業界動向
Access Accepted第708回:欧米ゲームパブリッシャが正念場を迎えた2021年を総括
2021年を振り返ってみると,新世代ゲーム機が発売されて1年という本来なら盛り上がってしかるべきチャンスだったにも関わらず,あまり印象に残る新作がリリースされたという印象がない。思い返せば,例年なら新作ゲームについての多くの話題を提供してくれる欧米ゲームパブリッシャの,さまざまな不祥事や失敗が明るみに出た1年であった。
地味な今年のゲームシーンを賑わせたのは?
もはや恒例となった「The Game Awards」も終わり,欧米のゲーム業界にはもう,今年が終わったような雰囲気も出始めている。一方で仕事や学業に忙しく,遊べていないゲームは年末年始に,なんて考えているゲーマーも多いのではないだろうか。各販売サイトのウィンターセールを楽しみにしつつ,学生であれ社会人ゲーマーであれ,しっかりと年の瀬を乗り切りたいところだ。
2021年を振り返ってみると,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響が長引くことで,従業員が在宅勤務を行うという統率の取りづらい状況で多くのプロジェクトが発売延期となったり,中途半端な状態のままでリリースされたりという事態が発生し,ゲーマーにとっては,あまりいい印象のなかった一年に感じられたのではないだろうか。
プラットフォームホルダー“御三家”の,特に新世代ゲーム機を市場投入して間もないばかりのソニー・インタラクティブエンタテインメントとMicrosoftは半導体不足でハードウェアの供給量を増やせないためか,広告などで大々的に宣伝することさえも控えているような状況だが,MicrosoftはXbox Series X|Sに,「Psychonauts 2」「Microsoft Flight Simulator」「Forza Horizon 5」,そして「Halo: Infinite」と,エクスクルーシブを含む大型タイトルを順調に送り出すことで,ハードを盛り上げた。
ソフトウェア関連に話を移すと,今年のゲーム業界ニュースは,特に欧米の大手“サードパーティパブリッシャの御三家”とも言える,Activision Blizzard,Electronic Arts,そしてUbisoftに良い意味でも悪い意味でも振り回された1年だった。それぞれ,「コール オブ デューティ: ヴァンガード」「バトルフィールド 2042」,そして「ファークライ 6」という,看板タイトルの最新作をリリースしているが,どのタイトルも,メタクリティック(外部リンク)におけるファンからの評価は低い。開発チームの方向性についてファンが“これじゃない感”を敏感に感じ取っているようで,無難に収まりがちなメディアやコンテンツクリエイターの評価とは,随分と乖離してしまっているようだ。
そうしたゲームに対する評価の悪さは,企業のイメージにも連動しているものだが,この大手パブリッシャ3社が,今年は“ゲーム以外のところ”で業界に多くの話題を提供したことは,当連載の読者の皆さんならよくご存知のことだろう。あまりにもネガティブなイメージが強いニュースが多かったが,今回はそれらをまとめてゲーム業界を良くも悪くも賑わせたニュースを総括しておきたい。
セクハラ問題が常態化したActivision Blizzardの行方
7月22日に,カリフォルニア州政府の行政機関である公正雇用住宅局(California Department of Fair Employment and Housing,以下DFEH)が2年半という調査を重ね,その結果としてActivision Blizzardを相手取ってセクシャルハラスメントに関する訴訟を起こしたことで,同社や傘下の開発チームが揺れた。この問題については「第693回:州政府機関から告訴されたActivision Blizzard」(関連リンク)や「第706回:セクハラ問題に揺れるActivision Blizzard。BlizzardのみならずActivisionにも疑惑の影」(関連リンク)などで,当連載でも何度か取り上げているとおりだ。
LGBTQ問題に積極的だったはずのBlizzard Entertainmentには,特に古参の幹部の間には,「男子サークル的文化」(Dude Culture)と告訴で形容される,女性従業員に対する肉体関係の強要から盗撮までの卑劣な行為があったことが暴かれ,物議をかもした。さらには,Activision BlizzardのCEOであるボビー・コティック(Bobby Kotick)氏ほかの経営陣が,ハラスメントを受けた従業員の訴えを握りつぶしていたという疑惑で引責問題にも発展しているばかりか,Activision側の開発チームで,「コール オブ デューティ: ヴァンガード」を担当したSledgehammer Gamesにまでセクハラ疑惑が飛び火している状況だ。
この問題の震源地である「World of Warcraft」の開発メンバーでありながら,Hazelnuttygamesというストリーマーとしても有名なヘーゼル・ナティ(Hazel Nutty)氏は,今ではABK (Activision Blizzard & King.comの略称)の内情をほぼリアルタイムで語る貴重な存在として注目されている。最近ではABKの従業員全員に書類が配られ,十分な署名を集めることができれば労働者組合が発足することになると,YouTube(外部リンク)で語っている。
2022年以降も業界のホットトピックの1つとなるのは確実だが,果たして「経営者vs.従業員」の戦いは来年,どのような展開を見せていくことになるのだろうか。
看板タイトルで迷走するElectronic Arts
Electronic Artsの看板タイトルと言えば,2002年から続くミリタリーFPS「バトルフィールド」だ。翌年の2003年にスタートしたActivisionの「コール オブ デューティ」が,小さ目のマップでスピーディなアクションに傾倒しているのに対して,「バトルフィールド」は大規模な戦場でチームワークを重視したプレイが楽しめることで,長年のファンも多い。
しかし,「バトルフィールド 2042」のローンチは,AAA級ゲームにガチャ要素を盛り込んだ“ルートボックス問題”で非難された「Star Wars バトルフロント II」,そして第2次世界大戦に女性兵士たちが多く駆け回るという,誤ったポリコレ(political correctness)対応が反感を買うことになった「バトルフィールド V」を超えるほどの大惨事になってしまった。それは,ビジネスモデルやイメージ先行型の非難とは異なっており,発売時から存在する数多くのバグだったり,前作では存在した良い機能が消えていたりといった,ゲームそのものにあった問題に起因するぶんタチが悪い。
バグについては,ローンチ以降に何度もホットパッチやアップデートが繰り返されてるようだが,それがさらに新たなバグの原因になることもあり,3歩進んで2歩下がるような状態で,まだまだ改善したとは言い難い状況だ。
そうした状況からか,これまでシリーズの開発を一手に担っていたEA DICEに大きなメスが入れられ,ゼネラルマネージャーであるオスカー・ガブリエルソン(Oskar Gabrielson)氏が退社するというニュース(関連記事)が報じられ,今後は「Apex Legends」や「Titanfall」シリーズなどで知られるRespawn Entertainmentが開発を主導していくことが明らかになった。
同社を率いるヴィンス・ザンペラ(Vince Zampella)氏は,Infinity Ward時代に「コール オブ デューティ」を生み出したキーパーソンの1人でもある。ただし,今後推進されていくことになる“バトルフィールドユニバース”の構築に対して,ゲーマーコミュニティからは賛否どちらの意見もあるようだ。
Respawn Entertainmentと言えば,最近では2022年3月1日を以って「Titanfall」のサービスが終了することがアナウンス(関連記事)されているが,Electronic Artsのライブサービスに対する足切りの早さは少々気になるところではある。さらに,当連載の「第701回:EA SportsからFIFAブランドが消える日」(関連リンク)でも紹介したように,同社と国際サッカー連盟(Federation Internationale de Football Association)との名称利用権の交渉はうまく行っておらず,次回作は異なる名称になっていることもあり得る。「Apex Legends」が好調とは言え,名の知れた多くのゲームを擁するElectronic Artsにとって,頭痛の種は多いようだ。
Ubisoft Entertainment,その他のヨーロッパ企業にも問題が
Activision Blizzardの州政府からの告訴という大ニュースの影に隠れていたものの,Ubisoft Entertainmentも,セクシュアルハラスメント問題に揺れている。その発端は,「アサシンクリード ブラックフラッグ」以降で開発の陣頭指揮を執っていた,Ubisoft Montrealのクリエイティブ・ディレクターが,既婚であることを隠してファンと交際していたことがストリーマーによって告発されたことに始まる。その後の同社の自主調査によると,従業員の4人に1人が,ハラスメントの被害を受けたか,その様子を目撃したことがあると答えた。
これについてUbisoft Entertainmentを創業した5人兄弟の末弟であり,長らくCEOとして同社を成長させてきたイブ・ギルモ(Yves Guillemot)氏は,謝罪と改善を訴えるコメントをリリース(外部リンク)した。
しかし,そうした問題は広範囲に起きていたようで,2021年7月にはパリの本社にいたチーフ・クリエイティブ・オフィサー,人事部門のトップ,そしてカナダの開発を統率していたマネージング・ディレクターなどの古参の上級幹部たちが,セクハラや雇用法違反の疑いなどで次々と退職。8月にはシンガポールの支部でも性的,そして人種的なハラスメントがあったと現地政府が調査に入っていることが判明するなど,相当に根深い問題であることが明らかになっている。
フランスでは労働組合の力が強く,ゲーム開発者たちもしっかりと保護されている印象がある。Ubisoftの問題はゲーム産業の労働組合「Solidaires Informatique Jeu Video」は声明の中で,ギルモ氏の責任も追及する構えを見せている。
パブリッシャとしては中堅であるものの,スウェーデンのParadox Entertainmentも,労働環境の悪さが指摘されている。同社は,2018年に創業者であったフレデリック・ウェスター(Fredrik Wester)氏が経営権のない会長職に退き,新たなCEOとして女性役員だったエバ・ユングルード(Ebba Ljungerud)氏が2代目CEOとして就任していたが,今年8月には「企業戦略への見方の違い」という理由からユングルード氏が辞職し,ウェスター氏が再びCEO職に返り咲くこととなった。
この直後,スウェーデンの労働組合が400人というParadox Entertainmentの全従業員に対する調査を行ったところ,26%という比率の女性従業員のうち,実に44%が就業中に何らかの差別やハラスメントを受けたことが明らかとなったことが,地元メディアのBreakIt(外部リンク)で報じられた。ユングルード氏辞職との関連性は指摘されておらず,すでに2020年の時点からParadox Entertainmentは和解の方向を模索していたことはGameIndustry.biz英語版(外部リンク)でも報じられているが,労働問題や女性の社会進出が進んでいる印象のヨーロッパでさえ,こうした問題は簡単にはなくならないようだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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