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[GDC 2011]ストーリーはその時の自分の感情に合わせて制作していった――傑作「アウターワールド」のエリック・シャイ氏による開発回顧録
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印刷2011/03/05 15:21

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[GDC 2011]ストーリーはその時の自分の感情に合わせて制作していった――傑作「アウターワールド」のエリック・シャイ氏による開発回顧録

 1991年に,日本ではスーパーファミコンでリリースされた「アウターワールド」(原題:Another World)は,当時としてはドラマチックな演出が光る作品で,ゲーム史上に残る傑作として評されることが多い。

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 ゲーム開発者の中にもそのファンは多く,例えば,上田文人氏が「ICO」を制作するにあたって大きく影響を受けていると発言しているほか,小島秀夫氏や須田剛一氏などが「大好きなゲーム」として公言するほど。欧米においても,名もない若者がぽっと作り上げた本作に,ある種の嫉妬を覚えたクリエイターたちは少なくなかったという。

 このアウターワールドを開発したのは,フランス人のゲームデザイナーであるエリック・シャイ(Eric Chahi)氏だ。去年,Electronic Entertainment Expo 2010において,氏の久しぶりの新作となる「From Dust」PC / PS3 / Xbox360)をUbisoftのプレスカンファレンスで発表したことで大きな話題になった。
 アウターワールドをグラフィックスからプログラミング,そしてパッケージアートまでを1人で作り上げたというエリック氏だが,アウターワールドが成功する以前はヒット作に恵まれず,まったくの無名クリエイターであった。
 シャイ氏が覚醒したのは1989年。フラットカラーなアニメーションでゲーム化に成功した「Dragon's Lair」に感動した彼は,

「ひょっとしたらベクターでアウトラインしたポリゴンでゲームを作れば,少ない容量で同じようなクオリティが実現できるのではないか」

と考えた。C言語からアセンブリに切り替えてプログラミングを重ね,Amiga上でも20フレーム/秒でポリゴンを表示できることを発見したという。

シャイ氏が,ゲーム業界に関わり始めたばかりの写真。まるで少年のようだ
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 このように,まだポリゴンを利用したゲームが一般的でなかった時代であったため,シャイ氏は手探りで自作のポリゴンエディターなどのツールを作り上げていく。それどころか,20インストラクションと256のバリアブルをサポートした,自分のゲーム専用の開発言語までを作り上げる始末で,シャイ氏は「ゲームデザインよりもテクノロジーに対する興味が強かったのは確かですが,技術的な限界が全くわからないまま,ゲームをデザインするのは悪夢のようでした」と語る。
 実は一度,パブリッシャとしてコンタクトをとったイギリスのVirgin Gamesに押される形で,ポイント&クリック型のアドベンチャーゲームにすることも考えたという。

ゲームは自分の感じるままに作っていくという方針だったため,オープニングシーンを作った後に,実際にどんなゲームにするか悩んだという。参考にしたのは,今回のGDCでも公演を務めている,ジョーダン・メックナー氏の「カラテカ」だったという。ドット絵で良かったはずだが,このシーンの背景はポリゴンだった
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 そんなことがあったためか,シャイ氏はゲーム開発で奇妙なアイデアを思いつく。「ゲーマーをあっと驚かせるには,自分も予測できないことをしなければならない」と考えた彼は,脚本やストーリーの構想さえも作らず,レベルごとに行き当たりばったりでストーリーを作り上げていったのだ。物理学者の主人公が研究に利用してたパーティクルアクセラレーターに雷が当たり,プレイヤーが別の惑星に飛ばされてしまうというオープニングシーンは,ポリゴンと自作の開発言語で作り上げたものであり,彼にとってはある種のランドマーク(目印)になっていたと語る。

 行き当たりばったりでストーリーを作り上げていくというその手法は,知らず知らずに彼自身の精神状態が投影されたようなものとなっていった。
 自分自身でも「気味が悪かった」というシャイ氏だが,開発終盤の追い込まれていた自身の焦燥感が,ゲームのクライマックスシーンに反映され,さらには疲れ果てた主人公が這うようにして前に進み,最後にエイリアンで唯一の味方だった“フレンド”に助けられるという,あの劇的なラストシーンに繋がったのだという。
 このフレンドの存在は,ゲームストーリーの観点においては,まさに中核的なものであった。シャイ氏にとってフレンドは,プレイヤーの協力者としてパズルを解決したり,ストーリーの急な転換に関わるといった,ゲームプレイのアイデアを次々と生み出す源泉となったそうだ。

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ポリゴンでオブジェクトを製作できる市販ツールはほとんどなかったため,自分で作り上げるしかなかった
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 数々の困難を乗り越えて完成に近づいたアウターワールドだが,発売は地元のフランスにあり,過去も幾つか契約したことのあったDelphine Softwareからと決まった。ただ,Delphineにはテストプレイをする用意がほとんどなく,その業務は北米のパブリッシャだったInterplayに委託されることになるのだが,シャイ氏は,そのときのユニークな逸話を披露してくれた。
 というのも,Interplayは,非常に効率的にプレイテストを進めてバグの多くを取り除いてくれたが,あるとき「BGMを変更する」というFAXがシャイ氏の元に舞い込んだという。

 これに賛同しなかったシャイ氏は,何度もFAXを使った手紙のやり取りを行い交渉を重ねるのだが,議論は平行線。頑なに自分の意見を曲げなかったシャイ氏は,挙句の果てに“Infinite Fax”(無限ファックス)を考案したというのだ。
 これは,長いFAX用紙の両端をFAXを通してループ状に張り合わせ,永遠に「BGMを変えるな」というメッセージを送り続けるという行為。Interplayにとっては業務妨害以外のナニモノでもないが,アウターワールドを生み出した天才開発者が見せた,ちょっとした狂気といった趣があって,実に興味深い。
 ちなみに。最後まで結局折り合いが付かなかった論争は,シャイ氏がDelphine Softwareの法務部に決着を付けてもらうということで収まったようだ。

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主人公レスターの愛車フェラーリのヘッドライトは,半透明のポリゴンが利用された
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レーザーガンやシールド,プラズマボールなどのアイデアで,ゲームプレイが膨らんでいく。手前にキャラクターを配置したり,銃光が手前から奥に向かって放たれたりと,遠近感を利用したシーンの味方も独特な作品だった

 ともあれ,その独創的な世界観と演出,そして当時としては最先端となるポリゴンを駆使した表現。このようなゲームをたった一人で作り上げたというのは,今なお驚きを禁じ得ない,ゲーム業界の伝説の一つである。
 ゲーム開発の大規模化が進み,いまではこうしたレジェンダリーな逸話はほとんど聞かれなくなってしまったが,若き天才達の活躍が今日のゲーム産業を作り上げてきたことを再確認する意味で,この講演は有意義だったように思う。

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スーパーファミコンで発売された日本語版では,終盤のエイリアン女性の臀部の表現がカットされてしまう。「クラックを戻せ」と無限FAXの暴挙も考えたとか
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ほとんど1人でゲームを作り上げたシャイ氏。もちろん,パッケージアートも彼自身のアートである
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