モデレーターはインキュベイトファンドの田中洸輝氏,登壇したのはDeNA AI Link CEOの住吉政一郎氏,エクサウィザーズでAIプラットフォーム事業本部長を務める羽間康至氏,そしてKotoba Technologies共同創業者兼CTOの笠井淳吾氏という3名だ。
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モデル開発の最前線,社会実装の現場,自社での全面活用と,AIとの向き合い方が三者三様の顔ぶれである。
まず田中氏が示したのは,海の向こうの桁違いの投資規模だ。アメリカではAnthropicやOpenAIをはじめ,時価総額が100兆円を超える企業が何社も並び,2025年のAIインフラ投資額はおよそ70兆円に達したという。対する日本のベンチャーキャピタル全体の年間投資額が7600億円ほどだというから,仮にその全額を1社に注ぎ込んでもアメリカの100分の1にしかならない。この落差こそが,議論の出発点となった。
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住吉氏は現状を「産業革命」になぞらえる。これまでは基盤モデルそのものへの投資が中心だったが,今後はそのモデルを土台にどう社会を変えるか,というアプリケーション層が主戦場になっていくという読みだ。10年後には「昔はそんなことを人間がやっていたのか」と子供に驚かれる光景がいくつも生まれるだろう,というのが氏の見立てだ。
羽間氏は,AIの波を二段階に整理した。第1波にあたる機械学習や最適化はすでにビジネスへ組み込まれて久しいが,生成AIという第2波は,ホワイトカラーが頭の中で処理していたPC上の仕事そのものを肩代わりできるようになった点が本質的に異なる。
加えてAIとチャットでやり取りをするという優れたUXが発明されたことで,技術が一気に社会へ浸透したのだと分析した。かつてインターネットが,メールや検索という新しい使い勝手を得てはじめて広まったのと同じ構図だろう。
技術面での転換点を挙げたのが笠井氏だ。これまでは「モデルを大きくし,学習データを増やせばよい」というスケール一辺倒の発想だった。ところが近年は,AIが答えを出す前に内部で思考/検討する「推論時スケーリング」(inference-time scaling)へと軸足が移っている。
実行時にリーズニング(思考プロセス)を挟むことで複雑なタスクが解けるようになり,同時に,消費したトークン量に応じて課金する「トークンエコノミー」という,提供側にとってもユーザーにとっても納得感のある経済圏が生まれたのだと語った。
もっとも,熱量と実利は必ずしも一致しない。マッキンゼーなどの調査では,AIを使いたいと考える企業が9割以上あるなか,実際にROI(投資対効果)が見合っていると感じているのは2割程度にとどまるという。この数字が,日本企業の悩みを端的に物語っている。
住吉氏は,日本ならではの事情に踏み込んだ。雇用慣行の関係で,日本企業では「タスクが減った=すぐ人件費が浮く」とはなりにくく,欧米で語られるコスト削減の期待値をそのまま当てはめるのは難しい。だが,意思決定の補助や決定そのものを担う「カンパニーOS」「カンパニーブレイン」――いわば会社の頭脳としてのAI活用は,まだ過小評価されていると指摘する。
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その実践例が,社内Slackで稼働する「AI住吉」だ。自身の分身にあたるこのエージェントは,何度も繰り返される質問に,会社の前提やプロジェクトの基本方針を毎回もれなくていねいに返す。人間なら面倒で省いてしまう文脈の共有を,AIだからこそ徹底できる。
組織のカルチャー形成や共通認識の浸透に効く使い方だという。ちなみに社内では「住吉では解像度が足りない,次のリーダー版を作ってくれ」という声も上がり,別のリーダーAIの開発が進んでいるそうだ。人間の組織で起きることが,そのままAIでも起きているわけである。
現場に入り込む羽間氏は,つまずきのパターンを分類した。経営層が自らAIに触れるようになったのは大きな前進で,解像度の高い議論ができるようになった。反面,「これくらいすぐできるだろう」と過大評価されがちな副作用も生んだ。個人で使うのと,業務に組み込んで組織を変えるのとでは,難度がまるで違うからだ。
単なるツール導入で終わらせず,業務を根本から作り直すBPR(業務プロセスの抜本改革)まで踏み込むには,経営課題として腰を据えたプロジェクトが要る。組織への浸透では,各部門で旗を振る「チャンピオン」に背番号をつけて育て,社内アワードや勉強会で盛り上げる――そんなボトムアップの空気づくりが効くという。
そして羽間氏が「厄介な壁」と呼ぶのが,日本企業のセキュリティチェックシートだ。各社が独自にカスタムしすぎるうえ,基準そのものが動き続けるため,去年は問われなかった項目が突然増えることもある。この「動くゴールポスト」が導入速度を著しく削ぐ。海外製パッケージに合わせて自社の運用を変えてしまう欧米型とは対照的で,カスタムを好む日本の良さと弱さが表裏一体になっているという。
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対する笠井氏が語ったのは,アメリカ企業の圧倒的なスピード感だ。今回のラウンドではSalesforceとSonyのCVC(事業会社によるベンチャー投資部門)から出資を受けたが,技術面の細かなデューデリジェンス(精査)はほとんどなく,議論の大半は「自社プラットフォームに実装できるか」という商業的な話に費やされたという。
細部を詰めているうちに,技術のほうが先に進化してしまう。だからこそ意思決定は速いほどよい,というのが氏の実感だ。Kotoba Technologiesはわずか18人ほどのチームながら,一人が複数のAIエージェントを従え,体感としては100人規模で動いているという。米決済スタートアップRampのレポートでも,同業種でAIを使えているか否かで成長率に差が出ているそうで,スピードの差は数字にも表れ始めている。
話題は「では人間の出番はどこか」へと移る。住吉氏は,0から事業を構想し意思決定できる人材の価値がむしろ高まると見る。AIによって情報処理の速度が上がるほど判断すべきことも増え,人間の脳の負荷はかえって上がっているからだ。計器だらけのコクピットで出力を最大化しながら操縦するような役割が求められるという。
AIが役員会議に加わって意思決定を補助すれば,特定の経営陣の負担が軽くなり,一人が複数の会社を見る体制さえ現実味を帯びてくる。
羽間氏は,物理的な制約に目を向けた。工場やフィールドで手足を動かすフィジカルな仕事は簡単には代替されない。加えて,既存の基幹システムへAIのアクセス権を与える整備が遅れているため,最後のデータ入力を人が担わざるを得ない場面も残る。AIにできないから人がやるのではなく,これまでの事情ゆえに人がやらざるを得ない――そんな領域が一定量あるのだという。
笠井氏の答えは自虐から始まった。AIの進化が速すぎて古い知識がかえって足かせになるため,自分のようなAI研究者の専門性は数年で陳腐化しかねないというのだ。一方で,顧客の現場に入り込んで課題を診断し解決へ導く「フォワードディプロイドエンジニア」や,組織を鼓舞してカルチャーを育てる「モチベーター」は,人間にしか担えない役割として残り続けると語る。
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人間の発想力の価値を示す例として氏が挙げたのが,80歳を超える校長が実践するライティング授業だ。「モナリザを目の見えない人に言葉で説明する」という課題を出し,その説明文をGeminiに読ませて絵を描かせ,元の絵とどれだけ似ているかを生徒に体験させるという。AIを採点役に使うのではなく,発想の道具として生かす。こうした使い方を考えること自体が,人間ならではの仕事なのだ。
Kotoba Technologiesが手がけるリアルタイム音声・翻訳AIは,この日の議論の伏線でもあった。実は登壇の裏側で同社のモデルが動き,登壇者の日本語を英語へ即時に変換していた。笠井氏によれば,直近のベンチマークではプロの同時通訳に匹敵する水準に達しており,技術的にはもう人間に勝ち目はないと言い切る。人間の通訳が1週間かけて予習する内容も,AIなら30分前に社内Slackのログや資料を流し込むだけで文脈を押さえてしまうからだ。
もっとも,壁が消えれば人が語学の勉強から解放される,という単純な話ではないらしい。むしろ笠井氏も住吉氏も,逆に語学学習は増えるのではないかと口をそろえた。AIを介して海外の相手と話せるようになれば,今度は直接言葉を交わしたい,友人や恋人になりたいという人間らしい欲求が湧いてくる。その「あの人と話したい」という動機づけこそ,AIには生み出せない領域だ。
議論は終盤,データの話へと収束していく。羽間氏は,多くの企業が「データをためること」自体を目的化し,データレイク構築に走った挙げ句,3年後に「さて,どう使おう」と途方に暮れる悪循環を繰り返してきたと警鐘を鳴らす。本質は,熟練者の頭の中にある暗黙知を引き出し,設計図や手書きのPDFといった雑然とした情報を,AIが扱える整ったデータへ変換する「AIレディ化」にある。
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その具体策として氏が紹介したのが「逆家庭教師」だ。AIネイティブな若手を役員に専属で付け,ベテランが持つ業務知識やニュアンスを引き出し,仕組みへ落とし込む。熟練者の暗黙知と,若手のツール活用力がペアを組めば最強になる,というわけだ。日本特有の産業構造と人口動態を踏まえた,日本ならではのモデルかもしれない。
笠井氏はアメリカの潮流を補足した。生のデータを集めるだけでなく,そこからAIが自ら「合成データ」を生成し,それをAIがフィルタリングして再学習する――そんなループを回すスケール手法が主流になりつつあるという。翻訳モデルでも,会話のコンテキストが溜まるほど後半の精度が上がる。集めて終わりではなく,いかにフィードバックのループへ組み込むかが肝になる。
最後に,各社の展望が語られた。DeNAは,あらゆるものを「AIがある前提の構造」へと置き換えていく時代と捉え,0→1の立ち上げからグロース,さらにAIによるグロースまでを回すプラットフォーム設計を強化する。属人性が薄れるからこそグローバルへ挑む好機だと見る。
エクサウィザーズが挑むのは,超高齢化と人口減少という日本の不可避な構造的課題だ。人が減ることを前提にB2B産業を再設計し,プロダクト,プラットフォーム,人材育成を組み合わせて「実装される状態」まで丸ごと引き受ける姿勢を掲げた。
Kotoba Technologiesは,日本,韓国,台湾,東南アジアで,言語/音声AIのリーディングプレイヤーを目指す。GPU調達や地政学的な緊張,主要モデルのクローズド化が進むなか,この地域で大きなAIエコシステムを築く鍵を握る一社になりたい,と締めくくった。
巨額のマネーが渦巻くアメリカと比べれば,日本の歩みは地味に映るかもしれない。だが住吉氏が最後に語ったように,環境を整え,コンテキストを注ぎ込み,泥臭く一歩ずつ既存の事業と組織を変えていく――その積み重ねの先にこそ,日本企業の勝ち筋があるのだろう。派手さより地に足のついた実装。ゲーム業界も無縁ではないこの潮流を,今後も追いかけていきたい。
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