業界動向
Access Accepted第309回:欧米ゲーム業界に広がるFree-to-Play
「The Lord of the Rings Online」「QUAKE LIVE」「Team Fortress II」,そして「Magic: The Gathering」など,このところ欧米では基本料金無料の,いわゆるFree-to-Playモデルのゲームタイトルが増えてきた。5年ほど前に,「Free-to-Playなど成功しない」と言われていたのがまるでウソのように,アジア発のビジネスモデルが,アメリカで本格的に受け入れられ始めたようだ。
ゆっくりと浸透していったFree-to-Playモデル
その頃の韓国では,政府の推し進めたブロードバンド政策によって広くオンラインゲームが親しまれるようになっており,Free-to-Playモデルは低年齢層でもプレイしやすくすると同時に,飽和状態に近くなったMMORPG市場に新規プレイヤーを誘導する手段として採用された。
一方,欧米では「Ultima Online」や「EverQuest」の流れに沿って「Pay-to-Play」と呼ばれる「月額料金」が主流だったが,イギリスのカジュアルなMMORPG「Runescape」が,マップの一部だけを無料で公開するというシステムを2002年頃から始め,さらに2006年から広告収入による無料化を実現。2000万アカウントの獲得に成功した。
韓国企業のNexonは,2005年頃から北米市場に進出して地道にサービスを続けていたが,2007年に「メイプルストーリー」が300万アカウントを獲得するヒットになり,北米市場にFree-to-Playの流れを呼び込んでいる。
月額料金から「ゲームに少しずつお金を払う」という仕組みにアメリカの一般ゲーマーが慣れてきた理由としては,PayPal(ペイパル)などの比較的安全な支払いサービスが確立したこと,またiPhoneやiPadの登場で,音楽ファイルやゲームアプリに対する少額決済が一般化したことなどが挙げられるだろう。
内容的にも,Free-to-Play向けにデザインされたものが登場し,例えばFacebook向けタイトルでは,ポーカーなどの勝負事で射幸心をあおったり,多数のアイテムを用意し,プレイヤーのコレクター心理を大いにくすぐったりしている。アイテムの購入については,一度に払う金額が少ないことから,抵抗なく利用している人が多いようだ。
さらに,ドイツやロシアなどのヨーロッパ地域でもFree-to-Playタイプのオンラインゲームが次々に登場し,それらがアメリカのゲーム市場に無視できない影響を与えるようになってきている。
アメリカのゲーム市場を席巻しつつある
Free-to-Playの流れ
このままフェイドアウトしていくのかと思われたDungeons & Dragons Onlineだったが,デベロッパのTurbine Entertainmentは,パブリッシャであるAtariから運営の権利を買い取り,2008年,月額14.95ドルだったプレイ料金に加えてFree-to-Playモデルを導入した。その結果,導入直後から登録アカウントが数倍に膨れあがり,不思議なことに,従来どおりに月額料金を支払うプレミアム会員が,なぜか40%も増えたという。
これを見たTurbine Entertainmentは,2007年に正式サービスの始まった「The Lord of the Rings Online」もFree-to-Playへ移行させ,その結果,1か月で月間の収益が2倍に,そして3か月で3倍に上昇したという。
Free-to-Play化の動きはさらに進み,例えばSony Online Entertainmentの低年齢層向けMMOG「Free Realms」では,無料プレイではキャラクターの成長がレベル4に限定されているものの,サービス開始から2010年春までの2年間で,1400万アカウントを獲得するに至っている。2011年3月にはPlayStation 3にも移植され,コンシューマ機向けタイトルとしては珍しい,Free-to-Playモデルを採用したゲームとなった。
2010年には基本プレイ料金無料のメジャータイトルが次々に登場しており,Electronic Artsの「FIFA Online 2」や「Need for Speed World」などがその代表格といえるだろう。
2011年に入ってもこの動きは止まらず,Valveが「Steam」のラインナップにFree-to-Playタイプのゲームタイトルを加えると共に,根強い人気と巨大なコミュニティを誇る「Team Fortress 2」を無料化して大きな話題を呼んだ(関連記事)。
Electronic Artsの「Battlefield Heroes」やid Softwareの「QUAKE LIVE」,そしてHi-Rez Studiosの「Global Agenda」などが無料のシューティングとして相応の人気を得ているが,Team Fortress 2の参戦で,これらのタイトルも正念場を迎えそうだ。
Valveに関しては,未確認ながら,リリースを予定している「Defense of the Ancients 2」をFree-to-Playにするというウワサもある。
さらに,あのWorld of WarcraftさえFree-to-Play化の流れには逆らえないようで,育成がレベル20までに限定されているとはいえ,上限に達してもアカウントが消滅しない「Starter Edition」が発表されている。Blizzard Entertainmentから2013年にリリースされる新作「Titan」は,比較的カジュアルなゲームになると言われており,それまでにFree-to-Playのノウハウを得ておこうという戦略もあるのかも知れない。
今後,Xbox LIVEがFree-to-Play型のビジネスモデルを試験的にサービスする予定で,Microsoftがゲームデベロッパに打診しているという情報もある。上記のように,Sony Online EntertainmentはFree RealmsでFree-to-Playモデルを成功させており,現在のところゲームの無料化を否定している任天堂以外のプラットフォームホルダーにとって,Free-to-Playを無視するわけにはいかなくなっているようだ。
この流れがどのように続くのかは分からないが,ゲームを無料でプレイするのが「当たり前」になったとき,欧米ゲーム業界は大きな変化を見せることだろう。
著者紹介:奥谷海人
本誌海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,北米ゲーム業界に知り合いも多い。この「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年に連載が開始された,4Gamerで最も長く続く連載だ。バックナンバーを読むと,移り変わりの激しい欧米ゲーム業界の現状が良く理解できるはず。
- この記事のURL:
キーワード