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ドコモがアップルになれなかった理由とは――iモード開発の舞台裏が語られる「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第14回は,絵文字の生みの親・バンダイナムコゲームスの栗田穣崇氏がゲスト
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印刷2013/11/12 00:00

インタビュー

ドコモがアップルになれなかった理由とは――iモード開発の舞台裏が語られる「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第14回は,絵文字の生みの親・バンダイナムコゲームスの栗田穣崇氏がゲスト

iモードプロジェクトの舞台裏で


川上氏:
 じゃあ栗田さんがiモードの部隊に配属された時点で,上司は夏野さんだったんですか?

栗田氏:
 えっと,まだですね。ちなみに僕が応募で出した論文って,「自分なりに手伝えることがあるかも」みたいな謎の内容で(笑)。だから僕は,扱いが難しい謎の新人だったんです。で,僕がiモードの部隊に配属された時点では,榎 啓一さん()がまだ法人の営業部長を兼務していて,松永真理さん()がリクルートから来ることは決まっていたんだけど,まだ席はない状態。

※榎 啓一(えのきけいいち):NTTドコモ東海代表取締役社長。1997年当時はNTTドコモ法人営業部長で,NTTドコモの社長だった大星公二氏の命により,iモードの企画を立ち上げた人物。リーダーとしてiモードのプロジェクトを牽引した。

※松永真理(まつながまり):松永真理事務所代表,元バンダイ社外取締役。雑誌「とらばーゆ」「リクルートブック」などの編集長を経て,1997年にNTTドコモに入社。iモードの企画開発に従事した。

川上氏:
 夏野さんは居なかったんですか?

栗田氏:
 夏野さんはまだ居ないですね。まぁそんな状態でしたから,最初は割と放置されている感じで,とくにすることもない。僕の他には,なぜかマッキンゼー組がいて,とりあえず彼らからレクチャーを受けたりしていて。そこで初めて「MECE(ミーシー)」って単語を知って,「はあ,そんな言葉があるのか」みたいな。経営コンサル用語で,「漏れなく,ダブりなく」って意味なんですけど。

川上氏:
 マッキンゼー? あ,もしかして,夏野さんが追い出したマッキンゼー組ですか?

栗田氏:
 そうそう。その中には,DeNAの南場さんとかもいて。新規のプロジェクトって,基本的には失敗する確率が高いものですから,本流のエリートが集まる部署というよりは,そういう社内外からの寄せ集めみたいな状態からのスタートだったんですね。

川上氏:
 じゃあ,夏野さんと南場さんはそこではじめて会ったんですね。

栗田氏:
 そうですね。ここが大元です。あれ,川上さん知らなかったんですか? これは別に内緒の話でもなくて,割と周知のことだと思っていましたけど。

川上氏:
 知らなかった。

栗田氏:
 話を戻しますけど,僕がiモード部隊に配属されたのは1997年の4月で,真理さんが来たのが5〜6月,夏野さんが7〜8月くらいだったかな。元々は,真理さんが企画とコンテンツの両方を見るって話だったんですけど,ビジネスモデルの戦略部分だったり,コンテンツの開拓をする人がやっぱり必要だよねってことで,真理さんが夏野さんを呼んだんですよ。夏野さんは,真理さんがリクルートにいた時代に学生アルバイトだったとかで。

4Gamer:
 そこでようやくiモードの初期メンバーの面々が揃うわけですね。

栗田氏:
 はい。で,僕が担当していたのは,主に商品企画とかマーケティングとか――要するになんでもやっていたんです。そういう意味で,HTMLの話にもう一回戻りますけど,「じゃあ,それもお前がやれよ」みたいな感じで,Compact HTMLの仕様策定も僕に回ってきたわけです。

川上氏:
 絵文字もほぼ栗田さん一人だったんですよね?

栗田氏:
 そうですね。絵文字も全部僕ですね。

4Gamer:
 ちなみに絵文字の制作って,具体的にどういうことをされていたんですか?

栗田氏:
 えっと,普通にドット描いたり,絵を発注したり(笑)。

4Gamer:
 じゃあ,本当の意味で“全部”なんですね。

栗田氏:
 そうなんですよ(苦笑)。あ,ちなみに絵文字の話でいうと,僕がポケベルを売っていた経験も生きているんです。というのも,ポケベルでは,文字の組み合わせで記号を表現できたんですけど,「88」って打つとハートマークになったんです。

川上氏:
 あったあった(笑)。

栗田氏:
 女子高生の間では,それが重要な記号だったんですけど,ドコモの新しい機種では,そのハートが使えなくなっちゃったんですよ。そうしたら,女子高生がどんどん他社のサービスに移ってしまって。それを目の当たりにして,「ハート一つでこんなにシェアが動くのか!」と衝撃を受けたんですね。

4Gamer:
 なるほど。

栗田氏:
 そういう経験があったものですから,iモードでも絵文字は必要だろうって提案をしたら,「じゃあお前,リストアップしろ」と言われて。リストアップしたら,今度は技術陣から「このくらいの数で収めて」と言われ。最後は12×12ドットの絵を自分で方眼紙に描く,みたいな(笑)。

川上氏:
 いやぁ,ベンチャーって感じですよねぇ。

栗田氏:
 12×12だと,左右対称の絵が作れないんですよ。ちょうど中心にドットが置けないから(笑)。その意味でも,あの制約の中で意味が理解できる絵を作るのは本当に難しくて。デザインは,青木 淳さんっていう,結構有名な建築家の方に発注したりもしていました。

4Gamer:
 なんでまた,ドット絵のデザインを建築家の方に発注したんですか?

栗田氏:
 まず当時,こういうものを請け負ってくれるような業者はほとんど存在しなかったんですよ。あと建築家って,ピクトグラムとか,公共の表札の絵を作ったりすることもあるから,その流れで建築家の方にって感じでしたね。真理さんつながりということもありましたが。

川上氏:
 あ,なるほどぉ。

栗田氏:
 まぁ,とにかく絵文字なんて,当時は得体の知れないものだから,誰もやりたがらないんですね。絵文字も,HTMLも,誰もやりたがらないから,全部僕に回ってきて。ついでに言うと,iモードのメールの仕様も僕でした。

4Gamer川上氏:
 ええええーっ(笑)。

川上氏:
 具体的に言うと,どういった部分の仕様を決めていたんですか。

栗田氏:
 大きなところで言うと,メールを「プッシュ型」にするか「プル型」にするかってところとかですね。さっきも話しましたけど,僕はポケベルの文化を知っていたので,僕的には「絶対にプッシュ型じゃないと駄目だ! そのために文字が250文字になってもいい」って思っていたんですけど,夏野さんはビジネスマンだったので,プル型でメールを取りに行く仕組みにして,1000〜2000文字くらい使えるようにしたいって言っていたんです。


川上氏:
 そこはかなり“成功か失敗かの分け目”の一つですよね。

栗田氏:
 そうなんです。当時,僕は若かったものですから,強硬に「絶対こっち!」だと言い張って。真理さんも僕側に付いたことで,結局は夏野さんが折れてくれて,iモードではプッシュ型を採用することになったんです。

川上氏:
 いやぁ,プッシュ型じゃなかったら,あの時代の(若者中心の)携帯文化はなかったですよね。つまり,そこで花開く着メロサービスみたいなコンテンツ市場も出来なかっただろうし,今のドワンゴもなかった(笑)。

栗田氏:
 あの時,もし僕が日和っていたら,携帯電話を使ったコミュニケーションは全然違う形になっていたのかもしれませんね。


ドコモ詣(もうで)は本当にあったのか?


4Gamer:
 そういえば,川上さんと栗田さんが出会ったのっていつ頃だったんですか?

栗田氏:
 えーと,iモードが始まったのが1999年で,その夏あたりだった気がします。

川上氏:
 一番最初,昔居た会社の知り合い経由で,夏野さんを紹介してもらって。確かその流れでお会いしたんでしたっけ。着メロサイトを作る頃に栗田さんに会いに行ったのは覚えてます。

栗田氏:
 着メロの頃は,もう2001年あたりですから,最初にお会いしたのはもっと前だったような。

川上氏:
 忘れちゃったなぁ。

栗田氏:
 ときに川上さんは,あの“細長い部屋”にはいらしたんですか?

川上氏:
 ああ,いきましたよ。隅っこにワインセラーがある部屋ですよね。怪しいクラブみたいな雰囲気の(笑)。

栗田氏:
 そうそうそう。

4Gamer:
 え,ドコモの社内にそんなものがあったんですか?

栗田氏:
 あったんですよ。通称「クラブ真理」とか言われていた応接室が。革張りのソファーが置いてあって,お酒が出るっていう(笑)。

川上氏:
 あれ,凄いよね。

栗田氏:
 社内で戦って,ちゃんと予算をもらってあの部屋を作ってましたからね。とにかくiモード部隊って,やっぱりドコモの中でもかなり異分子というか,ちょっと変わった集団だったんですよ。例えば,周りがスーツ着てる中で,僕なんかずっと私服でしたし(笑)。

4Gamer:
 それはオフィシャルでOKなものだったんですか?

栗田氏:
 どうだろう? 上司の真理さんは「いいんじゃない?」みたいな軽いノリで,当初はなあなあな感じだったんですけど,当時ドコモの社長だった大星公二さんと,当時カプコンの社長だった辻本憲三さんとの打ち合わせに私も同席したところ,辻本さんが「ドコモでも,こういう奴(私服)がおるんやな。大したもんだ」とおっしゃっていただいて。それで社長的にもOKになった――みたいな話を後日聞きました。

4Gamer:
 それも凄い話ですね。じゃあ,iモードのサービスが始まってからの,栗田さんのお仕事はどんなものだったんですか?

栗田氏:
 プロジェクト立ち上げ当初は,さっきお話していた仕様の策定みたいなことをやっていたんですけど,iモードが始まる前年(1998年)くらいからは,主にコンテンツの開拓をやっていました。いろいろなゲームメーカーさんを回ったり,上がってくる企画の審査をしたり。ただ,最初の頃は,ほんと“けんもほろろ”な状態で(苦笑)。

4Gamer:
 そうだったんですか?

栗田氏:
 こんな小さい画面じゃ何もできないよとか,そんな通信機能ではとか,かなりたくさんのメーカーさんに行ったんですけど,どこも全然乗ってきてくれない。そんななかで,バンダイ,ナムコ,トミー,インデックス,そしてドワンゴが早期から参加をしてくれたんですね。

川上氏:
 トミーのゲームは,堀江貴文さんが作ってたやつですよね。

栗田氏:
 そうでした。それで言ったら,バンダイのゲームも堀江さんのところ(オン・ザ・エッジ)の受託ですよ,確か。

4Gamer:
 へえ。ここで堀江さんのお名前が出てくるのも,ちょっと意外です。

栗田氏:
 ゲーム会社が本格的に参入してくる前の時期は,そういう新興の会社さんのフィールドだったんですよ。ただ,iモードが成功し出すと,今度は,いろいろな企画や提案がめちゃくちゃたくさん来るようになって。本当に玉石混合……というか,中には全部手書きの企画書みたいなものすらあって,「さすがに他社に見せる企画書くらいはパソコンを使ってください」みたいな(笑)。

川上氏:
 そんなところが本当にゲームを作れるのかと(笑)。

栗田氏:
 ほんとそう。パソコンをちゃんと使えないような人ですら,iモードの企画を持ち込んで来ていたんです。まぁそんな状況だったものですから,ドコモ側が選別と監修みたいなことをやる必要があったんですね。だから当時は,僕だけでも160社ぐらい受け持っていて,毎日朝から一時間刻みでいろんな会社の人のプレゼンを受け,夜はその資料を整理して,コンテンツ会議は3日間ほぼ徹夜だとか,そんな感じでしたね。

川上氏:
 あの頃,コンテンツプロバイダの間では「ドコモ詣(もうで)」みたいな言葉があったじゃないですか。審査を通してもらうために,あるいは自社のコンテンツを優遇してもらうために,頻繁にドコモにお伺いをするという。あれって本当なんですか?

栗田氏:
 たぶんですけど,榎さんや夏野さんに行き着くまでが大変だったんじゃないですかね。それに,一般に公募するようになったのは,サービスが始まってからかなり経った後ですから,それまでの間は,窓口がどこなのかも分からない状態だったと思います。

川上氏:
 あの頃って確か,インデックスとサイバードが「うちに企画を持ってくれば審査を通してあげます」みたいなことを言いまわっていて,業界内でコンサルっぽいことをやっていたじゃないですか。

栗田氏:
 ああ(笑)。それはたぶん,サイバードが一番やっていて。そこについては,夏野さんはいまだに怒っているんですよ。

川上氏:
 そりゃそうだよね。でも,あの頃の大手コンテンツプロバイダ各社は,ドコモで大きな人事異動とかがあったら,辞令が発表されたその日のうちに,新しい組織図をみんな持ってましたからね。

栗田氏:
 それは凄いですね。

川上氏:
 それが当たり前だったんですよ。で,「え,ドワンゴさんはやってないんですか?」って言われて。そもそも,そんな人事異動があったことすら知らないみたいな(笑)。

栗田氏:
 とくに商社系は,そういうところに敏感な感じはしますね。一方でドワンゴさんは,最初から直接入ってましたからね。

川上氏:
 うん。だから,そういう営業努力みたいなことは一切やってない。ウチはそもそも,接待するって概念がなかったですから。まぁ,それはそれでどうなのって気はしますけど。


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