業界動向
Access Accepted第698回:開発スタジオの買収を進めるプラットフォーマーの狙い
ソニー・インタラクティブエンタテインメントが,イギリスのリバプールを拠点にするFirespriteという,あまり聞き慣れないメーカーを買収した。マイクロソフトが買収したBethesda Softworksをはじめ,ここのところゲーム業界では企業買収が続いている。今回はそうした企業買収におけるプラットフォームホルダーの動向を探ってみたい
買収を進めるMicrosoftとSIE
大手パブリッシャが開発スタジオを買収するという昨今のゲーム業界の動向については,当連載の「第661回:MicrosoftによるBethesda Softworksの買収を考える」(関連記事)や「第678回:姿を消していく欧米の中堅デベロッパ」(関連記事)でも紹介しているとおりだ。より高い技術力とリソースの結集が必要になる「第9世代」と言われるPlayStation 5及びXbox Series X|Sの時代においては,どれだけ有能な開発者が在籍し,古くから多くのファンに愛されていても,中小メーカーが単独では存続しづらくなって来ている。
プラットフォーマーにとっては魅力的な独占タイトルのラインナップや自社が展開するプラットフォームの開発そのものを強化する目的も含め,戦略として重要になってきた感のある企業買収だが,先日,ソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下,SIE)が,イギリスのリバプールを拠点にするFirespriteを買収(関連記事)し,PlayStation Studiosの直属となる傘下スタジオとすることをアナウンスした。
SIEにとっては,ローグライクなSFアクション「Returnal」のリリース直前である2021年6月に買収したフィンランドのHousemarque,そして2019年8月に加わった「Marvel’s Spider-Man」シリーズでお馴染みのInsomniac Gamesに続く買収となる。
しかし,それ以前に目を向けると,SIEが買収したのは,「ゴースト・オブ・ツシマ」のSucker Punch Productionsで,ちょうど10年前の2011年にまで遡る話になる。Sucker Punch Productionsにしろ,「The Last of Us」や「Uncharted」のNaughty Dogにしろ,「リトルビッグプラネット」のMedia Moleculeにしろ,それぞれの傘下スタジオはPlayStationプラットフォームにおける看板タイトルを次々と開発し続けて大きな成果を上げているが,そのほとんどはPlayStation 4以前に行われた投資なのだ。
一方のマイクロソフトは,2018年からの短い期間のうちに次々と有望なデベロッパを買収してきた。「Psychonauts」のDouble Fine Productions,「The Outer Worlds」のObsidian Entertainment,「Hellblade: Senua's Sacrifice」のNinja Theoryに加え,id Software,Arkane Studios,そしてTango Gameworksなどを有するBethesdaの各スタジオを合わせて,すでに傘下スタジオを25社にまで膨らませているというスピード感だ。
PlayStation Studios傘下スタジオのほとんどが,PS5ローンチ時の新作リリースに漕ぎ付けられなかったことは残念だが,昨今の買収対象であるFirespriteやHousemarqueを含め,SIEが傘下に入れてきたスタジオはいずれも,中核メンバーがSIEとの綿密な関係を温めてきたところだ。新しい人材や技術力を備え,うまく新陳代謝を進め,ゲームハードウェアやテクノロジーの世代交代を生き延びてきた歴戦のデベロッパ群を,関わりの中から慎重に選び,PlayStation Studiosを形成しているという印象だ。
対するMicrosoft Game Studiosの傘下スタジオの中には,未だグローバルなコンシューマ機市場では十分に実力を証明できていないメーカーもあるものの,あえてSIEと比較して見ると,独特の作風や固定ファン層を抱えるデベロッパが多い気がする。
傘下のスタジオ数が14社か25社かという背比べには大した意味はないし,現時点ではどちらの戦略が正しいのかは判断し難いが,エクスクルーシブタイトルが勝敗のカギを握ってくると言われる数年後には,その明暗がより明確に浮かび上がっているかも知れない。
イギリスのゲーム開発史に貢献してきたFirespriteというメーカー
さて,こういった背景を踏まえ,あらためて話題を切り替えるが,現地時間の9月8日,SIEはイギリスのリバプールを拠点にするFirespriteを買収し,PlayStation Studiosの直属となる傘下スタジオとすることをアナウンスした(関連記事)。2012年に設立されたFirespriteの社名はそれほど業界に大きく知れ渡っているわけではないが,旧ジャパンスタジオに協力する形で「The Playroom」や「The Playroom VR」の開発サポートを行っていたスタジオだ。
Firespriteの前身となったのは2012年に閉鎖されたSCE Studio Liverpoolであり,「Formula One」や「WipeOut」シリーズを手掛けてきたメーカーである。1993年にソニーに買収される前は,Psygnosisというスタジオであり,「レミングス」などで知られている。今でもリバプールを含むイギリス北西部は「イギリスにおけるゲーム開発の故郷」と表現されることがあるが,それはPsygnosisというメーカーの存在が大きい。名前こそ変わっているがFirespriteはその系譜に連なるスタジオというわけだ。
SCE Studio Liverpoolの閉鎖後,新スタジオとして20人で始まったFirespriteだが,現在は250人もの開発者が在籍しているようだ。GameIndustry.Bizが掲載したPlayStation Studiosを率いるハーメン・ハルスト(Hermen Hulst)氏,及びFirespriteのCEOであるグレーム・アンカース(Graeme Ankers)氏へのインタビュー記事にも書かれているように,イギリスで急成長中のゲームスタジオである。
直近では,2020年5月にホラーアクション「ザ・パーシステンス」をPC,PlayStation 4,Xbox One及びNintendo Switch向けに発売。さらに2021年5月にはPlayStation 5,Xbox Series X向けのアップグレード版となる「The Persistence Enhanced」をリリースしている。
また,「ゲームの在り方を変える,大型マルチプレイヤーシューティングゲーム」と,「野心的な,ダークな世界観があるブロックバスター級アドベンチャー」と表現されている未発表のプロジェクトも進行しているようだ。
また,Firespriteは前述のとおり「The Playroom VR」の開発にもかかわっており,VRゲームに対するノウハウを持つスタジオだ。「ザ・パーシステンス」でもVR対応版をリリースしており,そのノウハウを生かしている。
ここで忘れてはならないのが,SIEが次世代の「PlayStation VR」をアナウンスしていることだろう。2021年2月24日に発表(関連記事)され,3月にVRコントローラの情報が公開(関連記事)されて以降,次世代PlayStation VRの新たな情報はないが,発表された以上,そう遠くない未来にリリースされることは間違いない。
新型PlayStation VRでは,高精細なビジュアル表現,ケーブル1本でPS5本体と接続する使い勝手の向上,そしてアダプティブトリガーや,ハプティックフィードバックを搭載したオーブ型のコントローラなど,初代PlayStation VRで培った知見と,PS5の表現技術を生かした進化を遂げることになるという。
しかし,VRゲーム市場もValveやFacebookといった競合に加え,AppleもVRデバイスを開発中であるなど,競争が激しい分野である。VRゲームにおいても「Arizona Sunshine」で知られるVertigo GamesはEmbracer Groupに,「Esper」のCoastsinkはThunderfulに買収されるなど,中小スタジオの開発力がまとまりつつある。
初代PlayStation VRは発表からローンチまで話題となり,一定の成果は上げたものの,他のVRプラットフォームと比べると,ソフトの供給はあまり多くなく,VRデバイスの進化の過渡期だったことも相まって,他のVR機器に置いていかれた印象だ。
そうした過去を踏まえて,次世代PlayStation VRまでを含めた将来を見据えると,VRのノウハウを持ち,さらに250人規模まで大きくなった,Firespriteの買収には,VRゲームにおける競争力を強化する目的があるように思える。
Microsoft Game Studiosのボスであるフィル・スペンサー(Phil Spencer)氏は,メディアイベント「What’s Next for Gaming」(関連記事)において,コンシューマ市場の限界を示唆しており,より充実したサービスへの転換をアピールしている。SIEはそうした戦略を語ることは少ないが,次世代PlayStation VRと,Firespriteの買収の動向をたどってみると,プラットフォームホルダーとしては同じ認識を持っているのではないだろうか。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
来週,2021年9月20日の「奥谷海人のAccess Accepted」は,筆者取材のため休載します。次回の掲載は,9月27日を予定しております。
- この記事のURL: