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「シブサワ・コウ40周年記念番組 春の陣」レポート。伊集院 光さんをゲストに迎え,「川中島の合戦」から「仁王」までのシブサワ・コウブランドを振り返る
この番組は,同社のゼネラル・プロデューサーであるシブサワ・コウ(襟川陽一氏)氏が,初のゲーム作品として1981年10月26日に発売した「川中島の合戦」の40周年を記念して企画されたもの。番組中は,シブサワ・コウ氏とゲストに招かれたタレントの伊集院 光さんが,40年の歩みを振り返った。
ゲームクリエイター シブサワ・コウ誕生!
現コーエーテクモゲームスの前身にあたる光栄は,シブサワ・コウ氏こと襟川陽一氏が1978年に創業した企業だ。当初は染料・工業薬品を扱っていたが,なかなかうまくいかなかったという。
そんな中,シブサワ・コウ氏はマイコン(今で言うパソコン)の存在を知り,ほしいと思ったが高価だったので買えないでいたとのこと。それを聞いた,妻で現コーエーテクモホールディングス 代表取締役会長の襟川恵子氏が,株式投資で貯めたお金を使って,シブサワ・コウ氏の誕生日にシャープのMZ-80Cをプレゼントしてくれたそうだ。
シブサワ・コウ氏は独学でプログラミングを学び,最初は財務管理や在庫管理など会社経営に役立つソフトを作ろうと考えていたのだが,実際には夜な夜なゲームを作っていたという。何本か作っているうちに出来上がったのが「川中島の合戦」で,「面白いと思ってくれる人が何人かいるんじゃないか」と手応えを感じたシブサワ・コウ氏は,雑誌に通信販売の広告を出したそうだ。その結果,通信販売を希望する現金書留が段ボール箱いっぱいに詰められて届いたという。
実際に「川中島の合戦」をプレイした人達からは,「面白い」という多数の感想が寄せられたそうで,シブサワ・コウ氏は「そうした皆さんのリアクションが楽しかった。それは今も変わらず,お客様の感想や意見,Metacriticの評価など反響をいただくのが非常に楽しく,やりがいにつながっている」と話していた。
「川中島の合戦」は,通称「赤箱」と呼ばれる特徴的なデザインのパッケージでリリースされ,以降の光栄のゲームも同様のパッケージで販売された。当時を知る伊集院さんによると,これら赤箱はマニアの間である意味ブランドになっていたという。
それに対してシブサワ・コウ氏は,襟川恵子氏が当初からそうしたブランド戦略を展開していたと説明した。そののち光栄が「シブサワ・コウ」というクリエイターを前面に打ち出したのも,グッチやルイ・ヴィトンらデザイナーが自らの名前をブランドに冠していることに倣ったからだそう。
ちなみに「シブサワ・コウ」は,氏の尊敬する渋沢栄一と,光栄を組み合わせて生み出した名前とのこと。
そのほか当時の光栄からリリースされた「投資ゲーム」は,襟川恵子氏がやっている株式投資にインスパイアされたものであることも明かされた。伊集院さんが「今でこそPCやネットを使った株式投資は当たり前だが,当時それをゲームにしようとした先見の明がすごい」とコメントすると,シブサワ・コウ氏は「ゲームのイメージがまだ固まっていない中,何でもゲームにして面白いものにしたいと考えていた」と応えていた。
歴史3部作
そして1983年には,「信長の野望」がリリースされる。当時のPCはメモリ容量が少なかった関係で日本全国を舞台にすることができず,中部地方の17か国で国盗りをするゲームとなった。のちに「信長の野望・全国版」をリリースすることとなるのだが,それについて伊集院さんは「今できるギリギリまで頑張って,できなかったことを覚えておいていつか実現する。それがシブサワ・コウイズム」と表現。シブサワ・コウ氏も「時代とともにPCの性能が飛躍的に向上すると,やれることが増える。そうした技術との競争が,クリエイターとしては楽しくて仕方がない」と語っていた。
話題はファミコン版「信長の野望・全国版」のROMカセットが,通常のものよりも大きかったことにもおよんだ。シブサワ・コウ氏によると,「信長の野望・全国版」のデータ容量が大きく通常のROMカセットに収まらなかったため,当時の任天堂の社長だった山内 溥氏に相談し2倍の容量のものを特別に用意してもらったのだとか。
1985年には「三國志」と「蒼き狼と白き牝鹿」をリリースし,「歴史3部作」が揃うことに。それまでさまざまなテーマでゲームを作ってきたシブサワ・コウ氏だったが,この当時は歴史シミュレーションに方向性を定め,極めていこうと考えていたという。そこで中国の激動の時代である三国志と,12〜15世紀のモンゴルを採り上げたそうだ。
なお「蒼き狼と白き牝鹿」の中でシブサワ・コウ氏のお気に入りは,子孫を作る「オルド」システムとのこと。今でも「ぜひオルドを作ってほしい」というリクエストがあるそうだが,「今はいろいろありますから(笑)」とコメントしていた。
シブサワ・コウ氏は,3部作以外にも歴史シミュレーションを何作も手がけているが,中でも太平洋の海戦を描く「提督の決断」は思い出深いという。ほかにも「水滸伝」やナポレオンの時代を描いた「ランペルール」も好きで,リリース後にも1人のプレイヤーとして自分で遊んでいたとのことだ。
リコエイションゲーム
「リコエイションゲーム」は光栄独自のジャンル名で,いわゆるシミュレーションRPGのことを指している。シブサワ・コウ氏によるとそのネーミングの由来は,当時のアメリカ人新入社員による「光栄を何回でも楽しめるという意味の『re: 光栄』とシミュレーションを一緒にした『リコエイション』がいいのではないか」という提案だったとのこと。具体的なタイトルには,「大航海時代」「維新の嵐」「太閤立志伝」などがある。
この当時の光栄は続々とリコエイションゲームをリリースしていたが,シブサワ・コウ氏は「一気呵成に作っていた」と表現。世間的に歴史エンターテイメントが一般化していったこともあり,このジャンルの面白さを伝えるために,さまざまなテーマでゲームを作っていたという。
リコエイションゲームではないが,話題は競馬シミュレーション「Winning Post」シリーズにもおよんだ。このシリーズは,プレイヤーが馬主となり,競走馬を育成してレースに勝っていくという内容だが,その開発過程においてシブサワ・コウ氏はリアル競馬の馬主を体験したとのこと。それによって,馬の美しさや「自分の馬が勝つと馬主はこんなに嬉しい」ということをゲームにフィードバックできたという。
オンラインゲーム
社名表記がコーエーに変更された1998年,ネットワークゲーム「信長の野望Internet」がリリースされた。インターネットが一般に普及し始めたこの時期には,通信速度などさまざまな課題があったが,シブサワ・コウ氏は「ネットを使って皆で一緒にゲームを楽しめる」というエッセンスを多くの人に感じてもらえたという手応えがあったと語る。
そこでより多くの人が同時にゲームを楽しめるよう,ジャンルを変えて作ったのがPS2のMMORPG「信長の野望 Online」だ。本作の初代ディレクターを務めた小笠原賢一氏は当時を振り返り,「コンシューマゲーム初のMMORPGとしてサービスを開始するはずだったが,タッチの差で『ファイナルファンタジーXI』に抜かれてしまった」とし,その理由を「βテストの不具合修正やフィードバックの反映に時間がかかった」と説明した。
またコーエーでMMORPGを作るのは初めての経験だったので,データ容量や通信などさまざまな課題があったという。2000年に開発がスタートし,2003年のサービス開始を目指す中,小笠原氏は「本当にこのゲームは完成するのだろうか」と考えていたとのこと。
一方シブサワ・コウ氏は,サービス開始後にいちプレイヤーとして「信長の野望 Online」を毎日4時間くらいプレイしていたそうだ。ゲーム内ではメンバー全員が陰陽師の女性キャラクターというパーティを組み,一斉に火を吹くプレイを続けていたというエピソードが明かされた。
同じくオンラインでプレイするスマートフォンゲームにも話がおよんだ。「100万人の信長の野望」「100万人の三國志」「100万人のWinning Post」を指す「100万人」シリーズは,シブサワ・コウ氏の「1万人10万人ではなく,100万人が遊ぶゲームを作ろう」というオーダーで開発が始まったとのこと。
また「信長の野望20XX」は,最初に信長がマシンガンを持っている企画書のイラストを見せられたとき,「エイプリルフールのネタかな?」と思ったという。しかし内容を確認するとしっかりとした企画で,斬新かつ面白いと感じたことからゲーム化に至ったそうだ。
3Dタイトルへの挑戦
2000年3月にリリースされた「決戦」では,3Dグラフィックスを用いて合戦の集団戦が再現された。これまでのタイトルでは,数字の増減やシンボルがぶつかり合う演出を通してプレイヤーが武将や雑兵の活躍を想像させる方式だったのが,それが実際に描かれるようになったわけだ。
また本作はPS2のローンチタイトルとして発表されており,リリースの延期ができなかったため,ギリギリまで修正できない不具合があるなどさまざまなアクシデントが発生したことがシブサワ・コウ氏の思い出に残っているという。
2017年2月には,「仁王」がリリースされた。開発期間が12年ということで,シブサワ・コウ氏のゲームクリエイター人生の中でもっとも長く作っていたものとなる。当初はRPGとして作っていたが,テストバージョンが想定していた面白さを実現できておらず,作り直しを決断。
当時はちょうどテクモと合併しコーエーテクモゲームスになったタイミングだったので,テクモの人材を加えた新しいチームを作り,今度はアクションRPGにチャレンジした。しかしできあがったのもはまるっきり「NINJA GAIDEN」で,やはり「これじゃない」と判断。そこでチームのメンバーを変えた3度目のチャレンジで作り上げたのが,「戦国死にゲー」こと「仁王」だったそうだ。
これからのシブサワ・コウ
番組の終盤には,シブサワ・コウ氏の今後の展開が示された。まず作って見たいゲームのジャンルは,オープンワールドのアクションとのこと。最近プレイしたゲームが「Ghost of Tsushima」と「サイバーパンク2077」だそうで,自由度の高さやメインストーリーを終えたあとにサブミッションを楽しめること,恋愛など感情の動きを疑似体験できることに魅力を感じたという。さらにシブサワ・コウ氏は,ワールドワイドで500万本を超えるタイトルを作ることや,月商10億円を超えるスマホゲームも実現したいと意気込みを見せた。
また伊集院さんは,ほかの国の人とオンラインで一緒にゲームをプレイすると,その国の印象が変わるのではないかと指摘。「印象の悪い国のプレイヤーに『仁王』で助けてもらったら,今まで聞いてきた情報が間違っていたと考えるんじゃないか」と例を示すと,シブサワ・コウ氏も「体験を共有することは,とても大切。とくに今は外出を自粛せざるを得ない状況なので,ゲームを通じてコミュニケーションを図り人生を豊かにできれば最高なので,ぜひ実現したい」と語った。
続いて発表されたのが最新作となる「信長の野望・新生」だ。既報のとおり2021年内のリリースが明らかにされた。再び登場したプロデューサーの小笠原氏によれば,「新生」という言葉にはシブサワ・コウ40周年記念タイトルであることに加え,「暗くなりがちな昨今の状況だが,前を向ける,元気づけられる『信長の野望』にしよう」というシブサワ・コウ氏のメッセージが込められているという。またゲーム内にも,新生にふさわしい新要素が含まれているとのことだった。すでにJR東海とのコラボも決定しており,3月30日から7月31日まで京都,滋賀,愛知,岐阜,静岡の戦国時代縁の地を巡る「戦国歴史謎解きラリー」が開催されるとのことだ。
本番組は現在,YouTubeからアーカイブが視聴できる。視聴者プレゼント企画もあるので,興味のある人はぜひチェックしてみよう。
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