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「夜のゲーム大学」が1年半ぶりに帰ってきた。麻野一哉氏,飯田和敏氏,米光一成氏が熱弁を振るい,黒川文雄氏と家入一真氏は“舞台裏”を明かす
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印刷2013/06/25 20:55

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「夜のゲーム大学」が1年半ぶりに帰ってきた。麻野一哉氏,飯田和敏氏,米光一成氏が熱弁を振るい,黒川文雄氏と家入一真氏は“舞台裏”を明かす

※6月28日15:45頃 米光氏の講演での発言と異なっていた表記があったため,記事を修正しました。

モンケン
 2013年6月24日,新宿ロフトプラスワンにて,ゲームクリエイターによるトークイベント「夜のゲーム大学」が1年半ぶりの復活を果たした。この日は麻野一哉氏,飯田和敏氏,米光一成氏の3名が講師として登壇し,ここでしか聴けない貴重な講義を行った。
 さらにゲストとして,メディアコンテンツ研究家の黒川文雄氏と,国内最大のクラウドファンディング・プラットフォームを立ち上げた家入一真氏が登場。モンケンプロジェクトの裏側で起こった黒川氏と家入氏の衝突の真相や,出演陣が考える現在のゲーム業界の形などを惜しげもなく語り倒した。

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飯田和敏氏(デジタルハリウッド大学/代表作「モンケン」「太陽のしっぽ」など)
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麻野一哉氏(慶応義塾大学日本語日本文化センター/代表作「かまいたちの夜」「弟切草」など)
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米光一成氏(立命館大学/代表作「ぷよぷよ」「バロック」など)


「ゼビウス」はサブカルチャーの市場を
大きく広げた革命的なソフト


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山内氏は「組長」とも呼ばれ,さまざまな名言が存在する。任天堂の成功を「運が良かったんです」と言い切ったセリフはあまりにも有名
 麻野氏は,アタリから始まったテレビゲームの黎明期から,スマートフォンやソーシャルゲームが台頭する現在のゲーム市場までを解説した。
 第二次世界大戦終結から5年後の1950年,ゲーム業界のキーマンとも言える人物が丸福(のちの任天堂)の社長に就任する。それが任天堂の前社長 山内 溥氏。当時23歳だった。そして1951年,丸福は社名を「任天堂カルタ」に変更。その年,セガの前身であるサービスゲームス,バンダイの前身である萬代屋が創立されている。1953年には太東貿易(タイトー),中村製作所(ナムコ)といった,誰もが知るビッグメーカーが次々に誕生した。

 1958年には,アメリカの物理学者ウィリアム・ヒギンボーサム氏によって,世界初のテレビゲームとされる「テニス・フォー・トゥー」が生み出される。これはビジネスとしてではなく,あくまでも科学技術の成果を示すものとして制作された。
 ゲームがビジネスとして初めて成立したのは,それから14年後の1972年。ゲームセンターで大ヒットした「ポン」の誕生がきっかけとなった。生み出したのは,アタリ創業者でもあり「ゲームの父」とも言われているノーラン・ブッシュネル氏。当時,アメリカはヒッピー・ムーブメントが盛んだったが,アタリの社風にもこのムーブメントは反映されていたようで,マリファナを吸いながら会議をしていたこともあるというから驚きだ。

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「テニス・フォー・トゥー」を動画で紹介
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日本が大好きなブッシュネル氏。アタリのロゴは,富士山をイメージしたもの

 当時のアタリはかなりラフな会社だったので,逮捕者が続出した。しかし逮捕されても,彼らはクリエイター魂を忘れなかった。なんとか刑務所から脱出したいという願望が具現化したのが,あの有名な「ブレイクアウト」(「壁破りの脱獄」との意味を持つ)だ。同作は「ブロック崩し」として日本でも大ヒットを記録した。さらにアタリは,1977年に「ATARI2600」で家庭用ゲーム機への進出を果たす。「スペースインベーダー」「パックマン」などの人気タイトルを移植すると,これによってテレビゲーム市場が確立されていった。ちなみにアタリの1977年の売上は2億ドル,1981年は10億ドル,1982年には20億ドルにまで達していたそうだ。

 テレビゲームのムーブメントは日本にも飛び火する。1978年,タイトーの社員だった西角友宏氏が「スペースインベーダー」を制作して,社会現象になるほどのムーブメントを巻き起こした。さらに同作のヒットを受けて,その後は日本でも次々にテレビゲームが制作される。「ヘッドオン」「トランキライザーガン」「ラリーX」「スクランブル」などはその代表とも言えるタイトルだ。

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 1980年,業界に「革命」を起こしたゲームが登場する。それがナムコ(現・バンダイナムコゲームス)の「パックマン」だ。日本はもちろん,世界中で大ヒットした「パックマン」は,いまだに世界中で根強く支持されているほど,強い影響力を持った作品である。

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 こうした動きを見て,任天堂はゲーム開発に凄まじい意欲を燃やしたそうだ。その結果,生まれたのが小中学生を中心にヒットした「ゲーム&ウオッチ」である。同商品のヒットを受けて,任天堂は「ゲームは受け入れられる余地がある」ということを確信する。
 さらに1982年には,それまでのゲームとは一線を画した作品が登場する。それがナムコの「ゼビウス」だった。「ゼビウス」がそれまでのシューティングゲームと違っていたのは,ストーリーが存在していたということ。
 「ゼビウス」の生みの親である遠藤雅伸氏は,同作のストーリーを小説として書いていたと明している。これを知ったファンは「どんなストーリーなんだろう」とあれこれ妄想して,「実はこんなストーリーなんじゃないか」と盛り上がっていたそうだ。
 また「ゼビウス」には裏技が多く存在していたことでも有名だが,当時はその裏技を同人誌にまとめて販売するファンまで出現するほど。ゲームとしてだけではなく,サブカルチャー自体の市場を大きく広げたという意味でも,「ゼビウス」の功績は大きかったわけだ。

 順風満帆のように思えるゲーム市場だが,1983年に悲劇が起こった。それが「アタリショック」だ。当時,アタリはサードパーティに対して,自由にゲームを制作して良いというスタンスだった。それによって多くのゲームが登場したが,管理の甘さからゲームの粗製濫造が起こってしまう。つまらないゲームの数々にファンは失望し,その結果,アタリの信用は地に落ちた。
 同じく1983年にファミリーコンピュータを発売した任天堂は,このアタリショックを反面教師とし,サードパーティのゲームを厳しくチェックする。良質なゲームしか発売させないという体制を敷いたことで,ファミコンのブランドはどんどん高まっていった。その後は「スーパーマリオブラザーズ」を始め,「ポートピア連続殺人事件」「ドラゴンクエスト」など,ファミコンを代表するソフトも出現した。また,ファミコンの台頭を受け,アーケードでも「ハングオン」「スペースハリアー」「アウトラン」といった体感型筐体のゲームが登場する。ゲーム業界は進化の一途を辿っていったのだ。

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 時代は流れ,スーパーファミコン,メガドライブといった16ビットマシンが登場。そして「次世代機戦争」の走りとも言われている3DO,PC-FX,セガサターン,プレイステーション,ニンテンドウ64といった32ビットマシンも登場するにつれて,ゲーム業界は混迷を深めていく。

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 続いて,プレイステーション2,Xbox,ゲームキューブが登場するが,ゲーム開発費の高騰化が深刻な問題となってくる。体力のないメーカーには厳しい時代がやってきたのだ。そこで目を付けられたのが携帯ゲーム機。グラフィックスの面では据え置き機に劣るが,いろいろなチャレンジがしやすいということで,多くのメーカーが携帯ゲーム機の開発に着手し始めている。
 そのうえ,プレイヤーが高品質なグラフィックスに慣れ,ゲームから離れるという現象が起き始めたが,この問題に真正面から切り込んだのが任天堂だったという。同社はニンテンドーDSやWiiで,タッチパネルやWiiリモコンといった新しい遊びを提唱。プレイヤーを再び取り込むことに成功した。

 さらにスマートフォンやソーシャルゲームの台頭によって,ここ数年でゲーム業界は大きく変わってきている。とくにソーシャルゲームは,まず無料で提供して,その後課金によって利益を得るというビジネスモデルで,大きな市場を確立した。
 麻野氏は「作り手は過渡期を迎えている」とコメント。ゲームの作り方をどう考えていくのかが,ゲームクリエイターの今後の課題だとして1時限目を締めくくった。


「generative」とは,アイデアを改造/検証していくこと


 続いて,米光氏が提唱する「generativeな物作り」の講義が行われた。
 自身の経歴を紹介した米光氏が代表作として挙げたのは,1991年に発売されて大ヒットとなったパズルゲーム「ぷよぷよ」だ。本作は当初,人間の形としたブロックが振ってくる「ひとひと」というタイトルで開発されていた。ルールは「ぷよぷよ」と基本的には一緒。同じ色のブロックを揃えて消していくというものだったが,開発スタッフから「同じ肌の色の人としか手をつながないのはまずい」という意見が飛び出し,急遽「ひと」を「ぷよ」に変更したという経緯があったという。「ひとひと」は「人類愛」をテーマに掲げていたので,なおさらだったのだろう。ちなみにMSX版には隠しモードがあり,「ひとひと」がプレイできるらしい。

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 当初はゲームをメディアのジャンルの一つと捉えて作っていた米光氏だが,ネットワークやメールなどが広がり始めた状況を見て「eMotion e-Mail」という,電子メールのシステムを利用したゲームを作る。その後もネットワーク対応のゲームに携わるうちに,ゲームそのもの面白さよりも,チャットでワイワイやっていたほうが面白いのではないかといった感覚が,芽生え始めたそうだ。

 以降,米光氏は「ソニー銀行 人生通帳 お金マップ」や,「TOEIC TESTスーパーコーチ@DS: ゲーム」にアドバイザーとして関わりつつ,「電書フリマ」などの活動を通じて,自身の中にあったパッケージゲームに代表されるような“ジャンルとしてのゲーム”が,より広範な意味を持つ“アティチュード(態度,姿勢)としてのゲーム”という感覚に変わっていったのだと語る。
 そして,「電子雑誌よねみつ」という実験に取り組んだという。この電子書籍は,不定期刊行でページ数も自由。一年間で一冊しか出ないかもしれないし,12冊出るかもしれないというラフなもの(実際は14冊出した)。さらに,今月できないと思ったら「じゃあ(原稿)落とすね」というラフな感覚に変わってきたとも話していた。

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 こうした経験を通じて米光氏は,「管理して創作することから,場があることで生まれること」へ,意識が変わっていき,その感覚を表現する言葉として「generative」というキーワードを提示した。

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 概念的なこのキーワードを説明するために,米光氏はスーパーカー消しゴムでの遊びを紹介。形のある“消せない”消しゴムが,ボールペンを使うことで遊びとなり,ボールペンの強化でより飛ぶようになり,消しゴムにホチキスを刺したりタイヤを強力接着剤で固めると走行距離が延びるなどのアイデアが積み重なって面白くなっていくことをまず話した。

 そこからゲームの話へと戻り,紹介されたのがMODだ。米光氏は,高校生3人組が「Castle Wolfenstein」というゲームの敵キャラをSmurf(ベルギーの漫画家,ピエール・クリフォールの漫画に登場する架空の種族)に置き換えて作った「Castle Smurfenstein」を一例に挙げた。こうした改造ゲーム(MOD)は一つのムーブメントを生み出す一方,訴訟沙汰を引き起こすことになったりもしたそうだ。
 その後,改造ゲームを遊んだ世代であるジョン・カーマック氏が,Castle Wolfensteinの権利を買い取り,「Wolfenstein 3D」をリリース。これもまた,改造ゲームの一種と見ることができるという。
 なお,その後カーマック氏自身が制作した「DOOM」も,改造されてさまざまな形で遊ばれていったことに触れ,ニコニコ動画などでのゲーム実況で広がっていくゲームの楽しみ方も紹介した。

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ブロックを作って,皆で共有する「Minecraft」。米光氏いわく,ゲーム内でプレイヤーがアイデアも持ち寄って,いろいろなものを作る要素がgenerativeであるという
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プレイヤーが好きなキャラクターを自由に作れる「MUGEN」。海賊的なコンテンツだが,改造を重ねていくという面においては,非常にgenerativeとのこと

 さらに,generativeな場を提供するために自身の企画から生まれたiPhone向けアプリ「電書カプセル」の概要を説明した後で,こうした「generative」な作り方で「気になっているのは,モンケンです」と,3時限目への話をつなげていく。

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まさかの家入氏登場。
黒川氏との確執の原因はメールだった


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ステージであぐらをかき,なんともワイルドなスタイルでトークを始めた飯田氏
 3時限目の講師は飯田和敏氏。最初に「モンケン」のプロジェクト概要が説明された。本作は,TwitterやFacebookなどのSNSを利用して宣伝し,国内最大のクラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」の協力を得て制作されている。このあたりの経緯は,すでにインタビュー記事でお伝えしているが,2013年6月20日時点で約250万円の出資金が集まったとのこと。ここから一気に「モンケン」の制作を進めたいと話す飯田氏だが,1つ気になることがあるという。

 それは,キャンプファイヤー設立者の1人である家入一真氏と,モンケンプロジェクトの発起人である黒川文雄氏とのネット上でのやり取りだ。
 モンケンを軌道に乗せるため,家入氏と会ってきたという黒川氏は,CAMPFIREの力を借りることを決める。しかし,CAMPFIREにエントリーしたのがゴールデンウィークの直前で,初日を除いて出資者がまったく現れない状況が続いた。
 政治家のように「清き資金を!」と土下座する寸前だったと語る飯田氏だが,よく考えてみるとそれは違うことに気がついた。その日だけお金が集まればいいのではなく,いいゲームを作ってプレイヤーに楽しんでもらうことの方が重要であり,土下座するかしないかの問題ではないというわけだ。

 こうした状況の中,黒川氏が「家入さん,モンケンプロジェクトのSUCCESS(成功)のために何かしてくれないんだろうか……」と辛い心情をTwitterに連投し始める。そのツイートを見た家入氏が「何言ってるんだ!」と反応すると,緊迫の事態に発展した。さらに,それを見た飯田氏は何を思ったのか「イリーガルなカルマ!(一真とかけている)」というラップを披露。「俺の名前で遊ぶんじゃない!」と家入氏が憤慨したというのが,これまでの顛末だ。

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黒川文雄氏(左)と家入一真氏(右)

 ここで話題の中心人物である黒川氏と家入氏がステージに登場するという,刺激的な展開になった。
 しかし,2人は意外にも穏やかだ。家入氏は,黒川氏について「非常に面白い方だと思った」と語り,ぜひモンケンプロジェクトを手伝いたいという考えだったと明かす。しかし黒川氏によると,問題はこの後だったようだ。突如,家入氏と連絡が取れなくなってしまったという。

 黒川氏いわく,5通メールを送って,ようやく1通返ってくるくらいレスポンスが鈍かったという。しかもその返信内容が,「お久しぶりです」とか「SUCCESSしましょう!」といった1行のみ。これに対して家入氏は,メールが溜まるとメーラーを開くのもイヤになってしまい,確認しないでメールを消してしまうこともあると話した。
 この一件で,黒川氏は感覚的なズレを感じたという。家入氏が「モンケンを支援します!」と語ったイメージが強く残っていたため,過剰に期待しすぎたことも掛け違いを生む原因になってしまった理由ではないかと話していた。

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 黒川氏は,FacebookやTwitter,さらに電話までかけたが,家入氏とは連絡が取れなかったと明かす。それを受けて,家入氏は「今日,本当は来たくなかったんですよ。ガチで殴られるんじゃないかと思って」とコメント。黒川氏は「そんなことするわけないじゃないですか!」と笑いながら話していた。

 トークは進み,ゲーム開発環境の変化について,ゲームクリエイターはどう考えているのかという話題に移る。飯田氏は,パッケージからソーシャルゲームへと形態が変わってきたことは認めつつも,まだ気持ちの切り替えができていないと自己分析した。ゲーム業界の流れに抗うつもりはないが,ものづくりのストロークはなかなか変えられないと本音を語った。
 
 ソーシャルゲームの制作経験もある飯田氏は,スタッフに「ガチャを導入したら売り上げが3倍になる」と言われたこともあるが,生粋のクリエイターとしては「面白くなるからガチャにしましょう」という意見なら理解できる。だが「儲かるから」という理由では納得できないとのこと。
 そんな飯田氏だが,考え方が変えられないなら,せめて作るステージだけでも変えようということで,開発室を出てクラウドファンディングでゲームを作ることにしたとモンケンプロジェクトに至るまでに経緯を明かした。

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 飯田氏から家入氏に「起業って,ゲーム感覚だったりします?」との質問が飛んだ。すると「そうですね。失敗しても死なないですし」と家入氏は即答。ゲームで言うところの「残機が,あと○機残っているし」といった感覚なので,それほど重く考えてはいないという考えを明かした。「日本はすごく平和な国だし,失敗しても命を取られるわけではない。だったら何やっても大丈夫だろう」と付け加えていた。

 また,飯田氏は支援金が目標まで達した直後に「現金が入ってくるのが確定したから,これでヒドいクソゲーが作れると思った」と暴露すると,会場は大爆笑。モンケンはライセンスにクリエイティブ・コモンズを採用しているので,クソゲーも作る自由もあるし,良いゲームを作る自由もあるというのが,飯田氏の考えらしい。
 ちなみに飯田氏が手掛けた「太陽のしっぽ」は,主人公が途中で寝てしまうが,そのアイデアを思いついたときには震えが起きたという。「アバターが勝手に寝てしまうのは,プレイヤーへの反逆」というのが衝撃の理由だ。しかし,現在はそういった作品を作るのが難しいため,クラウドファンディングにステージを移したのは正解だったと話していた。

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 イベントもいよいよラストスパート。ここで来場者から「モンケンプロジェクトをやってて,良かったことと苦しかったことは?」という質問が飛んだ。黒川氏は「支援者が増えていると感じたときは,やっていて良かったと感じた」と回答。自分たちの伝えたいことが,相手にも響いていることを実感できるからだが,逆にプロジェクトが停滞したときは「一体どうすればいいのか」と苦しさを感じることもあったらしい。ただ「モンケン」自体は学ぶことが多かったプロジェクトだったので,結果としてやって良かったとまとめていた。これには飯田氏も同意していた。

 最後は,麻野氏と米光氏が再び登壇。麻野氏は自身の新作である「宇宙船ダムレイ号」(ニンテンドーeショップで配信中)を,米光氏は「電書カプセル」の告知を行った。夜のゲーム大学について「一年に一回くらいやってもいいかな」と,次回への展望をゆるく語ってイベントは幕を閉じた。

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