ニュース
国内発売まであと約1か月のPS4,筐体設計の秘密が明らかに
これはもう見逃せないというか,ゲーム機の冷却設計の詳細が聞けるチャンスなどめったにないので,今回は,氏によるセミナーの概要をお伝えしてみたいと思う。
PS2からPS3の現行モデルに至る熱設計の変遷
鳳氏は,PlayStation 2(以下,PS2)以降の歴代PlayStationでメカニカル設計を担当してきた人物ということもあり,氏のセミナーは,PS2とPlayStation 3(以下,PS3)の冷却設計を概説したうえで,PlayStation 4(以下,PS4)の冷却設計を従来製品と比較するという流れになっていた。
というわけでPS2だが,初代PS2におけるトータルの熱処理能力は80Wだったという。「(80Wという数字は)今からみると可愛いものだけれども,当時を振り返ると大変苦労した覚えがある」(鳳氏)とのことだ。
上のスライドで「電源は内蔵」とあることに気づいた人もいるだろう。PS2だけでなく,据え置き型PlayStationは,PS2の最終モデルなどといった一部例外を除き,電源ユニットを本体に内蔵している。「電源を内蔵しているのは,(そうしないと外付けの)ACアダプターにファンを付ける必要があるため。ACアダプターを置く場所はたいていホコリにまみれているもので,そんなところに置かれるACアダプターにファンを付ける勇気は我々にはない。だから基本的に,我々は消費電力が下がらない限りは電源を本体に内蔵させている」(鳳氏)。
さて,歴代PlayStationの冷却設計で,最も多くの読者が興味を引かれるのは,もしかするとPS3の初代機かもしれない。初代機を持っていた人なら,その熱と轟音を覚えていることだろう。
鳳氏によると,PS3の初代機は「ものすごい造り」。「140mm直径の大きなファンに,筐体の下半分はすべて冷却系という,コンシューマ機器とはとても思えない設計」だったそうだ。
下に示したのは,そんな初代PS3のヒートシンク製造工程として紹介されたスライドだ。HDD容量20GBの安価なモデルでも4万9980円(税込)と,当時の据え置き型ゲーム機として異例の高価格さで話題を集めた初代PS3は,当時,その原因としてBlu-ray Discドライブの搭載がよく挙げられていたが,実際には,冷却機構の製造コストもかなりの割合を占めていたに違いない。
……と,大規模な冷却システムが採用されていたPS3だが,半導体製造技術の進化に伴う製造プロセスの微細化に伴って,本体の小型化が進められていったことも,4Gamer読者はよくご存じだろう。鳳氏は「PS3 Ver.G」で,フルモデルチェンジと大幅な小型化を実現したと振り返っている。
PS3 Ver.Gのモデル名は明らかにされなかったが,スライドを見る限り,メインプロセッサの製造プロセス技術が64nmから45nmへ微細化されたCECH-2000シリーズではないかと思われる。
このPS3 Ver.Gにおいては,小型化と高密度化が目標になったという。そして,小型で高密度になると,当然のことながら空気の流量は減ることになるため,「いかに少ない空気で冷やすか」を念頭に置いて設計することになったとのことだ。
そして現行世代となる「PS3 Ver.N」(=CECH-4000シリーズ)に至るが,「Ver.Gで内部を高密度化したため空気が流れにくくなった。そこでVer.Nでは「(内部の)空気抵抗低減を第一の目標として設計した」(鳳氏)。
Ver.Nは「非常に洗練されたエアフローを持っている」と自画自賛していた氏だが,なかでも大きな特徴として挙げていたのが,ファンの「圧縮流路」だった。
下に紹介スライドを示したが,Ver.Nでは,「ファンを覆うカバー」部が空気を圧縮する流路になっている。「ただ『大型のファンを付ければいい』というのではなく,ファンから出た空気を圧縮しつつ,一気に出すということが重要と分かってきた。そこで,これまで直線的に増やしてきた流路に対数螺旋を採用した」(鳳氏)のだそうだ。
対数螺旋というのは,フィボナッチ数列から出てくる形状の1つで,巻き貝のような,自然界の至るところに見られる螺旋として知られている。鳳氏は対数螺旋を採用した理由をあまり詳しくは述べていなかったが,流体の渦も対数螺旋を取る場合があるようなので,圧縮流路を対数螺旋にすることで乱流などが起きにくくなるのではないかというのが筆者の推測だ。
いずれにしても,この対数螺旋の圧縮流路は大成功だったようで「ファンを小型化しているにも関わらず特性は大幅に改善し,Ver.Gと比べて1.5倍もの空気流量を確保することに成功した」(鳳氏)。
というわけで,以上がPS3の現行モデルに至る熱設計の変遷だが,鳳氏,そしてSCEが,モデルごとに目標を設定し,それに向けて冷却システムの設計を行ってきたことが分かるだろう。
PS3を踏襲しつつ細かな最適化が計れられたPS4の熱設計
4Gamerでは先にPS4の実機を分解し,内部を調べている。そのときに筆者なりの推測を加えたりしているが,あらかじめお伝えしておくと,そのうちのいくつかは外れていた。鳳氏は,PS3の現行モデルまでをまとめたところで,その後はスライドを示しながらPS4の内部構造と意図を説明してくれたが,本稿では,分解時の写真も交えながら,鳳氏の発言を追っていきたいと思う。
関連記事:「PlayStation 4」分解レポート。AMDのカスタムAPUを搭載する新世代マシンは,とてもゲーム機らしいゲーム機だった
鳳氏は,PS4の話を始めるにあたって,最初にスペック表を示した。読者には見慣れたものかもしれないが,氏によれば,「最大250W」という消費電力が重要で,「規格上,250Wを超えると大型の3P電源コネクタを使わなければならなくなり,セットの小型化などに支障が出る。そこで電源の設計者に頑張ってもらい非常に高効率な電源を搭載することで何とか250Wに収めた」とのことである。何気なく流してしまいそうな250Wという数値にそういう意味があったというのは,なるほどと唸らされる。
続いては内部構造を示すスライドが示されたが,これは,先の分解記事をチェックしてくれた人なら記憶に残っているところかもしれない。
下のスライドは,PS4の横置き時に側面から見たエアフローを概観したものだ。
上側にはメイン基板とそれを取り囲むシールド板,下側にはファンやヒートシンクからなる冷却系が収まる。周囲のスリットから入った外気は,多くが金属シールド内に入ってその内部(≒メイン基板)を冷やしたうえで,ファンを経由してヒートシンクのほうへ導かれるという流れなのがよく分かる。
割と常識的な話だが,ファンの吸い込みよりも前段は負圧(=圧力が低い)になり,ファンの吐き出しより後段は正圧(=圧力が高い)になる。このとき,正圧のエリアと負圧のエリアがしっかりと隔離されていないと,正圧側から負圧側にエアが流れ込み,十分な冷却能力が得られなくなる。
そこでSCEでは,PS3 Ver.Gから,電源ユニットと冷却部をユニット化したという。ユニット化によってユニットの外殻が圧力の仕切りになるため,本体側にスポンジなどを貼る必要がなくなり、製造コストの低減につながったとのことだ。
また,電源と冷却部を収めたユニット側の排気口をルーバー(Louver,羽板)として使うことで,筐体側にエアフローを調整するためのルーバーを用意する必要もなくなったという。「本体(=筐体)に孔が多くなると,その分だけコスト高になる」(鳳氏)ため,ユニット側の排気孔をルーバーとして用いれば,それがコストの低減になるというわけである。
PS3 Ver.Gで電源ユニットと冷却システムをユニット化。これにより正圧部分がユニットになるため,本体に圧力の壁を作る必要がなくなった |
さらに排気のルーバーを外観部品に作る必要がなくなった。これも低コスト化に貢献しているとのことだ |
そして,もちろんPS4でもPS3 Ver.G以降の工夫が採用されているという。4Gamerの分解記事を見ると分かるが,PS4において電源と冷却システムこそ一体化はされていないものの,ヒートシンクを通ったエアが電源ユニットへ直接送り込まれるようフレームが作られているので,圧力差は確保される仕組みになっている。
PS4の冷却には遠心ファンが採用されている。これは熱設計において常識的な話なのだが,遠心ファンでは高い静圧(≒ファンが作る圧力)が得られるため,熱密度(=体積あたりの発熱量)が大きな機器では第1選択になるのだ。鳳氏も「今後,ゲーム機で軸流ファン(=扇風機タイプのファン)が使われることはないと思う」と語っていた。
ファンにおいて,インペラを最適化してあることも重要だという。
インペラというのは「羽根形状」くらいの意味。PS4のインペラは真横から見たときに台形状となっているが,これは台形が乱流を減らし,いきおい,ノイズも減らす効果が認められたためだそうである。また,インペラの曲げ方も最適化されており,大きな風量を確保できているそうだ。
ちなみに,インペラの形状やヒートシンクはスライドのようにシミュレーションを使って設計されていることがスライドからも窺える。シミュレーションベースの設計を「CAE」(Computer Aided Engineeringという)というが,鳳氏は「細々した部分最適にはシミュレーションを使うが,セット全体をシミュレーションにかけるということはやっていない。CAEはあまり好きでないので……」と語っていた。CAEに頼り切りになるのは危険という考えを氏は持っているようである。
ファンを回すモーターにはPS4で新たに三相モーターを採用しているという。三相モーターとは,位相が120度ずれた3相の交流で制御するモーターで,1つの交流で回す単相モーターと比べ,コイルと磁石の位置関係によるトルクの揺らぎ「コギングトルク」が少なく,振動が減り,騒音も減るというのが特徴とされている。「静かなところで使っていると,(PS3では)単相モーター特有のチチチ……という音が気になるが,PS4ではそれが解消されている」(鳳氏)そうだ。
階段制御は割とよくある方法で,温度センサーで温度を測り,閾値を超えたら段階的に回転数をシフトアップさせる方式だ。簡単でいいのだが,シフトアップとシフトダウンの閾値をずらす必要がある――閾値をずらさないと閾値付近の温度でファンの回転数が上がったり下がったりを短時間で繰り返す不都合が生じる――ため,回転がいったん上がるとなかなか下がらない。これはPS3を利用している読者なら体験的に認識していることだろう。
これに対し,PS4のPID制御ではフィードバックによる制御により,ファンの回転数を細かく変更できる。そのため,高負荷時に回転数が上がっても,負荷が下がればすぐに回転数も追従できるのだ。
PID制御を行うためにセンサーも増やされている。PlayStationシリーズでは代々,プロセッサに内蔵されるサーマルダイオードを用いた温度検出を採用しているが,PS4ではさらに,排気温度センサーを設けているという。これにより,電源ユニットの温度など,排気の総合的な温度をファンの回転に反映できるようになったとのことだ。
というわけで,やや細かな話もあるが,実機と突き合わせながら鳳氏の説明を追ってみた。PS3までの経験を活かしつつ,プラスアルファを加えることで,PS4の筐体設計を行ったことがよく分かるだろう。
PS4を分解してみて,初代機の割に完成度が高いとは筆者も感じていたが,
歴代PlayStationとPS4を比較する
PS4の冷却設計は以上だが,鳳氏は続けて歴代PSシリーズとPS4を比較したグラフを次々と示し,PS4の冷却性能や設計の狙いを説明してくれた。これもなかなか面白いので,説明を加えつつ見ていくことにしたい。
まずは熱密度(=体積あたりの熱量)である。トップが初代PS3,SCEの内部呼称的にはPS3 Ver.Aだろうというのは簡単に想像できると思うが,並べて見ると,PS4の熱密度はPS3 Ver.Gよりも高いのだそうだ。つまり,初代PS4は,発熱量の割に筐体が小さいことになる。
続いては換気量(=筐体内の空気流量)で,これもPS3 Ver.Aがダントツのトップ。PS4はここで,9.2リットル/sという高い空気流量を実現している。「空気抵抗の低減を目指したPS3 Ver.Nと同じ流量」(鳳氏)だ。
続いては空気1リットルあたりの熱輸送量だ。ここでは「空気にどれだけ熱を移して運べたか」の比較になるが,「騒音を抑えるには風量を減らすのが効果的だろうと考え,PS3 Ver.Gまでは『いかに少ない空気で冷やすか』で設計していた。しかし,PS3 Ver.Nからは『いかに大量の空気を静かに流すか』という方向に設計方針を切り替えた」と鳳氏。実際,グラフではPS3 Ver.Nで1リットルあたりの空気流量が下がっているのを確認できる。
ではPS4だとどうか。PS4では,PS3 Ver.Nまでの経験を活かし,「両方のいいとこ取り」を目指した設計になっているそうである。
吸排気孔面積の比較も面白い。「全身穴だらけだった」と鳳氏が振り返るように,PS3 Ver.Aはダントツで吸排気孔の面積が大きかったのだが,PS4もかなり大きいのだ。PS4の吸気スリットはあまり目立たないため,吸排気孔の総面積も小さそうに思えるのだが,実のところはPS3 Ver.Nと比べても1.25倍に広がっているのである。
次に示すグラフは内部の空気抵抗を比較したもので,簡単にいえば,「どれくらいの圧力を与えるとどれくらいの風量がケース内を流れるか」を見るものだ。グラフが“寝る”状態だと,少ない圧力で多くの空気が流れる,内部の空気抵抗が小さいことを示し,グラフが“立つ”場合は,内部の空気抵抗が大きいことになる。
というわけでグラフを見てみると,PS3 Ver.Nを踏襲した冷却構造であること証明するように,PS4はPS3 Ver.Nと似たような傾向を示している。
多くの読者が気になるだろう,動作音に関するデータも示された。「1mのところで計測するのが標準的だが,1m離れると暗騒音(=バックグラウンドノイズのこと)に紛れて不正確になるため」(鳳氏),SCEではシステム正面から0.5mのところで動作音を計測しているそうで,今回はその測定法で歴代のPlayStationを比較したグラフが公開されている。
これを見ると分かるように,PS4は,歴代PlayStationのなかでもかなり静かなほうになるようだ。「三相モーターの採用で,とくに低負荷時の騒音が減っている」と鳳氏は語っていた。
ちなみに,上のグラフにおける「ゲーム実行時」の動作音は,「KILLZONE SHADOW FALL」実行時のものとされている。
残るグラフは軽く触れておくだけにしよう。1つはファンの消費電力とセット全体の電力の比率で,PS4では三相モーターの採用により電力効率が上昇しているという。
最後のグラフは1ドルあたりの熱処理能力という,少し風変わりなもの。
セット全体の電力に占めるファンの消費電力の割り合いを比較したグラフ。三相モーターの採用により,PS4ではファンの電力比が低下している |
1ドルあたりの熱処理量を比べたグラフ。三相モーターはやや割高だそうだが,PS3 Ver.Nよりは低コストで熱を処理できるという |
というわけで,鳳氏のセミナーで語られた内容をざっくりとまとめてみた。内容は多岐にわたり,細かな話も多かったが,新世代ゲーム機のハードウェアに興味のある人からすると,相当に面白い内容だったと述べていいのではなかろうか。
2月22日には日本でもようやくPS4が発売になるが,今回のセミナーで語られた内容を思い出しながらPS4を弄ってみるのも,また一興だろう。
ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパンアジアのPS4公式情報ページ
- 関連タイトル:
PS4本体
- この記事のURL: