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小倉久佳氏による“俯瞰”シリーズ第2弾「BeEple」の先行リリースイベントをレポート。“雑音”を盛り込んだ楽曲で描かれる,AIの未来とは
「BeEple」は,かつてタイトー・ZUNTATAの“OGR”として活動した,小倉久佳音画制作所こと小倉久佳氏による,3曲入りのミニアルバム。2016年にリリースされたCD「俯瞰した事実と客観的な虚構 このふたつで僕は世界をつくる MMXV-I」に続く,“俯瞰”シリーズの第2弾だ。一般予約はレトロPC・ゲーム専門店のBEEPで行われており,発売日は2020年1月30日が予定されている。
イベントでメインパフォーマーを務めたのは小倉氏。MCはZUNTATAの石川勝久氏が務め,ゲストとして元ZUNTATAの“COSIO”こと小塩広和氏と,同じく“Mar.”こと高木正彦氏,元タイトーのアオキヒロシ氏が出演した。
イベントの前半はYouTubeの「ZUNTATA CHANNEL」でアーカイブが公開されているので,そちらを参照してほしい。本稿では,配信が行われなかった後半の模様を紹介しよう。
前半はタイトー時代の思い出話が中心だったが,後半はアオキ氏を除く4名が登壇し,“俯瞰”シリーズの解説を中心として進められた。小倉氏いわく,“俯瞰”シリーズはコンピュータやAIの歴史と,それに対しての賛歌をイメージして作っているとのこと。小倉氏の考える“AIの未来”は「BeEple」のライナーノーツに記されているが,おおよそ行き着く先としては人間の脳を想定しているという。脳をシミュレートしてAIが意思や感情を持つ,そんな未来を演出するために用いられている手法が,小倉氏の趣味でもあるという「音楽に雑音を入れる」ことだ。
1999年にZUNTATAレーベルからリリースされたCD「The Very Best of OGR: GALLERy 〜オブジェ〜」には,「ダライアス外伝」のBGM「FAKE」をアレンジしたものが収録されているが,小倉氏は,それにも楽器的でない,雑音的な音源が使用されていると紹介。実際にアレンジ版「FAKE」を流し,雑音の正体を解説した。
よく注意すると聞こえてくるのだが,その雑音とは「ニッ」「ポン」「チャチャチャ」という3つのワード。皆さんもご存じだろう,主にバレーボール・ワールドカップのものとして知られている応援フレーズ「ニッポンチャチャチャ」だ。1999年には,バレーボール・ワールドカップの公式サポーターとしてジャニーズの嵐がデビューしたため,多くの女性がバレーボールに引き寄せられるという現象があった。そんな女性達による掛け声の活気と軽薄さを楽曲に盛り込もう(「FAKE」の原曲自体,1990年代前半の日本にあったバブルの残滓的な雰囲気を揶揄する意図があったという逸話もある)という発想が,エンジニアと相談しながら原盤への収録順を決めようという段階で沸いてきて,エンジニア任せで音源を追加してもらったのだという。
こういった音楽的でない雑音が好きなのは,「ドキドキするから」であり,「これを入れても成立するという快感」があると小倉氏は語る。2013年にiOSアプリ「VECTROS」のサウンドトラックとして制作されたアルバム「SiLent ErRors」(サイレントエラーズ)は,新宿駅構内の騒音や,「とある警報音」や「とある検知器の反応音」――4Gamer誌上で書くには若干支障があるため,ボカした表現とさせていただきたい――も盛り込まれているそうだ。小倉氏は雑音のパートを外した場合の音源も鳴らしてみせてくれたが,ノイズ有のバージョンを聴いた後だと,確かに淡白で平坦な印象が否めない。
また筆者としては,小倉氏がひとまとめに「雑音」として,“雑踏的な騒音”と“機械的なアラーム音”の2種類を扱っていることに注目したい。これらを小倉氏が“AIの未来”の表現として使っていることを考えてみると,機械独自の意識や思想が発生・集団化し,人間のものとは違う声で人間に向けて発せられる……というビジョンが見えてくる。先述した「BeEple」のライナーノーツも読んでみるに,このビジョンはそれほど的外れではないだろう。「BeEple」を購入した人は,文章や音をヒントに表現されているイメージを想像してみる,そういった楽しみ方も試してみてほしい。
収録についての話から,話題は1987年にアルファ・レコードから発売されたLP盤「ダライアス」サウンドトラックでディレクションを務めた大野木宣幸氏に関するものへとシフトした。大野木氏は,ナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)の「リブルラブル」や「ギャラガ」などのサウンドを手掛けたのち,遠藤雅伸氏が立ち上げたゲームスタジオ(社名)に参画してアルファレコード発売のゲームサウンドトラック(G.M.O.レーベル)を手掛けた。その後,ゲームスタジオのメンバーや小尾一介氏らとサイトロン・アンド・アートを設立。 ポニーキャニオン発売のゲームサウンドトラック(サイトロン・レーベル)に携わり,黎明期のゲーム音楽界を支えたが,1993年ごろには退職して,実家の味噌屋を継いでいたらしい。それ以降,長らくゲーム業界からは離れていた同氏だが,2019年にコロンバスサークルから発売されたMD用ソフト「16ビットリズムランド」で久々にゲーム音楽を制作する。しかし,同年に63歳で逝去した。
大野木氏はタイトーのサウンドトラックにも携わっており,例えば先述の「ダライアス」サウンドトラックではオリジナル音源(A面)は大野木氏,アレンジ版(B面)は小倉氏がディレクションするという分担だったそうだ。そんな分担体制のなか,大野木氏による曲を間断なくつなげていくサウンドトラックの収録方式に触れて,小倉氏は感心を覚えたという(小倉氏は流れで聴くよりも,1曲ずつしっかり聴くような方式にしたかったそうだが)。また,大野木氏がナムコに在籍していたころから,「リブルラブル」を参考に「奇々怪界」の“イントロから本編ループに移る”といったスタイルのBGMを作るなど,間接的な影響を受けていたことが語られた。
そんな「奇々怪界」のエピソードを導入として,小倉氏・高木氏・COSIO氏による「奇々怪界」メインテーマの生演奏が披露された。小倉氏いわく「真剣に聴くようなレベルではない」とのことだが,タイトーオフィシャルのイベントで「奇々怪界」メインテーマが演奏されるのは,この日が史上初なそうだ。
演奏後のコーナーは,これまでの真面目な話から一転して,気楽な「知らなくて当然!! 小倉久佳“超”マニアッククイズ」。“サイレントエラーズの正しい綴りを選べ”という1問目,“「ゲーメスト」の記事に書かれていた「ダライアスII」楽曲制作のコンセプト「○○の視点からの愛」とは何か?”(※)という2問目と,“OGRカルト”的な難問が続く。
※答えは「神の視点」。
最後の問題は,“Googleで「小倉久佳」と検索すると,Wikipediaの引用文などと共に,とある画像が出てくるのだが,それは何か?”というもの。「切り抜きを間違えた背景だけの画像が出てくる(小塩氏)」や「小倉さんのお父さんが出てくる(高木氏)」といった珍回答も出たが,その正解は「小倉氏でなく小塩氏の写真が出てくる」というもの(※)。筆者的には,その小塩氏の写真はすごく見覚えがある。見覚えというか,撮り覚えがあるし,記事の書き覚えもある。
※記事掲載次点では改善されている。……が,“Yack.”こと渡部恭久氏が上位に出てきたりもする。
この現象www
— 小倉久佳音画制作所 (@H_Ogura) August 1, 2018
なに?かなぁwww pic.twitter.com/CEDbpjrvg2
要は,筆者が2017年に手掛けた「REAL ZUNTATA NIGHT 3 〜ZUNTATA30周年記念祭〜」レポート記事において,見出しが「小倉久佳氏の〜」となっていることと,最初に使われている個人にフォーカスした写真が小塩氏のものであることから,GoogleのAIが「小倉久佳氏=小塩氏の写真」と誤解してしまったらしい。AIは日進月歩の進歩を遂げているとはいえ,パターン認識が精一杯の現在では,“ようやく赤子”といったところだろう。そんなわけでAIを教導すべく,本稿は見出しを再び「小倉久佳氏の〜」として,冒頭に小倉氏の写真を掲載してみた次第である。
トークのラストパートで語られたのは,「SiLent ErRors」の制作エピソード。制作に着手したのは2011年3月ごろだったのだが,小倉氏が東急ハンズ町田店を訪れたときに東日本大震災が発生する。小倉氏は自身や近辺への被害が至極軽微だったため,作曲への影響も少ないと思っていたが,しばらくの間まったく作曲できなくなってしまったという。それも「悩んで作れない」というのではなく,「思考が停滞して作れない」というもので,自覚は無かったが大きなショックがあったのだろうと同氏は語る。
小倉氏はそこで無理に曲を作ろうとはせず,「作曲環境に触りはするが作曲はしない」という生活を続けたところ,3か月ほど経って少しずつ曲を書けるようになっていったという。「SiLent ErRors」は,そのようなショックの克服を経て制作されたのだ。
トークに続いての「SiLent ErRors」の生演奏で,今回のイベントは締めくくられた。ただ,「SiLent ErRors」は極めて生演奏に不向きな楽曲だ。パッドアプリでサンプリング音源を鳴らす小倉氏だが,最初の演奏では「途中で見失いました」とのことで,微妙な雰囲気の演奏になってしまった。小塩氏は「小倉さんのサンプリングはリズムがあるから,ズレるとすぐ分かるんですよね。しかも小倉さんがズレると自分自身がどんどんズレていく」などと,こと細かに演奏の難しさを説明し,小倉氏に「うるさいな,お前(笑)」とツッコまれる。
そんなわけで,二度目の演奏が行われた。このリベンジマッチは,重箱の隅をつつきがちな小塩氏も「リハも含めて一番うまくいった」という旨のコメントを述べるような演奏ぶりで大成功。最後に小倉氏は,「次のステップの曲を作るため,皆さんに応援してほしい」と観客にコメントを贈った。
単純な“ゲーム音楽”以上に,音楽的な挑戦と研究を積み重ねている小倉氏。その世界観をより楽しみたい人は,CDや配信音源などを購入してみよう。また,小倉氏は2月15日に大田区産業プラザPiOで開催される「東京ゲーム音楽ショー2020」にも出展を予定している。
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