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AIを支える5階層のケーキ。「The New AI Stack」で見えた,日本という“交差点”[IVS2026]
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印刷2026/07/03 19:22

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AIを支える5階層のケーキ。「The New AI Stack」で見えた,日本という“交差点”[IVS2026]

 スマホで「ChatGPT」に話しかけたとき,その文字列は一体どこへ飛んでいくのか。画面の向こうには,電力から海底ケーブル,GPUサーバー,巨大モデルへと連なる途方もないインフラの層が横たわっている。普段は決して見えないその“土台”を,アジアと日本の文脈で腑分けしていったのが,IVS2026で開催されたセッション「The New AI Stack: From Compute Clouds to Real-World Applications」だ。

 登壇したのは,モデレーターを務めたHeadline運営代表の田中章雄氏,AIインフラの新興勢力であるGMI CloudのCEO・Alex Yeh氏,NTTドコモの原 尚史氏,そしてリアルタイム音声AIを手がけるKotoba TechnologiesのCEO 小島熙之氏の4名。インフラの最下層からアプリケーションの最前線までを一気通貫で語り合う,密度の濃い1時間となった。

Alex Yeh氏
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原 尚史氏
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小島熙之氏
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「ソブリンAI」を一気に現実へ引き寄せた,あの一件


 多くの人にとってAIとは,「ChatGPT」や「Gemini」を指すようになってきた。だがそれらは,Yeh氏にいわせれば全体のごく一部――「5階層のケーキ」の,上から2段目に過ぎないという。

 最下層にあるのは,原子力やガスといった電力インフラだ。その電力を使える施設へと変換するデータセンターが2層目,NVIDIAから買い集めたGPUサーバーとネットワークを敷くのが3層目で,GMI Cloudが陣取るのはまさにここである。その上に「Anthropic」「OpenAI」などの基盤モデルが乗り,最上段でようやく,我々が日常的に触れるアプリケーションが動く。

 いま世界では,この土台部分の建設ラッシュが常軌を逸した規模で進んでいる。Yeh氏によれば,米国だけで2030年までに追加される電力は約30ギガワット。1ギガワットが原子力発電所およそ1基分だというから,発電所30基分がまるごとAIのために積増しされる計算だ。その1割にあたる100メガワットでも,米国の一般家庭およそ50万世帯分の年間消費電力に相当するというから,桁の大きさに眩暈がしてくる。しかも成長の勢いはアジアのほうが速い。米国の規制の厳しさを背景に,投資マネーはマレーシアやインドネシア,そして日本へと静かに流れ込んでいる。

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 このセッションで最も生々しかったのが,国家や企業が自前でAIを抱え込もうとする「ソブリンAI」をめぐる議論だ。火をつけたのは,Anthropicのモデル「Fable」へのアクセスが突如遮断された一件だと原氏はいう。日本の企業や政府が使い始めていた矢先に,利用権があっさり取り消されたのだ。

※ソブリンAI(Sovereign AI),直訳すれば「主権AI」。データやモデル,それを動かす計算資源に至るまで,自国(あるいは自社)の管理下に置こうという考え方

 ここで小島氏が,混同されがちな2つのモデルを切り分けた。特定の政府や産業に限って提供される「Mythos」は,そもそも一般公開されていない“閉じた”モデルであり,議論の軸は防衛,安全保障にある。一方の「Fable」は,本来なら消費者向けに開かれるはずのモデルだった。

 つまりFableが突きつけたのは,コンシューマ向けサービスであっても,自国内にモデルを持たなければ「たった一つの政府の判断でサービスが止まりうる」という,より身近な恐怖だ。

 Yeh氏はこれを通信になぞらえる。トークンとは「新しいインターネット」であり,やがて携帯電話の通信プランのように,人々が日々“チャージ”して使うものになる。だとすれば――自宅のWi-Fiのスイッチを,見知らぬ他人が握っていて,いつでも切れるとしたらどうか。誰かの一存で回線を落とされないために,データもモデルの重みも自国で握っておくべきだ,というのが氏の主張だ。防衛の軸と,消費者サービスの安定という軸。ソブリンAIには,この2本の柱があると小島氏は整理した。

 同じ懸念は欧州でも渦巻いている。セッションでは,先日のVivaTechで独仏の政府関係者が「軍事インテリジェンスを米国企業に丸投げはできない」と語った話が紹介され,同盟国であってなお,自前の“国産版”を持とうとする動きがあることが共有された。

 その文脈で,日本はアジア屈指の要衝として名指しされた。理由の一つが海底ケーブルだ。インターネットは雲の上ではなく海の底を走っており,そのアジア側のハブがほかならぬ日本であるとYeh氏は指摘する。韓国も中国もシンガポールも台湾も,アメリカ西海岸へはいったん日本を経由してつながっている。政治と法制度の安定も相まって,海外からの直接投資を呼び込む磁力は強いという。

 その日本で,GMI Cloudは鹿児島県に1ギガワット級の「AIファクトリー」を建設中だ。従来の10〜20メガワット級データセンターの実に100倍規模だ。水も電力もファイバーも,すべてを高負荷なGPU向けにゼロから最適化した,まさに“工場”である。台湾で第1,第2フェーズを立ち上げた実績を土台に,本命の大規模展開を日本で狙う構図だ。

 「作れば客が来るのか,供給過剰にならないのか」という田中氏の問いに,Yeh氏はきっぱりと答えた。順序は逆で,顧客の需要に押されて建てているのだ,と。クラウドを買う一方で純輸入国に甘んじてきた日本が,AIインフラの“輸出国”へ転じる目もある――そんな展望まで飛び出した。

 潮目が変わったのは昨夏だという。AIの用途は,モデルを鍛える「学習」よりも,実際に使う「推論」が上回る転換点を迎えた。長く“考えさせる”ほど回答の質は上がるが,そのぶんトークンを食う。かくして企業の最重要課題は,トークンコストとROI(投資対効果)の最適化へと移った。CFOがAI使用の予算超過に頭を抱える光景は,もはや珍しくないらしい。

 その解として繰り返し挙がったのが「オーケストレーション」だ。要は最適化のことで,すべてのタスクに高価な最先端モデルをぶつけるのではなく,難度に応じてモデルを使い分ける。簡単な処理には安価なオープンソースを,複雑な推論にだけ最上位モデルを回す。

 Yeh氏は用途で乗り物を替えるようなものだと例える。市街地であればバイクや自転車,長距離移動なら列車,といった具合だろう。

 オーケストレーションの効果は劇的だという。同氏のトークン提供サービスは直近3か月で6000%成長し,週あたり2兆トークンを処理するに至ったが,その中身はほぼすべて中国系オープンソースモデルだという。コストは最先端モデルの5%程度――すなわち95%の削減でありながら,性能面でも遜色はないと言い切る。

 速さ重視の小型タスクには「DeepSeek V4 Flash」,長文脈の複雑な推論には「GLM 5.2 Max」といった使い分けが,世界的に広がっているそうだ。

 もっとも小島氏は,ここに冷や水も浴びせる。首位に立った企業は,あえてオープンソース化する動機を失う。中国勢がこの先も気前よく公開し続けるとは限らない――だからこそ話はソブリンAIへ戻るのだと。

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AIアプリケーション最前線で起きていること


 トークンが経済の単位になりつつある兆候は,決済の現場にも表れている。小島氏がサンフランシスコでのぞいたStripeの年次カンファレンスでは,トークン単位での課金に対応すべく,1トークンごとにリアルタイムで支払いが発生する“ストリーミング決済”が模索されていたという。「正直ちょっと怖い」と氏は笑うが,複雑で知性を要するタスクほど高く課金できるこの構造は,リアルタイムAIを売る同社にとって追い風でもある。技術の進歩が,そのまま値づけの発明を迫っているわけだ。

 では最上段のアプリケーションで,いま何が起きているのだろうか。音声AIを手がける小島氏が具体例に挙げたのが,コールセンターだ。

 日本市場では,AIは単なる人員削減の道具というより,採用難と外注費高騰を補う「省力化」の切り札として期待されている。日本企業の多くは自前で窓口を抱えず,コールセンター業務を外注しているが,音声AIの売り手からすれば,その受け皿が日本企業だろうと新興のアメリカ企業だろうと大差はない。だからこそ,評価額100億ドル超の巨大スタートアップの自動化企業までもがこぞって東アジア進出を狙う――そんなアメリカ発の波が,日本勢に相当な圧力をかけるだろうと小島氏は予測する。

 勝敗を分けるのは,顧客名や商品名を正確に発音できるかといったローカライゼーションであり,やがては価格勝負になるそうだ。

 議論が最も沸いたのは,AIが誤った際の責任をめぐるやり取りである。「過激な答えと,保守的な答え,両方お見せしましょう」という前振りののち,小島氏が放ったのは「Let it go」の一言だった。ソフトウェア業界はバグ入りのまま製品を出荷し続けてきたし,AIが書いたコードすら半年後には誰もチェックしなくなる,という理屈だ。

 対する原氏は,大企業側らしい現実的な均衡を示す。意思決定を除けば,AIはほぼ何でもできる――というのが氏の見立てだ。たとえばドコモが手がける「自律的なネットワーク設計」では,かつて人手でログを読み,中央のシニアエンジニアがパラメータを直していた作業を,基地局のAIが自ら判断して調整するようになった。運用コストは大きく下がり,ログを睨んでいた技術者たちは,より人間らしい仕事へと配置換えされたという。

 それでも,設定を実際に投入する直前には,やはり人間が最終確認を行う。最後の判断だけは人が下すべきだ――と原氏は結んだ。すかさず田中氏が「そうすれば,少なくとも責任を押しつける相手ができますからね」と落として,会場を沸かせた。

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 セッションの締めくくりに,登壇者はそれぞれ日本の強みと弱みを一言ずつ挙げた。Yeh氏は強みに「電力とファイバー網の充実,安定性」を,弱みに「動きが慎重すぎること」を。原氏は「ロボティクスに宿る文化と経験」を強みに挙げつつ,弱みには「自信の欠如」を口にした。小島氏が指した強みは「米中デカップリングという地政学的な追い風」,弱みは「最先端モデルを作れる人材の不足」だ。

 自前で基盤モデルを一から学習すべきかという来場者の問いには,4氏の答えがきれいに揃った。スクラッチ学習は途方もない金食い虫であり,まずは優れたオープンソースでMVP(実用最小限の製品)を作って顧客をつかむ。事業が育ってから,微調整で残りの数%を詰めればいい――というものだ。

 海底の光ファイバーから深夜のチャット相手まで,AIという水道はいまや我々の生活の真下を走っている。その蛇口を誰が握るのか。ゲームを遊ぶ我々にとってもけっして他人事ではない。

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