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[CEDEC 2012]8ミリ映画制作の精神が今も活かされている。マットアーティスト・上杉裕世氏の基調講演「デジタル製作環境におけるアナログマインド」
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印刷2012/08/23 17:57

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[CEDEC 2012]8ミリ映画制作の精神が今も活かされている。マットアーティスト・上杉裕世氏の基調講演「デジタル製作環境におけるアナログマインド」

Industrial Light & Magic 上杉裕世氏
 CEDEC 2012最終日(2012年8月22日),アメリカのIndustrial Light & Magic(※)所属のマットアーティスト・上杉裕世氏による基調講演「デジタル製作環境におけるアナログマインド」が行われた。上杉氏はこれまで数多くのハリウッド映画に携わっており,「インディ・ジョーンズ」「スター・ウォーズ」といった往年の名作,また最近では「アバター」「アベンジャーズ」などの作品も手がけている。現在も第一線で活躍を続けているクリエイターだ。

※Industrial Light & Magic:映画監督のジョージ・ルーカス氏が「スター・ウォーズ」の特殊効果を制作するために設立したスタジオ。通称「ILM」。Lucasfilmの作品に限らず,数々のハリウッド映画において特殊効果を手がけている

 トップクラスの特殊効果を製作しているILMのようなスタジオであれば,その製作環境では最先端のデジタル技術が駆使されていることは想像に難くないだろう。
 しかし,そのILMで20年以上にわたって活躍している上杉氏は,自身の最大の強みは「アナログマインド」にこそあるのだ,と今回の基調講演を通して主張した。
 エンターテイメント業界の第一線で活かされている「アナログマインド」。その意味するところは何か,またそのルーツにあるものは一体何なのか。また,同じデジタル製作環境の最前線の一つといえるコンピュータエンターテイメント業界において,上杉氏の知見はどのようなヒントをもたらしてくれるのだろうか? 実際の講演の内容に沿って,詳しくレポートしていきたい。
 なお,権利関係の問題から,会場のスクリーンで披露された画像や映像についてはすべて撮影禁止となっていた。その点はご了承を。

講演の司会進行として,CEDEC運営委員会の委員長,バンダイナムコゲームスの斎藤直宏氏(写真左)も登壇した


古くからハリウッド映画の壮大な映像を支えていたマットペインティングの技術


 まず,普段あまり耳にすることがない「マットペインティング」について説明しよう。
 マットペインティングとは,手描きの緻密なイラストと実写映像を合成して,セットやCGだけでは困難な映像表現を行う特撮技術のことだ。
 上杉氏がその具体例として紹介したのは,1983年公開の「スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還」(※)における,反乱軍の格納庫のシーンだ。格納庫にはハン・ソロの宇宙船ミレニアム・ファルコンやAウイングなどの機体がいくつも並んでいるが,これらはなんと,すべてマットアーティストの手描きによるものなのだという。

※本映画は当初「ジェダイの復讐」(REVENGE OF JEDI)のタイトルで公開されたが,現在は「ジェダイの帰還」(RETURN OF JEDI)のタイトルに改められている

 また,同じく「ジェダイの帰還」において,大広間に帝国軍のストーム・トルーパーや士官達が並んでいるシーンも紹介された。このシーンにおける実写部分は,生身の顔が見える帝国軍の士官達のみで,その周りにいる大勢のストーム・トルーパーや背景などはすべてマットペインティングにより描かれている。「ジェダイの帰還」の公開当時,上杉氏はまだ学生で,こういったILMの手がけた特殊効果を見て大きな衝撃を受けたそうだ。

 こういった例から分かるように,マットペインティングなら,大がかりなセットや手の込んだコスチュームなどを用意するコストを抑えつつ,さまざまな表現が可能となる。

 一方で,それらを作り出すマットアーティストに対しては,やはり非常に高い能力が要求される。マットアーティストに必要なスキルとして上杉氏が挙げるのは,「ショット(画面)の主眼点をどこに置くか,観客の目をどのように騙すかをデザインする力」「実写と同じトーンで写実的な絵を描き,(実写とイラストの)境目がどこにあるのか分からないようにブレンドする力」といったものだ。
 中でも,実写とイラストをブレンドする作業については,デジタル製作環境が整った現在ならわずか数分で済んでしまうが,上杉氏がILMに入社した頃はまだフィルムの時代だったため,非常に根気のいる作業だったという。具体的には,実写の映像とうまくマッチするような色を試しながら一旦撮影を行って,実際に上がってきた結果を見て色を調整し,再度撮影を行う……といったことの繰り返し。当時は1度撮影を行ってから結果が上がってくるまで一晩を要していたそうだ。


デジタル技術を活かして,マットペインティングでも3次元の表現を実現


 上杉氏がILMに入社したのは1989年のことだが,それから3年が経つ頃にはデジタル化の波が訪れ,やがて上杉氏の製作環境もフルデジタルへと移行したそうだ。デジタル技術の導入は,マットペインティングにどのような影響を及ぼしたのだろうか。

 従来のマットペインティングが抱えていた課題として,上杉氏が指摘するのは「2次元の表現から逃れることができない技術である」という点だ。
 イラストと実写映像の合成時にリアプロジェクションやフロントプロジェクションを駆使することで,ある程度のカメラワークを可能にする方法はあったものの,カメラを固定した状態でできる範囲の撮り方(パンやズームなど)に限られていた。そのため,クレーン撮影のようにカメラ自体を大きく動かすような撮影は不可能だったのだ。
 デジタル技術を活かして,マットペインティングでも3次元的な表現をできないものかと以前から模索していた上杉氏は,1995年製作,1997年公開の「スター・ウォーズ 特別編」にて,自らのアイデアを実践する。

 ここで上杉氏は,「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望 特別編」の序盤,ルーク達の乗ったランドスピーダーが,惑星タトゥイーンの都市モス・アイズリーに入っていくシーンの映像を披露した。1977年公開のオリジナル版には存在せず,特別編で新たに追加された場面だ。
 このシーンのカメラアングルは,最初は人間の目線ほどの高さだが,画面左から右へと走っていくランドスピーダーの動きを追いつつ,カメラの位置自体が地面から10mほどの高さまで移動。そして最終的に,街の中へと入っていくランドスピーダーの様子は俯瞰で捉えられている。
 このシーンにおいて上杉氏は,モス・アイズリーの街の景観をマットペインティングで描くことになる。しかし,1カットの中でカメラが大きく動きながら3次元的に景観を映しているため,平面上に描く従来のマットペインティングの手法では実現不可能だ。
 そもそも,上杉氏に渡されたこのシーンのストーリーボード(※)には,このようなカメラアングルの指定は記されていなかったという。しかし,上杉氏は3次元的な表現を実現するため,あえてストーリーボードからの変更を提案したそうだ。

※ストーリーボード:映像作品の製作において,各カットやシーンの構図などを記した設計図。いわゆる「絵コンテ」とほぼ同義

 では,上杉氏が具体的にどうやってこのシーンを実現したのか。
 上杉氏は,通常の3DCGのようにモデリングやライティングなどのすべてをデジタルで処理するのではなく,「カメラマップ」(簡単にいえば,平面の写真を立体的に見せる手法)の技術を用いた。近年,ステージ演出などで「プロジェクションマッピング」という手法が注目されているが,カメラマップはそのデジタル版といったところで,映像の世界では今や当たり前となっている技術だ。上杉氏はこの技術がマットペインティングとの相性が良いことに気付き,このシーンの製作にいち早く取り入れた。
 現在の技術であればモス・アイズリーの街を3DCGで丸ごと描くことも可能かもしれないが,当時のハードウェアのスペックでは,大きな規模の景観を3DCGで写実的に描ききることは困難であったという。「特別編」の変更点といえば,3DCGで新たにモデリングされたクリーチャーの姿などが有名だが,上杉氏のような新しいアプローチによって,背景などにも大きく手が入っているのだ。

 結果,完成したこのシーンは,上杉氏にとってマイルストーンといえるものになった。そして,カメラマップを組み合わせたマットペインティングの表現方法も,これ以降はスタンダードな技術になっていったそうだ。


最先端の現場で駆使されている「アナログマインド」とは?


 続いて,上杉氏が近年に手がけた仕事の具体例として,「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン」「スタートレック」(2009年版),「バトルシップ」における担当シーンの映像が紹介された。

 さて,そもそも上杉氏は,なぜマットペインティングを自身の仕事に選んだのだろうか。
 上杉氏は高校〜大学時代にかけて8ミリ映画を自主製作しており,当時は「製作過程におけるすべてのことをやりたかった」という。しかし,「高いレベルで仕事をするには,自分のフィールドを固める必要がある」という考えから,自分の得意分野を絞っていくことに決めたそうだ。
 映画の製作過程にはさまざまなタイプの仕事があるが,上杉氏がマットペインティングに魅力を感じたのは,「最初から最後まで1人のアーティストが責任を持って関わることができる」からだ。
 たとえば,ミニチュアモデルを製作するアーティストの場合,精巧なミニチュアを完成させることはできるが,そのモデルが実際の映画でどのように使われるか,といった部分まではコントロールできない。一方,マットペインティングの場合は,ショットのデザインから,撮影の立ち会い,写実的な絵の製作,実写映像との合成,といった流れのすべてに関わり,最終的なショットまで責任を持てるわけだ。

 ILMが手がけるさまざまな特殊効果の中でも,最もコストがかけられているのは,3DCGで作られたキャラクターのアセットだという。「トランスフォーマー」のロボットなどをイメージすると分かりやすいと思うが,3DCGのキャラクターを映画の中で違和感なく成り立たせるまでには,モデリング,テクスチャ,ライティング,エフェクトなどといった各工程において,それぞれのスペシャリストが力を注いでいる。こうしたキャラクターを作るには莫大なコストがかかるが,完成したキャラクターを同じ映画の中で何ショットも使えるというメリットがあるのだ。
 しかし,映画の中のありとあらゆるシーンでこのような手間をかけるわけにはいかない。上杉氏は,1本の映画の中で1ショットしかないようなシーンを個別に描き出すことこそが,マットアーティストの仕事なのだと述べる。

 ここで上杉氏は,今回の講演のタイトルにもなっている「アナログマインド」を象徴するような仕事例を紹介した。
 それは,「スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス」の中盤,アミダラがアナキン達を連れて惑星コルサントに降り立つ直前の,わずか1,2秒ほどのショットだ。プラットホームにバローラム最高議長とその護衛が降り立ち,ケープに身を包んだパルパティーンがそれを出迎える。カメラの位置が画面右下から左上へと旋回するように移動しながら,その様子をロングレンジで捉えているのだが,上杉氏によると,これはクリスマス休暇の間に「偶発的に生まれたショット」だという。
 元々,このショットはストーリーボード上ではもっとワイドな構図で指定されており,それに合わせて実写映像の撮影も行われていた。ところが,上杉氏が合成作業を効率よく進めるためにたまたま画面の中央,役者が映っている周囲のみをクロッピング(トリミング)したところ,ドキュメンタリー映像のようなロングレンジの構図になり,これに上杉氏は新鮮味を覚え,作中でのシーンの役目を考えても「こっちのほうが良いのでは?」と思ったという。そして,構図の変更を特撮監督に提案したところ,それが受け入れられたそうだ。

 では,このショットのどこに「アナログマインド」が込められているのだろうか? このショットでは,カメラを大きく旋回させながらロングショットでパルパティーン達の姿を捉えると指定されていたが,撮影スペースやハードウェアの都合上,モーションコントロールカメラ(※)を使って役者を撮るようなことは不可能だった。

※モーションコントロールカメラ:コンピュータ制御で位置やシャッターをコントロールできる,映画用の特殊なカメラ。とくに,合成が必要な特殊効果のある撮影では頻繁に使用される

 そこで上杉氏が用いたのは,逆転の発想だ。カメラ自体を旋回させるのではなく,役者の動きのほうを工夫することで,映像の上では,あたかもカメラが旋回しているかのように見せたのだ。
 具体的には,直立不動に見えるパルパティーン(ちなみにここで彼を演じているのは,撮影コーディネーターの女性)が,カメラの移動に合わせて細かく身体を回転させている。また,プラットフォームへ降り立つ最高議長達も,映像上では真っ直ぐ歩いているように見えるが,実際は弧を描くような歩き方によって,映像のトリックを成立させている。
 誰もが驚くほどにアナログな仕掛けである。それを上杉氏が実演を交えて説明したため,客席からも大きな笑いが起きていた。

 しかし,この種明かしをされてから実際に完成した映像を観てみても,まったく違和感がない。こうした工夫こそが,上杉氏が自身の強みとしている「アナログマインド」なのだ。


アナログマインドを育んだ,試行錯誤の学生時代


 では,こうしたアナログマインドはどのようにして培われてきたのか。それには,上杉氏がILMに入社するに至るまでのエピソードが深く関わっている。

 先ほど触れたとおり,上杉氏は高校時代から8ミリ映画を自主製作していた。高校生の頃は,商店街中のお店に「一口5000円で30秒CMを作ります」と営業をかけて映画製作の資金を稼ぐなど,あの手この手と工夫しながら映画作りに励んでいたそうだ。そしてこの時期に,「資金や技術が限られている中でどうやって特撮を成立させるか?」をいろいろと考えたことが現在につながっているのだろう,と上杉氏は振り返る。
 そして,大学時代には仲間と共に本格的な特撮映画の製作をスタート。ILMの技法をお手本に,モーションコントロールカメラやオプティカルプリンタ(※)などの機材を自作しながら,日々,試行錯誤を繰り返していたという。上杉氏は,その試行錯誤のうちの「9割5分くらいが失敗だった」と苦笑しつつも,「残りの5%くらいを明日につなげて,前に進み続けた」と語る。

※オプティカルプリンタ:現像済みのフィルムを転写する装置で,特撮の製作では特殊効果の合成(オプティカル合成)にも用いられる

 そうした日々を送っている氏に,ある転機が訪れる。映画祭で来日していた著名なマットアーティストのロッコ・ジョフレ氏に,「まだ何も見せられるものがないのですが,今後作品ができたら見ていただきたいので,住所を教えてください」と上杉氏が直接かけ合ったのだ。
 これをきっかけに上杉氏は,数か月ごとに活動の成果をまとめてジョフレ氏へ送り,3回ほど作品を送ったところで,ジョフレ氏から「こっちに来なよ」と誘いを受けた。これで渡米したのが1987年のことで,その後上杉氏は,ジョフレ氏に師事しながらマットアーティストとしての勉強を重ねていったのだ。

 ただし,そのまますぐにILMへと入社したわけではなく,日本へ一旦帰国していた時期もあるという。もちろん「いずれはハリウッドで活躍できれば」という思いはあったそうだが,ハリウッドで働き続けているうちにビザの期限が切れてしまい,そのまま不法滞在をずるずると続けて戻れなくなった……というような失敗例も上杉氏は耳にしていたのだ。
 そのため氏は,長期戦略をとるために,まずは日本で働きながら,マットアーティストとして売り込むためのデモ映画を製作したのだという。ところがその結果,上杉氏が思っていた以上に早くILMへの入社が決定。そして,現在の活躍に至るのである。
 ここで,上杉氏が渡米することになるうえでキーになった映像が紹介された。「映像提供:日本テレビ」とテロップの入ったこの映像は,なんとテレビ番組「欽ちゃんの仮装大賞 」に上杉氏が出場したときのものだ。作品タイトルは「カブトムシVSクワガタ」で,上杉氏はここで見事優勝し,賞金100万円を獲得したのだ。

 上杉氏は,自身のマットアーティストという職業について「天職」だと断言する。
 そんな氏も,ILMへ入社した当初はエフェクトスーパーバイザー(特殊撮影監督)を目指していたこともあったという。しかし,近年ではプロジェクトごとの特殊効果スタッフの参加人数が増加しているため,スーパーバイザーに求められるスキルは,アーティスティックな能力よりも,スタッフをうまく運用するためのマネジメント的なものへ向かっている。そのため,上杉氏は「僕の特性が向かうところではないな,という気がしている」と考えているのだそうだ。

 現在はさまざまな業界,業種でアウトソーシングが行われているが,それについては映画における特殊効果の世界も例外ではない。
 ライバルとの価格競争を行うため,早い段階からインドなどへのアウトソーシングを行っている会社も多いが,上杉氏は「ILMは,アウトソーシングの分野ではハッキリ言って遅れをとっている」と述べていた。
 しかし,上杉氏個人としては,アウトソーシングに対して「短い目でしか見ていない」とも考えているらしい。というのも,長い目でみればアウトソーシング先が将来のライバルとして育つことになるうえ,そもそもアウトソーシングという仕組み自体も経済格差のもとに成り立っている。そのため「一時しのぎの選択肢でしかない。回り回って最終的に自分達を苦しめている」と述べ,「アウトソーシングという手っ取り早い手段に逃げるのではなく,それ以外の“差”がつく部分を追求するほうが,長い目で生き残ることになると思う」と考えを明かした。

 上杉氏は最後に,若いクリエイター達に向けたメッセージとして,「自分が好きなものを極めたい,という精神があれば,突っ走ることができると思う」と述べ,まずは「自分が何を好きなのか?」を見つけ出すことの重要さを説いて,今回の講演を終えた。


 今回のCEDEC 2012では,ソラの桜井政博氏が「あなたはなぜゲームを作るのか」という基調講演を初日に行った(関連記事)。その中で桜井氏が伝えていたのは,「得意なことを突き詰めて社会に貢献する」という考え方だ。
 桜井氏と上杉氏がそれぞれの講演を通して述べていたことは,言葉こそ違えど,根底の部分では共通する点があるように筆者には思える。「自分は何が好きで,なぜ今の仕事を続けているのか」。CEDECに来場した業界人や専門学校生にとって,これらの基調講演は,仕事について深く考えさせられるものだったのではないだろうか。

「CEDEC 2012」公式サイト

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