業界動向
Access Accepted第472回:「Steam」が世間に広めたサービスを改めて考える
Valveのデジタル配信システム「Steam」は,おそらく本連載で最も多く登場したアプリケーションだろう。膨大な数のユーザーを背景に,これまで何度も野心的な試みを行い,ゲーム産業を盛り上げてきた。今週は,そんなSteamの歴史を振り返りつつ,我々ゲーマーにとって非常に親しみ深い存在になっている,3つのサービスの歴史と意義をチェックしたい。
Steamの成長と進化の歴史を振り返る
オープンβテストは,ほとんどのゲームメディアが取り上げることもなく,ユーザーにもまったく注目されないままに行われ,2003年9月,「Counter-Strike: Condition Zero」β版のリリースに合わせて正式サービスが開始された。当時,筆者はValveにいた仲の良い友達からプレス向けアカウントをもらい,それを現在も使っているのだが,スタート時の登録アカウント数は8万ほどであり,順風満帆とは呼べない船出だった。
2004年12月,多くのゲーマーの期待を集めたValveの新作「Half-Life 2」がついに発売されたが,同作でSteamが必須だったことから,次第にスポットライトが当たり始めた。最初にラインナップに加わったのは,やはりインディーズ系のタイトルが多かったが,2005年頃からActivision,Eidos Interactive,Capcomといった大手パブリッシャが参入し,その年末には150作がSteamのライブラリに登録されるほどになった。
その後の成長は順調で,2010年10月には登録アカウント数が3000万,タイトル数は1200と発表されているが,この数字は当時の「Xbox Live」や「PlayStation Network」と比べても引けを取らないものだった。最近の5年間では,ユーザーインタフェースの改善や支払いシステムのローカライズなどが功を奏して急激にユーザー数を伸ばし,現在のような姿になっている。
ValveがSteam関連のプレスリリースをメディアに配信するようになったのは,2009年末頃のことで,当時のValveはあまり広報がうまくなかった印象を筆者は持っており,メディアだけでなくユーザーさえ気がつかないうちに,新たな機能やサービスがSteamに付け加えられたりしていた。
それはともかく,2009年以降もアップデートは急ピッチで進み,2011年にはプレイヤーの作成したMODなどのコンテンツを公開,管理,ダウンロードするためのハブとして「Steam Workshop」が実装され,2012年にはSteamで配信するタイトルの決定にユーザーが参加する「Steam Greenlight」が登場。同年,家庭用テレビでPCゲームが楽しめる「Big Picture」モードのサポートが始まり,2013年にはゲームを家族でシェアできる「Family Sharing」が,そして2014年にはPCのゲーム画面をほかのデバイスにストリーミングできる「Steam Home Streaming」が登場するなど,枚挙にいとまがない。
コンテンツについていえば,アジアで一般的だったFree-to-Playモデルを欧米タイトルとして早くに採用した「Team Fortress 2」が無料化され,「Portal 2」ではPCとPlayStation 3のクロスプラットフォームプレイが実現されるなど,先進的な試みも行われている。
このように現在のSteamは,多くのゲーマーやゲーム開発者にとって手放すことのできない,便利で多機能なものになっており,かつての姿からは想像することもできないほどだ。
そのSteamを代表する,おなじみの3つのサービスを紹介したい。いずれも,必ずしもSteamが最初に行ったわけではないかもしれないが,Steamがその価値を広く世の中に知らしめたことは間違いないものばかりだ。まだSteamを使ったことがない,これからSteamを使ってみようという人も知っておいてほしい。
セール
ゲーマーにとってありがたいのが,ときに80%オフでの販売も行われるホリデーセールだ。「Steamといえばセール」という人も少なくない。2008年末,約300タイトルを対象に行われたのがセールの始まりで,その成功を受けて2010年に「サマーセール」がスタート。続く2011年には,ホラーゲームを対象にした「ハロウィンセール」や,感謝祭に合わせた「オータムセール」が行われるようになり,最近は,毎週水曜日にいくつかのタイトルの価格が下げられたりと,取り扱いタイトルの増加に合わせて頻繁に繰り返されるようになってきた。セールがあるたびに買い込み,遊びもしないタイトルが500本以上ライブラリに積み上がっているような人は筆者の周りにもざらにいるので,もしあなたがそうだとしても心配する必要はない。
こうしたセールは,Steamでゲームを販売するメーカーが以前から感じていた「ロングテール効果」を実証することになった。パッケージ販売では,発売から6週間で売上本数がほぼ決定し,6か月も経てば,どんな超人気作でも店舗から消えてしまう。「最初の数日」という意見さえあり,ゲームのライフサイクルは非常に短かった。
ところがSteamでは,発売から何年経とうが商品はストアに存在し続けるため,いつでも好きなときに購入でき,在庫一掃のワゴンセールのように,モノが売り切れることもない。パブリッシャやインディーズゲームメーカーにとっては,たとえ80%オフであっても,従来はゼロだったのだから,利益が上がることは歓迎すべき話となる。かつては安売りに反対するメーカーもあったようだが,最近ではホリデーセールに自社タイトルを出し渋るメーカーはほとんどなくなったという。
こうしたロングテール効果は,プロモーションのあり方も変えることになった。「記憶から埋もれつつあるソフト」をいかにファンに知ってもらうかという“ディスカバラビリティ”(可発見性)の重要性が注目されており(関連記事),Steamでは,そのためのさまざまな施策が行われている。
フリーウィークエンド
「フリーウィークエンド」とは,週末の数日間だけ特定のゲームをお試しに無料ダウンロードできるという,不定期に行われるキャンペーンのことだ。ゲームの機能が一部制限されることはあるものの,MMORPGやオンラインFPS,シングルプレイ専用ゲームなど,ジャンルを問わず実施されている。タイトルを提供するのも,ActivisionやUbisoft Entertainmentなどの大手から,名前も聞いたことのない小さなデベロッパまでとさまざまで,ファンにとってはかなり「遊び得」なサービスになっている。フリーウィークエンドは2006年,「Day of Defeat: Source」で実験的に行われたのが最初だったようだ。「Day of Defeat: Source」は2005年9月にリリースされており,メディアやファンの評判は良かったものの,ほかのValve作品ほどには注目されていなかった。そのため,「ゲーマーに存在を知ってもらう」ことを目的として2006年2月,3週間にわたって計3回,無料ダウンロードによるプレイを可能にした。
これにははっきりとした効果があったらしく,その後は,「Call of Duty: Modern Warfare 2」や「Killing Floor」などのタイトルでフリーウィークエンドが行われるようになり,次第に定番になっていったのだ。
アーリーアクセス
アーリーアクセスにつながるビジネスモデルで成功したのは,スウェーデンのゲーム開発者マルクス・ぺルソン(Markus Persson)氏だろう。一人で「Minecraft」の制作を行っていたペルソン氏は,開発途中のα版やβ版を有償リリースすることで開発資金を得,ゲームを徐々に完成させていった。こうしたやり方を採用したのはペルソン氏が初めてではないようだが,「Minecraft」のヒット以来,アーリーアクセスは一つのビジネスモデルとして注目されるようになった。「ペイドα」(お金を払って買うテスト版)などと揶揄されることもあったが,「Kickstarter」を代表とするクラウドファンディングと同様,ファンは未完成のゲームでも気に入ればお金を支払うのだ。
Steamがそんなアーリーアクセス(日本語版Steamでは「早期アクセス」と表記される)を導入したのは「Minecraft」発売の約1年後,2012年10月のことで,Carbon Gamesというメーカーが開発中の「AirMech」というFree-to-Playのアクションゲームにおいてだった。
結局,「AirMech」のPC版は現在もアーリーアクセス版のままで,PlayStation 3およびXbox 360版がUbisoftからリリースされることになった。続く2012年12月にはKlei Entertainmentの「Don’t Starve」のアーリーアクセス版が公開され,高い評価を得る。さらに2013年3月には,Valveの主導で「ARMA 3」「Kerbal Space Program」,そして「Prison Architect」など12作品をアーリーアクセスとしてリリースすることで,ゲーマーの認知度を一気に押し上げた。
この12作品の中には,「Prison Architect」(2015年10月正式リリース予定)のように,まだ仕上がっていないものもあるし,開発会社が経営悪化に陥り,キャンセルされたタイトルもある。
アーリーアクセスでは,ユーザーが中途半端な作品にお金を払い,そのまま完成しないというリスクが存在する。アーリーアクセス版の価格は高くなく,自己責任で購入するように注意されるとはいえ,このようなタイトルが続くとSteamの評判を低下させる可能性もあるだろう。
しかし,諸刃の剣とはいえ,パブリッシャに頼ることなくゲームの開発ができ,小規模プロジェクトで問題になりがちなテストをファンにやってもらうことができるアーリーアクセスに魅力を感じる開発者は多い。Steamは今後も力を入れていく様子で,現時点で20作ほどのゲームがアーリーアクセス版の公開を控えている。
「Steam」公式サイト
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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