業界動向
Access Accepted第626回:政治的発言問題に揺れた「BlizzCon 2019」を振り返る
「ゲーマーから最も愛されるゲームメーカー」として,これまでは真っ先にその名前が挙がったBlizzard Entertainmentだったが,雲行きが怪しくなってきた。香港の民主化運動にまつわる問題で,この1か月ほどファンコミュニティが騒がしかったことは,読者の皆さんならよくご存じだろう。今回は,その余波の最中に開催された恒例の大規模ファンイベント,「BlizzCon 2019」を振り返ってみたい。
プロゲーマーの政治的発言から暗雲の立ち込めたBlizzCon 2019
2019年11月1日と2日,Blizzard Entertainmentが本拠を置くカリフォルニア州アナハイムのAnaheim Convention Centerで,恒例のファンイベント「BlizzCon 2019」が開催された。すでにお伝えしたように,「ディアブロ IV」や「オーバーウォッチ 2」の制作が発表されるなど,近年まれに見るほど充実した内容のイベントだった。
来場者の盛り上がりも非常に大きかったのだが,このイベントでは,Blizzard Entertainment社長としてオープンニングセレモニーに登壇したJ.アレン・ブラック(J. Allen Brack)氏がファンに謝罪を行うという異例の事態も起きている。謝罪の理由は,政治的な発言を行ったプロゲーマーに対する処分にまつわるものだった。
詳細については,10月12日に掲載したニュース記事「ハースストーンの中継で出た政治的発言と選手の処罰をめぐる出来事が議論に」で詳しく紹介したとおりで,簡単にまとめると,「ハースストーン」のアジア太平洋大会の参加した香港出身のBlitzchungことグ・ワイ・チュン(Ng Wai Chung)選手が,試合後に行われた台湾のシャウトキャスター(ストリーミング配信を盛り上げるためのMC)達との会話において,「香港を解放せよ! 我々の時代の革命だ!」(光復香港,時代革命!)と叫び,結果としてBlizzard EntertainmentがBlitzchung選手と2人のキャスターにかなり厳しい処分を下したという出来事だ。
Blizzard Entertainmentは後日,この措置を緩和したのだが(関連記事),「BlizzCon 2019」の開催まで残り2週間という微妙な時期でもあったため,対応には苦慮したようだ。
そのためか,「BlizzCon 2019」会場には入場制限がかけられ,例年ならエキスポ会場にしか置かれないバッグチェックのセキュリティポイントが今年は屋外にも設置され,金属探知機まで用意されるなど,ファンイベントらしい,いつもの開放的な雰囲気が影をひそめていた。
諸事情により,筆者は今年のBlizzConには参加していないのだが,実際,会場の周囲にはクマのプーさんの着ぐるみを着た人や黒い雨傘を持った人,黒いシャツを着た人などが陣取り,「Mei with Hong Kong」(メイは香港と共にいる)と書かれたTシャツが,会場内で着用することを約束した参加者に配られていたそうだ。クマのプーさんは,中国の習近平総書記を暗喩するキャラクターで,黒い雨傘や黒いシャツは香港で起きている民主化デモの象徴。また「オーバーウォッチ」のメイは,中国出身のヒーローという設定だ。
会場内外の撮影についても,「メディア以外の大型カメラは使用不可」という看板が立てられており,抗議活動の様子を撮影していた個人参加のYouTuberが入場禁止になったいう話も聞こえている。
社長の謝罪と,混乱していたイベントフロア
Blizzard Entertainmentは,そうしたタイトルのプレイアブルデモを作成するために,いくつかの未発表プロジェクトを一時中断したらしく,来場したファンを満足させるため,同社は非常に多くの努力を重ねてきたようだ。「ディアブロ イモータル」の発表で,コアなファンの反発を買ってしまった昨年の「BlizzCon 2018」の名誉挽回という意気込みもあっただろう。
そのうえで,1年前に着任したばかりの社長のブラック氏が,オープニングセレモニーに集まったファンに対して「ハースストーン」の大会で起きたことに対する謝罪と釈明を行ったのだ。ブラック氏の発言は,おおむね,以下のようなものだった。
「Blizzardは,世界を1つにするという大きな機会を手にしていました。ハースストーン公式大会で行った処分について,我々はそのミッションに失敗してしまったのです。我々は,あまりにも早い段階で処分の決定を行い,皆さんと話すことは後手に回りました。我々が望んでいたレベルに達していない判断を行ったこと,そして目的を見誤ってしまったことについて,自分自身に憤りを感じており,皆さんに謝罪いたします。それは,私の責任なのです」
ここで大きな拍手が起き,ブラック氏は感極まった面持ちになった。そして,「その目的は何なのか。それは,我々のエンターテイメントによって世界を1つにするという意志であり,BlizzConではそれが体現されているのです。私はゲームの持つポジティブな力を心から信じています」という言葉でオープニングセレモニー締めくくった。
スピーチそのものは感動的だったが,プーさんのぬいぐるみを着たり持ったりした人は会場内外で多く見かけられたし,Q&Aコーナーで「フリー ホンコン!」と叫ぶ人もいた。さらに,このようにゲームとは直接関係ないことをこのイベントで叫ぶ人々を,ほかの参加者も認めているようであり,Q&Aに並んだ人にマイクを渡す担当者も,「フリー ホンコン」発言に対してマイクを取り上げるわけでもなく,最後まで話をさせていたという。
ゲームの持つポジティブな力は存在する
Blizzard Entertainmentにとって,この問題は今後も影を落とすことになりそうだ。中国は,人口の半分近くがインターネットへのアクセスができないにもかかわらず,2018年の段階で1521億ドルといわれる全世界のゲーム市場のうち,約41%を占めるまでに急成長している。当然,ビジネスとして中国での展開を目指さない欧米パブリッシャは皆無であり,最近では中国からはアクセスできないはずのSteamにさえ,中国語の簡体字に対応したタイトルが少なからず見受けられる。
Blizzard Entertainmentは早くからアジアのeスポーツ分野で成功を収め,中国国内のさまざまなメーカーとの提携によって市場を広げてきた経緯がある。「ディアブロ イモータル」の開発を中国のメーカーが行うなど,現在,親密度はさらに高まっている雰囲気だ。また,Activision Blizzardも大ヒット作の「Call of Duty: Mobile」を中国で正式サービスするプランがあると言われており,「ハースストーン」の大会に端を発する今回の出来事を,上層部が気にしているのは間違いない。
欧米ゲーム産業はもちろん資本主義の原則の上に成り立っており,政治とは距離を置いたうえで,利潤を考えていくのは当然の話だ。オープニングセレモニーでは,「表現の自由を保証する」と話したブラック氏だったが,仮に多くのプレイヤーがゲームで政治的発言を繰り返すようになってしまったら,それはもはやエンターテイメントではなくなる。
「BlizzCon 2019」と併催された「ハースストーン グランドマスターズ」では,Blizzard Entertainmentのトップティアレベルのトーナメントでは初の女性優勝者となる,中国のVKLiooonことリ・シャオメン(Li Xiaomeng)選手が優勝するという快挙を成し遂げた。また,「オーバーウォッチ・ワールドカップ 2019」でも過去3年にわたって王座に君臨してきた韓国チームを米国チームが破り,ファイナルでも中国を破って初優勝した。
このことは,Blizzard Entertainmentが実施する世界規模のトーナメントが各国の選手達のスキルを向上させ,女性ゲーマーや,これまで注目されていなかったチームが実力を上げつつあることを意味している。個人の政治的思想や出身国,性別などにかかわらず,ブラック氏の謝罪と共に「ゲームの持つポジティブな力」にあふれたイベントとしても,「BlizzCon 2019」は記憶されることになるはずだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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