企画記事
あなたは黄色い部屋,好きですか? この世界から“noclip”して「The Backrooms」で超常的存在と楽しく遊ぼう!
普通なら気にかけるようなことではないが,もし周辺で失踪者が発生しているような地域なら,注意したほうがいい。そこはnoclipしやすく,“The Backrooms”につながっているかもしれないのだから。
noclipってなんだ?
noclipは,id Softwareがリリースしたタイトルから使われるようになったゲーム用語だ。id Software共同設立者の1人であるJohn Carmack氏は,ゲーム内の衝突検知処理について「運動ベクトルを切り取る」と定義した。つまりプレイヤーキャラクターが壁や特定のオブジェクトに衝突したとき,運動ベクトルを切り取る(clip)することで,「ぶつかってプレイヤーキャラクターの動きが止まる」という処理を実現したわけだ。それを切り取らない(noclip)ようにすると,地形に対する“当たり判定”が無効化され,プレイヤーキャラクターが壁をすり抜けるようになる。
これはデバッグを簡便にする機能としてゲームに実装されており,「Wolfenstein 3D」(バージョン1.0のみ)ではデバッグモードに入ってから[TAB]+[N],「Doom II」ではゲームプレイ中に「idclip」と打つことで,“No clipping mode”を発動できる。さらに「Quake」ではコマンドコンソールから「noclip」と入力して発動する形式となり,それによって名詞や形容詞のnoclipが「地形判定無効」の意味で使われるようになった。
このように壁の外に出られる |
描画を想定されていない部分を見ると,奇妙な表示になることも |
ただ,動詞としてnoclipが使われる場合は少し異なり,「自らnoclipする」という意味合いとなる。これは要するに“壁抜け”をすることで,壁を背にしてパワーアーマーを脱いだり,坂に密着して自転車から降りたりといった,一部のゲーマーにはお馴染みの“バグ技”だ。攻略に役立つこともあるが,ゲームが進行不能に陥ってしまう場合もあり,通常はすべきでない行為なので,試すときはご注意を。
「でもゲームの話で,現実のことではないでしょ?」と思う人は多いだろう。実際,上記は言葉の意味合いを解説しただけで,現実の物理法則には関係ない。
だが,量子力学の世界では「トンネル効果」と呼ばれる現象が存在する。非常に難しい話なのだが,乱暴にかみ砕いて言ってしまうと「粒子は物理的な壁をすり抜けることがある」というものだ。これは我々の身近なところでも利用されており,たとえばフラッシュメモリは「トンネル効果で,電子に絶縁体を飛び越えさせる」ことによって(これも詳細は省くが)データを保存する。
あらゆる物質は粒子で構成されていて,トンネル効果は確率的に発生するので,理論上は「コップに入れた水が,トンネル効果で全部漏れ出す」ということもあり得る。あくまで「猿がタイプライターのキーをランダムに叩き続けて偶然にもシェイクスピアの作品を打ち出す可能性は,まったくのゼロではない」的な話だが,noclip(と似た現象)は実現可能ではある。ただ「1アンペアの電流を流すと,1秒間に約624億×1億個の電子が移動する」という超ミクロな世界なら量子トンネルも実用可能なレベルで発生するが,我々が認識するマクロな世界では,まず起こり得る話ではない。
通常ならば。
noclipは現実にありまぁす!?
例えば,国土交通省が2002年に発表したところによると,日本国内の交通事故で死傷する生涯確率は26.85%だが,明確な殺意を持った人物が自動車を運転して突っ込んできたら,ほぼ100%となる。ファンタジックな話をすれば,タイムマシンで未来を知れたら,当選確率が1/1029万5472であるロト7の1等をドンピシャで当てられる。
もしも,未来予知のように確率に干渉できる技術があったなら。その影響で,本来ならば非常に稀な現象が発生しやすい場所が生じていたら。そこでは,FPSにありがちなバグのように,ふとしたことで“落ちて”しまうかもしれない。
用語の説明と前置きが長くなったが,そうやって偶発的なnoclipを引き起こし,“The Backrooms”と呼ばれる空間に落ちてしまった青年の遺した映像……という体裁の短編ホラームービーが,冒頭に掲載した16歳の映像作家・Kane Pixels氏による「The Backrooms (Found Footage)」だ。この作品は1月7日に公開されたものだが,記事掲載時点で既に約1933万再生され,約116万の高評価が贈られている。
黄色い壁と絨毯(じゅうたん)で構成されたThe Backroomsは謎に満ちているが,関連する映像作品「Backrooms - The Third Test」や「Backrooms - Missing Persons」で示唆されているところでは,1989年にアメリカ政府が行った何らかの実験によって出現,ないし進入ルートが確立されたようだ。また,それが外因となって周辺では多くの失踪者が発生しているらしい。
2月13日に公開された「Backrooms - Informational Video」では,“黄色”以外のエリアに足を踏み入れた探索チームの様子が,2月24日に公開された最新作「Backrooms - Autopsy Report」では,The Backroomsから回収された遺体を検分する様子が収められている。今後の展開も楽しみだ。
ゲームでThe Backroomsに行ってみよう!
Kane Pixels氏の映像作品と一部設定を共有するゲームが,実は複数存在する。
その1つが,Pie On A Plate Productionsによって2019年にitch.ioおよびSteamでリリースされた「The Backrooms Game FREE Edition」だ。本作は無料で配信されているが,大幅な拡張版である「FULL EDITION」の開発も進められているので,開発者を応援したい場合はitch.ioからの寄附や,“コンテンツが追加されないDLC”である「The Backrooms Game - Support This Game!」を購入して支援しよう。
本作では,プレイヤーはThe Backroomsに迷い込んだ一般人となり,生還すべく謎の脅威から逃げながらフロアを探索する。ただ,徐々に正気度が失われていくため,30秒ごとに腕時計を見なければならない。脱出するには,稀に出現するバグったような見た目の壁に接触してミニゲームを行う必要があるが,本作には「どれだけ歩けたか」というチャレンジ要素が存在する。
つまり「腕時計を見て正気度を回復するか,少しでも脅威から離れるか」「ここで脱出するか,歩行距離の記録を求めて脱出を先送りにするか」という,二重のトレードオフのもとでサバイバルすることになる。システムと演出のバランスをうまく取った,アクションゲームとしてスマートなゲームデザインと言えるだろう。
Pie On A Plate Productions公式サイト
一方,Cosmic Crow Creationsから2021年にSteamでリリースされた「Enter The Backrooms」は,ローグライク的な探索やナラティブを重視したゲームデザインだ。特定のストーリーやエンディングなどは存在しないが,8階(Level 8)までのゲームプレイがキャンペーンモードとされている。
本作のプレイヤーは,室内に落ちている物資や先人のメモなどを拾い集めながら,階層によってさまざまな様相を見せるThe Backroomsを当てどなく放浪する。グラフィックスはチープだが,精力的なアップデートによって階層がどんどん追加されており,さながら物量作戦の様相となっているのが面白い。
itch.ioの企画「Haunted PS1 Summer Spooks」に向けて個人開発者のJamathan氏が開発したのが「Lost in the Backrooms」だ。本作は“お化け屋敷”的な要素の強い設計なので,ゲームとしての評価は難しいが,シンプルながら丁寧にラストシーンへと進んでいくシーケンスには感心させられる。
これも無料で遊べるので(ダウンロードするときに寄附を送ることも可能),友達やお気に入りの配信者に教えてあげて,その結末を楽しんでも良いだろう。
Jamathan氏のitch.ioページ
The Backroomsを題材にしたゲームは,これら意外にもいろいろと開発されており,Steamでは今のところ3タイトルが「近日登場」となっている。映像作品を公開しているYouTubeアカウントもいろいろと存在するので,気になった人は調べてみよう。
でも,この部屋はそもそも何なのさ?
大前提をほっぽって進めてきたが,これらThe Backrooms作品群には“元ネタ”がある。
2018年4月,匿名掲示板・4Chanの/x/(Paranormal board)で,「cursed images」と題されたスレッドが立てられた。日本風に言えば「超常現象板の,呪われた画像スレ」といったところだが,ネットスラングとしての“cursed”は滑稽さも含んだ概念なので,“呪われた画像”というより“クソ画像”と呼んだほうが適切かもしれない。
その画像と設定が4Chanで注目を集め,早くも2019年5月中頃にはyourdndguy氏によるショートストーリーがソーシャルブックマークサイト・Redditと,集団創作ホラーコミュニティ・CreapypastaのWikiに投稿される。Liminal Spaces(見ていると不安感を煽られる風景および,その写真)の流行も追い風となり,続々と関連作品が作られるようになった。
つまり,The Backroomsとは集団創作ホラーなのだ。2019年6月にFandom版のWiki,2020年3月にWikidot版のWikiが設立され,今もそれぞれの場所で新たなフロアが創作され続けている。“noclip”というゲーム用語がファクターとなっていることもあってか,投稿作品には「ゆめにっき」や「サイレントヒル」などに通じるゲーム的なホラー要素や,ローグライクRPG,サバイバルアクションゲームの影響を感じさせる作品があるのも特徴的だ。
各コミュニティで「noclipで迷い込む,黄色い壁や床で構成された広大かつ奇妙な空間が基本」という設定は共有されているが,そのバックボーンや性質,内部に出現するエンティティ(超常的存在)は異なっている。例えばエンティティは,FandomではRPG的なモンスター然とした恐ろしさ,WikidotではSCP(※)的な不条理系の恐ろしさを重視する傾向がある。いわゆる“公式”にあたるものは存在しないので,もし管理・運営能力がある人ならば,翻訳Wikiや「日本語版The Backrooms Wiki」を設立しても歓迎されるだろう。もちろん独自の映像作品やゲーム,小説,漫画などを作るのもOKだ。
※The BackroomsやCreepypastaと同様に,4Chanで発祥したWikiベースの集団創作ホラー。創作物は“SCPオブジェクト”を確保・収容・保護(Secure, Contain, Protect)するための特別収容手順(Special Containment Procedures)という体裁を取るのが基本となっている(関連記事)。
まだ誕生して3年も経っていない若いインターネットミームだが,The Backroomsは驚異的な拡散性を見せている。今後のさらなる発展や,他媒体への影響が楽しみだ。
でも,どこまで虚構なのかは……?
以上のように「The Backroom」は創作だが,それにしても不可解なところがある。
大本の画像は,いったい何なのだろうか。
画像右の壁は,壁紙の模様と床が平行になっておらず,わずかに傾いているようだ。左の壁は,同構造らしき奥の壁の上部が天井に接していないことから,パーテーションかもしれない。パーテーションなら床や天井に対して垂直でないこともあるだろうが,しかし右の壁にはコンセントが付いている(ちなみに北米で主流な縦溝2口+アース1口のBタイプのようだ)。
天上の火災警報機は通常,フロアの中央に設置するものなので,見えている奥のフロアは「右半分」ほどあるのだろう。すると手前の壁で区切りが設けられている意味が分からない。床の素材が変わっていないので,写真の手前側は廊下ではないはずだ。恐らく,素の状態ではぶち抜きのフロアに後付けで壁を置く構造なのだろうが,それにしてもここを狭くする意味は無いだろう。奥まったところにあるスペースも存在理由が分からない。
この黄色い空間は何なのだろうか。オフィス,ホテル,病院,工場……いろいろなパターンを考えてみても,何にも適していないように思える。しかし蛍光灯も,火災警報器も,壁紙も,コンセントも,風景を構成しているパーツはいずれもホームセンターに行けば安価で売っていそうな,ありふれたものだ。それなのに漠然とした不安感を煽られる,この感覚は何なのだろうか。
大本の画像は写真だ。よっぽど手の込んだセットでなければ,この奇妙な部屋は,どこかに実在して,誰かが写真を撮ってきたのだ。
もしかすると「本当に不条理な場所」は,想像上の超空間などではなく,「ちょっと行って撮ってくる」くらいのところにあるのかもしれない。
そして,次に足を踏み入れるのは,これを読んでいるあなたなのかもしれない……。
- 関連タイトル:
The Backrooms Game FREE Edition
- 関連タイトル:
Enter The Backrooms
- 関連タイトル:
Lost in the Backrooms
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