業界動向
Access Accepted第520回:新作ラッシュにあえぐ中小デベロッパ
デジタル配信の一般化やゲームエンジンの低価格化(あるいは無料化),モバイルやブラウザゲームの誕生と発展,そしてFree-to-Playやクラウドファンディングなどの新たなビジネスモデルと,この10年間でゲームとその周辺の様相は大きく変わった。ゲームの裾野が広がったことを感じるゲーマーも少なくないはずだ。この2016年は,筆者も経験したことがないほど多数の新作が登場したようだ。その一方で,新作ラッシュの海の中で溺れそうになっている独立系の中小デベロッパの声も聞こえてくる。今週は,そんな話題を紹介したい。
とんでもない数のゲームがリリースされた2016年
Valveのデジタル配信システム「Steam」のさまざまな情報を追跡する個人サイトとして有名な,「Steam Spy」の最新情報によれば,2016年にSteamでリリースされたゲームの数は,これまでで4207本だったという。この数字は,Steamに登録された全タイトル数の約38%におよぶ。ちなみに,2015年には約26%に相当する2964本が,2014年には約16%に相当する1772本が発売されたとのこと。原稿執筆時点でStemaの取り扱いゲーム総数は約1万1000本なので,この3年間で発売されたタイトルだけで,実に全体の約80%に達することになる。
公式の情報ではないので,この数字を額面どおり受け取っていいのかは分からないのものの,筆者自身も,最近の「怒濤の新作ラッシュ」は強く感じられるところだ。
2004年12月のローンチ時には自社タイトルが中心で,続いて「Darwinia」や「Rag Doll Kung Fu」といった独立系デベロッパのタイトルを扱うようになっていったSteam。やがて,大手パブリッシャが参加してきたことで,現在のような姿になった。その歴史については本連載の第472回,「『Steam』が世間に広めたサービスを改めて考える」でも書いたとおりだが,今やPCゲームのプラットフォームとしては並ぶもののない存在に成長した。
初期の「Steam」が中小のPCゲーム開発者から支持されたのは,彼らに新たな販路を提供したからだった。パッケージ販売が当たり前だった当時,コンシューマ機に押されて「死につつある」などと言われたPCゲームは,ショップの片隅に追いやられていた。Steamはそこに,「新たな棚」を提供したのだ。しかもこのバーチャルな棚には品切れもなく,黎明期の「Darwinia」や「Rag Doll Kung Fu」が現在でも普通に販売されている。
しかし現在,Steamは新たな問題に直面しているようだ。取り扱いタイトルが多すぎて,例えば「FPS」や「ストラテジー」というカテゴリー分けでは,それぞれが何十ページにおよんでしまう。1日に10本以上リリースされるような状況では,数日もすればトップページの新作リストから落ちる。このため,多くの新作がプレイヤーの目にとまらないまま表舞台から消えてしまうのだ。
これに対応するためValveは2014年,コミュニティメンバーが「キューレ―ター」として気になる作品を推薦する「Steam Curators」をスタートさせた。しかし,それも焼け石に水のようで,もはや,キューレーターのレーダーにさえ引っ掛からない新作も出てきている。
こうしたことから,とくに宣伝,広告の力が弱い中小の独立系PCゲーム開発者にとって,もはやSteamはそれほど魅力的なプラットフォームではなくなりつつあるのだ。
バブル状態にある独立系ゲーム市場
デジタル配信サービス以前,パッケージを主体としたゲーム開発において,デベロッパ達はプロトタイプや企画書を持って,パブリッシャを訪ね回る必要があった。これは「ピッチング」と呼ばれ,そこで開発資金やパッケージの制作,広報などの予算を獲得を目指す。それがうまくいけばゲームの開発に着手できるわけだが,通常,資金提供の「見返り」として,パブリッシャの意向を反映したコンテンツを制作したり,知的財産の権利を手放すことも一般的だった。
さらに,クラウドファンディングやアーリーアクセス,Free-to-Playとマイクロトランザクションなど,さまざまなオプションが普及し,また「Unity」などの低価格な,あるいは無料のゲームエンジンの登場によって開発にかかる費用も減った。ゲームを作りたいという希望を持つ人々にとって,魅力的な状況が到来した。そのことが2014年から始まる「インディーズゲームバブル」とも言える現象へとつながっている。
こうしてパブリッシャ外しに成功したデベロッパだったが,ここへ来て,「広報&マーケティング」能力の欠如が問題になってきた。
独立系デベロッパには,ネットでファンと円滑にコミュニケーションし,ゲームをアピールするスキルが要求される。トレイラーの制作やイベントへ開催などのプロモーションも重要だろう。自分達のプロジェクトを知ってもらうために欠かせない広報もマーケティングも,本来は専門職なのだ。
「Minecraft」ほどのゲームになれば,ブログとTwitterを利用するくらいで広報活動は事足りるかもしれないが,もちろん,そんなものは例外である。
独立系パブリッシャはゲーム産業の現状を変えるか
こうしたことから,独立系の中小デベロッパが再びパブリッシャに頼るケースが増えてきた。例えば,バンダイナムコエンターテインメントをパブリッシャとして,2017年春にリリースされると発表された「Impact Winter」がそれだ。イギリスのMojo Bonesが開発する同作は,隕石の衝突によって訪れた氷河期を生き抜く人々を描くサバイバルRPGだという。
Mojo Bonesは2011年にロンドンで設立されたデベロッパで,2014年にはKickstarterで同作のキャンペーンを行ったものの,ほとんどメディアに取り上げられることもなく,目標額の4分の1ほどしか投資が集まらなかった。皮肉なことに,クラウドファンディングの失敗からわずか3日後,登録していた「Steam Greenlight」では,取り扱いに十分なファンの投票を得て審査を通過している。
これは,広報活動によるファンへのアピールが十分に行われていなかったことの証明でもあるだろう。リリースにあたっては,バンダイナムコエンターテインメントの持つプロモーションのノウハウが役に立つはずだ。バンダイナムコエンターテインメントのほかにも,Electronic ArtsやSquare Enixといった,多くの大手パブリッシャが盛んに独立系タイトルをサポートするようになってきた。
さらに,「独立系パブリッシャ」という存在にも脚光が当たっている。もっとも,“独立系”という言葉に明確な定義はなく,Electronic ArtsやActivisionとどこが違うのかと聞かれても答えにくいのだが,海外メディアでは「独立系デベロッパのゲームを専門に扱うパブリッシャ」といった意味で使われていることが多いようだ。
大手の中では,Devolver DigitalやParadox Interactive,ロシアの1C Companyなどが日本のゲーマーにもよく知られているが,最近は,Curve Digital,Raw Fury Games,Reverb, inc.,Surprise Attack,tinyBuild Games,Versus Evilなどのパブリッシャが存在感を増している。
また,「This War of Mine」の11-bit Studios,「Goat Simulator」のCoffee Stain Studios,「Serious Sam」のCroteam,「Broken Age」のDouble Fine Productions,そして「Worms」シリーズのTeam 17など,大きな成功を収めたデベロッパが,その経験を活かしてパブリッシングビジネスを展開する,という動きにも注目しておくべきだろう。
これに加えて,著名な開発者達が自分のヒット作品から得た資金を持ち寄ってファンドを設立し,開発資金の提供やマーケティングをサポートするといったビジネスモデルもいくつか試されている。
現在,世界中には約5万5000社のパブリッシャやデベロッパが存在するという。ゲーム産業の裾野が広がっていくのは素晴らしいことであり,多数のゲームが登場するのは,筆者個人としても嬉しい話だ。しかし,名前は知られていないものの良質なソフトや,一般受けはしないかもしれないが,特定の人達の嗜好にマッチするようなゲームが,せっかく作られたにもかかわらず,その存在が世の中に知られるぬままに消えていくのは口惜しい。
そうしたタイトルを我々ゲーマーの手にいかに効率よく届けられるか,その手法の開拓が,ゲームというメディアの次の重要なステップになってくるだろう。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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