業界動向
Access Accepted第679回:オンラインイベントに向かう欧米ゲーム業界
アメリカで新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する緊急事態宣言が初めて出されたのは,今からおよそ1年前の2020年3月13日だった。以降,新世代コンシューマ機の市場投入という大きなイベントを控えた欧米ゲーム業界は混乱に陥り,ゲームショーなど,新作発表などの場をオンラインに求めざるを得なくなった。今週は,そんな異例づくしの2020年の振り返りを,ひたすらオンラインイベントの視聴を重ねた筆者の印象を交えてお伝えしたい。
つい感じてしまうデジタルイベントの「味気なさ」
北米時間の2021年3月15日〜19日,世界最大かつ最も長い歴史を誇るゲーム開発者会議,「Game Developers Conference」の代替イベントとなる「GDC Showcase」がオンラインで開催される。GDCの本番は7月19日から23日にかけて行われるので,これは言ってみれば前座のようなイベントではあるが,毎日9:00〜16:00,30分から1時間のセッションが合計50本ほど実施される予定だ。
GDCを運営するInformatechはこの「GDC Showcase」について,「GDCがどのようなものなのかを,多くの人に知ってもらう」ために,誰でも視聴できる形で無料公開すると述べている。GDC 2017で筆者も聴講した「Classic Game Postmortem: Deus Ex」など,過去に注目されたセッションを再配信するほか,「Ghost of Tsushima」「Demon's Souls」「Marvel's Spider-Man: Miles Morales」といったソニー・インタラクティブエンタテインメント系のクリエイター達が「AMA」(Ask Me Anything:「何でも聞いて」というライブQ&A)を実施,そしてNVIDIAやUnity Technologiesなどの企業をスポンサーにしたセッションが行われ,ゲーム開発者や業界入りを志す若者にとって非常に有益なイベントになるだろう。
「Game Developers Conference 2021」
公式サイト
ちなみにGDCは,2020年夏の時点で,来年はCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)が収束に向かっているはずだと予想し,「GDC 2021は,デジタルとフィジカルを並行して行う」と発表していた。しかし,ワクチン接種が各国で始まっているとはいえ,夏に開催する可能性は低いと判断されたようで,オンラインイベントの詳細は発表されているものの,物理的なイベントについての情報があまり出てきていない。
GDCと同様に,例年なら6月に開催されるE3(Electronic Entertainment Expo)も,少なくともフィジカルなイベントについてはキャンセルされたらしい。
これは,会場のロサンゼルス・コンベンションセンターを保有するロサンゼルス市の資料で明らかになったもので,現段階で主催するEntertainment Software Associationから正式発表はないが,昨年に引き続き,あの華やかな雰囲気を味わえないのは個人的に残念だ。
GDCは1988年,シリコンバレーの異なる企業で働くゲーム開発者達が声を掛け合い,産声をあげたばかりのゲーム産業の知見を共有するため,呼びかけ人の1人だったクリス・クロフォード(Chris Crawford)氏の自宅に集まったことが始まりだ。集まったのはわずか22人だったが,オンラインでしかお互いの存在を知らない開発者達が顔を合わせて語り合い,夜になれば飲み会で親交を深めたという。その流れは現在も続き,GDCは同業者同士のコネクションを作ったり自作タイトルを披露したり,学生や若い開発者にとっては,就職先を探すためにも活用されてきた。つまり,ディスプレイの枠の外,オンラインでは見えない部分も非常に重要なイベントだったのだ。
上記の「GDCがどのようなものなのかを,多くの人に知ってもらう」という言葉の指す“GDC”の範囲はよく分からないが,個人的にはオフラインでなければならない人間的な側面もゲームイベントにはあると思っており,それが,昨今のオンラインイベントを味気ないと筆者が感じてしまう理由なのだろう。
オンラインイベントのキーワードは
「多言語」と「マイクロ」
昨年行われたデジタルイベントの中で「成功」と呼べそうなのは,多くの大手パブリッシャの協賛を得た「Summer Game Fest」だろうか。もともとE3への参加を取りやめて独自のイベントを開催するというビジョンを持っていたゲームジャーナリストのジェフ・キーリー(Geoff Keighley)氏がホストを務め,2020年5月から8月までに断続的に行われて多数の視聴者を集め,新世代コンシューマ機への期待感を少なからず高めてくれた。
もっとも「Summer Game Fest」は,例えばPlayStation 5のハードウェアを紹介した配信が100万を超える再生数を記録した一方,マイナーなインディーズゲームでは1万にも達しないなど,ゲーマー達の反応にかなりのムラが見られた。あるインディーズゲームパブリッシャが行った配信では,ライブ視聴者数が200を下回ったり,Valveの「Steam Game Festival」で開発者達が行ったストリーミング視聴者数がごくわずかだったりと,オンラインでバズらせるのは簡単ではないという印象が強い。
また,オンラインイベントはグローバルかつ同時にアピールできるが,配信に最適な時間を見つけるのも難しいだろう。既存のゲームメディアがまとめた記事を読み,気になる動画や情報をアーカイブでチェックしたというゲーマーのほうが,眠い目をこすって最後まで発表会に付き合った人よりもずっと多いのではないだろうか。さらに,英語だけで紹介されても,世界レベルで見れば内容が理解できる人は少ないはず。デジタルでやってみたが結果が付いてこなかったという面については,本連載の第659回「オンラインイベントから見えた北米ゲーム業界の現状」のgamescom 2021の事例で紹介したとおりである。
そうした観点から見て,日本語,英語,中国語の三か国語でのライブ配信を行い,6月の第1回放送では世界累計で730万以上の視聴を達成したという「INDIE Live Expo」は優れた取り組みだったように思われる。
この「多言語オンラインイベント」という試みの先駆者と言えるのが,COVID-19以前の2019年に8か国語で配信された「Gamedev.World」だろう。イベントを企画したのは,インディーズゲームデベロッパVlambeerを率いるラミ・イズマイル(Rami Ismail)氏で,「世界には(GDCの開催される)サンフランシスコへの旅費が捻出できなかったり,たとえ参加しても言葉が分からなかったりする開発者がたくさんいる」との理由で,3日間にわたる無料デジタルイベントを企画したそうだ。配信はライブではなく事前録画だったが,そのぶん,しっかりした翻訳もできていた。
オンラインイベントのもう1つの方向性と思えるのが,「マイクロ化」だ。ゲームを含んだIT関連の情報を扱うメディアVenture Beatは最近,特定のテーマに絞ったオンラインセッションを盛んに開催しており,本連載の第674回「ゲームが牽引するメタバースという近未来」では,メタバースにフォーカスした彼らのイベント「Into the Verse」を紹介した。Epic Gamesのティム・スウィーニー(Tim Sweeney)氏や「サイバーパンク 2.0.2.0.」の制作者であるマイク・ポンドスミス(Mike Pondsmith)氏らが登壇するセッションも用意されていたため,世界累計で23万に近い視聴を獲得したという。
ファン向けイベントでは,Blizzard Entertainmentの「BlizzConline 2021」が初日のYouTubeだけで140万ビュー以上を記録しており,このほか,協賛メディアのGameSpot(約73万ビュー)やIGN(約42万ビュー),Twitchでストリーミング配信(2日間合計で約118万ビュー)も行われていたので,とてつもない数のゲーマー達がつながっていたことになる。また,Blizzard Entertainmentほどではないにせよ,2020年8月にDigital Extremeがオンラインで開催した「Warframe」のファンイベント「Tennocon 2020」でも,15万ほどのビューを獲得したという。
以上のことからは,テーマやタイトルを絞ったオンラインイベントのほうが,あれもこれもと欲ばった総合的なイベントよりも強くゲーマーにアピールすることがうかがえる。
例年なら今頃は,年末商戦に向けての新作発表が増えたり,参加しなくてはならないイベントが続いたりするため忙しい時期なのだが,今年は7月のGDC 2021に加えて,E3やSummer Game Fest,gamescom 2021などが続く「夏」が慌ただしいことになりそうだ。
昨年1年で欧米ゲーム業界はオンラインイベントについて多くのことを学び,試行錯誤しながら進化を続けてきた。予想もしていなかった理由で方法論の転換を迫られた欧米ゲーム業界だが,その成果を発揮して,今後本格的になっていくであろう新世代コンシューマ機向けタイトルの発表などを,楽しみに待ちたい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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