インタビュー
[インタビュー]DreamHackの運営が語る,バーチャルな関係だけに留まらないコミュニティ主導型LANパーティーの魅力
今年で28年目という長い歴史を誇るDreamHackは,eスポーツイベントの運営元としてゲーマーに知られたESL(Electronic Sports League)と2020年に統合され,ESL FACEIT Group※のもとで展開されている。DreamHackは10年ほど前からゲーマーコミュニティのニーズに合わせて拡大しており,スウェーデンの首都であるストックホルムはもちろん,スペインのバレンシアやドイツのライプチヒなどでも定期的に開催され,巨大な市場を抱えるアメリカにも足場を築き上げている。今回のDreamHack Winterは,発祥の地とされるヨンショーピングで,街を挙げて開催された。
※2022年にSavvy Gaming GroupがESLとFACEITを買収・合併して設立した会社(関連記事)
LANパーティがどのようなものなのかについては,以下の関連記事を見てほしい。本稿ではESL FACEIT Groupの成長戦略部長であり,“DreamHackの守護者”でもあるシャヒーン・ザラービ(Shahin Zarrabi)氏に,インタビューを行い,DreamHackについて余すところなく話を聞いてきたので紹介しておこう。
28年の伝統の中で変化し続ける巨大LANパーティー
4Gamer:
さっそくですが,DreamHackの成り立ちについて教えてください。もともとは“デモシーン”から発展していったとのことですが。
そのとおりです。デモシーンは,ゲーマーというよりはプログラマーたちの集まりで,自分でプログラムしたグラフィックスだとかアニメーション,オーディオなどを見せ合ったりするイベントでした。当時はまだ高速でインターネットができる時代ではなかったですから,LANを使って対戦するという遊びのほうに重心が移り,そこからイベントも大型化していったのです。
2001年の初頭まではElmia Kongress & Konserthusの4つあるスペースのうち,Hall Dのみが使われていたのですが,ゲーム文化が根付き,コミュニティがより大きくなるにしたがって,他のスペースまで大きく拡大していきました。
4Gamer:
そうやってパートナーも増えていったと。
ザラービ氏:
そうです。まだTwitchやYouTubeがなかった時代ですから。開催当初,例えば周辺機器のハードウェアベンダーたちは,ゲーマーがどのように自分たちの製品を利用しているか,ゲームパブリッシャがどんなトーナメントを開いているかをただ見ているだけでした。
でも,そのうちにスポンサーになったり,自分たちでゲーム大会を開くことでコミュニティの育成にも一役買ったり,DreamHackのパートナーとしての関係に発展していったのです。
そうして,この20年の間に商業的なイベントへと変貌していきましたが,だからといってコミュニティを軽視しているわけではありません。昔ながらのコミュニティが運営に関与しているのは,参加していただくとあちらこちらに見て取れると思います。「DreamHack Crew」というシャツを着ている人はそうした運営に携わっている人ですし,その他にも多くのボランティアたちでイベントは成り立っているのです。
4Gamer:
DreamHackが大きく成長したのは,2010年代に入ってからですか。
ザラービ氏:
ええ。「StarCraft II: Wings of Liberty」がリリースされた2010年が大きな節目となり,DreamHackもスペインのバレンシアで開催されるようになりました。それと共にeスポーツがさらに大きな比重を占めるようになり,コンテンツクリエイターやインフルエンサーのために,2013年には「ストリーマースタジオ」を設置,そして今年からは「クリエイターハブ」としてさらにエリアを拡大しました。また,ボードゲームもフィーチャーするなど,“ゲーム”とそれに関連するライフスタイルを提供する総合的なイベントになっていきました。
4Gamer:
デモシーンに参加していたようなコア層は残っているのでしょうか。
ザラービ氏:
はい。今回の参加者の中には1回目のDreamHackに参加した人もいますよ。デモシーンコミュニティも,今では業界の移り変わりとともにグラフィックデザイナーやオーディオエンジニアなど専門分野を細分化されて活躍していますが,約20人ほど参加していると思います。デモシーンもなくなったわけではないですから。
彼らの存在は小さくても,DreamHackの独特の雰囲気を形成している大きな存在ですし,その伝統の伝道者のようなグループだと考えています。
4Gamer:
LANパーティーだけでなく,トーナメントやエキスポ,コスプレして参加している人もいて,総合的なイベントとなっていますが,「DreamHackの典型的な体験」とはどのようなものでしょうか。
ザラービ氏:
LANパーティーに参加したことのない人なら,まずは我々が「スクリーンの海」と呼んでいる,何千台ものモニターが暗がりに光っていることに驚かれると思います。
そして自分でPCを持ってこなかった人でもゲームを楽しめることに気付き,誰でも楽しめるフリープレイのゾーンやエキスポフロアにあるPCだけでなく,コンシューマ機やVR機器のデモを体験していただけるでしょう。
ゲームをプレイすることに疲れたら,地域で名前を知られたコンテンツクリエイターたちがCreator Hubで実況しているのを見に行ったり,彼らと交流できたりするようなスペースもあります。
そしてeスポーツが開催されているステージに足を運んでプロゲーマーたちの試合を観戦し,その中でも大きな規模のトーナメントのファイナルステージの決着を目の当たりにすることになるでしょう。用意されているフードスペースでお腹を満たし,夜になればメインステージでライブコンサートに参加していただければ,1日しか参加しない人でもDreamHackを満喫できると思います。
4Gamer:
毎年,どれくらいの人がリピートしているのですか?
ザラービ氏:
スウェーデン国内でのリピート率は60%ですね。LANパーティーは以前ほど大きくはないですが,他のセグメントが成長しているのでイベント自体は大きくなっています。スウェーデンは現在でもPCがゲーム市場のメインプラットフォームですが,最近ではスマートフォンだけしか持っていない次世代のゲーマーたちも増えています。インフルエンサーたちを見て,PCでゲームをすることがが彼らの憧れになっており,大人のゲーマーたちがどうやってPCでゲームを楽しんでいるのか,確認するのに良い機会になっているかも知れません。
4Gamer:
LANパーティーエリアにも小学生高学年くらいの子供から,60歳を超えているであろうベテランまでも参加されていますね。
ザラービ氏:
来場者の平均年齢は25歳から30歳くらいの人が圧倒的に多いですが,他のゲームイベントと比べても,DreamHackはティーンエイジャーや家族連れが目立っていると思います。28年も続けているゲームイベントですから,元々はコア層だったゲーマーが親になり,子供を連れてきている多世代参加も増えています。そういう面でも,地域に根差したイベントになっているとも言えますね。
DreamHackのブランドアイデンティティ
4Gamer:
ESLにDreamHackが経営統合されたのは2020年のことですが,ザラービさんはそれ以前からDreamHackと関係があったのですか。
ザラービ氏:
はい。私もDreamHackでプロを夢見たゲーマーでしたが,ゲーム自体はそれほどうまくなかったので,「DreamHackをカバーする記事を書かせてくれ」とゲームサイトにメールして働かせてもらうようになったのです。まだ16歳の頃でしたね。
そうしてジャーナリストとしてキャリアをスタートし,この会場にもメディアとして足を運んではトーナメントの様子を取材していたのです。
でも結局,ジャーナリストとしても成功しなかったのでIT業界に就職したり,自分で起業したりもしました。DreamHackの運営側として2017年からマーケティングを担当する中で,2022年にESL FACEIT Groupが立ち上がったのです。現在は統括する4ブランドの全てに関わっていますが,こうした経緯からDreamHackは私にとっても特別な存在で,大切に育てていきたいという想いはあります。
4Gamer:
2020年にDreamHackはさまざまな遊びを提供することを明確にする“再ブランド化”が行われましたが,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は大きな障害となったのでしょうか。
ザラービ氏:
ええ,新しいブランドを明確にしたうえで,それを実行できないジレンマがありました。コンピュータゲームはデジタルなものですが,DreamHackはある意味“非デジタル”的にオフラインで開催し,ゲーマーたちが顔を合わせようという主旨です。
パンデミックの期間中は,我々も「DreamHack Beyond」と銘打ったバーチャルイベントのコンセプトを展開してみましたが,本来のDreamHackの魅力を伝えられるものだったとは思いません。やはり,オフラインでのコミュニティにフォーカスすべきであり,LANパーティー,eスポーツ,ストリーマーとのミートアップ,コスプレ,ボードゲームなど,人とのつながりを感じられるイベントがDreamHackの根底にあるのだと痛切に考えるようになったのです。
2021年にはミニイベントとして再開していますが,翌年7月に「DreamHack Summer 2022」を開催した時も,それまでの成長が止まっていたどころかオフラインイベントの熱量が高まり,今回もフロアに行くとそうした心地良さが感じられます。皆がイベントに戻ってきて楽しんでいる姿を見て,これまでの投資が無駄でなかったと感じているところです。
4Gamer:
高速ブロードバンドや5G通信が浸透する中,DreamHackのようなオフラインイベントがここまで盛り上がるのはどうしてでしょうか。
ザラービ氏:
オンラインゲームは当たり前に普及していて,DreamHackに参加してもオンラインでプレイするような人はいます。会場で提供しているネット回線も非常に快適ですよね。でも,それがDreamHackに参加してくれる人にとってのセールスポイントにはなり得ないと思っています。
LANで対戦ゲームをプレイすることの意味はなくなっても,同じ空間でプレイするために仲間たちが集まってくるというのがDreamHackなのです。デジタルライフスタイルという観点でも,ゲームをプレイするだけがライフスタイルではありません。ここに来れば自分の知らなかったゲームやライフスタイルに触れる機会があり,3日間ずっと同じ世界を他のゲーマーたちと共有できるのです。
4Gamer:
ほかのゲームイベントと比較して,DreamHackのイベントとしてのアイデンティティはそうした部分にあるのでしょうか。
ザラービ氏:
ええ,我々のマニフェストでも書かれている「ゲームコミュニティが目の前にある」(the gaming community comes to life)という一文が,DreamHackを端的に表現していると思います。バーチャルなコミュニティが,1年に何度かオフラインで集まるコンセプトです。
「PAX」のようなゲームイベント,「ComicCon」のようなポップカルチャーの祭典と比べて,DreamHackが際立っている部分は,やはりイベントのスペースを運営側が貸し出し,そのスペースをコミュニティが埋めることでしょう。
Creator Hubからボードゲームのエリアまで,LAN以外の多くのアクティビティも我々のキュレーションによるもので,そこに一貫したアイデンティティを見出すことができると思います。我々は,イベントに参加した皆さんがそれぞれの立場で,どのような“旅”(ジャーニー)を楽しめるかをデザインしており,それを外部のパートナーに補助してもらう形を取っているのです。
4Gamer:
“旅”は,今年のイベントモットーでもある「Leave Planet Boring」(意訳すると「この星を,退屈なまま置き去りにしてしまえ」)や,音と映像に拘ったオープニングセレモニーでも表現されていましたね。
ザラービ氏:
まさに,そのとおりです。オープニングセレモニーは,来場者の全員が体験するものではありませんが,皆さんがエキサイティングな気持ちになれる重要なイベントのスタートです。DreamHackは何百ものブースが並んでいたり,新作ゲームの発表があるようなイベントではありませんが,ゲーマーに注目していただけるようなブランドやアクティビティを提供し,それを集まった誰もが予見できるようなクレイジーなオープニングにしたかったのです。
いよいよ日本に進出するDreamHack
4Gamer:
2023年5月のDreamHack Japan開催がアナウンスされました。DreamHackとしてのアイデンティティを維持しつつ,どのような展開をされていくのでしょうか。
ザラービ氏:
「ゲームコミュニティが目の前にある」というコンセプトのもとで,我々はDreamHackというイベントを1つの“プラットフォーム”であり“フレームワーク”であると考えています。それぞれの地域において,人気のある競技ゲームやゲームプラットフォーム,注目されているインフルエンサーやコスプレイヤーが異なります。
しかしどこで開催しても,DreamHackはコミュニティのためのイベントであり,ライブフェスティバルであるべきでしょう。もちろん,それぞれの地域へのローカライズは不可欠ですし,行うべきものだと思います。ですからDreamHack Japanでは他のDreamHackでも感じられる空気感を残しつつ,独自性のあるものになればと期待しています。
4Gamer:
東アジア圏においては初めてのDreamHackとなりますが,日本のどこに魅力を感じられたのでしょうか。
ザラービ氏:
日本がゲーム市場に与えているインパクトについて,過小評価するゲーマーはいないと思います。もちろん,世界の多くのゲーマーは具体的に日本のゲームコミュニティがどのような状況なのかを深く知らないでしょうから,日本国内と国外の双方にとってDreamHack Japanが発信していくものに大きな価値があるのです。スウェーデンで生まれたDreamHackというイベントが日本にとってもユニークなものになるでしょうし,日本のゲームコミュニティやゲーマーたちのライフスタイルが紹介されるのが楽しみですね。
4Gamer:
日本では格闘ゲームのトーナメントに人気があり,コンシューマ機やモバイルプラットフォームもシェアが高く,ヨーロッパ地域との差異はありますが,文化的なクロスオーバーの機会としても期待されていますか。
ザラービ氏:
もちろんです。DreamHackがアメリカに進出したのは2016年のことで,今年に入ってからもダラスやアトランタでも開催していますが,日本同様に格闘ゲームは人気が高いことを痛切に感じました。
ここ数年,アメリカ市場で学んだ格闘ゲームのトーナメントスタイルを,実際にスウェーデン国内のDreamHack持ち込んでおり,まだまだ小さいですが投資を始めています。こうした異なる市場から新しいアクティビティを持ち込むことはさまざまな形で行っていて,我々が何かを日本に持ち込むのと同様に,日本からも影響を受けることになるでしょう。
4Gamer:
DreamHack Japanの席数はもう決まっていますか。
ザラービ氏:
それは現地のパートナーが市場から判断していくことなので,現段階ではお話しできることはないですが,DreamHackらしい大きなLANパーティーになれば良いですね。
DreamHack Winter 2022では4000台を超えるPCがつながっていますが,実はスウェーデンにおいても,イベント会場で最も台数の多いデバイスはPCではありません。ほぼ全ての参加者のポケットに入っているであろう,スマートフォンなんです。
スマートフォンを使ったトーナメントもありますし,我々も日ごろから一人でプレイすることの多いモバイルゲームを使って,どうやってコミュニティをオフラインでつなげるかということには興味を抱いています。
4Gamer:
DreamHack Japanの実行委員の1つであるソニー・ミュージックエンタテインメントは,ここ数年は専門チームを立ち上げて「Sony Esports Project」(関連リンク)を中心に活動されてきましたが,音楽分野などのIPも多く保有しており,独自性は強くなりそうですね。
ザラービ氏:
先ほどもお話ししたように,上手くローカライズされることに期待します。DreamHackでの体験はゲームに限ったものではありません。そもそもゲーマーたちはゲームだけをプレイするのではなく,音楽も聴けば映画も見ます。ゲーム好きなミュージックアーティストだっているでしょう。
コミュニティを重視するDreamHackではコンテンツを押し付けるのではなく,参加者の皆さんが納得できるイベントになるべきで,広い分野の経験を持つソニー・ミュージックエンタテインメントだからこその内容になるはずです。
4Gamer:
例えばスウェーデンの著名なプロチームが参加したり,エキシビションマッチのようなものが開催されますか。
ザラービ氏:
我々ESL FACEIT Groupやローカルの運営がキュレーションするということは,そうした面でもゲーマーの皆さんが期待するものにできると思いますし,すでに欧米でも行っていることなので,ぜひやりたいですね。
競技的なシーンにおいても,普段ならオンラインで対戦しづらい環境にあるプロチームもありますし,DreamHack Winter 2022においても「Counter-Strike: Global Offensive」や「レインボーシックスシージ」などでは,ヨーロッパだけでなくアジアや南米の選手も招待しています。
4Gamer:
ザラービさんにとってもDreamHack Japanは楽しみなイベントになりそうですか?
ザラービ氏:
はい,もちろん! 確固たるゲーム市場と文化を築いている日本のゲーマーコミュニティとDreamHackというイベントがどのような相乗効果を起こすのか,本当に楽しみです。スーパーアメイジングなイベントに成長していくと確信しています。皆さんも,ぜひDreamHack Japanに参加してくださいね。
4Gamer:
ありがとうございました!
DreamHack Japanは,2023年5月13日から14日にかけて幕張メッセで開催される。自慢のMOD筐体を持参するのもよし,ゲーム用ノートPC1つで参加してもいいだろう。プロゲーマーやコンテンツクリエイターを見に行ったり,ライブコンサートを楽しめたりする複合型の本格派ゲームイベントが,いよいよアジアでも体験できる。まだ開催日と場所が明らかになっただけだが,その情報は徐々に明らかになっていくことだろう。DreamHack Japanの開催を楽しみに待ちたい。
「DreamHack」公式サイト
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