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[GDC 2015]LucasArtsの名作アドベンチャー「LOOM」はいかにして生まれたのか。生みの親が語る入社の経緯や開発秘話
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印刷2015/03/07 21:35

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[GDC 2015]LucasArtsの名作アドベンチャー「LOOM」はいかにして生まれたのか。生みの親が語る入社の経緯や開発秘話

 1980年代後半から1990年代前半にかけて「Maniac Mansion」や「The Secret of Monkey Island」などを生み出し,「King’s Quest」などを擁するSierra On-Lineと競い合うようにアドベンチャーゲームをリリースしていたLucasArts Entertainment(当時はLucasFilm Games)。GDC 2014では,創業メンバーが集合しての座談会が開催されたことを記憶している読者もいると思う。今回は,LucasArtsでは外様的な人物でありながら,強烈な作品として多くのゲーマーの記憶に留められている「LOOM」を開発したBrian Moriarty(ブライアン・モリアティ)氏がGDC 2015に参加し,「Classic Games Postmortem」(クラシックゲーム回顧録)において,LucasArtsに就職した経緯からLOOMの開発秘話までを赤裸々に語った。

今回はiPadを見ながらの講演だったが,話術の面白さはウィル・ライト氏やピーター・モリニュー氏らの講演上手にも引けを取らないモリアティ氏。3週間前,この講演をするにあたって25年ぶりにLOOMをプレイしてみたら,半分ほどの内容を忘れていたそうだ
 モリアティ氏は,もともとテキストアドベンチャーの開発で知られていた人物で,Infocom時代には「Wishbringer」(1986年)や「Beyond Zork」(1987年)といったゲームを生み出していた。しかし,1988年に開催された第1回のGDC(当時はComputer Game Developers Conference)へ自費で参加したときに,LucasArtsの創業メンバーの1人であったNoah Falstein(ノア・ファルシュタイン)氏に声をかけられて,LucasArtsへの転職を決定したという。

 氏は,LucasArtsでの処女作として,今回のテーマであるLOOMを世に出した後,1994年にスティーヴン・スピールバーグ監督の監修作品として話題になった「The Dig」をリリース。その後,インターネット専用ゲームを扱う先駆け的なMPath Interactiveに移り,それが2001年に閉鎖されてからは,教育者として現在に至るまで活動している。ここしばらくGDCには顔を出していなかったものの,巧みな話術とプレゼンテーションの面白さは,今でもトップクラスであることを,今回のセッションで思い知らされた。

LucasArts Entertainmentの発足当初は,Lucas Filmのゲーム部門として“スカイウォーカーランチ“として知られるカリフォルニア州マリン郡にある本社に直属した。筆者も一度だけ見学に訪れた経験があるが,実際に映画で利用された小道具などが無造作に置かれていたのを記憶している。モリアティ氏も,入社直後は“聖杯”にコーヒーを入れるふりをしておどけていたようだ
[GDC 2015]LucasArtsの名作アドベンチャー「LOOM」はいかにして生まれたのか。生みの親が語る入社の経緯や開発秘話 [GDC 2015]LucasArtsの名作アドベンチャー「LOOM」はいかにして生まれたのか。生みの親が語る入社の経緯や開発秘話

 さて,当時LucasArts本社に就職してウキウキしていたモリアティ氏だが,これまでテキストアドベンチャーしか作ったことがなく,Maniac Mansionで生み出されたスクリプト言語「SCUMM」エンジンを使って,どのようなグラフィックスアドベンチャーを作るべきなのか,ずっと悩んでいたという。
 そのときに思い出したのが,Infocomの社長だったMike Dornbrook(マイク・ドーンブルック)氏の几帳面な仕事っぷりだった。当時のInfocomは,自社販売のゲームに利用者アンケートを添付し,送り返された何万枚ものアンケートに必ず目をとおしていたという。しかも,このアンケートの質問事項はたったの2つ,「Infocomのゲームで最も好きなものは何ですか?」と「Infocomのゲームで終わらせたことのあるゲームは何ですか?」というものだったという。とくに2つ目が非常にユニークだが,「難しくて終わらせられない」というのは,テキストアドベンチャー時代では普通のことだったらしい。

 しかも,ドーンブルック氏に見せられた集計の結果は,モリアリティ氏の想像を越えたものであった。アンケートに書かれていたのは,Infocomの代表作である「Zork」シリーズではなく,Amanda Goodenough(アマンダ・グッデノー)氏という,ゲーム業界史では忘れられた女性アーティストによる「Inigo Gets Out」という作品だったのだ。これは,AppleのHyperCardを使ったポイント&クリックアドベンチャーだったが,パズル要素などのないクリックしてページをめくっていくだけのグラフィックスノベルに近い作風で,しかも15分で終わってしまう内容だった。後に「Myst」が誕生するのに大きな影響を与えたとも言われるが,モリアティ氏自身も,「より多くの人に楽しまれるためのゲームデザイン」として,自身のゲームの構想に取り入れていたという。

ゲーム史上ではあまり評価されていない「Inigo Gets Out」だが,「LOOM」や「Myst」,さらには最近の「ページをめくるタイプのアドベンチャーゲーム」の祖としてモリアティ氏は評価する
[GDC 2015]LucasArtsの名作アドベンチャー「LOOM」はいかにして生まれたのか。生みの親が語る入社の経緯や開発秘話

 実際,LOOMのパッケージの裏の説明書きには,そうした「誰にでも終わらせられる,広い層に受け入れられるゲーム」であることを意識したような,以下の言葉が書かれていた。
「何よりも大切なことは,LOOMは最後までプレイするようデザインされたゲームなのです。途中までプレイして,棚にもどして忘れられてしまうようなものではありません。このディスクを生み出すために,我々は多大な時間と努力を費やしたのですから,皆さんにはすべてを楽しんでほしいのです」

多くのプレイヤーに受け入れられるよう,簡素化した内容をメインに据えたことで評価されているLOOMだが,実際には,モリアティ氏が入社した直後にLucasArtsからリリースされた「ザックマックラッケン」に軍配が上がると話していた
[GDC 2015]LucasArtsの名作アドベンチャー「LOOM」はいかにして生まれたのか。生みの親が語る入社の経緯や開発秘話

 当時のLucasArtsのゲーム部門には,ジョージ・ルーカス氏自身はゲーム開発の知識を持っていないために「スターウォーズのゲームを作ってはいけない」という不文律が存在していた。これに加えて,モリアティ氏が言われていたことは,「損をしない」と「ジョージの顔に泥を塗らない」ということだったそうだが,ゲーム開発の現場やデザインなどに対する自由度は高く,モリアティ氏も自分の思いを詰めた企画を練り上げることができたという。

 モリアリティ氏のアイデアの1つが,PCの周辺機器として当時すでに利用され始めていたマウスを使わずにプレイできるゲームにすることだ。LucasArts作品の背骨ともいえるSCUMMエンジンは,「動詞」(Talk toなど)と「目的語」(キャラクターやオブジェクトなど)を組み合わせることで,さまざまなコマンドを入力しながらゲームを進めていくというアドベンチャーを作ることができた。
 しかし,モリアティ氏はそうした入力方法さえも割愛し,「おまじない」という名目で,「C-D-C-E」というような,4つの音階を組み合わせるだけでインタラクトするという,実験的な形式を採用したのだ。

音楽を奏でるおまじないによってゲームを進めていくという,非常に実験的な入力システムになっていたLOOMのゲーム画面
[GDC 2015]LucasArtsの名作アドベンチャー「LOOM」はいかにして生まれたのか。生みの親が語る入社の経緯や開発秘話

 SCUMMエンジンで開発されたゲームと言えば,コミカルな内容ながらもストーリーはこじんまりとしたものが多い中,LOOMは壮大なファンタジーストーリーが描かれている。「映画的なストーリーの深さ」を補うために,主人公ボビンの出生に関する30分におよぶ音声ドラマも収録され,オリジナルパッケージには専用のカセットテープも添付されていた。
 BGMには,チャイコフスキーの「白鳥の湖」がMIDI化されていたことは知られているが,モリアティ氏は高校生時代から現在までチャイコフスキーのファンであり,アメリカでリリースされているすべてのオーケストラアルバムを所有しているという。

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多くの日本人は,オリジナル版よりも高画質な日本語版でプレイしたものと思われる。チャイコフスキーの楽曲をベースにしたBGMのサウンドクオリティも,プラットフォームによっては似ても似つかぬものになっていた
[GDC 2015]LucasArtsの名作アドベンチャー「LOOM」はいかにして生まれたのか。生みの親が語る入社の経緯や開発秘話
パッケージには,プロローグを堪能できる音声ドラマが収録されたカセットテープとともに,「Book of Patterns」と呼ばれる,楽譜を調べたり記録したりできる冊子が付録として付いていた

 こうしてリリースされたLOOMはメディアからの評価も高く,1990年のゲーム・オブ・ザ・イヤーの数々を取得。SF小説「エンダーのゲーム」(1985年)で当時は時の人になっていたオーソン・スコット・カード氏も,大絶賛の論評をコンピュータ雑誌に投稿するなど,大きな反響があった。日本でもPCエンジンやFM Townsなどに移植されたほか,イスラエルでは富豪が自分でプレイするためだけにライセンス料を払ったという話もある。

イスラエルの富豪の個人プロジェクトだったため,ヘブライ語版「LOOM」は非常に希少な数しか残っていないらしい
[GDC 2015]LucasArtsの名作アドベンチャー「LOOM」はいかにして生まれたのか。生みの親が語る入社の経緯や開発秘話

Sierra On-Lineの「Space Quest IV」のアダルト専用コンテンツ「Space Quest X: Latex Babes of Estos」には,LOOMを「死ぬこともパズルもない,史上最も簡単な作品」と批判するパロディが隠しアイテムとして用意されていた
[GDC 2015]LucasArtsの名作アドベンチャー「LOOM」はいかにして生まれたのか。生みの親が語る入社の経緯や開発秘話

[GDC 2015]LucasArtsの名作アドベンチャー「LOOM」はいかにして生まれたのか。生みの親が語る入社の経緯や開発秘話
 ファンの間でもLOOMに対する思い入れが強い人は少なくないようで,2014年にはヨーロッパのファン達が続編となる「Forge」を開発し,無料でリリースしている。このForgeというタイトルは,実際にモリアティ自身が企画していた続編の名称であり,LucasArtsを退職したことで開発されることのなかった作品なのである。

 最後にモリアティ氏が,「皆さんは,LOOMが実際にリリースされた時期を覚えていますか? 完成した作品を問屋に配送し始めたのが1990年の3月6日。実際に店頭販売したのは3月9日のこと。つまり,ちょうど25年前のできごとなのです」と話すと,ひょっとしたら25年前はまだこの世に生まれていなかったであろう,会場に集まった若いゲーム開発者達から拍手が巻き起こった。そして氏は,「もし,LOOMのリバイバル版が完成するなら,LucasArtsの伝統を受け継ぐ,Telltale GamesやDouble Fine Productionsにお願いしたい」と語っていた。

GDC公式Webサイト

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