業界動向
Access Accepted第330回:パッケージビジネスはなくなるのか?
ラスベガスで開催されたCES 2012では,多くの家電メーカーがさまざまな付加価値を与えた“スマートな”テレビを発表したが,そんな中,消費者に訴えるコンテンツとして存在感を増しているのが,クラウドゲーミングサービスだ。テレビを購入するだけで,さまざまなゲームが楽しめてしまうというスマートテレビは,現在の主流のビジネスモデルである,パッケージ販売を駆逐してしまうのだろうか。
スマートテレビのコンテンツとして期待されるゲームソフト
2012年最初の「奥谷海人のAccess Accepted」をお届けしたい。すでに300回を超える長寿連載であり,本稿が本年第一回ということもあるので,改めて連載の主旨について紹介しておこう。筆者は,ゲームジャーナリストとして欧米ゲーム業界のトレンドにアンテナを張っており,これまでにも「シリアスゲーム」や「デジタルディストリビューション」「クラウドゲーミング」,そして「ゲーミフィケーション」といった欧米の新しい動きを紹介してきた。記事で予想したとおり,欧米ゲーム業界のスタンダードになっているものも多いが,中には消えて行ったトレンドもあった。
残るか消えるかは,日々の業界の移ろいに任せるとして,「今,欧米ではこういう動きがありますよ」ということを,なるべく客観的にお伝えするために努力しているつもりだ。個人的には,欧米ゲーム業界の動きをいち早くキャッチすることで,読者の皆さんや日本のゲーム業界に対し,微力ながらも貢献ができているのでないかというささやかな自負を持っている。というわけで,本年も変わらず本連載をよろしくお願いします。
さて,そんな筆者が最近注目しているのが,テレビにさまざまな機能を付加した「スマートテレビ」だ。本連載の第322回「新世代ゲームテレビの時代が到来か」などでもお伝えしてきたが,先日,2012年1月10〜13日,ラスベガスで開催されたConsumer Electronic Show(CES) 2012において,韓国のLGがクラウドゲーミングをフィーチャーした「Cinema 3D TV」をCESで発表した。
クラウドゲーミングとは,ネットを利用することでハイエンドPCやゲーム機なしでゲームが楽しめるもので,LGはクラウドゲーミングをサービスするメーカーであるGaikaiと提携して,Cinema 3D TVでGaikaiが楽しめることをセールスポイントの一つとしているのだ。本連載の第325回,「クラウドゲーミング時代の到来」で紹介したように,GaikaiはカプコンやElectronic Artsと提携し,かなりコア向けのゲームの配信も行っている。
これまでGaikaiはPC向けのサービスとして認知されていたが,LGとの提携によって,テレビを通じてリビングルームに直接ゲームを提供することが可能になる。Cinema 3D TVにゲームパッドやキーボードをつなぐことで,PCやコンシューマ機という仲介なしに,本格的なゲームを楽しめるというわけだ。
CES 2012で発表されたさらに興味深い動きは,やはりGoogleとOnLiveの提携だろう。OnLiveはPCやモバイルデバイスのほか,専用のデコーダを組み合わせたテレビでもクラウドゲーミングが楽しめるサービスで,「Assassin's Creed: Revelations」「Batman: Arkham City」「L.A. Noire」など,50以上のパブリッシャの200近いタイトルをラインナップしている。
このOnLiveが,今後ソニー,サムスン,Vizioといったメーカーから発売される予定のGoogle TVすべてに,デフォルトのサービスとして加えられるという。これにより,クラウドゲーミングはさらに身近なものになっていくだろう。
欧米ゲーム産業に変革をもたらす“クラウドゲーミング”
クラウドゲーミングと,それをフィーチャーしたスマートテレビは,ゲーム業界,とくにハードウェアビジネスに大きな変革をもたらすかもしれない。ゲームパブリッシャの視点で見れば,海賊行為やハッキングなどに悩まされることがなくなり,アップデートなども簡単に行えるといったメリットがある。
現状では,サーバーまでの距離という物理的な理由から,一部のユーザーしか享受できていないが,スマートテレビが普及すれば状況も変わってくるだろう。テレビとコントローラさえあれば,いつでもどこでもゲームがプレイできるという未来像は十分に魅力的といえる。
さて,ではそんなスマートテレビは,果たしてゲーム業界の主流のビジネスモデル,つまりパッケージ販売を駆逐するのだろうか? それでなくとも,パッケージ販売がデジタル配信という新たな潮流に脅かされているのはこれまで何度もお伝えしてきたとおりだ。
id Softwareのプログラマとしてゲーム業界に大きな影響を与えるジョン・カーマック氏は2010年,メディアのインタビューに対して「パッケージビジネスは,現状では依然として大きな存在ではあるものの,遅かれ早かれ消えていく運命」と主張し,ゲームソフトのデジタル配信こそが「未来のモデル」であると述べていた。
また2006年の話だが,当時Microsoftのゲーム部門を統括していたピーター・ムーア氏(現EA SPORTS副社長)は「5年,10年,あるいは20年先のことになるかもしれないが,ゲームショップでゲームを購入するという行為は過去のものになる。あなたの孫は,そんな話は聞いたことがないと笑い転げるだろう」と発言している。
事実,ゲームのデジタル配信は,PCだけでなくコンシューマ機にも勢力を伸ばしている。Valveの「Steam」は現在,3000万人もの利用者を抱える巨大プラットフォームに成長したし,ある統計によれば,北米のPlayStation 3ユーザーの78%,Xbox 360ユーザーの72%,そしてWiiユーザーの54%がオンラインに常時接続しており,その多くがパッチやダウンロードコンテンツだけでなく,ゲームをまるごと購入した経験があるのだという。
しかし,ゲームショップのパッケージ販売というビジネスモデルが,カーマック氏やムーア氏の言うような終焉を迎えるかどうかは疑問だとする意見も聞かれる。
2011年の大ヒット作である「Call of Duty: Modern Warfare 3」や「The Elder Scrolls V: Skyrim」「Battlefield 3」などは依然としてパッケージ流通が主流であり,発売と同時に手に入れようと,多くのゲーマーがショップの前で徹夜するというシーンも北米のあちこちで見られた。
普及のスピードは未知数だが,クラウドゲーミングサービスを実装したテレビが一般に広がり,ディスクレスなゲーム環境のほうが普通になっていくのは間違いないと筆者は思っている。そうなれば,デジタル配信さえ過去のものになるが,プラットフォームホルダーが黙ってその状況を眺めているとは思えない。欧米ゲーム業界では,今後,スマートテレビをめぐっていろいろな展開が見られるはずだ。
著者紹介:奥谷海人
本誌海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,北米ゲーム業界に知り合いも多い。この「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年に連載が開始された,4Gamerで最も長く続く連載だ。バックナンバーを読むと,移り変わりの激しい欧米ゲーム業界の現状が良く理解できるはず。
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