
業界動向
Access Accepted第476回:Vivendiが仕掛けたUbisoft買収の動き
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「アサシン クリード」や「スプリンターセル」などの人気シリーズで知られるフランスの大手ゲームパブリッシャUbisoft Entertainmentを,同じフランスの巨大メディア企業Vivendiが買収しようとしていることが報道された。かつてActivision Blizzardの大株主であったVivendiだが,Ubisoft側はこの動きに警戒感を強めているという。フランスだけでなく,世界のゲーム市場にも大きな影響を与えそうな話だけに,欧米メディアの注目も集まっている。
VivendiのUbisoftに対する敵対的買収
フランスに本拠を置く,日本でも知名度の高い大手ゲームパブリッシャであるUbisoft Entertainment。この2015年も,10月22日に北米で発売された「Just Dance 2016」を皮切りに,「アサシン クリード シンジケート」や「レインボーシックス シージ」といった,人気シリーズの最新作を中心にアメリカのホリデーシーズンに挑んでいる。
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Ubisoftは1986年,ギルモ家の5人兄弟が設立した会社で,当初はElectronic Artsなど,北米のゲームをフランス国内で流通,販売するビジネスを中心に行っていた。やがて,自らもゲームを作るようになり,1995年には,現在でも同社の看板キャラクターであるRaymanを主人公にしたプラットフォームアクション「Rayman」をリリース。2001年に「Myst」や「Prince of Persia」などの版権を北米の企業から取得したことなどで,次第にマーケットの注目を集めるようになった。
翌2002年に発売された「Tom Clancy's Splinter Cell」の成功をきっかけに躍進し,今ではカナダのモントリオールやイタリアのミラノ,中国の上海などに開発拠点を持ち,約9200人の社員を擁する,ヨーロッパの最大手のゲームパブリッシャに成長したのだ。
Ubisoftが公開した2015年4月1日〜6月30日までの2016年度第1四半期の業績報告によれば,春にめぼしいタイトルがなかったため,前年同期比で73%と収益は下降したものの,それでも当初の予想を20%ほど上回る9660万ユーロの実績を挙げたという。ここ4〜5年は,株価も堅調に推移しているようだ。
ちなみに同じ報告では,収益の27%をPlayStation 4プラットフォームから得ていると紹介されており,この数字はXbox OneとXbox 360を合わせたよりも大きい。さらに同社は昔から積極的にPCをサポートしてきたメーカーとしても知られており,現在でもほとんどの新作タイトルにPC版が用意されているところが,筆者個人としては好印象だ。小粒ながら,PC専用タイトルの開発も続けている。
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イギリスのゲーム情報サイトGamesIndustry.bizが10月21日に掲載した記事によると,現在Ubisoftは,同じフランスの巨大メディア企業であるVivendiから敵対的な買収攻勢を受けているという。Vivendiは10月15日にUbisoftの6.6%に相当する株式を1億4030万ユーロ(約190億円)で取得して,株主になった。
GamesIndustry.bizの記事には,Ubisoftの創設者であり現在CEOを務めるイヴ・ギルモ(Yves Guillemot)氏が社内向けに出したEメールが掲載されており,それによると「(この株式取得は)望んだものではなく,好ましくない」という。ギルモ氏はさらに,「過去約30年にわたって独立企業として存続してきた我々の目標は,リスクを承知で革新をもたらし,世界中のプレイヤーから愛されるべきゲームのフランチャイズを作ることです」「我々は,独立を守るために戦います。Vivendiであろうがなかろうが,我々の目標から我々の目をそらすような行為は,未来永劫,許されるものではありません。」と,かなり強い調子で語っている。
再びゲーム業界への進出を図るVivendi
当連載の読者なら,Vivendiという企業名に聞き覚えがあるはずだ。掲載が2008年2月1日だから,かなり昔の記事になるが,当連載の第159回「巨人となったVivendiの歴史」でも詳しく紹介しているが,同社は1853年,ナポレオン三世統治下のパリで,水道管理を担う会社としてスタートしたというから,かなり古い会社だ。
1980年代に業務を広げ,やがてメディアやテレコミュニケーションの巨大企業に成長。フランスだけでなく,イタリアやブラジルなどにも強い営業基盤を持つという。
1998年,Vivendiはいよいよゲーム業界へ進出する。傘下のHavasというメディア関連会社が,Sierra On-LineやDavidson & Associatesなど北米のゲーム開発会社を買収することにより,Vivendi Games(VU Games)が誕生し,欧米ゲーム業界の大きな存在になったのだ。Davidson & Associatesの傘下にはBlizzard Entertainmentがあり,「World of Warcraft」の成功の影にVivendi Gamesの支援があったことは間違いない。
しかし一方で,Electronic Artsと並ぶ歴史を持ち,古くから活躍していたSierra On-Lineを(いろいろな理由はあったにせよ),買収後に消滅させるなど,開発者やファンの不興を買うこともやっている。
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そして2007年は,VU Gamesのピークと言ってもいい年になった。12月,「コール オブ デューティ」シリーズの成功で波に乗っていたActivisionの株式の52%を取得する形で同社と合併し,名実ともに世界最大のゲームパブリッシャであるActivision Blizzardが誕生したのだ。
だが,その頃Vivendi本体は投資の失敗などを理由に業績が急激に悪化していた。そのため,Activisionを20年以上も率いていたボビー・コティック(Bobby Kotick)氏を追い出したうえで,ゲームとは関係のない企業にActivision Blizzardを売却しようとしていたという。
当然ながらこの動きはActivision Blizzardの強い不信感を招き,2013年にはActivision Blizzardの幹部らが持ち株会社を設立してVivendi Gamesから株を買い戻し,独立を果たすことになった。
ここで一度Vivendiはゲーム業界から離れていったのだ。
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Ubisoftの経営状態は,業績報告を見る限り良好であり,今回,Vivendiが手に入れた株式は,すぐに議決権を掌握できるというほどではない。Vivendiがどの程度,本気で敵対的買収を仕掛けているのかも不明だが,同社にはこうした我々の知っている過去があるため,Ubisoftの経営陣が警戒するのも無理はないだろう。
ギルモ氏は,Vivendi Gamesがクビにしようとしたコティック氏と同様,ずっとゲーム畑を歩んできた人物でもあり,それだけにVivendiを「ゲームの専門知識も,業界で成功するために必要なものも理解しない人々」と呼んではばからない。
大作の続編ばかりでなく,1人でコツコツと作ってきた作品が認められた「For Honor」や,舞台を石器時代に移した「Far Cry Primal」など,新鮮なゲームも作り続けているUbisoft。2016年以降も注目すべきメーカーとして,今後の動きが気になるところだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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