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メタバースの鍵は「酔いにくいVR技術」にあり? 雪雲がメタバース事業と独自のVR技術「VRun System」を披露
今回,とくに注目したいのはVRun Systemであるが,これらの概要を簡単に紹介したい。
長野県を拠点とする雪雲は,代表取締役 CEOである伊藤 克氏と,雪雲のCTOである丸山謙一郎氏らが設立した企業である。今回のメインテーマであるThe Connected Worldは,同社が開発中のメタバースプラットフォームであり,その中核となるVR技術がVRun Systemだ。
The Connected Worldは,VR空間内で展開するメタバースで,サービスの主催者が決めたルールで展開,運営する「World」と,Worldの中に複数存在して,実際にユーザーが活動するVR空間「Land」で構成される。Worldは,雪雲が提供するものだけでなく,ライセンスを受けた企業や団体が独自のものを展開することも可能だ。
1つのLand内には,同時に数千人という大人数が参加可能で,ユーザーはLand内でコミュニケーションをしたり,ゲームをプレイしたり,あるいはビジネスミーティングをするといったさまざな行動を行える。
Landそのものや,Land内に存在するキャラクターやアイテム,それらを操作するスクリプトは,雪雲が開発,提供する「Metaverse Engine」というツールを使って作成できるとのことだ。
雪雲は,The Connected Worldを用いた基本プレイ無料のMMORPGを2022年12月の公開に向けて開発中であるという。さらに,2023年には産学官連携で,WorldやLandの開発と提供を目指しているそうだ。
つまり,The Connected Worldを用いたMMORPGのアイテム課金と,The Connected World自体を外部に提供することでの売上げが,収益となるビジネスモデルを,雪雲は描いているわけだ。
The Connected Worldの重要な点は,今どきのゲーム機並みの表現力を備えた映像を,酔いにくいVR映像として表現したうえで,同時接続数で数千人という大規模な環境を実現できる点にある。その鍵となるのが,VRun Systemだ。
伊藤氏によると,既存のVR HMDやVRアプリケーションにおける酔いにくいVR体験は,工学的なアプローチで「ベクション」(Vection)を減らすという手法に留まっているという。ベクションとは,「視覚誘導性自己運動感覚」とも言い,要は実際には動いていないにも関わらず,視覚情報(VRの場合は映像)によって動いているように錯覚してしまう現象のことを言う。
たとえば,映像のフレームレートを90〜120Hzという高い水準に保ったりとか,移動の加速度が一定で,急激な加減速をさせないといった手法は,ベクションを減らす工夫の代表的なものだ。これらの工夫を盛り込むことで,3D酔いやVR酔いによる不快感や体調不良を軽減できるが,そのためには,PCなりゲーム機に極めて高いグラフィックス性能を要求したり,ゲームの内容に制約をかけたりといったデメリットをともなう。
そこで雪雲では,
- VR空間内を自由に移動しても酔いにくい
- ストレスのない長時間のVR体験ができる
- VR映像の画質を向上する
- 同時多人数接続
といったことを目標に,VRun Systemを構築した。とくに,既存のVRコンテンツが,90fpsを超える高いフレームレートを要求していたのに対して,VRun Systemは30fpsでも酔わないのは,重要なポイントであるという。スペックの低いVR機器で映像品質を上げてフレームレートが落ちても,VRun SystemではVR酔いを生じにくくなるので,VR映像の画質を高められるそうだ。グラフィックス描画にかかる負荷が低い点は,同時多人数接続の実現につながっているという。
以下に,会場で披露されたThe Connected Worldのデモ映像を掲載しておこう。まだまだ構築中の段階だが,樹木の描写が細かいことは確認できるかと思う。
さらに,VRun Systemは,特別な専用のVRハードウェアを必要とする技術ではなく,既存のVR HMDを利用できる。さらに既存のゲームエンジン――デモ環境はゲームエンジンの「Unity」を用いていた――と組み合わせて動かすことが可能なので,導入に当たっての技術的な敷居は低そうだ。
VRun Systemを使ったテスト環境で,VRコンテンツを体験すると,体験者は総じて「酔わなかった」と評価していたとのこと。すでに複数の企業がVRun Systemを使って試験をしているそうだが,同様にVR酔いを感じないという評価を得ていると,伊藤氏は述べていた。
とはいえ,百聞は一見にしかず。ゲームで3D酔いしやすい筆者が,実際に体験してみることにした。ちなみに,筆者がどれくらい酔いやすいかというと,PlayStation 4版「ドラゴンクエストXI」やPC版「Fallout 4」は,30分ほどプレイし続けると,2〜3時間はダウンして休まなければならないくらいである(当然ながら,まともにプレイはできていない)。
デモは,森の中にある石畳の道を歩いたり,恐竜の群れとたわむれたりするというもので,石畳や樹木,恐竜に近づいてみると,映像品質の高さが確認できる。
映像の品質以上に驚くのは,かなり激しく動き回ってもVR酔いを感じないことだ。デモコンテンツでは,VRコントローラの操作で前方に高速で大きくジャンプしたり,恐竜をターゲットすると,その周囲を高速で動き回ったりできる。通常のVRコンテンツでこんな動きをすれば,3分と持たずに酔ってしまいそうだが,VRun Systemではそうした不快感はない。
とくに,恐竜をターゲットしたまま,飛び越えるようなジャンプをしても,目が回るようなことがないのには驚いた。
とはいえ,これらのデモは,比較的開けた屋外だ。3D酔いしやすい筆者でも,オープンワールドタイプのゲームで屋外を走り回っているときは,あまり酔うことがない。そこで,「もっと酔いやすいデモはないですか」と聞いたところ,近代的な都市内を歩き回るデモを体験できた。
VRun SystemによるVR酔い軽減をオフにした状態では,街なかを単に歩き回っているだけでも「これは酔うぞ……」という前兆を感じる。しかし,VRun Systemを有効化すると,同じ動きでも不思議と酔いの前兆を感じないのだ。カメラがパン(横方向への回転)するように動いたり,壁に囲まれた狭い空間を素早く動いたりすると,通常のゲームでは明確に酔いを感じるものだが,VRun Systemでは,そこまでの不快感はない。
そのほかに,FPSスタイルのアクションRPG風なデモも体験できたが,これも敵キャラクターをターゲットした状態で周囲を動き回ったり,飛び回ったりしても,酔いを感じることはなかった。雪雲の公式Webサイトでは,ゲーム風のデモ映像も公開しているので,ぜひ見てほしい。
特殊なハードウェアを使うことなく,現行技術のVR HMDでこれだけ体験が変わるというのは,正直に驚かされる体験だ。理論的には,VR映像だけでなく,通常のゲーム映像でもVRun Systemの技術は利用できるという。こうした技術が普及することで,酔いにくいVRゲームやVRコンテンツが広がってくれれば,VR空間で体験するメタバースの普及にも追い風となるかもしれない。
雪雲がVR技術だけでなく,メタバースプラットフォームの開発に取り組むのもそうした考えがあるということだった。今後の展開に期待したい。
雪雲 公式Webサイト
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