成長投資を打ち出せる政権はこれまでなかった,と今枝氏は評価した。
海外AIサービスの突然の利用制限という,誰もが実感できる出来事を起点に,国産クラウド・国産AIというテーマは一気に「ひとごとではない」議題へと変わった。技術をレイヤー構造で捉えるコンフィデンシャルコンピューティングの視点,インフラ事業者としての現場感,そして政府の政策動向。立場の異なる3人の議論が示したのは,悲観するばかりではない,日本には独自の勝ち筋があるという手応えだった。


















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