2021年6月2日に発売される,アーティスト・堂本光一さんのソロアルバム
「PLAYFUL」 。このアルバムに収録される楽曲
「V」 (ファイブ)と,その映像版
「V Short Movie」 の制作を手がけたのが,スクウェア・エニックスのイメージ・スタジオ部とサウンド部である。
「V Short Movie」は,堂本さん本人のモーションキャプチャを含む,実写とフルCGのハイブリッド映像となっている。内容は,実写の堂本さんとCGの堂本さんが“和”テイストのファンタジー世界の王とその影武者となり,共闘して迫り来る魔物を倒していくというもの。ストーリーが進行するにつれ,どちらの堂本さんが実写で,どちらがCGなのか分からなくなるくらい非常にクオリティが高い。
今回の取り組みについて,スクウェア・エニックス イメージ・スタジオ部 ゼネラルマネージャー
野末武志氏 (以下,野末氏)と,サウンド部 コンポーザー
水田直志氏 (以下,水田氏)に話を聞くことができたので,その模様をお届けしよう。
KOICHI DOMOTO V Short Movie from「PLAYFUL」
VIDEO
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スクウェア・エニックス のイメージ・スタジオ部とサウンド部が,堂本光一さん の新作ソロアルバム「PLAYFUL」の映像制作と作曲に参加。その発表会が2021年4月24日に東京都内で開催された。スクウェア・エニックスの野末武志氏と堂本さんのトークも披露された発表会の模様をレポートしよう。
[2021/04/25 11:30]
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。まずは,お二方の自己紹介をお願いします。
水田直志氏
水田氏:
私は「V」の作曲・編曲を担当しました。代表作は「FINAL FANTASY XI」(以下,FFXI)や「FINAL FANTASY XIII-2」,「LIGHTNING RETURNS: FINAL FANTASY XIII」,「FINAL FANTASY XV EPISODE PROMPTO」など,FFシリーズを中心に自社タイトルの楽曲を作っています。
野末氏:
僕は「V Short Movie」の映像監督・制作と,「PLAYFUL」のアルバムジャケットなど主要ビジュアルの制作を担当しました。代表作は,監督を務めたフルCG映画の「KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV」です。今は,スクウェア・エニックスの映像部門であるイメージ・スタジオ部のゼネラル・マネージャーをやっています。
4Gamer:
まずは,今回の堂本さんとの取り組みがスタートしたきっかけを教えてください。
野末武志氏
野末氏:
社長の松田(スクウェア・エニックス 代表取締役社長 松田洋佑氏)が堂本さんの舞台を拝見して,そのあと一緒に新しいエンターテイメントを作れないかという話になったと聞いています。それで松田が,僕のところに相談に来ました。
4Gamer:
今回の企画は,当初から楽曲と映像をセットで制作するという内容だったのでしょうか。
野末氏:
一番初めは,全然違う内容でした。堂本さんとお話ししている中で,ソロアルバムを出すので,それに合わせて何かできないかという流れになり,お互いに何ができるか手探りしているうちに,今の形に落ち着きました。
4Gamer:
なるほど。では,最初は楽曲を提供するという感じだったのでしょうか。
野末氏:
いいえ。それが全くの逆で,映像の話が先でした。当然,映像には音楽が必要ですから,その楽曲をスクウェア・エニックスで作ってアルバムにも収録しましょうと。
4Gamer:
それは意外でした。4月に開催された「堂本光一×SQUARE ENIX V Short Movie 完全版発表会」では,堂本さんがCGモデルを見て「2年前の自分の姿だ」とおっしゃっていましたが,制作はいつごろから始まったのでしょうか。
野末氏:
2019年の夏ぐらいからです。
4Gamer:
実際に対面した堂本さんは,どんな人物でしたか。
野末氏:
これはいろんなところで散々言っているのですが,実物が本当にそこにいるのかどうかがよく分からないのです。そこだけ次元が歪んでいるかのような……衣装を着ているわけでもないのに,何か特別な空間になっていて,「すごいな」というのが最初の感想でした。
4Gamer:
陳腐な表現をすると,「オーラがすごい」みたいな感じでしょうか。
野末氏:
オーラともまた違って,そこだけ空間が違うとしか言いようがないんですよ。時間も含めてすべてコントロールしているみたいな。言葉では表現するのが難しい,不思議な感じです。
4Gamer:
堂本さんの楽曲や映像を担当すると決まったときの率直な感想を教えてください。
野末氏:
たぶん,僕よりも水田のほうが驚いたと思いますよ(笑)。
水田氏:
野末は最初から関わっていますが,私はある程度プロジェクトが進んでから声がかかりました。社内でも極秘のプロジェクトで寝耳に水の話でしたから,堂本さんの名前を聞いたときは混乱しましたね。「一体どういうこと?」くらいの感じでした(笑)。
4Gamer:
野末さんが,水田さんに白羽の矢を立てた理由は何だったのでしょう。
野末氏:
僕も当然,水田の楽曲が好きですけれども,僕からというよりも堂本さんの意向が大きいです。堂本さんは,「FFXI」の超ヘビープレイヤーですから。それで「FFXI」の音楽を担当した水田を指名したのかなと。
水田氏:
堂本さんが「FFXI」をプレイされているという話は社内でも知られていたので,私に話が来たのはその流れなのかな,と思っていました。光栄なことです。
4Gamer:
4月の発表会では,堂本さんとの2回めの打ち合わせに,野末さんが大量のイメージアートを持参したというエピソードが明かされました。どの企画でも,そうやって大量のイメージアートを用意しているのでしょうか。
野末氏:
僕のチームは,メンバーでいろんなアイデアを持ち寄って,その中から要素を抽出したり,方向性を決めたりしていくタイプなんです。それでも,外部の方と一緒にやるときはある程度アイデアを絞るのですが,今回は比較的いつもどおりの進め方でした。そもそも堂本さんとは初めてご一緒したわけですから,趣味や方向性がまだ分からなかったので,アイデアを全部持っていって,どういうことを考えているのかを探るようなイメージでした。
■採用されたイメージアート
■その他のイメージアート
4Gamer:
水田さんは,どんなイメージで楽曲を作っていったのでしょう。
水田氏:
私がプロジェクトに加わったときは映像の骨格やタイムラインができていたので,それに対して自分が一番良いんじゃないかというものを提示しました。「これが格好良いと思うのですが,どうでしょう」と。
4Gamer:
では,今回の楽曲や映像を制作するにあたり,何か配慮したことはありますか。
野末氏:
「堂本さんのファンの方が納得できないものは作れないな」と,すごく意識しました。そうなると,自分が堂本さんのファンになるしかないのです。ファン目線で,堂本さんがどんなことに興味があるのだろうと考えながらお話しして,何となくキーワードを抽出していった感じです。とにかくファンの皆さんが違和感を持たないように,と考えていました。
水田氏:
僕は,堂本さんの過去のアルバムやライブ映像を拝見して,取り込めるところは取り込んでいきました。あとは“和”の要素など,少しだけあったキーワードとなるものを頭の片隅に置いて作っていきました。「堂本さんはこういう曲が好きだろう」というアプローチではなく,ダメだったら作り直す覚悟で「自分はこういうのが良いと思うのですが,どうでしょう」という形をまず提示して,そこからコミュニケーションを図っていこうと考えました。
4Gamer:
ちなみに,堂本さんとの打ち合わせは何回くらいあったのでしょう。
水田氏:
実を言うと,私は直接お話ししたことはないのです。私が提示したものに対して,堂本さんのほうから何かあれば逐一対応しようと考えていたのですが,幸いなことに少しだけ直しの依頼があっただけで,ほぼ最初の形のまま「これでOK」とマネージャーさんから伝えられました。
野末氏:
音楽も映像も,僕らを全面的に信頼してくださっている感じでした。何なら社内よりもOK率が高かった(笑)。
水田氏:
ただ,今振り返ると私に話が来たってことは,堂本さんが期待していたのは「FFXI」みたいな曲だったのかもしれませんね(笑)。でも,堂本さん本人から「FFXIのプレイヤーだったから」といったキーワードは全然出なかったので,こちらから忖度するのも変かなと思い,今の曲になりました。
4Gamer:
映像に関しては,堂本さんから何かリクエストはあったのでしょうか。
野末氏:
モーションキャプチャを一緒にやったり,打ち合わせでそのときどきの映像の仕上がりを確認してもらったりと,叩き台はこちらで作るにしても,堂本さんと一緒に作っていくイメージでしたね。
4Gamer:
共同制作みたいなイメージでしょうか。
野末氏:
100%共同制作ではないですが,いただいた意見を採り入れて作っていく感じでした。その意見も「これは嫌だ」「これはダメ」ではなく,「こっちのほうがもっと良くなるんじゃないか」といった建設的なものばかりでしたね。堂本さんは舞台の監督を務めるなどクリエイティブな人物ですから,指摘がとても分かりやすくて,とくに音に対して鋭いアドバイスをいただきました。堂本さんとのお仕事は,非常に面白い経験で刺激になりましたね。
4Gamer:
発表会では,堂本さんとの会話や,実際に鑑賞した舞台から“和”や剣戟といったキーワードを抽出していったというエピソードを披露していました。
野末氏:
最初のブレインストーミングは,舞台を観る前でした。もちろん堂本さんが何に興味を持っているのかはある程度調べていましたが,その時点ではそれほど舞台に引っ張られていませんでした。とにかく堂本さんが,何を考えて生きている人なのか,何を大事にしているのかを重視しました。
4Gamer:
では次に,今回の楽曲・映像を制作するにあたり,とくにこだわったポイントなどを教えてください。
水田氏:
あまりスクウェア・エニックスっぽくない,新しいチャレンジをしようと考えていました。よくあるような映像音楽になってしまってはつまらないので,もう少し音楽が前面に出るような感じでもいいだろうと。これまで,あまり自分がやって来なかったことにチャレンジしてみました。
野末氏:
最初に聴かせてもらったときは,「攻めてきたな!」と思いましたよ。
4Gamer:
確かに,言われなければ水田さんの曲だとは分からなかったかもしれません。
水田氏:
「V」を聴くのは私のことなど知らない,堂本さんのファンが大半だと思いますから,自分らしさみたいなことは全然気にせずに,繰り返しになりますけれども「こういうのが格好良いと思う」という気持ちで作っていきました。今までは,いわゆるFINAL FANTASY的,スクエニ的な音楽が求められる中で作曲をしていたので,あまり自由な表現をするチャンスがありませんでした。作曲家として,「世の中は今,こういう方向に向かっている」というトレンドを日々仕入れてはいますので,今までできなかったアウトプットが,ここで初めてできたと思います。
4Gamer:
野末さんはこだわったポイントなどありますか。
野末氏:
最初のブレインストーミングのあとに堂本さんの舞台を拝見したのですが,それが本当に凄まじくて。目の前で堂本さんが飛んだり,気迫のこもった長い尺の殺陣を演じたり。それらを見ていると,もうCGは要らないのではないかと思ってしまうぐらいでした。だったら,より派手なアクションをCGで作ればいいかと言うと,そうでもなくて。あまりやり過ぎると,堂本さんのファンの方に「違うな」という印象を与えてしまいます。僕らは今まで,“より派手に”“よりメチャクチャに”という方向で演出していたのですが,今回はあえて抑えることにこだわりました。
4Gamer:
「V Short Movie」に出てくる2人の堂本さんは,片方が本人の実写,もう片方がCGですよね。正直なところ,どちらが本人なのか分からなかったです。
野末氏:
そこは,観ていただいた方に楽しんでもらえるポイントとして用意しました。スクウェア・エニックスというゲーム会社をベースにした映像部門が作っているわけですし,アルバムタイトルの「PLAYFUL」も“遊び心”という意味ですから,「どっちが本人なんだろう」とファンの皆さんが議論できるような遊びを入れています。とくに,映像の最後にどちらが生き残ったのかは言わないでおこう,そこは皆さんへの最後のクイズにしようと,堂本さんと約束しています。
4Gamer:
なるほど。よく見れば区別は付くでしょうか。
野末氏:
短い映像なので,CGや映像のプロじゃないと難しいかもしれません。観た人を惑わすかのように,映像の後半に行くにつれて2人の衣装もだんだん脱げていきますし。まさに遊び心なんですよね。観たあとにファン同士のコミュニケーションが生まれるといいなと思っています。ファンの皆さんは,堂本さんと僕に試されていますね(笑)。
4Gamer:
「V Short Movie」はすごいクオリティですが,これは現時点のスクウェア・エニックス最高峰の技術を駆使した映像という認識でいいのでしょうか。
野末氏:
まさに最高峰を目指しました。作り手とは,やってみて,その結果満足がいかなかった部分を次の課題にしていくものだと思います。今回,堂本さんと一緒にやってみて,「ここが足りなかった」「今まで気づいていなかった」という学びもありました。最高峰を目指していましたが,いろいろなノウハウを獲得できたので,もし次の機会があれば,もっとクオリティが上がるという自信があります。
4Gamer:
このクオリティを,ゲームに落とし込むことは可能でしょうか。
野末氏:
もちろんできます。今はさまざまな手法がありますので,それらを駆使すれば超ハイスペックなPCを使わなくとも,見た目の印象をほとんど変えずにゲーム内で再現することが可能です。
4Gamer:
たとえばですが,今回作成した堂本さんのデータを使って,ゲームを作ることもできますか。
野末氏:
技術的には可能です。ただ発表会でも説明したように,社内で何か具体的な企画が動いているわけではないです。今は堂本さんとお互いに,一緒に何か次のステップに進めないかと話しているくらいですね。ぜひ,いろんな可能性を試してみたいです。
4Gamer:
今回のように,スクウェア・エニックスが外部のタレントやアーティストとコラボする意義を教えてください。
水田氏:
スクウェア・エニックスとしてではなく,個人的な話になってしまいますが,これまで自分が使っていなかった引き出しを開けるきっかけになりました。
今回,堂本さんの舞台を初めて映像で拝見しましたが,こんなすごいことを1日2公演で2〜3か月間,毎日,20年近くも続けているなんて,ただ者じゃないなと思いました。エンターテイメントの世界には,私の知らないすごい人がたくさんいるのだなと。ゲーム業界にいるだけでは,なかなか堂本さんのような方と関わることはできないので,今回ご一緒できてすごく刺激になりました。
野末氏:
僕も決してスクウェア・エニックスを代表して何か言える立場ではないのですが,会社としては新しい事業につながる可能性があるのではないかと捉えています。
僕個人としては,本業とはまったく違う領域のエンターテイメントを,その領域のトップの方と一緒にやることにより,エンターテイメントに向かう姿勢を今までと違う角度から学べました。堂本さんは,舞台や音楽の演出を手がける立場から意見をくださったので,すごく勉強になりました。
また,技術的には,実在する人物を動かすということは,簡単なようでメチャクチャ難しいのです。造型に関しては技術が確立しつつあるのですが,それを違和感なく動かすのはまだまだハードルが高いです。
4Gamer:
野末さんは「KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV」でも,実在する役者さんをCG化して動かしていたと思いますが,その時とは勝手が違う感じでしょうか。
野末氏:
やっていること自体は同じですが,最も違うのは演者さんの認知度ですね。堂本さんほど多くの人に知られていて,ファン層も厚いと,見てくださった方に「堂本さんだ!」と一目で分かるレベルで動かす必要があるので,今回はそういったリアルな表現をするノウハウが学べて,技術的に大きなメリットになったと思います。
4Gamer:
今後また,外部からコラボのオファーが来たらやってみたいですか。
水田氏:
もちろん,やってみたいです。
野末氏:
僕もいろんな取り組みにチャレンジしていきたいです。ただ1つ言わせてほしいのが,今回は,エンターテイメントを作る側の視点を持ち合わせている堂本さんだったからこそ,ここまで良いものが作れたのではないかと思うところもあります。今後はもう少しインタラクティブ性を持たせた何かをできないかと考えています。
4Gamer:
お二方の今後の活躍に期待しています。本日はありがとうございました。