
インタビュー
最近のフィギュア市場ってどうなってるの?――グッドスマイルカンパニーに聞くフィギュアビジネス,そして「ブラック★ロックシューター」という挑戦
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今回4Gamerでは,そんなフィギュア業界をリードするグッドスマイルカンパニーの代表取締役・安藝貴範氏にインタビューする機会を得て,フィギュアビジネスについてや,近年のコンテンツ開発,あるいはその周辺の“文化”についてなど,いろいろな話を聞いてみた。
グッドスマイルカンパニーと言えば,「ねんどろいど」シリーズや「figma」シリーズなどで有名な,日本でもその名を知られた有数のフィギュアメーカー。ごく一部の人の嗜好品でしかなかったフィギュア市場を,ここ数年で大いに盛り上げてきた立役者とも言える会社の一つである。
近年では,ニコニコ動画やpixivで人気を博した「ブラック★ロックシューター」(以下,B★RS)のアニメ化に乗り出すなど,さまざまな取り組みにチャレンジしている事でも知られる。
フィギュアがここ数年で一般層に浸透していったのはなぜなのか。またフィギュアとはどういう風に作られ,それにかかるコストはどの程度なのか。興味深い話が満載の安藝氏との会話をお届けしたい。
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4Gamer:
よろしくお願いします。
今日は,フィギュアビジネス全般や,御社が最近取り組まれている「ブラック★ロックシューター」について,いろいろとお聞きできればと思います。
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こちらこそよろしくお願いします。もっと多くの方にフィギュアについて知ってほしいなと常々思っていますので,できる限りお答えさせて頂きます。
4Gamer:
ではまず,近年のフィギュア市場についてお聞きします。これは素朴な疑問なんですが,フィギュアというものがここ数年でライトな層へ広がっていった要因ってなんだったんでしょう。
安藝氏:
一つには,やはり技術的な進歩が大きかったと思います。非常に品質の良いものがそこそこの値段で出せるようになって,なんというのか,“商品としての幅”がとても広がったんですよ。
4Gamer:
キャラクターものの立体物というと,私なんかは90年代の「ガレージキット」の盛り上がりを思い出しますが。
安藝氏:
「エヴァンゲリオン」が社会的なブームになった頃ですよね。ただ,昔のいわゆる「ガレージキットフィギュア」というものは,「高価」かつ「未完成」という商品(あるいは自作)で,初心者の方が買ってきてすぐに楽しめるものではありませんでした。プラモデルなどと同様に,組み立てや塗装には,高度な技術と労力が必要だったんです。
4Gamer:
最近人気のフィギュアは,ほとんどが“塗装済み完成品”ですよね。
安藝氏:
ええ。これは食玩フィギュアなどの製造ノウハウを応用することで可能になったんですが,近年では,非常に精巧で安価な“完成品フィギュア”が流通するようになりました。そしてその結果として,フィギュアはいわゆる模型ファンだけのものではなくなって,そのアニメやゲーム(のキャラクター)のファンが買って来てすぐ楽しめる商品になったんですよ。
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90年代の火付け役がエヴァンゲリオンだとすれば,2000年代のきっかけは,やはり「涼宮ハルヒの憂鬱」あたりになるんですか?
安藝氏:
ハルヒは一つの契機にはなりましたよね,やっぱり。とくに2〜3年前くらいは凄かったですよ。数十社が一気に参入して,ハルヒだけで数十体あるみたいな。そんな状況でした。
4Gamer:
そんな状態になると,一気に市場が飽和しそうですけれど。
安藝氏:
フィギュア市場全体でいうと,昔……といっても5〜6年前ですけど,商品の点数が少なかったこともあって,当時は割とどれもフラットに商品が売れていたんです。しかし近年は,参入企業が相次いで競争が激しくなり,売れる商品と売れない商品が明確に分かれるという傾向が顕著です。
4Gamer:
急にお客さんのお小遣いが増えるわけじゃないですからね。
安藝氏:
そうなんです。だから今は,月間で100体のフィギュアが発売されるとしたら,その中の本当に反響が強い上位3体だけがドカンと売れて,それ以外は泣かず飛ばす……みたいな状況になっています。
4Gamer:
そういえば,フィギュア市場の男女比や年齢層など,属性ってどんな感じになっているんですか? あまり公のデータでそういう数値を見たことがないのですが。
安藝氏:
フィギュア市場では,そういったデータを綺麗に取るのがなかなか難しいんですけど,僕たちが以前アンケート等で取った限りだと,やっぱり20代が一番のボリュームゾーンですね。男女比でいうと男性のお客さんが中心です。
4Gamer:
年齢層は,具体的にはどういったグラフになるんでしょうか。
安藝氏:
そうですね。だいたい18〜20歳のあたりから立ち上がって,25歳前後がピーク,その後少し下がっていって,35歳前後でまた山があるといった感じでしょうか。いわゆる“M字型”みたいなグラフになっていますね。
4Gamer:
興味深いですね。
安藝氏:
ちなみになんで18歳〜20歳くらいから立ち上がってくるかというと,いわゆる美少女フィギュアだとか,ちょっとエッチなフィギュアだと,親御さんと一緒に暮らしていると,なかなか飾りにくいとかいうのがあるみたいで(笑)。
例えば,大学生になって一人暮らしをし始めて,バイトしたお金でフィギュアデビューとか,そんな感じのお客さんが多いみたいですね。
4Gamer:
なるほど。
安藝氏:
一方で,30代のお客さんというのは,昔からフィギュアファンの方が多いです。彼らは高価なスタチュータイプの商品を主に買ってくださるお客さんで,フィギュアをある種の美術品/コレクションとして購入されているという印象があります。審美眼もシビアです。
4Gamer:
35歳で山があるのは,年代からすると,やっぱりエヴァンゲリオンで入ってきた世代なんですかね。
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うーん,どうでしょうね。ただ,昔と比べて「大きく変わったな」と思う変化の一つに,ファン層の変化というものがあります。というのも,昔って,いわゆるキャラクター商品とフィギュアのファン層って,かなりハッキリ別れていたんですよ。フィギュアのファンは,あくまでホビー/模型寄りのお客さんといいますか。
4Gamer:
確かにそういう印象はあります。
安藝氏:
しかし近年では,弊社の「ねんどろいど」シリーズのような,低価格であったり部屋に飾りやすいタイプの商品も増えていて,その結果,キャラクターファンとフィギュアファンの境目が曖昧になりつつあります。
4Gamer:
「ねんどろいど」シリーズは,端から見ていても大変な盛り上がりを感じたのですが,実際はどのくらいの数が売れていたのですか?
安藝氏:
実を言うと,最初はそうでもなかったんですよ。最初の「ねんどろいどネコアルク」でいうと,初期ロットで4000個くらいだったかな。それでも,当時は「おおー,すげー売れた!」って感じではあったんですけど。ただあれは,製造コストが結構高かったので,4000個程度では全然利益にならなくて(苦笑)
4Gamer:
最近のヒットシリーズは凄く売れると聞きましたが。
安藝氏:
そうですね。ねんどろいど初音ミクは,累計で12万個くらいだったかな?
4Gamer:
……めちゃくちゃ売れてますね。
安藝氏:
フィギュア市場の話に戻すと,「ねんどろいど」や「ねんどろいどプチ」「figma」といった低価格のシリーズが,顧客をどんどん開拓していってる側面はあって。フィギュア一体に1万円は払えないけど,3000円なら買ってもいいかな?ぷちの500円ならばちょっと買ってみようかな?というお客さんが増えているんです。そこから「あ,フィギュアって結構いいな」と思ってもらって,1万円を超える精巧なものも買ってもらえるようになれば,僕らとしては嬉しいですよね。
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4Gamer:
ワンダーフェスティバル(以下,ワンフェス)は,今や4〜5万人規模のイベントに成長していますし,間口は本当に広がりましたよね。
安藝氏:
ワンフェスは,まだショーの規模が小さい頃から私達も参加させて頂いてましたが,あそこで大規模なブースを出して,派手なイベントをやり始めたのは,たぶんウチが走りだったと思います。最初は,同業他社さんも「なんであんな巨大なブース出してるの?」とか,みんなどん引きだったんですけど(笑)。
4Gamer:
しかし,なんで巨大なブースを出そうと思ったんですか?。コストも凄くかかるでしょうに。
安藝氏:
それこそ,当時はなけなしの会社のお金全部使ってとか,そういうレベルでしたね。けれど僕としては,ただ商品を並べて置くだけのイベントも良いけど,そうじゃなくて,もっとフィギュアを文化として,世界観として楽しみましょうみたいな思いが強くあって。そういうコンセプトで,「トークも楽しめます」「映像も楽しめます」そして「新商品も見れます」という,フィギュアを取り巻く世界の総合的なブースを作りたかったんです。
4Gamer:
それがもう,今や当たり前の光景になっていますよね。
安藝氏:
沢山の方に共感して頂いたおかげで,弊社のブースだけではなく,イベント全体も凄く盛り上がるようになりましたよね。ウチのおかげ……というほど傲慢にはなれませんが,昨今のワンフェスの盛り上がりには,弊社も大きく貢献できたんじゃないかなと思っています。……まぁ,あんまり偉そうなことを言うと,周りの方にお叱りを受けてしまいますけど(笑)。
4Gamer:
グッドスマイルカンパニーさんが果たした役割は,決して小さくなかったと思います。
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企画から製品化までは約1年――フィギュアビジネスのプロジェクトフロー
4Gamer:
先ほど,フィギュアの製造コストのお話がチラっと出ましたけれど,フィギュアの製造コスト,あるいは企画から製品が発売されるまでの工程ってどうなっているんですか?
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普通のマーチャンダイジングの商品などと,そんなには変わらないと思います。まず企画を立てて,ライセンサーさんに交渉をしにいって。その企画の段階で今後どんなフィギュアをつくりたいっていうのを決めていくんですけど,そこで「どんなポーズのフィギュアにしようか」などの部分を詰めていきます。
4Gamer:
さっきおっしゃっていた「ハルヒだけで数十体」みたいな状況は,どうして起こるんでしょう? ライセンサーの版権管理はどういった形なのでしょうか。
安藝氏:
フィギュアメーカーって,基本的にそんなに規模の大きな会社じゃないので,大手の玩具メーカーのような版権を囲い込むような形でビジネス(制作段階で大口の投資をするなど)をすることは,なかなか難しいところがあるんですよ。だから,フィギュアメーカーに版権が降りるときは,それこそ各社一斉に許可されるんです。フィギュアビジネスって,そういうフラットな環境なんです。
4Gamer:
参入企業が増えた理由は,そのあたりにもありそうですね。
安藝氏:
ともあれ,企画が認められて条件が折り合えば,プロジェクトが正式にスタートします。場合によっては,そのライセンサーさんから「じゃあ改めて絵を書きましょうか」みたいな提案をしてくれることもありますが,商品の方向性やイメージが固まった段階で,今度は「じゃあどの原型師がこの作品に向いているか」っていうのを選定していきます。原型師さんによって得意分野がありますから,「リアル志向なら,じゃあ××さんでいこう」とか。そんな感じですね。
4Gamer:
ここから制作作業に入るわけですね。
安藝氏:
そこから,原型師の方に作業に入ってもらいます。題材や原型師さんによってまちまちですけど,平均するとそこの作業で3か月くらいでしょうか。
4Gamer:
結構長いんですね。
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精巧なものを作ろうとすると,どうしてもそのくらいはかかるんですよ。で,原型が出来上がってきたら,次にそれを弊社の複製チームが社内で複製するフェイズがあります。
そのときに「製造に向いているか」とか「ここのディテールが足りない」「もう少し線を増やした方がいい」とか,各パーツをチェックするんですよ。そういった調整を重ねながら,さらに原型に色も塗っていきます。
4Gamer:
すでに結構大変そうだ……。
安藝氏:
そうして出来上がったものを,「デコレーションマスター」あるいは「ペイントマスター」と言います。製造のお手本になるモデル,ということですね。これを大体二個作って,一つは国内に,もう一つは中国の工場へと送るんです。
4Gamer:
製造工場は,やっぱり中国が中心になるんですか?
安藝氏:
今はもう,ほとんど中国ですね。工場には,彩色を施したマスターに加えて,もう一つ色を塗ってない原型も送ります。その原型のパーツをベースにしながら,製造の肝になる「金型」の設計に入ります。
4Gamer:
最近のフィギュアの精巧さは,目を見張るものがありますよね。
安藝氏:
そうでしょう。だからもう大変で(笑)。原型師さんが作ってきた原型を見て,「どうやって量産するんだこれ」と思うこともしばしばです。
ただ,そこはメーカー側の腕の見せ所でもあって,このパーツはこういう風にインジェクションで抜いた方が再現度が高いとか,このキャラはウエスト部分がとても大事だから成形の歪みが出ないように贅沢な工程にしましょうとか,そういうやりとりを経ながら,各パーツをどう金型にはめこんでいくを決めていきます。
4Gamer:
設計部分はそれで終わりですか?
安藝氏:
いえ。一通りの金型が出来上がったら,「テストショット」というのを重ねて微調整を行います。実際作ってみたら,「やっぱりちょっと変形しちゃったな」みたいな問題が出てくるので。また金型の調整と同時に,最後にどうやって色を塗っていくかという工程や,それに使う塗料の選別/指定も行います。
4Gamer:
相当大変ですね……。
安藝氏:
彩色の工程決めもとても大切で,「この表現を量産で再現するには,黒を塗ってからシルバーを吹いて,最後に筆でぼかしましょう」とか,塗っていく工程をワンパーツごとに決めていく必要があるんですよ。塗料にしても,「このブルーを出すために,このグリーンが何%でホワイトが何%で」っていう,色のレシピを決めていきます。
4Gamer:
うーん,細かいですね。
安藝氏:
原型と見比べながらテストワン,テストツーと重ねていって,製造ラインに乗せた時の品質が高まるようにしていきます。工場に原型を渡してからここまでで3〜4か月はかかります。
4Gamer:
ライセンサーとの調整期間を含めると,この段階で1年以上が過ぎちゃうようなこともありそうですね。
安藝氏:
で,「よし,これで!」っていう最終サンプルがあがったら,即座にそれをマスターとして製造を開始します。というのも,そこの間を空けると,作業する人達が忘れちゃうんですよ。感覚が抜けてしまう(苦笑)。だから,そこから一気に製造をかけて,そこまでに受注活動もして,適切な製造数を決める必要もあります。
4Gamer:
いやぁ,大変そうです。
安藝氏:
でも楽しいですよ(笑)。
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4Gamer:
ちなみに,コスト面でいうとどんな感じになりますか? 例えばですが,ゲーム会社さんがキャラクターのフィギュアを作りたい!と思ったときに,どのくらいの予算でお願いできるものなのだろうというか。
安藝氏:
うーん,そうですねぇ。もちろん,プロジェクトや製品のジャンルによって全然違うんですけれど,やっぱりそれなりに良い物を作ろうとすると,金型や彩色の設計までで,1000万円程度はかかると思います。
4Gamer:
先ほど聞いた限りだと,かなりの手間暇がかかってますもんね。
安藝氏:
例えば,どこかの会社からうちに原型を作ってくれと依頼が来たとしたら,見積もりとしては200〜300万という値段にはなると思うんですよ。安くても150万円に抑えられるかどうか。原型師さんに作ってもらうにしても,それだけで3〜4か月かかるわけで,それだけの人月コストはどうしても避けられない。
4Gamer:
それに加えて,製品自体の製造コストも必要ですよね。
安藝氏:
そうですね。これも製品次第ですけど,一個1000円だったり3000円だったりします。また工場のラインを使って製造する以上は,例えば「50個で」とかいうのもなかなか厳しくて。ミニマムロットで1000個,2000個というのは見て頂かないといけない。そうやってあれこれとコストを考えていくと,トータルで2000〜3000万円くらいの出費は覚悟して貰わないといけないですね。
4Gamer:
そこまでいくと,結構な規模のプロジェクトじゃないと厳しいかなぁ……。
安藝氏:
もちろん,フィギュアメーカーの中にはいろいろな会社さんがいらっしゃいますし,原型を50万円くらいで作ってくれるところもあります。ただ弊社は,クオリティに関して妥協をしたくないので,必要な部分にはしっかりと潤沢にコストを使う方向でやらせて頂いていますね。
4Gamer:
フィギュア業界自体でいうと,昔と比べてゲーム関連の仕事は増えているんですか?
安藝氏:
かなり増えていると思います。とくに,ゲーム会社さんから「ライセンスを卸すのでフィギュアどうですか」みたいなお話は,ずいぶんと増えた印象があります。
4Gamer:
あと,初回限定版のおまけとして,とか。
安藝氏:
それも凄く多いですね。ただ,なんというかこう,もう一歩踏み込んだ形での「上手いやり方」っていうのが,なかなか見いだせてないのも確かで。逆に言うと,そこは“伸びしろ”なのかなとも感じています。
4Gamer:
KONAMIさんの「武装神姫」シリーズなんかは面白い試みですよね。ゲームとフィギュアを連動させるという。
安藝氏:
そうですよね。この先,いろんな方向性のプロジェクトがもっと出てきていいと思います。
まぁ先ほど,2000〜3000万円みたいなお話をしたばかりですが,小さいものであればそんなにお金はかからないですし,時間も比較的に短いので,ゲームの開発スケジュールに併せながら進めることは可能です。フィギュアを使った面白い遊びを考えているゲームメーカーさんがいらっしゃったら,ぜひお声がけしてほしいですね。
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