業界動向
Access Accepted第413回:Irrational GamesとLooking Glass
「BioShock」「BioShock Infinite」で,日本でも高い知名度を持つIrrational Gamesだが,筆者は同社を考えるとき,ルーツとなったLooking Glass Technologiesという伝説的なメーカーをつい思い出してしまう。1990年代に現れ,10年も経たずに消えていったデベロッパだが,それまでのゲームにはなかった知的なアイデアやストーリー,そしてそれを実現する技術力が輝いており,その血脈がIrrational Gamesに受け継がれているように思えてならないのだ。今週は,Irrational GamesとLooking Glass Technologiesという2つのメーカーのつながりを紹介したい。
大規模なリストラを行ったIrrational Games
「BioShock」シリーズの知的財産権はすべて2K Gamesに譲渡されるので,2K Gamesが新たに「BioShock」開発のため部門やチームを作る可能性もあり,その場合,元Irrational Gamesのスタッフは大きな戦力になるはずだ。
マサチューセッツ州の州都ボストンの南,クインシーという街にあるIrrational Gamesは,1997年にLooking Glass Technologies(のちにLooking Glass Studiosに名称変更)を飛び出したレヴィン氏と,ジョナサン・ケイ(Jonathan Chey)氏,ロバート・ファーミア(Robert Fermier)氏によって設立されたデベロッパだ。
Looking Glassは,「Ultima Underworld」(1992年)や「System Shock」(1993年),そして「Thief: The Dark Project」(1998年)など数々の名作を生み出したメーカーであり,名前くらいは聞いたことがあるという人もいるはずだが,1997年当時は経営状態が悪化しており,1999年に倒産している。後述するように,同じ1999年にElectronic Artsから発売された「System Shock 2」を,新設のIrrational Gamesと共同開発で完成させており,この作品によってレヴィン氏の手腕が大きく評価されることになった。
Irrational Gamesに受け継がれたLooking Glassの遺伝子
Looking Glassについて,筆者にはちょっとした個人的な思い出がある。正確な年は思い出せないのだが,筆者がまだ学生だった1990年代中頃,Looking Glassのオフィスを訪ねたことがあるのだ。
同社は,200を超える大学があるというボストンのケンブリッジにあった。ケンブリッジはハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)などの有名校がキャンパスを構える学園地区で,オフィスの窓から,どの大学かは分からないが,緑豊かなキャンパスが見下ろせたことを記憶している。
1990年に同社を設立したのは,現在Zyngaでクリエイティブディレクターを務めるポール・ニューラス(Paul Neurath)氏と,現在Sony Computer Entertainmentでツール開発を行うエンジニアディレクターのネッド・ラーナー(Ned Lerner)氏だ。2人ともアイビー・リーグの出身で,言うまでもなくバリバリの現役業界人だ。
優れた人材が集まりやすいという立地条件を活かしたLooking Glassは,当時のゲーム業界ではトップクラスの開発者達を抱えており,社内は大学の延長のような非常にアカデミックな雰囲気だった。
idSoftwareのジョン・カーマック(John Carmack)氏に大きな影響を与えたといわれる「Ultima Underworld」のレンダリング技術や,流体力学まで反映した物理表現を駆使した「Flight Unlimited」(1995年),そしてスクワッドの概念をゲームに持ち込んだ「Terra Nova: Strike Force Centauri 」(1996年)など,Looking Glassの作品には,その後のゲームに大きな影響を与えたものが少なくない。
筆者がオフィスを訪問したときも,ゲーム開発者との面談やデモプレイの紹介ではなく,5人のゲーム開発者が「ゲーム開発とは何か」といった話をしているのを横で聞き,開発者志望でもないのに「これについてどう思う?」とたまに振られるといった,まるで大学の講義を受けているような雰囲気の応対を受けた。
そのときのメンバーは,上記のラーナー氏と「Deus Ex」シリーズで知られる名プロデューサー,ウォーレン・スペクター(Warren Spector)氏。MIT出身でLooking Glassのほとんどのプロジェクトの開発に参加した天才プログラマー,ダグ・チャーチ(Doug Church)氏,のちに2K Sportsで人工知能の開発を行うマーク・レブランク(Marc LeBlanc)氏,そしてタフツ大学で高エネルギー物理学を専攻し,やがてMicrosoftでXboxの誕生に深く関わることになるシェイマス・ブラックリー(Seamus Blackley)氏という,今思えばとんでもない5人だった。
頭脳明晰なスタッフが集まった同社の社風は大らかであり,それは例えば,辞表を出して独立したレヴィン氏らが,まだオフィスもプロジェクトもなかったことを気の毒に思ったニューラス氏が,Looking Glassのオフィスの一角を提供し,しかも「System Shock 2」のプロジェクトへの参加を持ちかけたことからもうかがえる。
ただし,上記のように,コアゲーマーにフォーカスしすぎたLooking Glassはやがて経営難に陥って倒産し,メンバー達はValve,ION Storm,Harmonix,Arkane Studios,そしてBethesda Softworksなどへと散っていくことになったのだ。
リストラを発表したブログでレヴィン氏は,「会社を元の姿に戻したい」とコメントしており,Looking Glassのオフィスの片隅で独立した当時の大らかでアカデミックな雰囲気の中で,新しいプロジェクトを生み出したいという願いを強く持っていることが分かる。彼らの新たなプロジェクト発表までにはまだ時間がかかるだろうが,そのときを楽しみに待ちたい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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