だが,いまこの市場を実際に動かしているものは,数年前とはずいぶん様子が違うらしい。
2026年7月1日,京都で開かれたIVS2026。そのクリプトステージで行われた「IVC キーノート:転換点を迎えるCryptoー市場とスタートアップの未来」に,Web3ベンチャーキャピタルであるInfinity Ventures Crypto(以下,IVC)のJT Law氏とAnn Chien氏が登壇した。
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両氏が繰り返し語ったのは,クリプトが「Web3のためのWeb3」──すでにその世界にいる人たちの内輪の物語──を抜け出し,実際の金融の骨格に食い込む段階へ移りつつある,といった見立てだった。
投機から実需へ,ナラティブから収益へ。
その現在地を,要点をたどって追っていく。
4年周期は終わったのか。今回の主役は機関投資家
セッションは,クリプト市場を動かしているものは何か,という問いから始まった。ビットコインにはおよそ4年ごとの半減期サイクルがあり,投資家は長らくこの周期を頼りに強気相場と下落を読んできた。
過去のサイクルでは,下落からの回復のたびに新しいテーマが相場を牽引してきたという。
2017年のICO,2020年のDeFiとNFT,その後のmeme coinやGameFi──いずれも「もう戻らない」と言われた底から,新たなイノベーションが相場を押し上げてきた。
では,今回も同じ物語の繰り返しなのか。両氏は,今年が過去と決定的に違う理由は,米国の機関投資家が本格参入した点にあると語る。というのもBlackRockやGoldman Sachsなど大手が保有するビットコインは,全供給量の6〜7%にあたるそうだ。
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相場を動かしてきたのが“クジラ”と呼ばれる大口保有者や個人投資家だった時代から,ウォール街という新しい買い手が加わった時代へ。「もはやクジラや個人だけに駆動される相場ではない」というのがそれぞれの見立てだ。
もっとも,未来は誰にも分からない。それでも,市場が深く沈んで誰もが弱気になるたびにクリプトはイノベーションで戻ってきた,とのことだ。
その繰り返しの上に,今回は機関という新しい層が乗っている。両氏の視点は,ここからより大きな構造転換へと移っていく。
かつてのクリプトは「Web3のためのWeb3」だった。新しいナラティブが生まれ,トークンが発行され,流動性が集まり,注目が後から追いかける。
そして「そこに本物の収益や採用はあったのか」と問われるのは,いつも最後になってからだったという。
だが今の相場を動かしているのは,ステーブルコインやETF,規制された決済インフラといった,現実の金融に食い込む要素ばかりだ。
市場は「Web3ユーザーのためのWeb3」から,金融やビジネスの実務に使われるはるかに広い用途へと軸足を移した,と両氏は語った。
ステーブルコインの現在地。「利回り型」と「実用型」の分かれ道
その転換を最もよく表しているのがステーブルコインだ。もともとはクリプトを取引するためのツールだったが,近ごろはグローバルなドル決済のインフラとして使う動きが強まっているそうだ。
その時価総額の合計は3000億ドルを超え,月間の送金額はおよそ6.7兆ドルにのぼるという。市場はTether(USDT)とUSDCの二強が占めるが,話は米国勢だけではない。
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IVCの投資先でもある中南米のインフラ事業者beloのように,世界各地で発行され,取引されるステーブルコインが増えている。
日本でもSBIグループやMUFGといった企業が,自前のステーブルコイン発行を試みているという。
ここで両氏が強調したのが,日本のステーブルコインと米国勢との性格の違いだった。
米国のUSDCやUSDTは,言うなれば「利回り型」に近い。預けると米短期国債の利回りなどを原資に利息が生まれる仕組みだという。
これに対して日本のJPYCは,利回りを生むためのトークンではなく,「実用型(ユーティリティトークン)」として使われることを目指しているという。
税金の納付や商取引,決済での利用などが模索されていて,さらにAIエージェントによる決済をJPYCで行う実験も進めているそうだ。
利息を稼ぐためではなく,実際の取引に使える道具にしていく──beloが目指す方向とも重なる,というのが両氏の見立てである。
なお,こうしたステーブルコインの多くは,消費者が気づかないところで動いているという。
取引所間の決済や国境をまたぐドルへのアクセスは,利用者がステーブルコインに触れている自覚すらないまま,裏側で進んでいく。両氏はこれを,貯蓄や利回りの話というより,一種の「運転資本システム」だと表現した。
G7で最初に動いた日本。そして最高55%から20%へ
日本は,フィアット(法定通貨)に裏付けられたステーブルコインについて規制の枠組みを整えた,G7で最初の国だったそうだ。その枠組みは2022年の資金決済法改正というかたちで生まれ,2023年6月1日に施行された。これは欧州のMiCAや米国の枠組みよりずっと早いという。
実際,米国が今年Clarity Act(Digital Asset Market Clarity Act)を通すと市場は見ていない,という予測市場の観測にも触れ,米国の歩みの遅さを指摘した。
一方で日本のやり方は保守的で,銀行主導だった。それは実験のスピードを鈍らせるかもしれないが,機関投資家からの信頼は確かに高まる,と両氏は語る。
かつてクリプトの世界にアルゴリズム型ステーブルコインが存在し,それが芳しくない終わり方をした頃を引き合いに出し,「2022年のFTX破綻のときも日本が難を逃れられたのは,この市場の規制水準が高かったからだ」とも述べる。
それでも水面下では多くの動きがあり,たとえば日本の三大金融機関は2027年3月までにステーブルコインを立ち上げたいとしているそうだ。
日本のFX市場の取引高は1日あたり4400億ドルにのぼり,こうした市場の大きさゆえに,あらゆるプレイヤーにとって魅力的なのだという。
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そしてもう一つ,「日本の取引量を刺激しうる」として挙げられたのが税制改革である。
日本はこれまで,取引所も上場プロジェクトもJFSA(金融庁)の承認を必要とする,非常に規制の厳しい市場だった。
個人が焼かれないよう,政策当局はきわめて慎重に規制を設計してきた,というのが両氏の見立てだ。
その日本が,近ごろ少しずつ手綱を緩めている。現行で最大55%──含み益への課税を含む──というクリプトの税率を,株式取引と同じ20%程度まで引き下げる案が検討されているという。
実現の時期は2027年になる公算が大きいそうだが,そこまで下がれば,クリプト取引に踏み出す人を後押しすることになりうるとした。
「トークンはビジネスモデルではない」。VCの物差しが逆さまになった
プレゼンテーションの終盤,両氏はこの5年のWeb3ベンチャーキャピタル(VC)を振り返った。
かつてのサイクルでは,VCの活動はクリプト資産の価格と連動していた。5年前は,汎用的なLayer 1チェーンに,良いストーリーさえあれば投資家が金を出したわけだ。
その際,フォークされたDeFiプロトコルが並び,投機があふれ,少しでも伝統的な匂いがすると「クリプトネイティブじゃない,Web2すぎる」と言われたものだ,と両氏は振り返る。
ところが今,問われることはすっかり変わった。投資家が尋ねるのは,分配,収益,規制対応,機関投資家による採用,そしてトークンがあるならその価値はどこで捕捉されるのか──といった問いだという。
ここで繰り返し強調されたのは,「トークンはビジネスモデルではない」ということ。流動性のあるトークンは本物のネットワークの成長を加速させることはできるが,プロダクトマーケットフィットの欠如を埋め合わせてはくれない。
かつてはナラティブとトークンから始まり,最後に「で,ユースケースは? 収益は?」と問われた。それが今では,トークンはもしあるとしても最後に起きるイベントになり,価値の多くはエクイティ(株式)で捕捉されるようになった,とのことだ。
この転換は,これまで手の届かなかった人々に機会をもたらす側面もある。両氏は,実世界資産(RWA)としてSpaceXやOpenAI,Anthropicといった未上場AI株をトークン化する動きに触れた。
先進国では容易な米国株の口座開設も,中国や東南アジア,中南米では規制上そもそも開けない人が数多くいる。RWAのトークン化は,そうした人々にアクセスの窓を開けるきっかけになるのだとか。
最後に語られたのは,創業者への助言だった。古いやり方でVCにピッチするのはやめ,ナラティブ主導ではなく,自分のプロダクトが本当に世界の課題を解いているのかを真剣に考えてほしい,と両氏は言う。
いまだWeb3という「おとぎの国」に住んでいないか。現実の世界で自分が解いている問題は何なのかを問え,と。
もしトークンを発行するなら,その収益が月々の費用を賄え,買い戻しができるのかを考えるべきだという。持続可能なモデルの例としてHyperliquidを挙げつつ,そして最後にこう付け加えた。
最初の5枚のスライドでトークノミクスとトークン生成イベントの計画を出してはいけない。それを見た瞬間,残りのプレゼンを読む必要はないと分かってしまうのだ,と。
このセッションを踏まえると,クリプトを語る言葉が,いつのまにか金融の言葉に変わってきたのだと分かる。
半減期だ,ナラティブだと沸いていた数年前を思えば,この日繰り返されたのは分配だ収益だと,どの業界でも通じる地に足のついた語彙ばかりだった。「最初の5枚でトークノミクスを出すな」という助言が,その変化を何より物語っている。
もっとも,6.7兆ドルだという数字は,語られる段階と回っている段階が違う。伝統金融に比べればまだ2兆ドルの小さな市場だという両氏の言葉のほうが,かえって正直に聞こえた。
小さいとは,伸びしろがあるということでもある。果たして,次にこの市場をのぞくとき,どこまで実需が育っているのだろうか。


















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