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Intel,MID/UMPC向けプラットフォーム「Centrino Atom」を正式発表
ついに登場したLPIA専用プラットフォーム
Intelは「真の低消費電力」を目指す
そもそも,Intelが「LPIA」(Low Power Intel Architecture)と呼ばれる省電力アーキテクチャ(=省電力設計思想)に力を入れ始めたのは,そう古い話でもない。LPIAプロジェクトの存在が明らかになったのは2005年で,PC/IT系メディアにLPIAという略語がよく載るようになったのは2006年に入ってからだった。
そしてLPIAの最初の製品として2007年に市場に投入されたのが,開発コードネーム「Stealey」(スティーリー)と呼ばれていた「A100」「A110」プロセッサと,同「Little River」(リトルリバー)こと対応チップセット「Intel 945GU Express」(コードネームLittle River)だ。「McCaslin」(マカスリン)プラットフォームという開発コードネームで知られた“Stealey+Little River”は,日本だと富士通製の超小型ノートPC「LOOX U」などに採用されて話題を集めたので,記憶している読者もいるだろう。
だが,Stealey=A100/A110は実のところ,開発コードネーム「Dothan」(ドサン)と呼ばれていた第2世代「Pentium M」の超低電圧&低クロックバージョンにすぎない。Intel 945GU Expressも「Intel 945G Express」の低電圧版派生品だ。ぶっちゃけると,Intel“手持ち”の,やや古めの製品をパワーダウンして,LPIAという看板を建てつけただけだったのである。
事前説明会でCentrino Atomを紹介したIntelのShreekant(Ticky) Thakkar(ティッキー・タッカー)氏は,プラットフォームの紹介を行う前に2007年から3年間のロードマップを示し,「Menlowで真の低消費電力を実現し,2009年からの次世代プラットフォームではさらに小さなフットプリントを目指す。Intelはこのスパイラルをさらに加速させるだろう」と力強く語っていた。「真の低消費電力」と強調するあたりに,Menlowプラットフォームの持つ重要性が感じられる。
シンプルなコアを高クロックで動作させ
低消費電力を実現したAtomプロセッサ
省電力の決め手は,なんといっても回路規模の小型化である。Atomのトランジスタ数はわずか4700万。45nm High-kプロセスで製造される「Core 2 Duo」のトランジスタ数が4億1000万だから,回路規模はわずか9分の1強という計算になる。
実際,Atomのコアは極めて小型で,サイズは25mm2。ダイサイズの小ささで他社を圧倒し続けてきたVIA Technologies製CPU「C7」の現行世代品(開発コードネーム「Esther」)の90nmプロセス版が30mm2と発表されているから,それよりさらに小さいわけだ。
ここまでダイサイズを小さくできたのは,回路規模の縮小はもちろん,(Intel自慢の)45nmプロセスを使って製造するためと,Thakkar氏は胸を張る。小さなCPUダイはモバイル用途で必須となる,実装面積の低減を実現できるだけでなく,製造コストの引き下げにもつながる。Atomの優位性の一つといっていい。
もう一つ注目したいのが,「Core 2 Duo命令互換」という点だ。事前説明会では強調されなかったが,Atomは64bit命令セット「Intel64」――以前「EM64T」と呼ばれていたもので,要するに「AMD64」――もサポートするとされている。
45nmプロセス世代のCore 2シリーズに実装されたSSE4(※SSE4.1,SSE4.2を含む)はサポートされないが,この理由はThakkar氏いわく「Atomの設計を始めた時期の問題だ」。将来のLPIAプロセッサではSSE4をサポートする可能性は否定されなかった。
ある程度明らかになったAtomのアーキテクチャ
組み合わされるチップセットは「SCH」
気になるAtomのアーキテクチャだが,重要なポイントは「インオーダー型のスーパースケーラ」※を採用していることだ。
メモリに並んでいる命令の順番に依存性があるとき,例えば「5に1を足して,その結果に6を掛ける」というような順で並んでいるときを考えてみよう。いうまでもなく,この場合は“5+1”の処理を先に実行し,それから次の命令を実行すれば正しい結果が得られるが,パイプラインの一つが「“5+1”の結果を待つ」処理で止まる(※ストールという)ため,スーパースケーラの効率が落ちてしまう。
そこで,命令並びの依存性をあらかじめ調べておき,同時実行に差し支えない形で並べ替えて実行しようというのが「アウトオブオーダー」(Out of Order)だ。アウトオブオーダーはスーパースケーラの効率を高める効果的な技術だが,回路規模を著しく巨大化してしまうという難点を抱えている。
※複数の命令を同時に実行できるよう複数の命令実行パイプラインを持つCPUをスーパースケーラ(Super-Scalar,スーパースカラともいう)という。現行世代のCPUはすべてスーパースケーラ型だ
Atomのアーキテクチャが特徴的なのは,このアウトオブオーダー実行をすっぱりと諦め(※ただし,FPU命令の認識にアウトオブオーダーが取り入れられてはいる),命令順に実行するインオーダー(In Order)を採用することで,回路規模を縮小した点にある。
もちろん,インオーダー型の採用によってスーパースケーラ実行効率は落ちることになるが,Atomは「Hyper-Threadingの利用」「高クロック駆動」で,このペナルティをカバーしようとしている。
Hyper-Threadingは,Pentium 4時代に「一つの物理CPUを,論理的に二つに見せかける技術」として紹介されたので,そう理解している人は多いだろう。だが,もともとHyper-Threadingは,スーパースケーラのパイプラインを効率的に働かせるのが目的の技術。異なるスレッドの命令は互いに依存しないため,同時実行が可能になり,結果としてスーパースケーラの効率を高められるのだ。インオーダー型のAtomには最適な技術といえる。
高クロック駆動という面で,第1世代Atomでは最高2GHzがターゲットとなっている。デスクトップPC用CPUの動作クロックに慣れているとそれほどでもないように思えるだろうが,モバイルノートPC用となる超低電圧版Core 2プロセッサの動作クロックは1GHz台前半なので,相対的にはかなり高いのだ。
一般に,命令を実行する「ステージ」の規模を小さくし,数を増やすほど,CPUは高クロック化が可能になる。動作クロックの高さで勝負しようとして失敗した,Pentium 4/Dの「NetBurst Micro Architecture」だと20〜31ステージだったので,それよりは少ないが,Core 2の「Core Micro Architecture」は14ステージなので,Atomのパイプラインは確かにディープだ。Core 2よりは高クロック駆動に振ったデザインといえるだろう。
ちなみに,先ほども登場したC7のステージ数はAtomと同じく16。想定されるクロック上限が2GHzで,インオーダー型のスーパースケーラを採用する点も同じであり,C7とAtomはかなり似通った性格を持つプロセッサだ。Hyper-Threadingの有無が大きな違いではあるが,シングルスレッド実行時におけるパフォーマンスを同一クロックで比較すると,AtomとC7ではあまり変わらない可能性がある。
ただ,Thakkar氏はアーキテクチャに関して踏み込んだ説明は行わなかった。むしろ氏が力を入れて解説したのは,電力管理技術のほうだ。
Thakkar氏によると,MID(Mobile Internet Device)の一般的な使い方において,その時間の90%はスリープステートに落ちるそうで,「消費電力はアベレージ200mW」と具体的な数字を挙げてAtomの低消費電力をアピールしていた。根拠になる利用スタイルやAtomの動作クロックなどのリファレンスは示されていないので,その数字自体がどのくらい信頼できるかは謎だが「消費電力はかなり低そう」くらいには受け取っておいてもよさそうだ。
また,「C6ステートからの復帰はμ秒オーダー」(Thakkar氏)とのこと。スリープステートが深くなるほど復帰にかかる時間が長くなるのはやむを得ないが,μ秒オーダーで復帰するのならユーザーにはさほど不満を感じさせないだろう。
SCHにはメモリコントローラやグラフィックス機能,ストレージコントローラ,PCI Expressコントローラなど,PCとして機能するために必要なI/Oが1チップで集積され,Atomとの2チップ構成でMIDを実現できる。SCHの平均消費電力は600〜800mWで「Atomと合わせて平均1W程度だ」(Thakkar氏)。
ゲーマー的に気になるのはSCHの3D性能だが,「DX9L」とOpenGLがサポートされるとのこと。「DX9L」がDirectX 9の何なのか(どんなサブセットなのか)は明らかにされなかったので詳細は不明だが,パフォーマンスがあまり高くなさそうであることは想像に難くない。
SCHのフィルレートは400MPixels/s。Pentium M世代のグラフィックス機能統合型チップセット「Mobile Intel 915GM Express」がコアクロック333MHz時に1.3GPixels/sで,その3分の1にも満たないからである。
MIDのような小型モバイルデバイス向けとしてはトップクラスのグラフィックス性能を持つとされるSCHだが,ゲーム用としてはかなり微妙だろう。もっとも,2Dグラフィックスであればまず問題ないうえ,MIDが想定するディスプレイ解像度からしても,枯れた3Dエンジンを利用すれば3Dゲームを作って動作させることも不可能ではない。
なお,グラフィックスメモリはメインメモリとシェアするUMA(Unified Memory Architecture)方式となる。
ARMへのライバル意識をむき出しにするIntel
2009年には“携帯PCゲーム機”も視野に
ではターゲットはどこかというと,ポータブルGPSやPDAといった,ARMベースのモバイル端末である。
ARMアーキテクチャは,全世界の携帯電話やPDA,携帯ゲーム機などにおける主流CPUアーキテクチャだ。支配的,といってもいいだろう。
少し補足しておくと,英国に本社を持つARMはCPUの設計企業で,そのライセンスを他社に販売している。ARMプロセッサのライセンスを受けたチップメーカーが自社チップとして開発,販売し,それが携帯電話や携帯ゲーム機などに組み込まれている。“ARMプロセッサ”は存在せず,“ARM系チップ”が世界を席巻しているのである。身近なところでは,ニンテンドーDSのCPUもARM系だが,Menlowプラットフォームでは,そんなARM系チップで占められた市場の一部を切り崩しにかかる。
もっともよく見てみると,シングルスレッド性能においてAtomとCortex-A8の違いは大きくなく,省電力プロセッサにおいて,ARMベースのチップを大きく引き離すのは難しいことも見て取れる。Atomの強みは,動作クロックの高さと,Hyper-Threadingの2点にあるわけだ。
また,ローコストゆえに全世界で支配的な位置を占めるに至ったARMベースのプロセッサに対抗するなら,太刀打ちできるだけの価格設定が求められるが,この点では「総合的に見ればARMと十分に戦える価格だ」(Thakkar氏)と,やや歯切れが悪くなる。PCプラットフォームゆえに,基本的にソフトウェアはPC用のものがそのまま利用でき,PC向けの充実した開発ツールもそのまま使える。ARMアーキテクチャのような手間がかからず,それをコストに含めれば「戦える」という意味が,Thakkar氏の発言には含まれているようだった。
というわけで,第1世代Centrino Atomについて4Gamer的にざっくりまとめると,3Dパフォーマンスがネックだ。そのため,携帯電話向け市場と同じような形で“MID向けゲーム市場”のようなものが立ち上がる期待は,2009年以降に持ち越す必要がありそうだが,いずれにせよ先決なのは,MID市場がきちんと立ち上がることである。
小型デバイスとしての先駆者,PDAは,市場規模が大きくならないままほぼ終息したが,MIDには,ARMベースだったPDAとは異なり,PC互換が確保されていてPC用アプリケーションが動作する,あるいは,日本の携帯電話キャリアがMIDに注目を示しているといった追い風が吹いている。とくに日本では,PDAライクな高機能携帯電話が広く普及しているため,“ハイエンドケータイ”の選択肢の一つとして,ワイヤレスのインターネット接続環境の立ち上がりという流れに乗って成功する可能性は十分にある。
ゲーマーにとってのX-Dayが2008年中にやってくるという過度な期待は禁物だが,MID市場が順調に立ち上がりさえすれば,外出時や移動中にインターネットへ接続しインターネットへ接続し,オンラインでゲームをプレイするという話が,ぐっと現実味を帯びてくる。近い将来の“MIDゲーム環境”“携帯PCゲーム機”に期待しつつ,Centrino Atom,そしてAtomプロセッサの今後に注目していきたいところだ。
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Atom
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(C)Intel Corporation