2017年6月24日に掲載した記事でもお伝えしたように,6月24日と25日,イギリスのボービントンにある博物館
「The Tank Museum」(以下,ボービントン戦車博物館)で
「Tankfest 2017」と題されたイベントが開催された。
「World of Tanks」や
「World of Warships」などのタイトルをサービス中のWargaming.netがスポンサーとなったこのイベントでは,
60両以上の戦車が実際に稼働する(もちろん第二次世界大戦期の戦車も含まれる)という。もともとボービントン戦車博物館は戦車マニアの聖地の1つでもあるため,ファンなら垂涎モノ,一生に一度でいいから参加したいイベントなのだ。
博物館の駐車場に隣接するようにして置かれたチャーチル歩兵戦車。こうしてみると,日常の風景に割と溶け込んでいる
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さらに,今回の「Tankfest 2017」では,普段は限定的にしか公開されていない
保管庫も開放されており,「これって実在してたんだ!」的なマイナー戦車を間近で拝むこともできた。
というわけで,以下「Tankfest 2017」の模様を,写真多めでお届けしたい。さらに,ボービントン戦車博物館の館長である
David Willey氏へのインタビューも合わせて掲載するので,興味のある人はぜひ読んでほしい。
戦車兵のモニュメント
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ボービントン,秘密の保管庫の中はこんな感じだった
さて,まずは普段だと遠巻きに見るしかない保管庫の内部から見ていくとしよう。普段はフロアに展示されていないレアな車両に,軽く腰を抜かす読者も少なくないだろう。
こちらが戦車の保管庫
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保管庫を俯瞰したところ。これだけでも圧倒される風景ではある
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保管庫の1階はこんな感じ。「所狭しと戦車が並んでいる」以外に表現しようがない非日常の世界
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カノーネンヤークトパンツァー。「World of Tanks」ではプレミアム戦車だが,現在は購入できない。扱いの難しい駆逐戦車だが,筆者を含めて密かに愛用してる人も多いはずだ
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(左)ハリド主力戦車。チーフテンのイラン向け仕様のシール1を,ヨルダンが「ハリド」として採用した。(右)T-54戦車。T-55と共に一時代を作った戦車といえる
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(左)Strv m/40L。「World of Tanks」ではTier 3の重戦車だ。(右)T14戦車。本当にこんな形してるんだ的な感慨が浮かぶ
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(左)保管庫の一部にはWargaming.netのブースがあり,イベント当日には長蛇の列ができた。(右)燃料を積んだままの戦車も多い
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FV4004 Conway。「World of Tanks」ではイギリスのTier 9の駆逐戦車。ゲーム中よりイケメンに見える気がする
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FV4202。かつてはイギリスのTier 10戦車だったが,今ではTier 8のプレミアム戦車となっている。筆者はこれを見た瞬間に「あっ,これFV4202だ」と判断できたが,冷静に考えると「World of Tanks」のおかげ以外のナニモノでもない
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標的用に改修されたという車両。乗員が乗る部分の装甲が徹底的に強化されているとはいえ,乗っている人は生きた心地もしないのではなかろうか
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各種エンジンがむき出し状態で置かれている。この手のメカが好きな人なら,ずっと見ていられるだろう
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(左)チャーチル歩兵戦車をベースにした特殊工作車両,チャーチルAVRE。(右)「鹵獲してきたぜ!」という雰囲気を漂わせるBMP-1歩兵戦闘車
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ドイツのマルダー歩兵戦闘車,のプロトタイプ
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(左)巡航戦車 Mk.I。ゴテゴテしているが,すでにこの頃から,クルセーダー巡航戦車あたりに引き継がれるデザインの萌芽が見て取れる。(右)ロシアでも見た,ルノー UE
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ルノー UEの搭乗者は,エンジンと隣合わせで座る。暑いなんてものじゃなかろう
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1970年代まで生産が続けられたフランスの主力戦車,AMX-30B2
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(左)ヴィッカース・アームストロングがオランダやインド向けに制作した輸出用戦車。(右)会場のあちこちに「World of Tanks」の旗がハタハタとはためく
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レオパルト2に試乗!
保管庫を終えたところで,次は
「レオパルト2に試乗できる」という特別イベントが行われた。ちなみにこれ,プレス向けの特別なイベントかな? と思っていたら,イベント当日にも普通に一般客を乗せて走っていた。とはいえ,ボービントン戦車博物館に行けばいつでもやっている,というものではないみたいだ。
写真を見てもらえばお分かりのように,レオパルト2としては何かが足りない……そうだ,砲塔だ。と,必要以上にわざとらしい気がするが,これはもともとオランダ軍のレオパルト2A4の砲塔を取り外し,
観光用にモデルチェンジしたという車両だ。
ホコリがすごいので,乗る人はゴーグルの着用を求められる
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砂塵を上げて爆走するレオパルト2A4観光仕様。なんとも不思議な風景
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ボービントン戦車博物館,館長に聞く
さて,もう戦車でおなかいっぱいという人のために,ここでボービントン戦車博物館の館長であるDavid Willey氏のインタビューをお届けしたい。戦車好きにとって天職とも言える
「戦車博物館の館長」という仕事だが,実際にはどのような苦労があるのだろうか?
ボービントン戦車博物館の館長 David Willey氏
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戦車博物館の館長という仕事は,どのような仕事なのでしょうか。
David Willey氏(以下,Willey氏):
まずはこの博物館のコレクションを管理維持しつつ,博物館より良いものにしていくために何をすべきかを考え,実行する。基本的には,そういう仕事ですが,さらに,教育も私の重要な役割の1つになっています。このボービントン戦車博物館はイギリス陸軍の駐屯地に隣接していますので,戦車の扱い方や歴史などについて兵士に教える,ということもしているんです。ときには,海外から来た兵士に戦車のことを教える場合もありますね。
そのうえで,どうしたら来場者により楽しんでもらえるようにするか,というのも重要な課題ですが,これについては,私はスタッフとのコミュニケーションが重要だと考えています。
博物館のキュレーター達は,自分が研究する対象について情熱的でなくてはなりません。当館で言えば,戦車に対する絶えざる興味と想像力が必要なのです。そして,その情熱をもとに,彼らはそれぞれ,どうしたら来場者がまたここに来たいと思ってくれるのか,どうしたら来場者をより楽しませられるのかという点について,たくさんのアイデアを蓄えています。
そういったアイデアを,スタッフたちから読み取り,彼らが仕事にかける情熱を来場者の人達にも知ってもらう。このことは,館長としてとても大事な仕事だと考えています。
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これまでたくさんの戦車をレストアしてきたと思いますが,思い出深い車両があったら教えてください。
Willey氏:
タイガーの砲塔にまたがっている少年が,David Willey氏であるという
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博物館としては,やはり
タイガー131のレストアが大きな事業でしたね。世界で唯一稼働するタイガーを復元できたことで,それを動かすイベントにたくさんの人が訪れるようになりましたから。
タイガー131は私が子供の頃からこの博物館に所蔵されていた有名な車両ですが,実際に動くとなると,話題の大きさが違います。ただ,これはあくまで博物館としては,という話です。
私個人でお話しするなら,やはり
ハンバー・スカウトカーです。これはとても小さな装甲車なのですが,非常に印象的なストーリーを持っているんですよ。この装甲車に乗っていた,元兵士の人から話を聞いたことがありますが,その人はノルマンディー上陸作戦のときにハンバー・スカウトカーを運転していたそうです。夜間偵察で,周囲は真っ暗。なんとか基地に帰り着いたと思ったとき,一緒に乗っていた上官が「絶対にエンジンを切るなよ」とささやいたんですね。
不思議に思って周囲を見ると,なんとそこはドイツ軍の基地だったんです。結局,命からがら逃げ出すことに成功しましたが,彼は「こいつ(ハンバー・スカウトカー)が自分の命を救ってくれた」と語っていました。
私は車両そのものだけでなく,それぞれの
車両が持つストーリーが大切だと考えています。タイガー131にしても,この車両の鹵獲に立ち会った人から話を聞きましたし,また当時タイガーと戦った人からも話を聞けました。それらは,本にまとめて紹介しています。
このように,当館のスタッフは皆,車両の技術的なスペックだけでなく,それぞれの車両が持つストーリーや,それぞれの車両と人との関わりを大切に思っています。このため,スタッフごとに思い入れの強い車両もまた違ってきますね。
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ここ数年で展示に加わった戦車の中に,「これは」という車両があれば教えてください。
Willey氏:
T-34/76でしょうね。これはフィンランドから借りているもので,車両としては非常にありふれています。実際,イギリスは第二次世界大戦中にソ連から研究用にT-34/76をもらいました。
しかし,T-34/85を新たに研究用車両としてもらい受けることが決まったとき,旧式のT-34/76はすべて処分されてしまったんです。ですので,現在展示されているT-34/76は,イギリスにおける戦車研究の歴史のミッシングリンクを埋める一台となっているわけです。
――
先程,タイガー131の復元が大きなプロジェクトとなったと聞きましたが,タイガー戦車は第二次世界大戦中の敵国の戦車です。言うまでもなく,戦友をタイガーに殺されたという人もいるかと思いますが,復元に反対する声は出なかったのでしょうか。
Willey氏:
かつてタイガーと戦った兵士が,時を経て再びタイガーと対面する
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イギリス国内から反対の声は出ませんでした。むしろこれをレストアすることによって,タイガーと対峙してきた人々がいかに勇敢であったかを理解できるようになります。我々は,歴史の新たな物語を提供できたとも考えています。
ちなみに,タイガーを製造していたドイツの工場からは,「レストアされたと知りたくなかった」「恥ずかしいと感じる」という反応をもらいました。これもまた,とても興味深いことだと思います。
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「Tankfest 2017」は非常に大がかりなイベントです。このイベントを楽しむには,どのような心がまえで参加すればいいでしょうか。
Willey氏:
イベントの最大の目玉は,
「戦車が実際に稼働する」ということです。最新鋭の戦車も登場しますが,歴史的な車両もまた動かしますので,それらをしっかり見てほしいと思います。
また,余裕ができたら,実際に動く戦車を眺めている観客の表情にも注目してください。これまでゲームやプラモデルでしか見たことがなかった戦車が,実際に目の前を走っていく。知識としてだけ知っていたものが実物と一致するその瞬間の,興奮に満ちた表情は,本当に見ものです。
なお,Tankfestの期間以外でも,博物館は10:00から17:00まで営業しています。展示をゆっくりと見たい場合は,平日に来館するのもいいと思いますよ。
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お忙しいところ,ありがとうございました。
これがTankfestだ!
ここで,いよいよ「Tankfest 2017」がどんなイベントなのか,写真を中心に紹介しよう。メインとなるのはアリーナと呼ばれる大きなグラウンドを走り回る戦車達だが,実はそれ以外にも見どころは多いのだ。
軍の駐屯地が隣接しているので,本職の人々もあちこちにいる
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(左)1945年以降に戦死した戦車兵の慰霊碑があり,また館内には,第一次世界大戦から続く,戦死した戦車兵の台帳が存在する。(右)これからアリーナに出場する戦車の駐機場
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スイスのPz.61主力戦車
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(左)第一次世界大戦における帝政ドイツの戦車,A7V。稼働するが,さすがに内部は完全に別物。(右)マーク IV戦車。こちらも稼働する
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ヤークトパンター。稼働するのだがリハーサルでギアボックスにトラブルが発生した模様。そのため,コイツが実際に動いているところは見られなかった。無念だ
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こんな感じでリエナクトメントが行われたらしい。これも時間の都合で見ることができなかった
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映画「フューリー」で使われたというM4A3E8
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III号戦車と,その中身
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(左)子供が遊ぶ場所にも事欠かない。実際,小さな子供達は,戦車はともかく装輪装甲車や兵員輸送車には割とすぐに飽きてしまう。気持ちは,分からないでもない。(右)開会の挨拶
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いよいよ,アリーナで戦車が動き始める
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偵察車両が続々と。このあたりでお子様達は飽きるが,大きなお友達は大興奮
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M4A3E8が走る
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冷戦期の名車が走る
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ゲームの中以外で走るのは初めて見るPz.61
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戦車回収車。まあその,盛り上がりが一部の人に限定されるのは仕方ない。筆者はとても好きだ
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続いては,第二次世界大戦前の戦車
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(左)会場のアナウンスでも,「オモチャのようだ」と言われていた。(右)このあたりの車両は,大変ゆっくり移動していく
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砲塔の「耳」が特徴的なセンチュリオン主力戦車。ちなみにこのあと,ドイツ戦車の出番となったのだが,遺憾ながらここで取材陣はタイムアップ。全部見たい人は来年のチケットを予約しよう
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国民突撃隊のリエナクトメント。必要以上にリアル
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第一次世界大戦のリエナクトメント。ご婦人方が後方でお茶会を開いているところまで含めて再現
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戦車マニアのための「お祭り」
「Tankfest 2017」で感じたのは,このイベントが文字どおり
“お祭り”であることだ。日本で似たようなイベントとしては,陸上自衛隊の総合火力演習があるが,Tankfestはあくまで博物館が主催するカジュアルなお祭りで,集まった観客たちもより気楽にショーを楽しむような空気があった。
戦車が走り回るメイン会場となるアリーナには芝生のスロープが設けられ,多くの観客はそこにシートを広げたり,野外用の椅子を置いたりと,雰囲気的には,ピクニックと呼ぶにふさわしい楽しみ方だ。
会場はけして交通の便の良いところではなく,宿泊施設にもかなり難儀する。また,チケットの入手は相当に困難とも聞く。今回も前売りのチケットは完売で,当日ふらりと参加するのは基本的に無理だ。しかし,戦車好きであればいつかは,そして一度は,このお祭りを楽しみにイギリスを訪れてみたい。