ミートたけし / 川村 竜 / ベーシスト,作編曲家 ,ストリーマー
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第30回:記念すべき第30回に綴る梅原大吾
4月に入り,格ゲー業界を中心に人々の関心を強烈に引きつけ,話題騒然となっていた梅原大吾氏とMenaRD氏の真剣勝負「獣道」。
この記事が掲載されるときには,その歴史的対決の勝敗は決している。楽しみでもあり,恐ろしくもある。このタイミングでしか書けないことがある。書いておきたいことがある。
付き合いこそまだ数年程度のものではあるが,梅原大吾という男に間違いなく人生を変えられた人間の心の記録として,皆さんにも読んでもらいたい。
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出会いは突然訪れ,それは無かったものとされる
格ゲー業界に疎かった私でも,「ダイゴウメハラ」の名前は知っていた。初めて彼を見たのは,慶應義塾大学での講義の動画だった。続いて「えいたをプロゲーマーにする!」という趣旨の動画を見て,とても面白い思考の人だなと引きつけられた。界隈に身を投じさせてもらってからは,その名の持つ影響力というものを都度感じるようになった。
そんなウメさんと初めて会ったのは,ふ〜どの結婚式だった。向こうも自分のことを知っていてくれて(後ほど発覚するが,「音楽業界からすり寄ってきた謎の男」としてだが),15分ほど立ち話をして初邂逅(かいこう)を終えた。
そしてその数週間後。当時盛んにウメさんが行っていた散歩雑談を見ていると,我が家から500メートルくらいの場所を彼が歩いているではないか。関係性がゼロだったら「おー,近くにいるのか」くらいで終わったが,せっかく先日お話しさせていただいたこともあり,いわゆる配信凸をしてみた。
だがしかし,様子が変だった。明らかに彼が私を見る目は,初対面の人間を見る目だった。いや,むしろ不審者を見るそれだったようにも思える。会話の端々に警戒心や壁のようなものも感じ,「これはまずいな」とすぐさまその場を後にした。
帰りながら配信の続きを見ていると,スマホの中のウメさんはこう言った。
「ミートさん,初めて会ったわー」
すぐさま,ふ〜どに連絡をとった。「ウメさんって酔っ払っていると記憶ない人? っていうか,結婚式のときって酔っ払ってた?」と。
すると,ふ〜どからすぐに返信が来た。「そうっすね。あと,酔っ払ってましたね」と。
私の梅原大吾との初邂逅は,数週間前の結婚式ではなくこの日ということになった。
その後,リスナーの「ミートさんちへ行こう」というコメントを拾い,ウメさんはコメント欄で私にナビゲートされ我が家まで来た。これはこれですごいフットワークの軽さだな,とも思った。
ラスベガスで過ごしたあの夜
2023年にラスベガスで開催されたEVO(Evolution Championship Series)。ちょうどいいタイミングでワシントンD.C.にて講義を行っていたので,そのままラスベガスに向かうことにした。
1週間ほどの滞在の間,ウメさんの部屋にみんなで入り浸っていた。プロゲーマー達の練習を間近で見られたのはもちろんのこと,買い出しや食事,EVO場内の移動など,常に一緒にいたのは良い思い出だ。
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そのなかでも印象深い時間があった。EVO自体のスケジュールも終え,軽く食事をしてホテルに戻ったとき,ウメさんから「もう少しどっか行きますかー」と言われ,2人で深夜でも空いているベトナム料理店に入った。
なんだかんだ2人きりで話すのは珍しかったので,話は自然と,みんながいるときには話さないようなディープなものになった。常々ウメさんに対して思っていたことを聞くことができた。
ウメハラダイゴという,この業界においての価値は不動のものだと思う。彼が歩いてきた道や功績というものは揺るぐことはない。
であるがゆえに,かなり乱暴な言い方になってしまうが,たとえば今回のような大きな大会で優勝しようがしなかろうが,根本的なウメさんの価値というものは大きく変動しないだろう。
それでもこうやって戦い続けるためには,一体どうやってモチベーションを保っているのだろうか。そう質問を投げかけると,ウメさんは少し黙った後に「好きだから,これしかないからでしょうね」と言った。
愚問だった。彼と話した後は,必ずと言っていいほど音楽へのモチベーションが上がる。どんな世界的なミュージシャンと話したり,共演を重ねたりするよりも,ウメハラダイゴとの会話が私を音楽家へと引き戻す。これはとても面白いことだといつも思う。
俺はお前を迎え入れる準備はできている
その後もさまざまな企画に声をかけてもらい,この数年,本当に楽しい時間を過ごさせてもらった。4Gamerでも対談が実現しているのでそちらもご覧いただきたい。
[インタビュー]あの“ウメハラ”はなぜ135万円のベースを買ったのか。仕掛け人のミートたけしこと川村 竜さんと,そのあたりのいきさつや仕事論などを語り合ってもらった
今夏,ミートたけしこと川村 竜さんのナビゲートで,梅原大吾氏が135万円のベースを購入するという動画が話題を呼んだ。“格ゲー”という共通項はあるにせよ,フィールドの違う舞台で世界を相手に活躍してきたこの二人が,なぜこんな大きな買い物を一緒にするまで親交を深めるに至ったのか。今回,そのいきさつなどを語り合ってもらった。
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- 編集部:TeT
- カメラマン:増田雄介
しかし私自身が「ストリートファイター6」をプレイしていないため,表立ってウメさんをはじめ,格ゲーマーたちと絡むことも少なくなっていった頃,深夜に1通のLINEがウメさんから届いた。
「カラオケ大会を始めます」
なるほどと思い,私が「審査員でもやればいいすか?」と送ると,驚愕の一言が返ってきた。
「歌え」
取得したばかりの免許で車に乗り込み,30分後には私は宴の席にいた。もはや今夜の記憶は明日に引き継がれることはないであろう様子のウメさんは,曇りなき眼でこう言ってきた。
「お前の魂の一曲を俺に聴かせろ! 魂の一曲だ! 俺が知ってる曲とか好きそうな曲とかそんなのはどうでもいい!」
あい分かった。ウメさん世代に刺さる曲とかそんなものは考えずに,俺が一番好きで歌いたい曲を探そうとタブレットを手に取った。するとウメさんはこう言った。
「でも俺は1981年生まれだからな?」
ウメさん世代に刺さる曲に変えた。アニメ「幽☆遊☆白書」のエンディングテーマ,「太陽がまた輝くとき」を心を込めて熱唱した。
彼は大変喜びながらもこう言った。
「めっちゃ刺さる! 刺さったけど,刺そうとしてくるのが腹立つ!」
私は悟った。これは「ガー不(ガード不能)」だ,と。だがこの日,彼が私に伝えたかったのはこの後の話だった。
「俺はお前がどんだけベースがすごかろうが,曲がすごかろうが,地位とか名誉とかそんなことはどうだっていい。裸になれ! そうしたら俺たちにはお前を迎え入れる準備はできている!」
なんてこった。ブッ刺しにきた。ブッ刺さった。頭をガツンと殴られたような衝撃を私に与えたウメさんは,「15分寝る!」と言って横になり,ついぞ起きることはなかった。
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獣道に自分の道が交差したあの日
Zoom飲みをしていた2026年某日。今回の「獣道」の話を聞いた。PV制作の松浦亮太氏から,この獣道のPVを自主制作で作ろうと考えている,と。どこから頼まれるでもなく,あくまでも自主制作で,と。
みなまで言うな。このセリフを人生で吐くときが来るとは思わなかった。ウメさんが,松浦さんが,私の音楽を必要としてくれている。同じ船に乗せようとしてくれている。冗談抜きで,この日のために音楽をやっていたのだとさえ思った。
人と人のつながりは,過ごした年月がすべてではない。その密度にこそ価値があり意味があると思っている。とはいえ,一般的にその年月で判断する人々がいることも理解できる。
であるがゆえに,私はウメさんに,格ゲーシーンに手放しで飛び込むことをちゅうちょしている部分はあった。きっと関係性の長いミュージシャンや,今が旬でこのイベントを盛り上げるアーティストはほかにもいるだろう。
だが彼らは私に声をかけてくれた。自分が今まで音楽とともに歩んできた道が,獣道に合流した瞬間だった。これまでさまざまな媒体で獣道のことを話させていただく機会があったが,今一度,うそ偽りのない言葉を最後に記しておく。「この日のために生きてきた」と。
冒頭にも書いたが,このコラムがアップされる頃には,今回の獣道の勝敗は決している。新たな歴史の1ページはめくられている。勝っても負けても,なんて卑きょうな言葉を使うつもりはない。
勝て。勝ってくれウメさん。
今まで私を守ってくれていた世界の平和よ。今度ばかりは私を守らなくていい。ウメさんの勝利を共に願い,共に見届けよう。


















