業界動向
Access Accepted第654回:ゲーム産業で存在感を増すテンセントのこれまでとこれから
今や映画産業を凌駕する規模に成長したゲーム産業だが,その中にあって世界最大規模の売上を誇るのが中国のテンセントだ。ゲーマーやゲーム関係者以外にとって知名度は高くないかもしれないが,本国での急成長をバネに,アメリカ,ヨーロッパ,韓国,そして日本での買収や投資を繰り返し,今や驚異的な競争力を身につけている。今週は,そんなテンセントの過去と現在を探ってみたい。
この5年で世界最大規模のゲーム企業に成長した
テンセント
チェコを代表するゲームメーカー,Bohemia Interactiveは,「ArmA」シリーズや「Day Z」で知られる,世界的にファンの多いメーカーだ。最近は,基本プレイ料金無料のサンドボックス型ゲーム「Ylands」という,比較的カジュアルなタイトルをリリースしているが,400人といわれる開発スタッフが現在,どのようなタイトルに挑んでいるのかは明かされておらず,期待感に胸をふくらませているファンも多い。
2020年6月2日,そんなBohemia Interactiveが,中国の巨大IT企業テンセント(騰訊)に2億6000万ドルで買収されたと北米のメディアが報じた。結局,それは誤報であり,翌日にはBohemia Interactiveとテンセント双方から否定されているが,SNSなどの反応を見る限り,ゲームやゲーム業界のことを多少なりとも知る人の大多数が,「あり得る話」だと思ったことは間違いないだろう。テンセントは確かに,世間にそう感じさせる実績を持っているのだ。
1998年に設立されたテンセントは,現在もトップクラスのユーザー数を持つ中国国内向けのメッセージサービス「QQ」で知られるようになった企業だ。2003年にTencent Gamesを設立してオンラインゲーム開発にも乗りだし,現在はモバイル市場向けを中心とした,複数の社内スタジオを持つという。eスポーツ界のオリンピックとして2018年にジャカルタで開催された「Asian Games 2018」の種目の1つである「Arena of Valor」も,テンセントのゲームだった。
上記のように,Riot Gamesの買収以降,ゲームファンがよく知るデベロッパやパブリッシャへの投資や買収を繰り返し,成長を続けてきたテンセント。詳しくは7月8日に掲載した記事を参照してほしいが,Riot Gamesの買収に続いて,「Age of Conan」などで知られるノルウェーのFuncomを傘下に収め,また,Epic Games,Activision Blizzard,Paradox Interactive,Ubisoft Entertainmentといった,我々もよく知る欧米の大手パブリッシャの株式を保有しているほか,プラチナゲームズやマーベラスなど,日本のゲームメーカーとの資本提携も記憶に新しい。
LoLもクラロワも,実は1社が持っている。世界第2位のゲーム会社テンセントは,いまよりもっとゲームが社会と一体化していく未来を目指す
最近の日本では,次々とゲーム会社に資本を投下していることで名前が知られつつあるTencent(テンセント)。時価総額68兆円というこの会社は,単なる投資会社ではなく,ピュアなゲーム開発会社……というわけでもない。彼らはいったい,どこに向かっていこうとしているのだろうか。
日米欧のゲーム企業への投資や買収の先に
見ているものは
テンセントはなぜ,このように海外のゲーム企業への投資や買収を繰り返しているのだろうか。1つの説としてよく挙げられるのが,2018年以降,中国国内における青少年保護条例の強化によってプレイ時間やコンテンツが制限されたために,投資が国内から海外に移ったと見るのが自然だというものだ。また,中国のゲーム産業ではゲームデザインやキャラクターデザインといったコンテンツのオリジナリティが未成熟であり,この部分を海外に求めているとするアナリストもいる。
産業戦略には,1985年にアメリカの経済学者であるマイケル・ポーター(Michael Porter)氏が,著書「競争優位の戦略」(1985年)で広めた「バリュー・チェーン」(価値連鎖)という考え方がある。ゲームで言うなら,IP(知的財産)の所有者がパブリッシャにライセンスを提供し,パブリッシャは信頼できるデベロッパにソフトを作らせて消費者に届け,消費者は手に入れたソフトのDLCを購入したり,SNSでゲームについて話し合ったり,ゲームトーナメントに熱狂したりするといった流れが形作られるわけだ。
これをテンセントに当てはめると,当初はヒット作を持つゲームメーカーや,彼らが開発中のタイトルに対して投資を行うことで成功を収めてきたが,最近では投資先をヒットしそうな企画を持つメーカーにシフトし,「バリュー・チェーン」の範囲を広げることで地盤を固めているという印象を受ける。そのうえで,例えば「Call of Duty: Mobile」を社内スタジオのTimi Studiosに任せるなど,傘下企業や提携会社間の相互作用を高めていこうとしている。
長期的に見て,テンセントがプラットフォームを目指しているのは確実だろう。その手始めとして,中国国内で7000万アカウントを持つというオンラインプラットフォーム「WeGame」の海外向けとなる「WeGame X」のアーリーアクセス版を2019年に公開した。
今のところ,米中摩擦や中国でのソーシャルサービスに対する消費者の不信といった影響で,ゲーマー達に新たなプラットフォームへの移行や支持を問う段階にさえない状況だが,すでに非常に競争力の高いバリュー・チェーンを構築しているテンセントにとって,プラットフォームは最後のミッシング・ピースとも言えるだろうし,それがテンセントのゲーム産業進出の大きな原動力になっているではないだろうか。今後の展開に注目していたい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
次週,7月27日の「奥谷海人のAccess Accepted」は,著者取材のためお休みします。
次回の掲載は,8月3日を予定しています。
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