「CEDEC 2026」の講演「Beyond HDR −きらめきも質感も、見たままに届ける。映像体験への実験的挑戦−」は,その問いに真正面から答えたセッションだった。登壇したのは,ポリフォニー・デジタルの鈴木健太郎氏(エンジニアリングマネージャー),内村 創氏(画像処理エンジニア),安冨健一郎氏(テクニカルアーティスト/チームリード),そしてソニーの廣田洋一氏(技術開発研究所 シニアビジュアルエンジニア),菅井千尋氏(技術開発研究所 技術戦略室 エクスペリエンスプランナー)の5名。ポリフォニー・デジタルの3氏は,2025年のSIGGRAPHで「グランツーリスモ7」のトーンマッピングと知覚的忠実性に関する共同発表を行ったメンバーでもある。
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冒頭で鈴木氏は,この講演の要旨をひとことでまとめてみせた。1万nitsを超える輝度のディスプレイを作り,そこに「グランツーリスモ7」を表示してみたところ,とてもすばらしかった。加えてHDRを撮影できるカメラも作ることで,撮影から表示までをHDRで一気通貫に実現できた――というものである。
ただし鈴木氏は,ここでひとつ釘を刺した。これは「明るいディスプレイ」ではない,と。画像全体を明るくするための装置ではなく,豊かなコントラストに満ちた映像を作れる装置なのだという。
「ギラギラと眩しいことがHDRではなく,眩しい光まで出せるキャパシティを利用して表現の密度を増やすのがHDRということになります」。この言葉が,講演全体を貫く姿勢を端的に表していた。
HDRの10年と,人間の視覚がカバーする輝度範囲
最初のパートは,内村氏によるHDRゲームの現状整理から始まった。
テレビ・ディスプレイ向けのHDR映像規格「HDR10」が策定されたのは2015年。コンソール機の世代でいえばPlayStation 4やXbox Oneの中盤にあたる。つまりHDRゲームは,すでに10年近く実運用されてきた技術だ。多くの人が想像するより長い歴史がある。
重要だったのは,ローエンドからハイエンドまでさまざまな映像表示装置が一斉にHDRへ対応した点だと内村氏はいう。画質や性能に差はあれど,ゲーム機を対応テレビにつなげばHDR出力になるという環境が,限られたプロ向けではなく一般家庭にも出現した。PC側でもWindows 10 Creators Update以降,ゲームやメディア再生時のHDR・WCGサポートが追加され,Auto HDRやHDR Calibrationといった機能が段階的に加わっていった。
しかし,HDR対応タイトルが増えたことは,良好なユーザー体験を意味しなかった。ディスプレイや設定の組み合わせによっては,映像が暗すぎたり明るすぎたりしてしまう。ゲームはインタラクティブで没入性が高く,同時に競技性を持つこともある。暗部や明部の見え方が変わってしまえば,意図しない演出になったり,プレイそのものに影響が出たりする。表示デバイスのHDR出力の差を,ゲーム体験上の問題として扱う必要があったわけだ。
そこで登場したのが「HGiG」である。HDRでのゲーム体験を良いものにするため,ゲーム業界とテレビ・ディスプレイ業界の有識企業が発足させたグループで,2016年と2017年に会合を開き,HDRゲーム制作・配信のガイドライン案を公開した。
HGiGが示したベストプラクティスの前提は,ディスプレイごとに出力特性の差があることは避けられない,というものだった。そのうえで,表示デバイスごとのHDR出力性能をゲーム側にフィードバックする仕組みが提案された。プラットフォーム側がディスプレイのHDR特性をAPI経由でゲームに通知し,ゲーム側はそのパラメータをもとに,プレイ上重要な要素の明るさを調整して視認性を保証する。エフェクトのように小面積で強いハイライトを持つ要素には別の性能値を使うことで,プレイを阻害せずインパクトのある描写も可能になる。
その性能値は3つある。小さな領域で出せる最大輝度を示す「MaxTML」,全画面で出せる最大輝度の「MaxFFTML」,そして黒と識別できる最小輝度の「MinTML」だ。HDRテレビには,全画面の白はそれほど明るくできないが一部分だけの白ならかなり明るくできる,という特性がある。黒潰れのしやすさも機種ごとに大きく異なる。この3値によって,全画面でも階調を保持できる「Primary HDR Range」と,小さい範囲でだけ階調を保持できる「Extended HDR Range」が定義される。
では,こうした整備を経た現在のHDRゲーミングはどうなっているのか。内村氏の総括は率直だった。
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スマートフォンを代表とするモバイルでのHDRサポートも進み,気づかないうちにHDRでゲームをプレイしている,という状況になりつつある。一方で表示デバイスの性能差はまだまだ大きく,コンテンツ側のサポートの幅もゲームによってさまざまだ。デバイスの進化は激しく,プレイヤーのほうが制作者より高性能なHDRディスプレイを持っているという事態さえ起きている。結果として,HDRゲームをめぐる状況は依然として複雑なままだ。
ならば,理想のHDR体験を知っておきたい――スライドの最後の一行に,このプロジェクトの動機が集約されていた。
内村氏は,ゲームとHDRの親和性の高さを強調する。とりわけ「グランツーリスモ」のようなドライビングシミュレータは,実車を所有し運転しているかのような疑似体験のリアリティを重視した没入型のゲームだ。現実世界のような眩しさやきらめきを体験できれば,没入度を上げる手助けになる。ポリフォニー・デジタルが望んでいたのは,ただ映像を明るく表示することではなく,夜景を映す車のボディのように暗い中にもきちんと表情がある光景と,鮮烈なハイライトを同時に表示することだった。
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ちょうどその頃,超高輝度ディスプレイをソニーが試作したという話を聞きつけ,相談に行ったのだという。デバイスはあるがコンテンツがない。両者の需要が合致したことで,今回のコラボレーションに至った。
ここからは,ソニーの廣田氏がHDRの基礎を解説するパートに移る。HDRは光の話なので,まずは人間の光の感じ方から――という導入だ。
人間の目に入った光は,角膜と水晶体,そのあいだにある瞳孔を通って網膜に結像する。それぞれレンズ,絞り,イメージセンサーに対応しており,まさにカメラの構造になっている。網膜上のメインセンサーとなる錐体はL・M・Sの3種があり,それぞれ異なる波長に反応してフルカラーの色として認識できる。もう一方の桿体は暗闇に特化した超高感度センサーで,色は認知できないが,太陽光のピーク波長である500nm付近に感度が合っているため月明かりでも効率よく光を取り込める。
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輝度の単位はnits(ニト)である。桿体は0.0001から数nits,錐体は0.001から数万nitsの範囲を感知できるとされる。太陽にいたっては約16億nitsという桁違いの明るさで,日食を見るときに減光フィルターが必要なのも頷ける。桿体は数nitsで飽和して機能しなくなり,そこからの復帰にも時間がかかることから,明暗差のある一般的な映像視聴を前提とするなら,錐体のレンジである0.001から1万nits前後が現実的な目安になる。
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従来のSDRは,規格策定当時の表示デバイスであるブラウン管の輝度を基準としており,そのレンジはおよそ0.02から100nits。対してHDRは0.0001から1万nitsと,人間の視覚の輝度範囲を完全にカバーしている。基準がデバイスではなく,人間の視覚を詳細に計測した知見から来ているためだ。黒側・白側のダイナミックレンジはSDRの100倍以上に拡大しており,圧倒的な階調表現力を持つ。
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SDRでは明るいものがすべて白になり,暗部も髪の毛や影がのっぺりとした黒になってしまう。これまではそういうものだと諦めていた領域だが,HDRではそれらを明確に描き分けられ,より見たままに近い再現が可能になる。廣田氏は,従来の映像というキャンバスに新たに「光る絵の具」が追加されたと表現した。
もっとも,その表現力を生かせば,いくらでもド派手な映像を作れてしまう。しかし両社は,脚色なく現実の明るさを忠実に再現できることにこそ,HDRの意義があると考えている。
規格面では,HDRはBT.2100の中で定義されており,輝度の収録方法を表すガンマカーブとしてPQとHLGの2つが規定されている。HDRのカーブは暗部が寝ていて非常に細かく,明るくなるほど急激に立ち上がって粗くなる。人間の目が明るくなるほど輝度差に鈍感になる性質を利用して,効率よく収録しているわけだ。
PCディスプレイ向けにはVESAが規定する「DisplayHDR」があり,通常の液晶を念頭に置いた「Classic」と,自発光デバイスを念頭に置いた「True Black」に大別される。True Blackは黒側が視覚の下限を超えるスペックで定義しており,HDRにおいてハイライト側だけでなく暗部の再現性も重視されている。一方でハイライト側は1000nits前後とかなり控えめだ。
そして,ここに厄介な問題がある。1万nitsを想定して作られたコンテンツを1000nitsのディスプレイで見れば白飛びしてしまうし,1000nitsを想定したコンテンツを4000nitsのディスプレイで見てもディスプレイの性能を生かしきれない。HDRの規格が広すぎるがゆえに,実際の機材でミスマッチが発生しやすいのである。
ならば,1万nits以上に対応したディスプレイを作ってしまえばどうなるのか。講演はここから本題に入る。
1万nitsを超えるディスプレイと,「グランツーリスモ7」の映り方
なぜ規格と実機のあいだにギャップが生じるのか。廣田氏は既存ディスプレイを明るさの観点からおさらいしていった。
液晶ディスプレイは,バックライトの光が液晶パネルを通過してフルカラー映像になる。黒表現はバックライトを液晶で遮蔽する都合上どうしても光が透けてしまい,優れているとはいえない。近年はミニLEDバックライトによる改善が図られているが,LEDの数が画素数より圧倒的に少ないため,画素の周りに光が漏れ出す現象は避けられない。最大輝度についても,バックライトをパネルで濾すフィルター構造ゆえに熱や消費電力がネックとなり,限られた範囲しか明るくできない。
OLED(有機EL)ディスプレイは,画素レベルでの点灯・消灯が可能で黒再現は素晴らしい。だが素子が熱に弱く,自身の発光による発熱を抑えるため,ごく一部しか明るくできない。星空のような点光源がまばらに存在するシーンでしか高輝度にできず,画面全体が明るいシーンになると途端にSDRレベルの輝度まで落ち込んでしまう。
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そこで浮上するのが,独立したRGBのLED素子が直接発光するLEDディスプレイである。素子を並べる実装工程があるため小型化は苦手で,サイネージなどの大型用途がメインだ。黒表現はOLEDほどではないが比較的優れており,画素レベルの点灯・消灯ができる。ただしOLEDと違って「ほんの少し光らせる」のが非常に苦手で,黒潰れが発生しやすい。一方で最大輝度は非常に優れている。素子がダイレクトにカラー発光して発光効率が高く,無機物のため熱にも強く,数千nits以上の高輝度表現が可能だ。
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今回試作された超高輝度ディスプレイは,ひとことでいえば通常のサイズにまで小型化することのできたLEDディスプレイである。これによりHDR規格の上限をカバーする1万nitsを超える全白輝度を実現した。課題だった暗部についても,社内で開発してきた階調表現技術をディスプレイの特性に合わせて最適化することで,より滑らかな暗部階調を再現できるようになったという。
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スライド上でも違いが分かるようにと,従来のDisplayHDR 400対応ディスプレイとの比較をカメラで撮影した写真も示された。通常の露出では両者に大きな違いは見えないが,ハイライト側に露出を合わせて撮影すると,超高輝度ディスプレイはまだライトが白飛びするほど明るく映っているのに対し,DisplayHDR 400のディスプレイはほぼ見えないくらいになる。
廣田氏は表示パートをこう締めくくった。HDRをほぼカバーする高輝度ディスプレイができたことで,これまで見えなかったものが見えるようになった。HDRのベンチマーク映像には「誰が使うのだろう」と思うような最上級の1万nitsモードがあるが,それが白飛びなく黒潰れなく表示できたのは純粋に感動するポイントだったという。DisplayHDRのTrue Blackと対比して「True White」といってもいいのかもしれない,とも。
続いて登壇したのが,ポリフォニー・デジタルの安冨氏である。ここからはコンテンツクリエイターの立場からの話になる。
「グランツーリスモ」シリーズは1997年から続くドライビングシミュレータのフランチャイズで,最新作は「グランツーリスモ7」。写実的でリアルなグラフィックスと,物理シミュレーションによるリアルな車両挙動を特徴とする。安冨氏はまず,HDRがコンテンツにとって何を意味するかを整理した。表現できる輝度範囲が広いということは,高いコントラストを画面内にたくさん詰め込めるということに尽きる。彩度の高さもRGB同士のコントラストの高さなので,色も良くなる。
では,コントラストのキャパが足りないと何が起きるのか。安冨氏が例に出したのは夕焼けだった。夕焼けと地上では輝度が数百倍ほど違い,しかもそれぞれに豊かな階調が含まれる。肉眼では両方見えるのに,写真ではどちらか片方しかまともに入らない。コントラストを圧縮して両方見えるようにすれば,今度は夕焼けの輝きが失われて風景全体がぼんやりしてしまう。新しい世代のスマートフォンはこういった写真を出すが,それはそれで不自然で絵画っぽく見える,と安冨氏は指摘する。
空を取れば山が見えない。山を取れば空が見えない。強引に両方見せれば夕陽の眩しさや迫力が消える。何かを犠牲にしなければならないトレードオフが必ず発生するのだという。
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ここで安冨氏が強調したのは,このトレードオフが歴史的にずっとコンテンツ側で吸収されてきたという事実である。露出を決めるのはカメラマンの基本技術だが,撮影の時点ですでにトレードオフを選択している。そのトレードオフを前提に,明暗がいい感じに分布する構図を選んでいる。うまく収まっても現実の光より絶対的なコントラストは下がるので,現像工程で調整をかけるのも定番だ。映画では1カットに収まらない光を,複数カットで順番に説明したりもする。
これらは本質的に妥協である。しかしキャパの小さなメディアしかなかったため,当然の工程になった。優秀なカメラマンや映画人は,シーンを見た瞬間にどうすれば小さなキャパに収めて伝えられるかを考え始める。つまりメディアのダイナミックレンジの低さが,コンテンツの作り方を規定して発展させてきた面が大いにあるのだ。
実写のリアリティは高い説得力を持つが,これは銀塩フィルムの感光特性に由来するメディア依存の様式であり,本質的にSDR前提なのでHDRにはそのまま適用できない。「私たちは長い歴史の中で実写のリアリズムにかなり慣れていて,訓練も受けていますので,作りたいイメージがすでにSDRだったりするんです」。HDRコンテンツではこれらの常識を一度解体する必要があると安冨氏は指摘する。自分たちも例外ではなかった,とも。
ゲームCGのリアリズムも基本的には写真に依存している。写実的なCGを「フォトリアリスティック」と呼ぶことがまさにそれで,リアルなグラフィックスを志向する現代のゲームは現実のカメラシステムを模倣することが多く,「グランツーリスモ」も基本的にはそうだ。ただしゲームには,映像のコンテキストが映画や写真のように事前に決まらないという特徴がある。プレイヤーがその場で好き勝手に操作するからだ。しかもプレイに必要な情報は常に残さなければならない。いくらかっこよくても遊びにくいのはダメなのである。
ドライブゲームというジャンルにはさらに固有の事情がある。ずっと車に乗っているので,場面転換やカット切り替えが期待できない。視点変更機能はあるが,プレイヤーがそれを使う保証はない。最悪の場合,1カットの長回しになる。「グランツーリスモ7」ではリアルタイムの時間・天候変化が導入され,24時間レースも入った。昼と夜,晴れと雨では明るさがまったく違う。高速で進入・脱出するトンネルも視認性を損ないやすく,視点が車内にある場合は外の風景と内装の輝度差に頭を悩ませる。
加えて「グランツーリスモ」は実在する自動車をゲーム内に預かる立場だ。本物に似ていなければメーカーから厳しい指摘が入る。ブランドイメージを牽引するスーパーカーには自然界にない極端な色がよく使われ,目立ってなんぼのレーシングカーも主張の強い色が多い。画面に登場する色の構成を自分たちで決められず,そのダイナミックレンジも非常に広い。ほかのゲームに比べて厳しい条件だと安冨氏はいう。だからこそ,多くのパートで忠実性を重視したアートディレクションを行い,取材もするし実車の塗料の計測もする。
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HDRの魅力は,カメラ周りの露出問題を原理的に解決してくれる点にある。極論すれば,理想的に作られたHDR映像には露出ミスがない。明部から暗部まで,肉眼が見分けられるコントラスト全域が入っているからである。明部は眩しいまま,暗部は暗いままで,それぞれが持つ階調も見える。
強烈な高輝度に目が行きがちだが,最大輝度が引き上げられることで階調を失わずにコントラストが出るのが本質的な価値であり,その恩恵は真っ先に暗部に出てくる。安冨氏はそう説明し,展示では高輝度に支えられた暗部階調をぜひ体験してほしいと呼びかけた。
ポリフォニー・デジタルがHDRに取り組み始めたのは,10年と少し前の2015年秋。PlayStation 4向け「グランツーリスモSPORT」の開発が始まったばかりの時期だった。当時のHDRテレビはハイエンド機種でも十分な性能がなく,安冨氏が説明したようなコントラストは実際にはまったく出なかったという。「今となっては笑い話ですが,HDRの見え方をみんなであれこれ議論していたら,見ていたのはSDRだったということが何度もありました」。
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当時の検証画像として示されたのがこのスライドである。左がSDR,右がHDR。HDRのほうが空の青がなんとなく出ていて,建物の日向にも色が残っているが,左のほうがパンチがあっていいという人も多そうだ,と安冨氏。HDRのほうが高級感があって色がナチュラルに見える一方で,コントラストが浅く見える感覚も分かるだろう,と続けた。本来HDRでは,影の中が明るくなる以上に空や日向の輝度が伸びていくはずだが,当時は性能不足で天井に当たってしまい,暗部が追いついてしまっていたのである。
それでも同社は,いつか出るはずの高輝度を諦めずに開発を続け,SDRとHDRを跨いで一貫した実装にこだわった。内部のHDRバッファには十分なダイナミックレンジがあり,それが一貫して出力されるべきだというポリシーだったという。
一般に売られているHDRテレビはほとんどが1000nits程度しか出ないため,コンテンツ側もボリュームゾーンを狙って1000nitsでマスタリングされていることが多い。素性が明らかで1万nitsをフルに使い切れるHDRコンテンツは非常に少ない。そこで自分たちに白羽の矢が立った,という経緯だと安冨氏は明かした。もっとも,2026年に入ってからは1万nitsのスペックを謳う製品がいろいろ現れ始めており,10年かかったが流れの変化を感じる,今後コンテンツの作り方も変化していくのではないか,とも述べている。
本題に入るが,「グランツーリスモ7」の映像を超高輝度ディスプレイに出力したらどうだったのか。素朴な感想として安冨氏が口にしたのは,「ようやく現実が追いついた」という感無量の思いだった。
具体的な所感がいくつか挙げられた。まず体感解像度の高さである。展示のディスプレイはフルHDだが,もっと高く感じられるはずだという。コントラストが高ければ輪郭がそれだけ取りやすくなるので,解像感が向上するのは自然なことだ。次に質感の説得力。身近な高輝度といえばスペキュラの反射だが,これの強さと色が正しく表現されることで,実在感を持つようになったという。
一方で,予想が実証された格好となったのがSDR前提の制御のネガティブな影響だ。露出補正は結果的にせっかくの輝度の変化をフラットにしてしまうし,コントラスト補正は妙に濃い高彩度として現れやすい。SDRでいい感じに見えていた補正が,高輝度ディスプレイでは極端な効果として出てしまうのである。
もうひとつ重要な点として挙げられたのが,「見た部分が見える」という現実に似た見え方だ。SDRは見やすい低輝度なので構図全体の情報がいっぺんに視認できるが,このディスプレイの映像はコントラストが高すぎて明部と暗部が同時には見えない。それが生々しいリアリティにつながる反面,どの部分を見るかで印象がかなり変化するため,映像の見方は確実に変わるだろうという。画面に顔を近づけるとこの印象がさらに強まるので試してみてほしい,眩しいので無理のない範囲で気をつけて,と安冨氏は付け加えた。
気になる点としては,刺激が強いだけに疲れやすいことが挙げられた。長時間の視聴を想定するならコンテンツ側に何らかの工夫が必要だと感じられたという。SDRは人間のコントラスト知覚が安定的な輝度範囲だけを使うので,やはり見やすいということも改めて実感したそうだ。
また,画面中央には視線がいきやすく,中央付近の高輝度は良くも悪くも攻撃性が高い。対して画面端に配された高輝度は,十分な臨場感を残すわりに攻撃性がマイルドで扱いやすそうな印象だったという。
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その例として示されたのが,このカットである。「グランツーリスモ7」のSpec IIオープニングの一場面で,デモ映像にも収録されている。メインの被写体はGT-Rのリアで,この部分だけを見れば落ち着いた輝度分布だが,右上の眩しさのおかげでシーン全体が生々しくリアルに見え,しかもきつくない。ぜひとも見ていただきたいポイントだと安冨氏は語った。
こうした知見は「感想に過ぎない」と本人は前置きしたが,HDRコンテンツ制作にも今後こうした知見が蓄積されていくのだろう,と展望を示している。
撮る側のブレイクスルーと,撮像から表示までの一気通貫
講演は再び廣田氏に戻り,最後のテーマである撮像の話に移る。
ゲームは基本的にCGだが,そのCGを作るためのリファレンス素材として実写データが役立つ場面は多い。いかにして見たままのリアルなものを持ち帰るかが撮像の大きな役割になる。しかし現状の撮像技術で切り取れる実写の品質は,まだ現実に届いていない。その大きな要因が,ディスプレイと同様に撮像側にも輝度範囲の制限があることだ。
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カメラの性能は,飽和せずに検出できる最大の光量と,ノイズに埋もれずに検出できる最小の光量の比で表される。指標としてよく使われるのがstop数で,1stop増えるごとに光の量のレンジは倍になる。視覚の範囲すべてを捉えるには23stopが必要だが,通常のスマートフォンなどのダイナミックレンジは10stop程度にすぎない。普段我々は,意図した被写体がちゃんと写るように露出を調整して,ごく限られた範囲を記録していることになる。
ダイナミックレンジを拡大する方法のひとつはブラケット撮影だ。範囲をずらしながら複数回撮影し,明るいところから暗いところまでカバーできる画像を合成する。ただし撮影時刻がずれるため,基本的には静止物にしか使えない。もうひとつのアプローチは,センサー自体のダイナミックレンジを増やすというストレートな方法である。最新の「LOFIC」と呼ばれる技術では16stopものレンジを持つものも出てきており,HDRの23stopにはまだ届かないものの,地道な努力が続けられている。
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今回試作されたHDRカメラは,広ダイナミックレンジのセンサーを2つ活用することで,いわば力技でダイナミックレンジを補っている。これによりほぼ視覚の輝度レンジをカバーしつつ,8Kフルサイズの動画を撮影可能とした。「いかにも試作という出で立ちですが,なんとか現場に持ち込んで撮影することもできます」と廣田氏は話す。
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構造は非常にシンプルだ。写真の下に見えているカメラが1台目で,その上のハーフミラーの裏側にもう1台が隠れている。ハーフミラーで分岐された光が2つのカメラのセンサーに入射し,それぞれが違う明るさで映像を捉える。2つのカメラは同期しているため,毎フレームを合成することでHDR動画が作成できるという仕組みである。通常のセンサーではダイナミックレンジが狭いため多くの枚数の合成が必要になるが,最新の高ダイナミックレンジセンサーを使うことで,たった2つの組み合わせで視覚のほぼ全輝度をカバーできている。
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原理実験の結果も示された。撮影後に明るさを持ち上げたり抑えたりして,どの程度きちんと撮れているかを確認している様子だが,合成結果はそれぞれのいいとこ取りをして,室内の暗部にノイズがなく,屋外にも白飛びがない状態でクリアに撮影できている。
廣田氏は撮像パートをこうまとめた。HDRをほぼカバーするHDRカメラができたことで,これまで残せなかったものが残せるようになった。「目に見えているものはほぼすべて記録できているので,撮影時に露出補正する必要すらないというのは不思議な感覚を覚えます」。
そして講演は,このカメラとディスプレイを組み合わせる話へと進む。HDRカメラをリアルタイム化し,処理結果を超高輝度ディスプレイに送って表示するシステムを作ったことで,現実の光をスルーしてそのままディスプレイ上に再現できる環境が整った。
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リアルタイムに見たいケースの応用例として示されたのが,カメラのファインダーだ。OLEDでもマイクロディスプレイのように小さければ全白1万nits表示が可能なものが実在する。それをEVFとして組み込むことで,現場で見たままの明るさで記録できるカメラができた。
デモ映像では窓の外の空が5000nitsを超えているが,ファインダー越しと直視とで同じ明るさになっている。「実際に使ってみると,光学ファインダーで見ているのか,EVFを見ているのか,よく分からない感覚に陥ることができます」と廣田氏はいう。
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こうした一気通貫のフローができると何が嬉しいのか。これまではカメラとディスプレイのそれぞれがボトルネックになり,規格があるにもかかわらず,すり合わせが必要だった。結局,フローの中で最も低い輝度に合わせて作り込むことになる。カメラがボトルネックとなればディスプレイのスペックを生かしきれないし,ディスプレイのスペックが低ければカメラ側が自粛する形で性能を抑えることになってしまう。
今回のフローでは撮像から表示までHDRの輝度をフルにサポートできているため,全体の一貫性を保つことができる。しかも人間の視覚範囲をカバーしているので現実世界とも一致させられ,あとで見たときに「記憶と違う」ということが起こりにくい。「グランツーリスモ」の制作においては,現地の光のありようをかなり忠実に持ち帰ることが期待でき,撮像から表示までを保証する設計によって,違和感があったときに原因がどこにあるかを見つけることも容易になると考えられる。
ゲームに限らず,エンターテインメント全般においてはどうか。映像はこれまで解像度,色再現,コントラスト,フレームレートなどさまざまな軸で進化してきたが,輝度範囲は新たな軸として表現の幅を広げてくれる,と廣田氏はいう。1万nitsともなると「明るい」ではなく「眩しい」という感覚があり,5000nitsなどとは明確に異なる知覚が体験できる。人間の視覚の輝度範囲をしっかりカバーすることで,現場をリアルに追体験できるような感覚が得られるようになる,というのが両社の見立てである。
最後に鈴木氏が総括を行った。ソニー側で1万nitsを超える超高輝度ディスプレイを試作し,高輝度から低輝度まで非常にダイナミックレンジの広い映像を実現できるものとなった。それを用いて「グランツーリスモ7」を表示したところ,これまで制作してきたHDRデータの真価が発揮され,非常に優れた映像体験が得られたという。さらに,従来よりも広いダイナミックレンジを撮像できるHDRカメラも試作。これをディスプレイと組み合わせることで,撮影から表示まで一貫したHDR体験を実現できた。
「出力も入力も高ダイナミックレンジであることは,とてもとても価値あることです」
鈴木氏はそう述べ,会場を出てすぐの展示エリアで超高輝度ディスプレイによる「グランツーリスモ」の映像を体験してほしい,非常に印象的な体験ができると信じている,と呼びかけて講演を締めくくった。




















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![画像ギャラリー No.017のサムネイル画像 / 「グランツーリスモ7」を1万nits超のディスプレイに映したら何が起きたか。ポリフォニー・デジタルとソニーが挑んだ,撮像から表示までのHDR一気通貫[CEDEC 2026]](/games/512/G051215/20260729033/TN/017.jpg)
![画像ギャラリー No.018のサムネイル画像 / 「グランツーリスモ7」を1万nits超のディスプレイに映したら何が起きたか。ポリフォニー・デジタルとソニーが挑んだ,撮像から表示までのHDR一気通貫[CEDEC 2026]](/games/512/G051215/20260729033/TN/018.jpg)
![画像ギャラリー No.019のサムネイル画像 / 「グランツーリスモ7」を1万nits超のディスプレイに映したら何が起きたか。ポリフォニー・デジタルとソニーが挑んだ,撮像から表示までのHDR一気通貫[CEDEC 2026]](/games/512/G051215/20260729033/TN/019.jpg)
![画像ギャラリー No.020のサムネイル画像 / 「グランツーリスモ7」を1万nits超のディスプレイに映したら何が起きたか。ポリフォニー・デジタルとソニーが挑んだ,撮像から表示までのHDR一気通貫[CEDEC 2026]](/games/512/G051215/20260729033/TN/020.jpg)
