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「Pokémon GO」の完成度は“10%”。予測の100倍をいくムーブメントが生まれるまでの開発秘話をラウンドテーブルで聞いてきた
ラウンドテーブルには,Niantic,ポケモン両社から計8名の開発スタッフが出席し,野村氏と江上周作氏を中心に,開発に至るまでの経緯やローンチ前に起きた事象,これからの展望についてたっぷりと語られた。本稿では,その模様をレポートしていこう。
「Pokémon GO」公式サイト
「Pokémon GO」ダウンロードページ
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「Pokémon GO」はエイプリルフールを
きっかけに生まれた大きなプロダクト
野村氏が手掛けた「ポケモンチャレンジ」が当時Googleのスタートアップチームとして立ち上がったNianticの目に留まり,ぜひ(株式会社)ポケモンとコラボして,リアルワールドでポケモン探しができるものを作れないかと「Pokémon GO」のアイデアが生まれたのだ。このエピソードはさまざまな記事で明言されていることだが,じつはまだ続きがあった。実際にプロジェクトを提案するにあたり,架け橋となったのは当時Googleのエンジニアだった野村氏と須賀氏だ。この2人の存在と,小さな偶然によって企画を実現させる大きなチャンスが生まれることになる。
企画を提案するにあたり,須賀氏はポケモンに勤める個人的な友人に「ポケモンチャレンジ」の企画を話したところ,その友人が勇気を持って石原恒和氏(※)に提案をしてくれたそうだ。石原氏が企画に対して非常にポジティブであったこと,“常に新しいこと,面白いことに挑戦する”会社としてのポリシーとも合致したことで見事GOサインを得られたと,野村氏と須賀氏は当時を振り返った。
「Pokémon GO」の企画が正式に決定してからは,ビデオ通話で毎週ミーティングを重ねゲームアイデアを詰めていったという。両社でアイデアを持ち寄ったところ,Nianticサイドからは「ポケットモンスター」らしいアイデアが,ポケモン側からは「Ingress」らしいアイデアが持ち寄られる,ユニークな出来事が起きた。これは,互いの持つプロダクトを深く理解している者同士だからこそ生まれたことで,ゲームアイデアを構築する時点からお互いにうまくかみ合っていたとしている。さらに両社ともにメールのレスポンスが速く,ほぼ24時間体制で密にやりとりを重ねており,海を挟んだ時差のある国同士での開発とは思えないほど,スムーズにやりとりができていたそうだ。
(※)ポケモン代表取締役社長 石原恒和氏
おじいちゃん,おばあちゃんでも遊べるシンプルさの背景
例えば,ポケストップとジムの要素。この2つは元々,明確な区分けがない共通デザインのポータルとして作られており,ポータルに赴くことで道具の収集やバトルを行える設計だった。しかし,プレイヤーを1つの場所に立ち止まらせるゲームスタイルにすべきではないと判断し,道具を収集するポケストップと,バトルをするジムの2つに分けられたのだ。
開発を進めるにあたり,野村氏はエンジニアという立場にあることから,ゲーム性の高いシステムを作りたくなる気持ちはあったが,間口を広くするために,複雑なシステムにしないよう心がけたと語る。目指すべきはおじいちゃん,おばあちゃんでもプレイできるシステム設計だ。加えて,チーム全体の意思として「Ingress」のスキンがポケモンに変わっただけのものを作るつもりはなく,「Ingress」と「Pokémon GO」のそれぞれに合ったゲームデザインも心がけているそうだ。
また,製作発表会の際に公開されたトレイラーを何度も見返したともコメント。映像を見返しながら,何を実装するか,どういった形にするかを照らし合わせ,ときにインスパアしながら開発を進めていたのだ。トレイラーのようなクオリティをゲーム内でどのように表現するか,頭を抱えることもあったのだとか。というのも,映像を製作していた時点では,ゲーム内にどのような機能が搭載されるかが明確に決まっておらず,製作を担当した須賀氏,SIXの本山敬一氏が逐一開発チームに仕様を確認しながら作られたものなのだという。いわば,完成前の予告映像のような形で製作されたわけだが,トレイラーを手がけた本山氏は「こうなったらいいなと作ったビデオが,現実を超えた」と,ローンチ後に印象的なコメントを残しているそうだ。
つづいては,開発時の印象的なエピソードについて。野村氏が「ポケットモンスター 赤・緑」世代ということもあり,作品に対する愛情が深く,改めてポケモンというプロダクトを説明せずとも理解してくれていた,その姿勢にポケモンサイドのスタッフは感銘を受けたという。この野村氏のポケモン愛は,「ポケモンチャレンジ」の頃からいかんなく発揮されていて,地図上のポケモンの出現場所がそれぞれのイメージに合ったものだったと,利用したポケモンファンからも好評だったと江上氏も太鼓判を押していた。
一方,Nianticがポケモンからもらった印象的なフィードバックは,「IngressにポケモンのIPをのせ,間口の広い作りにすれば,爆発的に多くのプレイヤーに遊んでもらえるものになる」という言葉をもらったことだと野村氏は話す。
これは「Pokémon GO」のプロジェクトが走り出した当時,「Ingress」が英語版のみのサービスとなっており,日本人にはとっつきにくかった点と,SFに寄った世界観/デザインが,プレイするうえで心的ハードルの高さを感じさせてしまうという分析から生まれた言葉だという。江上氏によると,「Ingress」のヘビーユーザーとして知られる石原氏が「こういったものを乗り越えればIngressはとても楽しいのに,もったいない」と歯がゆさを感じていたそうだ。そういった「Ingress」での背景を鑑み,「Pokémon GO」ではカジュアルな見た目ですぐにゲームへ入り込める,間口の広い作りを目指す方針が固まったというわけだ。
2016年3月から行われたフィールドテストでは,フィードバックを見ながらUIの調整やゲーム性に変更を加えていったと野村氏。テスト開始時はジムでのバトル要素はなく,マップを移動してボールを投げ,ポケモンを捕まえるごくごくシンプルなゲームとしてスタートしている。そのシンプルな設計がゆえに,テスターからは「これはゲームなのか?」という声も多く寄せられ,中には「これ面白くないんじゃないの?」といった厳しいコメントもあり,一喜一憂しながらテスターと開発を進めていたそうだ。筆者もフィールドテストに参加していた1人なのだが,このときのシンプルさは鮮明に覚えている。
このシンプルさはポケモンサイドでも議論となり,ゲームとして未完成なものをテスターに提供するべきか,社内で話し合われた経緯もあったようだ。しかし,Nianticの「ある程度未完成の部分があっても,できるだけ早くお客様に届け,フィードバックをもとに修正,反映をしていく」開発の流儀に刺激を受けフィールドテストを開始することとなったのだ。インターネットサービスを原点としたNianticのDNAと,万全な製品の供給をしてきたポケモンのコンシューマライクな開発スタイルの違いは,互いに新鮮な体験だったようだ。
それって「Pay to Win?」課金をヘルシーにする共通理念
現に,アイテムのアイデアをNiantic社内で話すと,課金に対してアレルギー反応を抱くエンジニアが多く,「それはPay to Winではないのか」と都度社内で議論になるという。これは「Pokémon GO」の開発も例外ではない。ポケモンサイドからアイテムの提案を出すと「Pay to Win.Oh Pay to Win again!」といったフィードバックをNianticから受けることもあり,終いには“PTW”と略されたコメントをもらうこともあったと江上氏は明かした。今でこそ笑いながら話せるエピソードだが,両社で納得のいくアイテムのアイデアを模索する苦労もあったようだ。
では課金用アイテムとして知られるルアーモジュールについてはどのような議論がなされたのか。これは,使用した人の周りにも効果が及び,プレイヤー同士のコミュニケーションにつながる,みんなでハッピーになれるアイテムだ。Niantic社内でもこれはPay to Winを目的としたアイテムではなく,スタッフも好きなアイテムの1つなのだとされている。ちなみに,このアイテムの着想は「Ingress」のアイテムが元となっている。
ルアーモジュールの話題に付随した興味深いエピソードも明かされた。フィールドテスト時,このルアーモジュールが実装されていたのだが,当時は購入するテスターが非常に少なかったそうだ。フィールドテスト時は限られた人数でテストを行っていた面もあり,ユーザー密度が低く“ほかのプレイヤーと効果をシェアする実感”がなかなか得られない。いわば,移動できない“おこう”のような状態だったのだ。
課金用のアイテムとして用意したものの,ローンチ後もあまり活躍する場面がないのではと危惧されていたアイテムだったという。今となっては,ルアーモジュールを頻繁に見かけるようになったが,ローンチ後にあらゆる場所で使ってもらえるものだとは,フィールドテストの時点では予想していなかったと河合氏はコメントしていた。
だれもが想像できなかった,予測の100倍をいくムーブメント
ポケモン発祥の地である日本が2016年7月22日の配信となったのは,「Ingress」が普及したユーザーベースの大きな国であったからであり,万全な状態で配信日を迎える必要があったのだ。河合氏によると,他国の配信で想定よりも多くのプレイヤーが集まった背景もあり,日本でローンチした瞬間にサーバーが止まる事態も予想されていたそうだ。サーバーを止めることなく,安定したサービスを行えるよう,日本での配信時はとくに準備に時間がかかっていたとしている。それこそ,サーバーチームが24時間体制で調整を施し,ローンチ日直前まで作業をしていたほどなのだとか。
なぜそこまで万全な状態を目指したか。それは,Nianticに息づくインターネットサービス企業としてのDNAがそうさせていたようだ。野村氏いわく,「サービスはそもそも止まるものではないという前提があり,そういった仕組みが作られている」とし,メンテナンス時間を設けた作業は考えにないそうだ。一般的なスマホ向けゲームであれば,データの更新を行うためにメンテナンス時間が設けられ,その間はゲームをプレイできなくなることが多い。だが「Pokémon GO」に至っては,ローンチ後のサーバー負荷によってログインがしにくいことはあったが,通常の更新作業によってゲームをプレイできなくなることはこれまでなかったように感じている。遊びたいときに遊べる,こういったストレスを感じさせない仕組みは,Googleの遺伝子を継ぐNianticならではのものなのではないだろうか。
ここまでのエピソードを振り返り,開発チームはこれほどまでのムーブメントを予測できていたのだろうか,という疑問が浮かぶ。海外での「Pokémon GO」ローンチ後にNianticの川島優志氏にインタビューした際,「Pokémon GO」がこれほどまでに大規模なムーブメントとなるとは予測できなかったと語っていた。では,ディレクターとして開発チームを牽引する野村氏はどのように感じていたのだろうか。
氏は,「Ingress」の人を外に連れ出す力と,ポケモンという世界共通のIPによって,多くの人に受け入れられる手応えは感じていたという。しかし,実際に起きた社会現象とも言える状況は,自身の想像を超えており,反響の膨大さはトラフィックのグラフに如実に表れていたそうだ。
仮に,ローンチ前にこの爆発的な普及を社内で予言したら,誰も信じてくれなかったのではないだろうかとも話していた。これは,河合氏も同様なようで,多くの人に遊んでもらえる読みや,期待,希望は確かにあった。だが,そういった予測はいい意味で裏切られ,感覚値ではあるが“予測の100倍をいく規模”となり驚きを隠せなかったそうだ。
これまでポケモンというIPをとおし,コンシューマゲームやカードゲーム,アプリのリリースといったさまざまなフェイズを経験してきたポケモンサイドにおいても,「趣味や興味が多様化している今の時代に,これだけ多くの人がポケモンを現実世界で捕まえる共通の遊びをすることになるとは思いもしなかったと」江上氏は語った。
ポケモン Pokémon GO推進室 マネージャー 遠藤憲司氏 |
ポケモン Pokémon GO推進室 テクニカルディレクター 吉川佳一氏 |
「Pokémon GO」の完成度は10%ほど
“151匹に囚われない何か”への期待
本作のトレイラーを見たことがある人ならば,ゲーム内にはまだ実装されていない要素があることに気付いているだろう。そこで,現段階での「Pokémon GO」の完成度を野村氏に聞いてみた。すると「やりたいことの1割ほどしかできていない。やりたいことはまだまだたくさんあります」とコメントしてくれた。つまりこれまで熱狂的なムーブメントを起こしていた本作の完成度は,わずか10%ほどということなのだ。
また,詳しくは語れないが今後の予定として,“151匹に囚われない何か”とコメントし,アップデートに向けた前向きな気持ちを露わにしていた。151匹に囚われない何かと言われると,登場するポケモンの追加を示唆しているのではないかと想像が膨らむばかりだ。詳しい実装時期などについては言及されなかったが,2週間に1度のペースで行われているアップデートで,この何かが今後実装されるかもしれない。これはポケモントレーナーとして非常に楽しみなトピックとなりそうだ。
加えて,残り90%の中でやりたいことの1つとして,「Ingress」でおなじみのリアルイベントを「Pokémon GO」でも開催することになるだろうとも明かしていた。だが,具体的な事柄については検討段階にあり,実際にいつ頃行われるか,どういった形になるかは未定とのこと。開発陣が残りの90%でやっていきたいことは,トレイラーを見てもらえれば分かるとし,夢の詰まった映像になっていますともアピールしていた。
最近話題となった不正ツールの使用についても言及。開発陣としては「利用はやめていただきたい」と改めて明言していた。ゲームプレイに影響を与えるだけではなく,不正な外部ツールを使用することでサーバーに負荷がかかり,予期せぬ事態を招きかねない。本来想定していなかった利用パターンになってしまったり,他のプレイヤーの障害になってしまったりするため,Nianticは不正ツールの利用を技術的にブロックしていく方針であるという。こういったツールを使用するアカウントを停止せざるを得ないこともあるので,対策は引き続き行うとし,プレイヤーのみなさんも使用を控えてほしいと強調した。
最後に,江上氏は「Pokémon GO」をとおして,コンシューマ機が普及していない地域に向けアプローチするプロダクトにしていきたいと強調。「Ingress」や,コンシューマで発売するポケモンシリーズとうまく共存していきたいともコメントし,ラウンドテーブルは締めくくられた。
ラウンドテーブルでの話を顧みると,ポケモンを捕まえるというシンプルな設計思想であったらからこそ,ゲーマーのみならず老若男女問わない幅広い層に受け入れられたのではないだろうかと感じずにはいられなかった。これからの90%に秘められた可能性に期待が膨らむとともに,今後の方向性への注目も高まっている。ゲームシステムを色濃くした方向へと寄っていくのか,ARの要素を強めるのか,それともこのまま間口の広さを保ち生活に寄り添う“ツール”として在り続けるのか……非常に気になるところである。
4Gamerでは,「Pokémon GO」の気になるアレコレについてインタビューしてきたので,こちらにも目をとおしてほしい。
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(C)2017 Niantic, Inc. (C)2017 Pokémon. (C)1995-2017 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.
(C)2017 Niantic, Inc. (C)2017 Pokémon. (C)1995-2017 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.
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