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[SIGGRAPH]接着剤でレンズを試作? 先端技術展示会「E-TECH」でNVIDIAが研究中のVR関連技術をチェック
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印刷2018/08/21 00:00

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[SIGGRAPH]接着剤でレンズを試作? 先端技術展示会「E-TECH」でNVIDIAが研究中のVR関連技術をチェック

体験型展示ホールの入口。入って左側にEmerging Technologiesの展示コーナーである
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 SIGGRAPHでは毎年,一般企業が出展するコーナー「Exhibition」とは別に,体験型の展示ホールがある。展示ホールの中で人気があるのは,選ばれた大学や企業などの研究機関が,実用化や商用化前の先端技術をお披露目する「Emerging Technologies」(略称:E-TECH,以下略称表記)というイベントだ。そのE-TECHにおける常連のNVIDIAが,SIGGRAPH 2018に出展したVR関連の展示をレポートしよう。

2014年に発表となったPinlight Displaysのデモ
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 Oculus VRの名が知られ始めた2012年頃から,NVIDIAは「Near-Eye Display」(以下,NED)という名称で,眼に極めて近い位置に接眼レンズを配置したヘッドマウントディスプレイ(以下,HMD)の研究開発を行っていた。
 最初のプロトタイプはSIGGRAPH 2013で発表されたのだが,それ以降も,超広視野角な網膜投写型NED「Pinlight Displays」をSIGGRAPH 2014で,ライトフィールドの再現するNED「The Light-Field Stereoscope」(関連記事)をSIGGRAPH 2015で発表といった具合に,この分野の研究を継続的に行っている。
 NVIDIAの研究における究極の目標は,2013年から変わっておらず「サングラス程度の大きさと重さで,拡張現実(AR)や複合現実(MR)に対応するシースルー型の超広視野角なHMDの開発」であるそうだ。SIGGRAPHのE-TECHでは,そうした研究開発の中間発表を定期的に行う場となっているのだろう。

 さて,そんなNVIDIAが2018年に披露した「Manufacturing Application-Driven Near-Eye Displays」(関連記事)は,同社とノースカロライナ大学の共同研究によるもので,2種類の展示内容も,究極の目標実現に向けた要素技術開発の発表という路線を踏襲していた。順に説明していこう。

Emerging TechnologiesのNVIDIAブース(左)と,ブースで対応してくれた代表研究者の3人。左から,ノースカロライナ大学のKishore Rathinavel氏と,Praneeth Chakravarthula氏,NVIDIAのKaan Aksit氏。Aksit氏は,近年のNVIDIAにおけるHMDやNEDの関連研究を司る人物だ
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3Dプリンターと真空成型機で低コストにオリジナルレンズを作る方法


 発表の1つめは,HMDに用いるレンズのプロトタイプ製造に関する技術研究だ。
 今までのHMDで使われている接眼レンズは,ありものの量産品をそのまま使うか,光学的な仕様を決めたうえで光学メーカーに発注して製造するしかなかった。しかし,前者はレンズが決めうちなので,HMD側の光路設計における自由度がないので,目標とする表示性能を実現するためにボディデザインが大型化したり,あるいは見た目的に美しくないデザインになってしまったりすることが多い。
 後者であればそうした問題を回避できるものの,レンズの設計に膨大なコストがかかり,大学の研究室レベルではもちろん,NVIDIAのような大企業であっても,おいそれと手を出せるものではない。

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 そこで研究グループが開発したのは,3Dプリンターなどを活用する手法だ。といっても,透明樹脂を材料に3Dプリンターを用いて,直接レンズを作るわけではない。
 3Dプリンターでも,光硬化性アクリル樹脂を用いることで半透明の立体物を作ることは可能だが,透明度が低く,また表面に段差ができるため,そのままHMDのレンズとして用いることは不可能だ。もちろん,3Dプリンターで出力した立体物を研磨して,表面をツルツルした鏡のように磨き上げれば,レンズ的なものを生成できる(関連リンク)。しかし,研磨には時間とコストがかかるので,手軽とは言い難い。

 そこで,研究グループが目を付けたのが,Norland Products製の光学部品用接着剤「Norland Optical Adhesives」(以下,NOA)だ。
 NOAは,紫外線を照射すると短時間で硬化する接着剤なのだが,硬化すると,幅広いスペクトル領域(≒あらゆる波長の光)に対して,優れた透過性を有するという特徴を持つ。身近なNOAの活用事例には,液晶テレビや液晶ディスプレイが挙げられる。映像パネルの表示面と透明アクリル板をNOAで埋めて接着することで,額縁部の段差をなくして筐体の見栄えを良くするのに使われている。ちなみに,日本の家電メーカーでNOAをテレビ製品に初めて活用したのは,ソニーのブラビア「HX920」シリーズで,ソニーはこの構造を,「オプティコントラストパネル技術」として訴求していた。
 今ではありふれた素材となっているNOAを使って,レンズを作ってしまおうというのが,本研究のアイデアというわけだ。

研究中に試作した光学パーツのサンプル
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研究グループが使ったFormlabsの3DプリンターForm 2
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 このアイデアを具現化するために用意した機材は2種類ある。
 1つめは,レンズ形状の「型」(かた)を生成するための3Dプリンターだ。これはなんでもいいらしいのだが,研究グループはFormlabs製の「Form 2」(関連リンク)を使ったとのこと。
 3Dプリンターで作るのは,あくまでもレンズの型であり,実際のレンズを作る素材は,液状のNOAである。

Formech 508DT
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 3Dプリンターで型を作ったら,次は,型にNOAを流し込んで,実際にレンズを作るのだが,研磨不要の滑らかな表面のレンズを作るために用いるのは,真空の圧力を使って物質を成型する真空成型機だ。今回,研究グループが用いた真空成型機は,Formech International製の「Formech 508DT」(関連リンク)とのこと。

 本来の真空成型機は,型を取りたい立体物に過熱して柔らかくしたアクリル製の熱可塑性樹脂シートを被せたうえで,柔らかいうちに真空によって密着させて,直後に冷却して成形品を作る機械だ。イメージしにくいという人はこちらの動画を見れば分かりやすいと思う。

 一方,この研究では真空成型機を,3Dプリンターで作ったレンズの型にNOAを流し込んだものに,熱可塑性樹脂シートを真空吸着させる用途で使っている。本来は型を取るために使う熱可塑性樹脂シートの真空吸着を,NOAレンズの表面をなめらかにするために応用しているのだ。型に沿って熱可塑性樹脂シートが真空吸着する仕組みを使うと,NOAの表面が熱可塑性樹脂シートの真空圧着によってなめらかに成型されるというわけである。

製造途中と思われる写真。アクリル製の熱可塑性樹脂シートらしきものが,レンズとなるNOAの塊を覆っている
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 この滑らかな表面成型の部分は,かなりアナログ的な手法であるため,製造結果にはそれなりのばらつきが生じるのを避けられないと思われるが,作るものはあくまで,試作用のレンズということで大目に見るのだろう。

実際に製作したレンズを覗いたところ。光の反射で,肝心なところが見えないが,ガラス製のレンズと比較すればやや透過率は悪いものの,プロトタイプ用としては必要十分,というスタンスだ
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 3Dプリンターと真空成型機は,導入にそれなりのコストはかかると思うが,研究グループとしては「新規導入すれば,それなりに高コストではあるが,これらの機器を揃えても,光学メーカーにレンズを新しく作ってもらうよりは安価」であるうえ,「3Dプリンターと真空成型機は,研究機関ではありふれたものなので,NOAのコストである数十ドルと,3Dプリンターおよび真空成型機の利用コストや電気代だけでカスタムレンズが作れるというアイデアに,革新性があると考える」という考えだそうな。

今回の手法で作成した特殊レンズを取り付けて,その効果を試せる試作HMD
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 さて,NVIDIAブースでは,極端な事例として,「ワイングラスを持った男性の姿」を立体的に成型した特殊光学系を使った試作HMDを展示し,実際に体験することができるようになっていた。
 この試作HMDでは,男性の姿を造形した光学パーツを表示映像の結像面に使っていたので,これを通して見る映像は,常にうっすらと男性の形状にプロジェクションマッピングでもしたかのように見える。ワイングラスの部分に結像した映像は,常に手前に飛び出して見える。もちろん,この光学パーツに実用性などはなく,ワイングラスを持った男性の姿には,何の意味もない。ただ,この手法であれば,自由形状の光学パーツも作れちゃいますよ,というアピールというわけである。

「ワイングラスを持った男性の姿」を造形した光学パーツ(左)と,これを映像結像面に取り付けたHMD(右)
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 たとえば,作業時に目線を下に向けたときには目の前を,目線を上げると遠方を見る必要がある製造ラインで働く工員が使うAR HMDを想像してみよう。工員が装着するAR HMDにCGやメッセージを表示するとき,視界の下部に表示する映像は近くに見えて,視界の上に表示する映像は遠くに見える光学系のほうが,自然なものの見え方に近いので,工員には眼の負担が少ないはずである。そうした特殊事情に最適化したHMDのプロトタイプもこの技術を使えば容易に作成できるというわけである。

通常のHMDであれば,眼鏡やゴーグル部分が前方に向かって突出している。一方で,今回の技術を使って,これまでになかった特殊な形状の光学部品を作ることで,前方への突出を抑えたNED型HMDを作ることもできる,という想像図
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 繰り返しになるが,研究の主眼はあくまでも「プロトタイプの作成」であり,最終製品で使うレンズの製造は,今までどおり光学機器メーカーに製造委託することを想定している点は強調しておきたい。研究用の試作レンズを,研究機関が所有する(あるいは比較的低コストで導入できる)機材で製造できるというのが要点であることをお忘れなきよう。


視線の先に映像を投写するFoveated Projection


 2つめに紹介する展示は,最近のHMDでは話題に上がることの多い視線追跡技術関連の展示である。

 ユーザーの視線を追跡して,注視している領域は高解像度でレンダリングし,それ以外の領域を低解像度でレンダリングする「Foveated Rendering」(フォビエイテッドレンダリング)と呼ばれる技術は,昨今のVR分野では人気の研究テーマだ。
 NVIDIAも,SIGGRAPH 2016のE-TECHでは「Perceptually-Based Foveated Virtual Reality」(関連記事)という技術を,GTC 2017では「Foveated Reconstruction」(関連記事)という技術を発表している。

 Foveated Renderingの「注視している部分を高品位,それ以外はそれなり品質で」というレンダリング手法は,レイトレーシングとの相性がよいため,レイトレーシング用の演算ユニットを搭載するGPUコア「Turing」に適したテーマであり,NVIDIAが今後ますます力を入れていきそうだと思うだろう。ただし,それには解決すべき重大な問題が残っている。
 それはHMDの接眼レンズに付きものな,光学的な解像度の不均一性だ。

方眼紙のような正方形グリッドを,現在主流のVR HMD用接眼レンズで見たときの見え方
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 HMDに用いる一般的な接眼レンズは,中央から外周へ行くにともなって拡大率が上がっていく。逆に言えば,レンズ中央が一番高解像度で映像パネルの画素が細かく見え,レンズ外周に行くほど低解像度になり,映像パネルの画素が拡大されて見えることになる。
 つまり,Foveated Renderingを行ったとしても,接眼レンズがこのような光学特性では,その恩恵は薄いということなのだ。

 そこでNVIDIAが考案したのは,映像パネルを拡大光学系で拡大して視界全体に広げて見せる手法はやめる,という逆転の発想である。ユーザーの眼が注視している部分をリアルタイムに追跡し,小型のプロジェクタを動かして,注視点に向けて高品位な映像を投写するというアイデアだ。
 NVIDIAが公開した試作機は,ユーザーの視界を覆うサイズのハーフミラー的なスクリーンを用意して,映像は小型のプロジェクタでスクリーンに投写する。それと同時に,視線の移動を追跡し,その動きにあわせて,小型プロジェクタの投写軸を機械的に動かすのだ。

デモ機の全体像。上に見える丸いレンズが接岸レンズで,写真ではまったく伝わらないが,実際に覗き込むと映像が視界の中を動いて見える
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 デモ機で小型プロジェクタの投写軸を動かしている様子を動画で撮影してみた。分かりにくいかと思うが,雰囲気はつかめるかと思う。


 NVIDIAは,この技術に「Foveated Projection」という名前を付けている。
 Foveated Renderingは,固定された映像パネル上の注視点に,より解像度の高いCGを描画する仕組みであるのに対して,Foveated Projectionは,描画するCGの解像度は均一であるが,映像そのものを注視点に移動させて表示する仕組み,といったところか。


 Foveated Projectionの仕組みは,VR HMDと組み合わせるのは向かないかもしれないが,シースルー型のARやMR HMD,たとえば網膜投写系の表示デバイスとの相性がいいかもしれない。
 機械的に動くものは,耐久性や故障が心配ではある。ただ,視線に合わせて「ウィーン,ウィーン」とモーター音を響かせながら投写軸が動くHMDは,それこそサイバーパンクSF的なテイストがあり,実にかっこいい。
 製品として形になるまでは,まだ相当な時間がかかりそうな印象を受けたが,夢を感じさせる展示であった。

NVIDIAのSIGGRAPH 2018特設Webページ(英語)

SIGGRAPH 2018のE-TECH公式Webページ(英語)

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