ようこそ，アプリ博物館【ダウンローダー館】へ。貧弱回線の強い味方だった役目がなくなり忘れられたフリーソフトの子たち

　ようこそ，アプリ博物館へ。

　今では当たり前の「アプリ」の言葉が“PCアプリ”をよく指していた時代。愛されていたフリーソフトの子たちがたくさんいました。

　本日は，別館【ダウンローダー館】をご案内いたします。



　今やアプリと耳にすると，過半数の人たちは無意識に「（スマートフォン）アプリ」をイメージすることでしょう。
　しかし，スマホが存在しなかった時代からアプリという言葉はあり，そのころはアプリ＝「PCアプリ」を指しておりました。

　もちろん，アプリケーションという元の語自体は広義で扱われるため，ソフトやプログラムやプラットフォームなどの形態も含め，狭義では上記の限りではありません。ですが往年のPCユーザーにとって，2010年代以前のアプリの語が指し示していたものは，PC向けのフリーソフトやシェアウェアであったはずで，憩いの場も窓の杜であったはずです。

※フリーソフト：無料提供されているアプリ
※シェアウェア：有料 or 試用期間のみ無料のアプリ

　という前提で，これまでにも【圧縮解凍ソフト館】と【メディアプレーヤー館】の一般展示をご案内してまいりました。




　往年のPCアプリたちは昨今，気付けばOS機能やWebサービスの進化に伴い，「べつになくてもいい存在」になってきております。

　そうしたアプリたちを展示して，在りし日の郷愁にふける。
　それが本館の役割なのです。

　本日も皆さまとご一緒にご来館されました，そろそろ元が取れた気もしてきます「Ctrl姉妹（キュート＆ロール）」とご観覧ください。

【ダウンローダー館】のご案内

　本日ご案内いたします【ダウンローダー館】には，ネットライフを快適にしてくれたソフト「ダウンローダー」を展示しております。

　ダウンロードマネージャーとも呼ばれたこのアプリは，インターネット上でなんらかのファイルをダウンロードするとき，“DL作業を中断してもDL途中から再開してくれるレジューム機能”や“多重あるいは分割ダウンロードと呼ばれる動作”により，回線が不安定な時代において，安定して大きなファイルのDLを可能としてくれました。
　けれど，現代ではその存在すら忘れ去られていることでしょう。

　その理由は大きく，ISDNだのADSLだのといったか弱い回線が死滅しているのと，光回線の下ではあまり存在意義を見いだせないからです。




　レジューム機能は分かってもらえるとして，分割DLのほうは簡単に説明しておきましょう。仮に，回線速度＝1MbpsかつDL速度の実数値＝50Kbpsで，100MBのデータファイルをダウンロードするものとします。

　このとき「50KbpsではDL完了までに266分かかる」のが通常の挙動ですが，こうしたアプリの分割DL機能を利用すると「50Kbps×4窓でDL完了までに66分で済む」といった動作をしてくれます。1人で100分かかるパズルを，4人同時でやるから25分で済む，といった構図です。
　上記は厳密な構造ではありませんが，要は“回線を限界まで最大限活用して数倍速でDLしてくれるアプリ”だと思ってください。

　それがなぜ使われなくなったのかというと前述のとおり。みなインターネット回線がおおむね高速化したことで「そんなもん使わなくても安定して速いしイラん」というご時世になったからでしょう。
　ああ。今やダウソは死語だとしても，「落とす」もそろそろ通じなりつつあるネットスラングなのかもしれませんね。うふふ。

■「iria」

　日本でダウンローダーと言えば，古強者たちにはとって欠かせないのが「iria」。ダイヤルアップ時代の心強きオトモです。

　光回線なんぞ耳にもしなかった，200MBでAAA級に値した旧ネット時代。ゲームの体験版やPV，もう少し先の時代でカンブリア爆発を起こしたオンラインゲームのクライアントをDLするのは困難ではありませんでしたが，「おっそ」と感じるほどの所要時間が横たわりました。

　現代のように10分で1GB落とせる，なんて速さは衛星回線をプライベート使用できるやんごとなきリッチマンでもないとまず不可能。
　みな，じっくりコトコト待ち，待望の体験版がようやく落とせた……と思ったら回線不良で断線。中止。最初からやり直し。

　といったネットライフのすごみを当然のように味わっていました。

　そんな時代ですので，DLが中断されても，途中まで落としたファイルサイズを維持したままやり直しができるレジューム機能を備えたダウンローダーは，とてつもなく優秀なバディだったのです。
　とはいえ，私はこれらをダイヤルアップ時代に使用した経験がございませんので，当時の感想は化石発掘学者に任せるとしましょう。

　ちなみにアプリアイコンの美少女は，当時の東北電力のマスコットキャラクター「えここ」です。著作権的なものが守られていたかは……これもまた大らかな時代だったということにしておきましょう。

■「Irvine」

　前述のiriaが定番化していったのち，後継アプリとして送り出されたのが，こちらの「Irvine（アーバイン）」でした。
　シンプルさはそのままに，多機能化を果たしたことで，2000年代前半の新たな定番枠を射止めたと言えます。弓だけに。

　これらダウンローダーの基本的な使用方法については，だいたい「アプリ内に該当URLを記述してDL」もしくは「コンテキストメニューからDL」「アプリにリンクをドラッグ＆ドロップ」といった流れです。
　PCのスペックもネット上のトラフィック量も，このあたりから加速度的に増大していく時代とあり，その有用性は潮流に合わせて高まりました。当時の大容量コンテンツと言えば，やはりオンラインゲームが筆頭でしたので，今ご観覧されている方々も活用されていたことでしょう。

　Irvineはとくに，ファイル管理用の「キューフォルダ」機能が優秀で，階層ごとのフォルダの仕分けがはかどるとされました。
　人によっては細かな設定を駆使して，毎日のWebサイトのクロール＆コンテンツDL網などを構築していたかもしれません。

　そういえば，当時はネットの深みにいる人たちほど，やたらと串（プロキシ。代理サーバー）を気にしていましたね。Irvineにもこれらの設定機能が備わっていたので，毎日串を差し替えていた人もいるのかも。
　あの儀式，多くの人は“ネットの怖さ”なるあいまいな恐怖へのリスクマネジメントとしてなんとなくやっていたのでしょうが。大多数の方々にはお守り以上の意味はなかった気もしますね。うふふ。

■「Flash Get」

　こちらの「Flash Get」も同じく分割ダウンローダーですが，それほど認知度は高くないかもしれません。ただただ，個人的な愛用品だったため収蔵いたしました。アプリ博物館はおおらかなのです。

　おそらく，こちらより「GetRight」や「ReGet」を挙げるほうが適切だと思った人もいるでしょうが，そうですか。思ったんですね？















　さて，これらのダウンローダーについてですが，現在も過去も含めて未使用者は「うーん。便利なのは分かるけど使おうとは思わないかも」と，その活用法にあまりピンとこない人も多いかもしれません。
　主な利用方法も，MOON PHASEなどを見て回り，ちょっとエッチなゲームの体験版を落とすとかがおそらく主流だったかと思いますが。

　正直，彼らの存在には，切っても切り離せない闇があります。

　端的に，ダウンローダーは割れモノを落とすのに活用されていました。割れモノとは，当時の主要な保存媒体たるCD-ROMなどをクラック（割り）し，内臓だけを引きずり出した不正規のデータ。
　つまり非合法の海賊版であり，Warez（ウェアーズまたはワレズ）を語源として生まれた違法コピーソフトのことを指します。

　セキュリティ関連の技術も意識も高くなかった時代は，右腕でハンマーを振るえば宝物庫の扉もバッキバキに割れてしまい，簡単に侵入できていました。一般社会でも，CD-Rにトレンドの音楽を焼いて（CDにデータを書き込むの意），周囲に配っていたお友だちがいらっしゃったりするのではないでしょうか？　mp3などのデジタル音源でも同じ話ですね。

　そしてなぜ，割れモノがダウンローダー需要とひも付いたのかは明白。PC用ソフトウェアやゲーム，音楽や漫画などの生データは（当時の回線基準では）ファイルサイズが巨大だったため，それらをいろいろな意味で安定して落とすために一部で持ち上げられたわけです。
　メディアプレーヤーで見るような動画に関しては，キャプチャ技術の浸透やDVD以降のディスク媒体が主流になってから本格化します。

　日本国内の流れで言えば，タイマンの押し引きと駆け引きに人のリアルがあった「WinMX」をはじめ，いろんな影響で法規と遵法に議論を投げつけた「Winny」，その後に台頭してきた「Share」や「BitTorrent」など，P2Pファイル共有ソフト時代をよく知る人は多いでしょう。
　一方，P2P以前は今でいうダークウェブ。アップロード機能アリの掲示板スタイルやFTP型もありましたが，ワルの花形とされていた最深部は，“アングラサイト（闇サイト）”と呼ばれるホームページ型のコミュニティサイト兼配布所と，そこに潜むワレズたちの巣窟でした。

　彼らの生態の一例を挙げると。

「データを割るワレズと，それを求めるワレザーが生息」
　※呼称は便宜上。みんなワレザー（割れユーザー）と呼んだりも
「職人気質なワレズは，名前と人格を持って活動した（者もいる）」
「各自，どんなお宝を割って見せびらかすかで個性を表現した」
「そのため，有名人やサイトの格でヒエラルキーが形成された」
　※ゆえに○○○○など，有名人に相当する固有名詞持ちもいた
「アングラサイトは，特殊な操作などを知らないと活用できない」
「謎解きの先で，自慢の品々を鞄（ダウンローダー）に詰め込む」
「ワレズは対価に，物々交換やお礼の言葉を要求した（者もいる）」
「感謝しないと，それ以降は界隈にいられないとかなんとか」
「不特定多数の不透明なP2P社会とは真逆。ヒエラルキー型の社会」

　などと。上記はあくまで風聞として聞き流してもらいつつ。

　当時のアングラサイトは今現在，その大半がインターネット上から姿を消しているはずです。ただP2P以前にも，今では軽く検索したくらいでは表面上しか掘り起こせない暗い文明が広がっておりました。
　こうしたネットの暗がりでダウンローダーがもてはやされたことで，ダウンローダーそのものにアンダーグラウンドの匂いが漂っていたのは確たる事実です。全員容疑者と決めつけるのはないにせよです。

　検索エンジンも未発達な時代とあり，アングラサイトにたどり着く，あるいは気付くのはお手軽とは言えませんでした。これらの多くは個人サイト然とした姿で，知らずに掲示板でキリ番ゲットでキャッキャウフフしている人がいても不思議ではない，「まさかあそこがそうだったとは」とあとで知ってもおかしくはない，普通のサイトに見えたからです。
　あのころ，リアル側でアングラの匂いを漂わせていた，当時のコマ劇（新宿コマ劇場）の周辺地みたいなものですね。

　しかし，しかるべきコミュニティをたどればサイトへのアクセス自体は誰でも簡単にできていたことでしょう。
　けれどトップページから先に進めない。プロフィールやお手製イラストと同列で，いたってカジュアルに並んでいる「これウチのWarezです」のリンクをクリックしても，数キロbyteのファイルしか落とせない。謎の大サイズjpegファイルを渡される。なんで？　どうして？

　その際に「アトランチスの謎」のような手法を解き明かし，ダウンローダを駆使して，リアル謎解きゲームのような偽装をくぐり抜ける。その先で，無料で手に入るわけがないモノを手にするのです。
　今と違って，タダのものなどあまりない時代でしたから。必要・不必要とはまた別の話で，その行為自体に快感があったりしたのかも。

　また，割れ界隈ではzipよりrarが重用されました。それは分割圧縮ファイルと呼ばれる手段で“300MBのファイルを，100MB×3個に分割し，3つ探して集めてもとに戻す”といった動作が容易であったためです。CD数枚組のゲームやアクティベート用のCD 2枚目などとほぼ同義です。
　これはアップロードやダウンロードの負荷の軽減が目的だったのでしょうが，これ自体も宝探しな感覚を味わわせていたのかも。

　ちなみに関係者・利用者らは回線経由での身バレを防ぐため，IPアドレス偽装のために串を通すのがドレスコードでした。
　これは，ネット上などで公開されている海外産の串をインターネット接続設定に適用し，日本にいるけどメキシコからアクセスしているように見せかける，といった串活用による初歩的な自衛手段です。構図的には，映画やドラマなどでよく見る「海外からのアクセスで特定できません！」みたいな，ハッカーあるいはクラッカーvs.捜査チームのような状況にするための手段と思うと，いくらか分かりやすいでしょう。
　いろいろ整備された現代では，串を変えたくらいで防御力が高まるのかは少々気になるところですが。そういえばアングラの罠の代名詞，トロイの木馬（ウイルス）という言葉もなかなか聞かなくなりました。

　さて，この先のP2P時代からは，不特定多数の不透明な人格社会に移っていきます。その結果，裏通りの個人闇商店に品物を見にいく時代は終割を迎えました。以降はコンビニ感覚で，Amazonで欲しいものを探すといったレベルまで気軽な闇市になり，お手軽になりすぎた結果，一般界隈にも浸透。まもなくこのような結末をもたらしました。


　同時に，P2P以後はワレズたちもなりを潜めた……のかは，まるで分かりません。ここ10年で聞こえてきた，風のうわさの範囲でも，さらなる新時代で勃興していった違法動画・漫画系サイトなどにまつわるアップロード者界隈の笑い話は，2000年代前半まで栄えたワレズ文化のような，村社会型のコミュニティが形成されているような口ぶりでした。
　そのほうが人間および利害関係がうまくいくのか。構造だけを踏襲して蘇らせただけなのか。もしくは，闇に潜伏していた者たちが同じスキームを用いて，同じように再活動しているだけなのか――。

　などと，現代シーンまで続く違法コンテンツへの言及は，司法と立法に任せるとして。因果関係はさておき，ダウンローダーというアプリはただただそういうことに関わってしまっていた。
　彼らには消えないシミがつきまとうというお話です。




　時代とともに，そんなにいらなくなってきたダウンローダー。
　けれど，今でも必要ないことはなくもない不朽のアプリ。

　閉館間際に急な早口でのご案内となりましたが，ダウンローダーについては個人利用の観点で考えると，ファイル管理用途などの側面を取り上げない限り，光の速さの時代にはあまり必要性を感じません。使い道があるとすれば，限定環境でのライフハックじみた手法でしょうか。
　ただ，これらもまたブラウザのエクステンションなどで活用されている例もなくはないです。お家の回線に難がある人は，もしかしたら活用法があったりして。2023年ならではの便利さもなきにしもあらず。

　アプリ博物館では今後とも，さまざまな別館の収蔵アプリをご案内してまいります。懐かしき過去の郷愁。在りし日の一場面に心引かれましたらそのときは，またのご来館，心よりお待ちしております。

　それでは皆さま，本日はごきげんよう。
　週末は，窓の杜でアフタヌーンティーを。