連載
【西川善司】Wii UのGPU性能と新型コントローラに秘められた「コアゲーマー求心」の裏戦略
西川善司 / グラフィックス技術と大画面とMAZDA RX-7を愛するジャーナリスト
(善)後不覚 |
Wii U |
Wii Uの専用コントローラ。いまのところ正式名称はなし |
「人生」「生活」を変える可能性を秘めた携帯ゲーム機ということで,「NGP」が,ラテン語で「Life」に相当する言葉「Vita」を冠する「PlayStation Vita」になったというのは,4Gamer読者ならもうご存じでしょう。
そして,もう1つの主役が任天堂の「Wii U」です。噂や,まことしやかなリーク情報は事前にあったものの,スペックやコンセプトが公開されるのは今回が初めてでしたから,衝撃度は相当なものでした。
ゲーム機は「ソフトがないとただの箱」と言われたりもしますが,やはり新ハードが出てくると盛り上がりが違いますよね。
PlayStation Vitaもいろいろとトピック満載のハードですが,今回は,「Wii U」のほうにスポットを当ててみたいと思います。
Wii UのGPUはATI Radeon HD 4000系
E3会期中,AMDは,「Wii U」のGPUに関するプレスリリースを配信しました。その内容は「Wii UにはAMD社のGPUが搭載されています」という,それ以上でもそれ以下でもない内容で,もうちょっと知りたいと思った人は多いでしょう。
まず,Wii UのGPUは一体何ベースなのかという点ですが,AMDのチャネルマーケティングマネージャーであるMarc Diana(マーク・ディアナ)氏は,ATI Radeon HD 4000系であることを明かしてくれています。
ATI Radeon HD 4000系の開発コードネームは「RV770」。2008年,Windows Vista時代のGPUです。
任天堂のプラットフォームですから,当然,開発キットは独自システムになるはずです。グラフィックスはOpenGL 4.x世代でしょうか。そんな事情のため,DirectXの世代で表現することに意味があるかというとアレなのですが,Wii Uのグラフィックスポテンシャルは,DirectX 10.1世代,Shader Model 4.1(SM4.1)ということになります。
つまりWii UのGPUは,現行の家庭用据え置き型ゲーム機のなかで最も先進的なグラフィックス性能を持つことになります。
ちなみにこれは余談ですが,家庭用ゲーム機の歴史で,そのグラフィックス性能が当該世代のPCを上回れなくなったのは,PlayStation 2&Xboxの頃くらいからだと言われています。PS3とXbox 360のグラフィックス機能も,「PCのグラフィックス技術を組み込み機器向けにカスタマイズしたようなもの」になっていましたし,「見たこともない映像でゲームを楽しめるワクワク感」が,据え置き機に期待できなくなってしまったのは残念なことです。いろんな意味で,「家庭用ゲーム機のあり方」というものが変わってきている気がします。
そういう時代にあって,任天堂がWiiでモーション入力システムを採用してきたり,今回のWii Uで“びっくりドッキリメカ”的な新コントローラを採用してきたあたりからは,「ゲームグラフィックス以外でワクワクさせよう」という,「映像面以外でのワクワク感の演出」の意図が強く感じられます。
Wii UのGPUにはハードウェアテッセレータが実装される
Xbox 360対応タイトルで,このハードウェアテッセレータを活用したものとしては「あつまれ!ピニャータ」が挙げられますが,マルチプラットフォーム対応のタイトルではほとんど使われていないというのが実情です。Wii Uでは,どの程度活用されるのかは注目されるところですね。
Wii UのGPUはHD×1+SD×4の5画面出力ポテンシャルがある?
Diana氏は,「最初のWii Uでは無効化されている,隠された機能」についても語ってくれました。
それは,ATI Radeon HD 5000シリーズ以降でサポートされるマルチディスプレイ出力機能「Eyefinity」に近いものだそうです。
残念ながらコスト的な理由で,この機能は無効化されているそうですが,今後,Wii Uのマイナーチェンジバージョンが登場した暁には,液晶パネル付きコントローラを,4人のプレイヤーがそれぞれ持ってプレイできるようになっているかもしれません。
Wii Uにはまだ進化と発展の伸びしろがあると言うこともできそうです。
Wii Uのハイスペックに隠された“裏戦略”とは
Diana氏は,「Wii UのGPUの詳細スペックは開かせないが,確実に言えることが1つだけある。それは,PS3とXbox 360,どちらのGPUよりもパフォーマンスが高いということだ。詳細スペックは,時が来れば明かせるようになるかもしれない」と自信を見せていました。
ATI Radeon HD 4000といえば,ローエンドの「ATI Radeon HD 4350」からハイエンドの「ATI Radeon HD 4890」までがあります。Xbox 360のXenosだと,汎用シェーダプロセッサ(以下,SP)数は48基でしたから,まあ,きっとこれよりは多いSP数になっているのでしょう。
その一端は,E3 2011における任天堂プレスカンファレンス,最後の最後に登壇した,EAのJohn Riccitiello(ジョン・リカテロ)CEOによるプレゼンテーションからも窺い知れます。
Riccitiello氏は「これまでSony Computer EntertainmentやMicrosoftのプレスカンファレンスに登壇したことはあっても,任天堂のプレスカンファレンスに登壇したのは初めてだ」と言って笑いを取りつつ,今回の登壇は,最新世代のエンジンを用いて開発されるElectronic Artsのゲームを動かすのに必要十分なポテンシャルをWii Uが備えているのが大きな理由になっていると示唆していました。
とくに,「Battlefield 3」の映像を出して,「Wii Uで,フルスペックの『Frostbite Engine』が動作するだろう」とまで述べていたのは印象的です。
またこのプレスカンファレンス以降,著名ゲームエンジンの開発スタジオもWii U対応に向けて前向きな反応を示しています。
「Unreal Engine 3」(以下,UE3)の開発元であるEpic Gamesは,筆者の取材に対し,UE3のWii Uサポートを否定しませんでした。それどころか,「任天堂のプレスカンファレンスでヒントになる映像があったはずだ」と笑いかけるほどで,サポートは確実視していいでしょう。
「Cry Engine 3」(以下,CE3)の開発元Crytekまったく同様で,いわく「CE3でWii Uをサポートしない理由が見つからない」。相当に前向きな姿勢をアピールしていました。
実際,筆者とは別口の,欧米メディアからの取材に対しても,Epic GamesやCrytekは同様の反応をしているようです(※参考1,参考2)。
サードパーティからすると,現行型のWii向けのゲーム開発は結構しんどいものだったといえます。グラフィックス表現能力がPS3やXbox 360と比べてかなり低いため,シェーダを剥がしたうえでグラフィックス表現の調整を行ったり,操作系をモーション入力に対応させたりといった,専用の工程が必要になっていたためです。
Wii Uでは,ここまで説明してきたとおり,前者に関してはPS3やXbox 360と同等以上なので,ほぼそのまま持ってこれます。ただ,それだけではありません。注目すべきは新型の液晶パネル付きコントローラです。
今のところこれといった名前のない液晶パネル付きコントローラ。液晶パネルの持つ解像度の高さや,タッチセンサーに目を奪われがちですが,実のところ,PS3やXbox 360の純正コントローラと操作系の互換性が高い設計になっていることに気がつきましたか。
コントローラの左右には親指で操作可能なアナログパッドがそれぞれ用意されていますし,左右の肩口にはショルダーボタン,そして背面の左右にもトリガーボタンが付いており,PS3やXbox 360的な,[L1][L2][R1][R2]といったボタン操作がサポートされています。
サードパーティがPS3やXbox 360向けのマルチプラットフォーム対応タイトルをベタ移植するにあたって,Wii Uの操作系は,何の躊躇もいらないものになっているのです。
もっとも,ただのベタ移植ならば,そうしたタイトルのWii U版をわざわざ選ぶ理由にはならないわけですが,そこで生きてくるのが,タッチ機能付きの液晶パネル部分。力を抜いたWii Uへの移植なら,この部分は武器選択やリロード操作,回復アイテム使用などといった,アイテム選択や簡易操作系インタフェースに活用することが考えられます。
ただ,もう少し力を入れるならば,ここに別視点のグラフィックスを表示させたりできるはずです。
レースゲームなら,ライバルの視点や三人称視点を,アクションゲームならば相棒となるAIキャラの視点,RTSならユニット視点の映像を出せたりすると面白そうです。3Dグラフィックス的な観点からすると,シーンのセットアップさえできてしまえば,GPU性能の許す範囲で別視点からの映像をレンダリングするのも難しいことではありません。意地悪い言い方をすれば,Wii Uの液晶パネル付きコントローラは,それほど手間を掛けずにユーザーを楽しませる追加要素を盛り込むのに持ってこいな存在なのです。
ゲームデベロッパにとってのWii Uは,マルチプラットフォームタイトルを持ってきやすいプラットフォームとなり,ユーザー側からすれば,PS3やXbox 360と同等のゲーム内容を追加の面白要素付きで楽しめるプラットフォームになるというわけですね。
Wii Uの発売は2012年。
任天堂が持つ本来の思惑とは異なるかもしれませんが,登場するときのWii Uは,“PS3.5”や“Xbox 480”的な存在になるかもしれません。
■■西川善司■■ テクニカルジャーナリスト。4Gamerの連載「3Dゲームエクスタシー」をはじめ,オンライン/オフラインのさまざまなメディアに寄稿したり,バカゲーを好んでプレイしたり,大画面にときめいたり,観切れないほどBlu-rayビデオを買ったり,オヤジギャグを炸裂させたりして毎日を過ごしている。 |
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