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1994年の「ぷよぷよ通」では「相殺」や「全消し」といった新システムを導入し,1995年には東京・有明コロシアムで全国大会「全日本ぷよマスターズ大会」が開かれた。その後も女性限定のレディース大会,60歳以上が参加できるシルバー大会,小学生以下のジュニア大会など,幅広い層が参加できるレギュレーションを整え,日本の競技的なゲームプレイの先駆けとなった。
コンパイルは2003年に事業停止に至ったが,「ぷよぷよ」のIPはそれ以前(1998年)にセガが取得した。現在,「ぷよぷよ」シリーズはeスポーツ競技タイトルとしても展開しており,幅広い層に親しまれている。
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今年(2026年)で35周年を迎える節目に,「ぷよぷよ」の生みの親・米光一成氏と,「ぷよぷよ」シリーズ総合プロデューサーを務める細山田水紀氏の対談をお届けしよう。両者の視点から,「ぷよぷよ」が歩んできた歴史と,これからの展望に迫る。
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「ぷよぷよ」シリーズの35周年を記念して“だいれんさ!”プロジェクトが始動。35周年ロゴやテーマアート,ティザーサイトも公開に
セガが本日(2026年1月19日),アクションパズルゲーム「ぷよぷよ」シリーズが2026年に35周年を迎えるにあたり,“だいれんさ!”プロジェクトの始動を発表した。これを記念してティザーサイトや,35周年のロゴとテーマアートも公開された。また,ポップアップストアを始めとしたさまざまな施策も明らかにされた。
何番煎じみたいなものにはしたくなかった
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。
お二人が会うのは,今日で何回目ですか。
細山田水紀氏(以下,細山田氏):
以前,TV番組の収録でお会いしたことはありますが,ゆっくり会話するのは初めてです。米光さんが審査員をされているゲームコンテストの運営に参加していたのですが,おそらくご存じではなかったでしょうし。
米光一成氏(以下,米光氏):
セガさんに来たのも,「ぷよぷよフィーバー」が出た際の1回きりです。
※「ぷよぷよフィーバー」……2003年にアーケード版稼働開始。開発はセガのソニックチーム。キャラクターが変更されており,「連鎖のタネ」が降ってくるフィーバーモードでは派手な展開を楽しめる
4Gamer:
さまざまな機会で語られているとは思いますが,あらためてコンパイルに入社したきっかけを教えてください。
米光氏:
コンパイルに入ったのは,まだ「ゲーム業界」なんて言葉がないような頃です。社長が住んでいるマンションの一室と隣の部屋を会社にしていて,面接に行ったらスリッパ履きの社長が出てくるような状態でした。
部屋に入ると,社長のお母さんが洗濯物を干しておられて,プログラマーとデザイナーが冷凍サンマを武器に「ブォン,ブォン」って。スター・ウォーズごっこをしていたんですよ。ヤバイ会社か,すごく合う会社か,どっちかだと思いましたね。
実はセガさんの会社説明会にも行ってるんですが,すごくちゃんとしていたので「これは無理そうだな」って(笑)。
4Gamer:
入社後はどのように仕事を覚えていったのでしょうか。
米光氏:
コンパイルにとって僕が初めての企画職だったんですが,それまでは企画書もなしにメモ書きから3か月くらいでゲームを作っていました。開発期間が延びてきたので,スケジュールを管理する人間が必要ということで僕が雇われたんですよ。先輩方には「お前が入ってから,コンパイルが会社っぽくなった」なんてことを言われていました。
最近,僕は何かが始まろうとするときが好きだと気がつきました。今あるものの面白さを,どう新しくするかといったことが好きなのかもしれない。
4Gamer:
なるほど。そこから,「ぷよぷよ」はどのように誕生したのでしょうか。
米光氏:
やはり,セガさんがアーケードで出していた「テトリス」がきっかけですね。当時はゲーム機の進化に伴い,開発の大人数化と長期化が進んでいました。そこに極めてシンプル,理論のみで構成されたような「テトリス」が出てきた。しかも面白いわけですから,ショックでしたね。
「今の俺たちはゲーム制作を巨大化させているけれど,本来好きなのは『テトリス』みたいなゲームじゃないのか」って。
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同時に,ゲーム会社の経営陣もショックを受けていました。開発者は「制作期間を延ばせ,人を増やせ」というけれど,実際は「テトリス」みたいにシンプルなものが売れてるじゃないかってわけです。
ゲームに携わる人間,みんなに「テトリスショック」が走った時代でした。
※「テトリス」……1984年に作られたパズルゲーム。さまざまな形のブロックを組み合わせ,横1列揃うと消える。シンプルなルールゆえにロースペックでも再現でき,1990年代後半にはキーホルダー型のものも流行した
4Gamer:
当時最先端のゲーム機でなくても表現でき,その論理はエレガント。中毒性があると感じられるほどに面白く,ヒットにもなった。しかも少人数で作れそうとなれば,ゲーム会社がこぞって落ちものパズルを出したのも当然ですね。
米光氏:
コンパイルの経営陣も「第2の『テトリス』を作れ」となったわけです。当時は十数人規模の小さな会社でしたが,落ちてくるドミノの数字を合わせて消していく「どーみのす」というゲームが作られました。
しかし,これがどうにも面白くならないので,上層部が喫茶店で会議をすることになったんです。僕は別のチームだったんですが,「喫茶店に行きたい。仕事中にウインナーコーヒー飲みたい……」と思ったので,積極性のある人間のような顔をしてついていきました(笑)。
4Gamer:
どんな内容の会議だったのでしょうか。
細山田氏:
わざわざ喫茶店に行くくらいですから,開発者に聞かせたくない話だったんでしょうね。
米光氏:
そうですね。議題は,開発を中止するかどうかでした。最終的には「ほぼできあがっているんだから,どうにか丸めて出す」方向で落ち着きました。僕がその場では一番若かったので,「じゃあ米光,うまいことやれ」となったんです。
4Gamer:
そのときの心境はいかがでしたか。
米光氏:
僕も若かったし,「テトリス」が大好きだったので,すぐに引き受けることにしました。「どーみのす」が面白くないといっても,それは完成していないからであって,うまく仕上げればちゃんと面白くなると思ったんですね。
細山田氏:
実際はどうでした?
米光氏:
予想に反して,ほぼ完成している。そのうえで面白くない。もしかすると,最悪のパターンじゃないかと思いましたよ。
しかも上層部が望んでいたのは,「ちょろちょろっと丸めて発売しろ」という雰囲気でした。
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4Gamer:
上層部としてはそこまで期待をしていないし,手間をかける気もなかった。
米光氏:
ただ,僕は「テトリス」が大好きでした。二番煎じで面白くないゲームを出したうえに,スタッフクレジットに自分の名前が載ることには,すごく抵抗がありました。「イヤだなぁ……」と沈んでしまって,4日ほど会社を休んじゃいましたね。
細山田氏:
自分が初めて「ぷよぷよ」に関わったのは「ぷよぷよ!(Puyopuyo 15th anniversary)」でしたが,マスターアップの4か月くらい前に呼ばれました。当初は企画を1か月だけ手伝うはずが,そのままプロジェクトに組み込まれていて……ちょっとだけ米光さんに通じるところがありますね。
何かアイデアを出せと言われて,休み中にもずっと考えていたあたりも似てますし。
4Gamer:
米光さんは休んでいるあいだ,何をされていたんですか。
米光氏:
もう会社を辞めるしかないかな……と思いつつ,ずる休みの罪悪感もあって「テトリス」を遊んでいました。よくできていることを再確認して,「これと同じジャンルで,できることなんてないんじゃないか」と絶望的な気持ちにもなりましたね。
そうした中でも「『テトリス』って,どこが面白いんだろう」とキーワードを書き出したところ,自分は「ソリッドなところ」が好きなんだと気づけたんです。
4Gamer:
「ソリッドなところ」ですか。
米光氏:
それまでのゲームのキャラクターは,人間や生き物といったモフモフの柔らかいものでした。でも,「テトリス」は硬いブロックが降ってきて,一直線に揃えると消えていく。まさに幾何学の結晶ですよね。
同じことをして勝つのは不可能だから,テトリスの背骨であるソリッドなところを禁じ手にして,反転させてソフトなものにしたら,違うゲームができるんじゃないかと考えました。「テトリス」に勝つのは無理だとしても,比べられないものになるんじゃないかと。
その瞬間,書き出したキーワードがすべて反転する感覚があったんです。
4Gamer:
アイデアが降ってきた瞬間ですね。
米光氏:
積みあがったものが消えるにしても,一直線ではなく縦軸で消えていく。硬いものではなく,柔らかいものが降ってくる。そうすれば,遊び方自体もソリッドではなく,柔らかくて楽しそうなものになるだろうと。
ソリッドな「テトリス」と違って,柔らかいゲームだからキャラクターが出てもいい。「ストリートファイターII」みたいに,人と一緒にプレイできるのもいいんじゃないかと気づきました。
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そこに,「魔導物語」に登場する「ぷよぷよ」という敵キャラクターがつながったんです。柔らかい存在なので,落ちてくるゲームにちょうどいいと思いましたね。
※「魔導物語」……1989年にコンパイルが発売したゲーム集「ディスクステーション」に収録された作品からスタートしたRPGシリーズ。HPやMPが数字ではなく,「げんきいっぱい」「もうすぐ,ばたんきゅ〜」などで表現される
4Gamer:
「魔導物語」自体も「ソリッド,ソフト」という観点で語れそうです。当時のRPGはパラメータをすべて数字で表現するソリッドな世界だったのが,「魔導物語」はあえてそれをしないソフトなところが個性でした。
米光氏:
面白くなりそうなアイデアは浮かびました。とはいえ,会社は「どーみのす」をちょろっと丸めて出すことを望んでましたから,予算や人員を用意してくれとは言えません。
しかも,次のプロジェクトにもう入っているプログラマーに「悪いんだけど,全部やり直さない?」と提案しなきゃいけない。断られるかなと思っていましたが,「面白くないものを作り続けるくらいなら,やり直すほうがまだいい」と承諾してくれたんです。
僕も確信はなかったんですが,「絶対面白くなるから!」って言いながら作業を進めていきました。半分は自分を鼓舞するために,ですね。
4Gamer:
予算も人員も足りない状況で,どのように制作したのでしょうか。
米光氏:
僕もプログラマーも別のプロジェクトに着手していましたから,放課後のクラブ的に制作を進めました。っていうか,残業ですね。
細山田氏:
ああ,どうしてもそうなりますよね(笑)。
米光氏:
時折,プロジェクトの進捗を報告する会議もあったんですけど,みんな忘れているのか,「ぷよぷよ」のことは何も聞かれなかったかな。
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4Gamer:
「ソフト,柔らかい」というキーワードを得て,「どーみのす」から「ぷよぷよ」になった。これ以降の開発自体は順調でしたか。
米光氏:
それが,最初のうちは全然面白くならなかったんですよ。「グラディウス」が好きだったので,自機を追尾する「オプション」のように,滑らかにぷよを動かしたかったんですが,無理だったので別の方法を考えたりして,何度もプログラムを修正してもらいました。
毎日,何かをリトライしていたような状態でしたね。半分こっそり作っていたことで,普通だったら会社から怒られるくらいの時間をかけられたのが良かったのかもしれません。
※「グラディウス」……1985年にKONAMIが発売したシューティングゲーム。アナログ的な動きで自機を追尾する発光体「オプション」の滑らかな動きが話題となった。ソリッドな自機とUFOのように丸く輝くオプションとの対比も印象的だった
4Gamer:
グラフィックスはどうしたんですか。
米光氏:
「魔導物語」のデザイナーにお願いしました。残業をしない主義の方でしたが,お昼の休憩時間を使ってもらって,1色だけぷよを作ってもらったんです。「あとの色はこっちで変えますから!」って。そうこうしているあいだに,半年近くの時間が過ぎていました。
細山田氏:
当時の半年間というのはけっこうな期間ですね。
米光氏:
楽しかったし,苦しかった。難航するうちに「面白くならないかもしれない,あのときのひらめきは幻だったかも」と思ったこともありました。それでも,「テトリス」とは違ったものになるという確信だけはありましたね。
4Gamer:
その確信の根拠はどういったものでしたか。
米光氏:
「何か」を見つけられたら,すごく面白いものになる……と思っていました。その実例は,セガさんのアーケード版「テトリス」でした。
普通のパズルゲームだと,プレイ中は速度がどんどん上がっていくばかりです。でもアーケード版「テトリス」は,スピードアップの頂点を乗り越えると,少し速度が緩くなります。このバランスが絶妙なんですよ。
細山田氏:
分かります!
米光氏:
人間って,そんな急に成長するものじゃない。スピードが上がるだけだとゲームオーバーになるタイミングも決まってしまうけれど,緩くなる時期があるおかげで,スコアが伸びたり伸びなかったりといったブレが発生して,より面白くなる。面白さの根本みたいなものが,すごく高いクオリティで実現されてるんですよ。
こうした実例があったので,「ぷよぷよ」も「何か」を見つけられたら,すごく面白いものになると確信していました。アーケード版「テトリス」のメカニクスを同ジャンルのゲームとして参考にしつつ,とにかくあきらめずに開発を進めていたんです。
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4Gamer:
ご自身が「テトリス」を大好きなのに,その好きなポイントを反転させるというところには,なかなか至らないのではないかと思います。
米光氏:
「テトリス」がブームを起こし,「コラムス」も世に出ていましたから,何番煎じみたいなものにはしたくなかった。「テトリス」も「コラムス」も大好きだったから,超えたいし,別物にしたい。だから,好きなポイントを反転させたんです。
以前,「踊る大捜査線」の脚本を手がけた君塚良一さんにお会いした際,「『太陽にほえろ』が大好きだから,その要素を封じ手にした」という話を聞いて,同じことを考えていたんだと盛り上がりましたね。好きな部分を封じ手にすると,やりがいが出るというか,苦しさが創造の楽しさに変わります。僕はずっと,こうしたモノづくりをしていますね。
※「コラムス」……1990年に登場したアーケード向けパズルゲーム。3個1組として落ちてくる宝石の色を揃えて消していく。宝石が連続して消える「連鎖」を導入し,以降の落ちものパズルに大きな影響を与えた
細山田氏:
「ぷよぷよ」をソフトにすると思いついた瞬間って,絶対に楽しかったと思います。
米光氏:
楽しかったし,確信があったとはいえ,長く開発を続けていると「自分は面白いと思っているけど,ほかの人がどう思うか」という感覚のズレは不安に感じるものです。そうした期間を乗り越えて,「ぷよぷよ」がやっと面白くなり,テストプレイの人員を確保するため,会社に報告することになりました。怒られると覚悟していましたが,そうはならなかったですね。
新人デザイナーや若手たちが業務終了後に遊んでくれたんですが,終電近くになっても「まだ,やります!」って止めないんです。もうテストプレイの域を超えてハマってるんですよ。そこでやっと,客観的に「これは面白いんだ」と分かりました。
4Gamer:
「ぷよぷよ」が面白くなったきっかけは,何があったんでしょうか。
米光氏:
「構成要素を全部ソフトにしなければならない」という強迫観念から解き放たれたことでしょうか。
最初は何もかもソフトにしようとしていて,落ちてくるときも塊ではなく追尾するように動き,回転させるときもカッチリではなく,「もにょっ」と動くようにしたい。ブロックも形によって色が違うのではなく,2つのブロックのつながり方で色が違う……など,とにかくソフトな感覚を取り入れるべく試していました。
すごくいいアイデアだと思ったんですが,やってみると難しかったし,なかなか面白さにつながらなかったんですよ。
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細山田氏:
僕たちも,ぷよを組み合わせるのではなく1個にしたり,「コラムス」っぽく複数個をつなげてみたりと,いろいろ試しました。ぷよの追尾もデジタルではなくて,アナログ的な動きを試してみたこともありますが,プレイヤーさんが制御し切れないし,ゲームとして面白くならないという結論も同じです。
米光氏:
人間の認知能力的にソリッドな物のほうが認識しやすいですし,これをフィールドに置くならなおさらです。だから,ありとあらゆる要素をソフトにするのではなく,操作感自体をソリッドなものにしたところ,遊びやすくなりました。
ゲーム全体から受ける印象と遊びやすさを切り離す判断ができたことで,やっと「どうにかなるかも」という段階になったんです。
細山田氏:
そもそも,ぷよがつながっている数が「2個」というのは,すごく絶妙なバランスだと思います。
米光氏:
「ぷよぷよ」は2個1組だから,フィールドのフレームの外に1個積めるという弊害もある。数学的にはキレイじゃないし,こうしたキレイじゃないことが起こらないように考えがちです。
キレイにしようとすると,ブロックを3個つなげて「真ん中」がある形を考えてしまうけれど,いろいろ試してみたら2個が面白かったりもする。作り手としては,キレイじゃないことが起こっても「面白い」を優先しなければいけないんです。
同じ理由で,フィールドの大きさも奇数単位のほうがいいはずなんです。でも,「ぷよぷよ」も「テトリス」も偶数単位だから面白い。「ぷよぷよ」の場合は,ファミコンやMSXのスペックが限られていて,細かく調整できなかったという事情もあるんですが。
細山田氏:
ぷよは2個1組,フィールドは6×12マス。これが絶妙なんですよね。「ぷよぷよフィーバー」では3個組,4個組を試してみましたが,もともとのバランスが至高だと思います。
セガが後年になって試したことを,開発の時点で把握されているんですよね。点数計算にしても,対戦を意識したものになっていますし。普通に作ったら,あの係数設定にはしないでしょう。
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米光氏:
当時はヒットを確信していたものの,ここまで遊んでもらえるとは思っていませんでした。しかも,僕が作った初代「ぷよぷよ」だと,eスポーツの選手なら一発で終わってしまうような連鎖を組めますからね。
細山田氏:
初代「ぷよぷよ」のルールは相殺がないため,5連鎖+2色同時消しのような攻撃を先に決めれば一気に勝負が決まることが多く,連鎖を伸ばすことよりスピードが重視されます。そのシンプルさが良い,という方もいます。相殺ありのルールが100m走だとすれば,初代の相殺なしのルールは2m走みたいなものですよね。初心者であっても,頑張れば勝てるかもしれない。
だから,どれだけ新作が出ていても,初代のルールは入れるように意識しています。
米光氏:
初代以降に相殺のルールが組み込まれたことで,30年以上も遊ばれ続けてきたものになった実感があります。
細山田氏:
こちらとしては,初代の時点で拡張できる余地を残していたんじゃないかとさえ思えます。未来を予測したような設計で,本当にすごい。
米光氏:
遊んでくださる方々が,作り手の予想を超えたんですよ。
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「ぷよぷよ」へのリスペクトが次の展開につながる
4Gamer:
米光さんの退社後,コンパイルは倒産,セガが「ぷよぷよ」を展開していくことになりました。
細山田氏:
「ぷよぷよ」は完成されたゲームシステムを持っているので,「これを放置するのは良くない」ということでセガが展開することになりました。
だから,我々はコンパイルさんや初代「ぷよぷよ」をはじめとしたコンパイルさんの「ぷよぷよ」作品をリスペクトしまくっているんです。スタッフにも「アレスタ」好きのサウンドディレクターをはじめとして,コンパイルさん大好きな人間がたくさんいます。
※「アレスタ」……1988年に発売されたシューティングゲーム。米光氏は脚本を担当している
4Gamer:
米光さんにとって,現在の「ぷよぷよ」シーンはどう映っていますか。
米光氏:
シンプルなゲームなので,展開していくのは難しいと思いますが,ちゃんとシリーズが続いているのはすごいし,毎回驚かされます。
とくに驚いたのは「ぷよぷよテトリス」です。当時も飲み会の話には出ましたが,ゲームの仕組みがまったく違うから,対戦するなんてできるわけがない。ただの笑い話でしたよ。だから,狂気の沙汰だなと思いました。
※「ぷよぷよテトリス」……2014年発売。その名のとおり,落ちものパズルの2大巨頭によるコラボタイトル。フィールドにぷよとテトリミノが降ってくる「ぷよテトミックス」も遊べる
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細山田氏:
チェスボクシングみたいなものですね(笑)。
米光氏:
いやいや,チェスボクシングはラウンドごとにチェスとボクシングを切り替えますが,「ぷよぷよテトリス」は両者がリアルタイムで戦うじゃないですか。飲み会のテンションでないと作り切れないだろうし,実際にプレイしたら「ここまで上手くまとめられるのか」と驚かされました。企画は出るだろうけれど,実際に作って成立させたのはすごいですよ。
細山田氏:
学生時代に「ぷよぷよ」が好きだったので,「『テトリス』と対戦できればいいな」なんてことを考えていましたね。実際,セガ入社後もちょいちょい「ぷよぷよ」と「テトリス」を対戦させる企画を考えたり,チームスタッフも同じことを考えて企画案は提出されたりしていましたし。
とはいえ,「テトリス」をリスペクトしたのが「ぷよぷよ」ですから,粗削りではあってもみんなが触りたいと思うものに調整できるだろうと思いました。おじゃまぷよは上から降ってきて,テトリミノは下からせりあがってくる。これならバランスは保てるんじゃないかと。多少バランスが崩れても,楽しければいいじゃないかとも思いつつ。
米光氏:
「テトリス」は4段消しが一番すごいから,上級者を相手にしてもそこまで得点差が開くことなく,初心者も遊びやすい。でも,「ぷよぷよ」の連鎖に関しては「テトリス」の過剰版のようなもので,上手ければ上手いほど得点が跳ね上がる。
バランスの曲線が違うから,両者を揃えることは実質不可能です。だから,「面白ければいいじゃないか」と腹をくくらないと作れなかったでしょうね。
細山田氏:
さらに,当時でもゲームシステムやテクニックが進化していました。「テトリス」には「T-スピン」「Back to Back」「REN」といったシステムがあり,「ぷよぷよ」も相殺システムによる駆け引きに加えて,連鎖の組み方を追究するプレイヤーによるさまざまなテクニックの進化がありました。
昔は7連鎖くらいで勝てたものが,今や13連鎖でも勝てない。お互いの進化が上手くハマったので,「ぷよぷよテトリス」を作れたというところはあると思います。
※Tブロックを回転させて,通常は入れない隙間にはめ込むのが「T-スピン」。4列消しの「テトリス」とT-スピンを連続して,対戦相手に多くのラインを送るのが「Back to Back」。連続してラインを消していくのが「REN」
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4Gamer:
2018年には本格的なeスポーツ展開が始まりました。
細山田氏:
コンパイルさんは1995年に「全日本ぷよマスターズ大会」を有明コロシアムで開催していましたし,同じ年にはシルバー大会なども行うなど,幅広い世代が参加できる機会を作っていました。
さらにキャラクター性も取り入れて,プレイヤーの裾野を競技性のフィールドから広げています。「すべてを予言して作っていたんじゃないか」というくらいに,時代を先取りしていた感覚がありますよ。
米光氏:
公式大会の頃にはコンパイルを辞めていたので,詳しいことは分からないんですが,非公式の大会に遊びに行ったとき,印象的な出来事があったんですよ。
準決勝の4人中3人は常連だったんですが,1人だけ誰も知らない選手がいたんです。大会終了後,みんなで謎の選手を囲んで「誰なんだ!?」って名前を聞いたら,オンライン界隈で有名な人だった。
「ぷよぷよ」のコミュニティが確立したうえで,ネット対戦という新たなコミュニケーションが生まれた瞬間を見た思いがしました。
細山田氏:
「ぷよぷよ」はコミュニティのみなさんの熱量が高く,すごくアットホームなんですよね。女性にも人気があるから,本当に最初からすべて狙ってやっているように見えるんです。狙ってやっているなら,天才としか思えない。
米光氏:
当時のパズルゲームとしては変わった世界観ではあるけど,それは「魔導物語」から持ってきてるからです。ある種の偶然であり,ソフトというコンセプトから考えると,こうなったことは必然のジャッジでもありました。
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eスポーツといえば,初心者にも分かる解説動画をもっと作ってほしい,とは思いますね。ぷよの積み方ひとつにしても,いろいろな用語がありますし,そうした部分が分からない人でも楽しく見られるといいですよね。
「NHK 囲碁講座」風の番組を作ってくださいよ。例えば,試合の重要なポイントをじっくり解説してくれたら,絶対面白いと思うんです。
細山田氏:
選手の名前がそのまま技名になったり,新たなセオリーが生まれたりもしていますね。
最近でも,最年少王者となったゆうき選手をはじめとしたトッププレイヤーが「あえて全消しをしない」という考え方を多くの試合で行っています。こうした判断を小学生の選手がしているんですから,本当に進化の速度がすごいと思います。
※全消し……フィールド上のぷよをすべて消すこと。多くのおじゃまぷよを相手に送れるため,有利になるとされている。しかし,ゆうき選手は「あえて全消しをしない」戦術を実践し(※リンク),実際に「ぷよぷよグランプリ ファイナル」(2026年)ではこの戦術により勝利を収めている
米光氏:
ゲームって,半分以上がプレイヤーさんのものだと思いますよ。野球にたとえるなら,開発者はルールやボール,グローブ,バットといった道具を作り出す人。そして,プレイヤーさんが道具を使って,いろいろなドラマやテクニックを生み出していく。
プレイヤーの皆さんはすごいと思いますし,もう感謝しかありません。
こうした土台を作り続けてくださったセガさんの取り組みもすごく嬉しいです。コンパイルが倒産したときに,「ぷよぷよ」というゲーム自体がなくなった可能性もあったわけですから。
細山田氏:
コンパイルさん時代からセガでもマルチプラットフォームで展開されていたのが,功を奏していると思います。コンパイルさんとセガの社員もお互いをリスペクトして,アーケード版を作るときもやりとりがあったと聞きます。
「ぷよぷよ」は競技として取り組んでいる方から,キャラクターゲームとして遊んでいる方まで,多様なニーズがあります。差別化をしつつ,新規プレイヤーを取り入れるといった新作を展開するのは本当に難しい。
そうした試行錯誤の中では,「ぷよぷよフィーバー」からキャラクターや世界観も新しく変えていくというチャレンジもしてきました。
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4Gamer:
どういった理由から,キャラクターを変えたのでしょうか。
細山田氏:
理由の1つは,海外や新規ファンにアプローチしたかったからですね。元コンパイルさんのスタッフも制作に関わっていましたが,なぜか「アルルやカーバンクルがいない」という誤解を受けたりもしました。
賛否両論ありましたが,今となってはチャレンジして良かったと思います。昔のキャラクターも大事ですし,そのうえで新しくしていかないと,新規の方が増えませんから。
4Gamer:
当時はいろいろな方面に露出をされてましたよね。
細山田氏:
「すべてのハードに『ぷよぷよ』を展開する」という目標がありましたから,ほぼ毎月,さまざまな機種版の「ぷよぷよフィーバー」が出ていた状態でした。
その次の作品では開発期間がかなり短く,システム的な差別化が十分できなかったものの,新キャラクターを追加したり,ストーリーの深掘りをしました。こうしたキャラクター面の取り組みにより,新たなファンの獲得につながっています。
米光氏:
「ぷよぷよ」の新作を作るのって,相当大変だったと思いますよ。
細山田氏:
いつも大変です(笑)。ただ,成功したときの振れ幅がすごいんです。コンパイル時代に日本人なら誰でも知ってるようなタイトルになっていましたし,芸能人がTV番組でプレイしてくれたりもしました。
アップダウンはありつつも,米光さんが作られたベースの部分をさまざまな手法で上手く進化させたり,アレンジしたりしていくことで,ここまでやってこれたと認識しています。
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4Gamer:
これからの「ぷよぷよ」に期待することはありますか。
米光氏:
嫁に行った娘のようなものですから,あまり口出しすると娘からウザがられるかもしれません。
ゲームに関してはセガさんがしっかりやってくれると思うので,僕としては「NHK 趣味講座」を放送してほしいとか,妄想を話す立場で時々呼んでもらえたら嬉しいですね。ファンの皆さんが怒りそうなくらいユニークなグッズを出してください(笑)。
細山田氏:
なんとか頑張ってみます(笑)。
もちろん次回作も考えていますし,eスポーツ展開も続けていきます。「ぷよぷよ」のゲームシステムやキャラクターであれば,今後40周年,50周年,60周年と続けていけると思います。
「ぷよぷよ」の開発を卒業したスタッフが「ソニック」やさまざまな著名なゲームタイトルを作っていたりと,いろいろなところで活躍しているので,そうした方々も驚くようなものを仕掛けていきます。
4Gamer:
本日はありがとうございました。
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