2026年7月3日,京都で開催された「IVS 2026 KYOTO」のセッション「AIコーディングが変えるプロダクト開発とエンジニア組織の再設計」では,AIコーディング時代の開発と組織を語り合った。
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モデレーターを務めたのは,Findyの執行役員で,採用関連サービスの責任者を務める末本 充洋氏。
登壇したのは,Findy取締役CTOの佐藤 将高氏,レクター代表取締役の広木 大地氏,そしてNOT A HOTELでCTOを務める大久保 貴之氏だ。
佐藤氏はFindyを共同創業して11年目,AIツールの組織浸透を支援する「Findy AIプラス」を手がける。
広木氏はミクシィ出身で,技術と経営の間の問題を解く会社を経営しつつ,著書「エンジニアリング組織論への招待」で知られる。
大久保氏は自身の会社をZOZOへ売却した経歴を持ち,唯一無二の物件を共同所有するNOT A HOTELの開発を統括している。
「定額で使い放題の今」こそ,AIを学ぶ最大のチャンス
冒頭,末本氏が現状を整理した。ベンチャーではAIを使う前提での“AIネイティブ化”が進む一方,大手企業はガバナンスや基盤づくりといった“AIレディ”の段階にある。
プルリクエストの数は一定増えるものの,「人間の仕事が大幅に減った」「劇的に変わった」と感じる企業はまだ多くない,というのが直近の実感だという。
焦点は,プロンプトからコンテキスト,そして制約を設計する“ハーネス”へと移りつつある。
この現状に,佐藤氏は「今の時期はめちゃくちゃお得」と熱を込める。
「定額で高性能なモデルを会社の費用で使い放題という,学ぶには最高の状況。従量課金に寄っていく前に使い倒すべきです。“あの時やっておけばよかった”が,英語学習のように後で必ず来ます」
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広木氏は,使用量の“格差”を指摘した。
「Anthropicのレポートでも,社内の中央値とトップ1%では600倍以上の差がある。一口に“AIを使っている”と言っても,チャットとして使う人とエージェントとして使う人では,見える景色がまるで違う」
同じ“使っている”でも温度差が大きい以上,どの水準を目指すのか,座標をそろえる必要があるとした。大久保氏も「プランの範囲に収めて使っている会社が意外と多い。やりすぎるくらいやるのが,今は重要」と同調した。
プルリクは増えた。だが「人がレビューする」前提が壁になった
最初のテーマは,AIコーディングツールでプロダクト開発がどう変わったか。
佐藤氏はFindyの事例を,2つのフェーズに分けて示した。昨年春にエージェント型のコーディングツールを導入した当初(フェーズ1)は,プルリクエストの量はほとんど変わらず,半年ほど停滞したという。
流れが変わったのは,ある閾値を超えたフェーズ2からだ。鍵になったのは,レビューの発想の転換だった。
「人間がレビューするかどうかを,人間ではなくAIに判断させる。AIで通してよいものと,アーキテクチャなど人間が見るべき複雑なものを仕分ける仕組みを,組織全体で徹底しました」
人がレビューするのが当然という前提こそが,伸び悩みの原因だったと佐藤氏は振り返る。結果,1人あたりのプルリクエストは1日およそ5件から7.7件(約150%)へと伸びた。
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ただし,それは万能ではなかった。GoogleのDORAが示す“AIは増幅器(アンプリファイア)”という見方どおり,元々レベルの高いシニアは大きく伸びた一方,ジュニアはほとんど伸びず,むしろやり直しのプルリクエストが増えてレビュー担当者の負担が跳ね上がった例もあったという。
「最終的にお客さまに届く物量はそれほど変わらず,全体では伸び悩んだ時期もありました」
この事例に広木氏は,「移ったボトルネックに対処し,ワークフローや考え方そのものを変えるのは,やはり人間の仕事。仕事のレイヤーを一段上げて考えることが重要だ」と応じた。
大久保氏が「どこまで伸び続けるのか」と問うと,佐藤氏は「1人1日20件あたりが限界」と答える。「テックリードも,Claude Code自身に聞いても“20件が適切”と同じ答えだった。7.7件からならまだ2倍以上の伸びしろはあるが,桁は変わらない。最後は人間が限界になります」
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経営陣15人に専属エンジニア。「頭を作り変える」NOT A HOTELの賭け
続いて大久保氏が,NOT A HOTELの取り組みを紹介した。同社が踏み切ったのは,経営陣15名に専属エンジニアをつけるという一手だ。
「会社をAI化するには,まず経営陣が頭を作り変えるのが最初だと思った」
きっかけは,ある夜,大久保氏がClaude Codeの環境を経営陣にSlackで投げたことだった。
「翌朝にはみんな勝手にセットアップを始め,その日の夜には自分たちのプロダクトを作る“お祭り”が始まった」
要件を言語化する前に形にすることで,経営者自身も曖昧だった構想の解像度が上がり,「この部署も同じ課題を持っていた」といった気づきが生まれたという。
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土地探しから設計,販売,建築,ホテル運営,さらにモビリティまでを手がける同社は,多職種が“バトンを渡すように”働く。だからこそAIを入れる余地が大きいと大久保氏は言う。
掲げるのはコスト削減ではなく,「100人の会社が1万人の会社と同じことを描ける」という発想だ。「1人で100人分ではなく,100人で1万人規模のことができる世界のほうが,圧倒的にワクワクする」
大久保氏は,既存業務の一部をAIに置き換える「AX」と,仕事の定義そのものを変える「AIネイティブ」を区別する。「AXはDXのX版。AIネイティブは,ガラケーからiPhoneを発明するようなものです」象徴的なのが,数十人が3年かけて作ってきたアプリを,最も出来のよいAndroid版を手本にReact Nativeへ書き直させた事例で,「新卒がわずか3週間で,ほぼ再現してしまった」という。壊して作り直せるのはAIの強みだが,「何をもって正しいとするか,QAのコストが跳ね上がるのが,いま悩んでいるところ」と課題も率直に語った。
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AIが解くなら,人は「問題を定義する」“AIスロップ”を生まないために
2つ目のテーマは,エンジニアのスキルや役割の変化だ。会場の学生から寄せられた「技術がコモディティ化するなか,何を学ぶべきか」という問いを起点に議論が進んだ。
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「学校の問題はウェルデファインド,つまり問題文だけから答えが導ける。だからAIが得意です。でも世の中の問題はそうではない。必要な情報や判断基準を調達し,つなげて,ようやく解ける形にする必要がある」
解く部分をAIが担うなら,人間の役割は一段上がる。
「解くために必要なコンテキストは何か,どう構造を定義すれば解けるのか。その“問い”を持つことが,これからの仕事です」
広木氏が警鐘を鳴らしたのが,中身のない“それっぽい”成果物だ。
「コンテキストのないところにいきなり出力させても,空虚にそれっぽいことを言うだけ。いわゆるAIスロップ(AIが生むゴミ)を大量生産する人になってしまう」
大久保氏も「意思のないAIの出力を読まされるのは苦痛」と同意した。
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「どこでも技術は学べる。でも“何をするのか”という熱量がないと,良いものは作れない。自分で問題を定義して解くには,その領域への熱い思いが要る」
これはエンジニアに限らない,という点で3人の見解は一致した。
広木氏は,エンジニアリングを「不確実性に対する試行錯誤」と定義し,その“体力”の重要性を説く。
「うまくいかなかったら,次はこうしてみようとAIに言えばいい。その体力が続かない人は,作る人になれない。地道に積み上げ,熱量を維持し続けられるかどうかです」
大久保氏は「非エンジニアがトークン使用量で社内トップに立ち,驚くほどプロダクトを作ることもある。好奇心と熱量こそ大事」と付け加えた。
100倍の組織へ。「人を減らす」議論はビジネスを見ていない
3つ目のテーマは,AIネイティブな組織と採用戦略,そして人件費とAI費用のバランスだ。大久保氏は「ソフトウェアがコモディティ化する以上,ソフトを作れるだけでは企業の優位性(モート)にならない」と口火を切る。
「現場とデータ,垂直統合,そして壊して作り直す組織の速度。そこに複利が効いてくる部分こそがモートになる」
広木氏の主張は明快だった。
「AIが出てきたから人を減らそう,と言う人はビジネスが分かっていない。できることが増え,市場が伸びるなら,むしろ人を採りたいはず。スタートアップは未開拓の巨大市場に挑むのだから,人を減らしている場合ではない」
使える企業と使えない企業に大きな差がつく今こそ,「狭いニッチではなく,大きく取られた市場を奪い返しにいくのが最も効率がいい」と説く。
佐藤氏は「AとBのどちらか,というトレードオフに“どっちもだ”と返している」と笑う。「来週ではなく,なぜ今できないのか,と。フェーズ1,2,3の計画で“3で刈り取る”なら,今3に向かえばいい」と広木氏も重ねた。
ここで話は,やや過激な比喩にも及んだ。「AIには,一晩中“これをやっておいて”と頼んでも動き続けてくれる。人間にそんな働かせ方をしたら問題だが,AIをいかに使い倒すか,そのために必要なものを準備しておくかが問われる」と広木氏。
半ば冗談を交えつつ,人間相手には許されない働き方も,AIが相手なら発想を切り替えられる,という趣旨である。
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佐藤氏も「以前ならぎりぎり採用していた層は,今は見送る」と厳選姿勢を語り,パフォーマンスによる二極化が進んでいるとした。
広木氏は,自著でも「二極化が進む」と予言していたと振り返りつつ,こう締めた。「人間は一番高くて,しかもトップティアのAIのIQには誰もかなわない。だからこそ,安くて賢い資源を使い倒す意志を持つことが,人間の役割になる。スタートアップでAIネイティブな働き方を学べること自体が,これからの最大の福利厚生かもしれません」
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なお,トークンマネジメントのコツを問う会場質問に対して広木氏は,効率化の技法よりも上流が本質だと指摘した。
「仕事の成果は“何をするか”を決めた時点で大方決まる。誰をどこに配置するかという組織マネジメントの段階で,トークンの効き方はほぼ決まってしまう。経営者はそこを理解すべきです」
クロージングで3人が口にした言葉は,奇しくも重なった。大久保氏は「AIエンジニアには風当たりの強さも感じるが,この局面に関われるのは幸運。どうなるかワクワクしている」と語り,広木氏は「熱量が大事。このまま熱量を上げていきましょう」と短く結んだ。
最後の佐藤氏は「先に言われてしまった」と笑いつつ,やはり「熱量」を挙げた。
「熱中できるものは,学生でも社会人でも大事。熱量が失われた瞬間に,最適化も鈍る。結局は,その熱量をどう維持し続けるかという“熱量マネジメント”なのだと思います」
通して聞くと,AIコーディングの話でありながら,最後に残ったのは人間側の姿勢だった。問題を定義する力,試行錯誤を続ける体力,そして熱量。ツールが強力になるほど,それを何に向けるかが問われる,というわけだ。
もっとも,登壇者はいずれもAI活用を推し進める当事者であり,その熱量は幾分か割り引いて聞くべきかもしれない。それでも,「使うか使わないか」の議論はもう過ぎ去り,「どう組織と仕事を作り替えるか」へと現場の関心が移っていることは,確かに伝わってくるセッションだった。
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