インタビュー
最近のフィギュア市場ってどうなってるの?――グッドスマイルカンパニーに聞くフィギュアビジネス,そして「ブラック★ロックシューター」という挑戦
「ブラック★ロックシューター」という挑戦
ブラック★ロックシューター
「ブラック★ロックシューター」とは,Steins;Gateのキャラクターデザインなどでも知られるhuke氏によるイラストを起点にした,楽曲/アニメーション群。注目を集めるきっかけとなったニコニコ動画上の「初音ミクがオリジナルを歌ってくれたよ「ブラック★ロックシューター」」は,2010年8月時点で346万再生を誇る
―少女たちの想いは、純粋で、そして激しい。―
中学校へ入学した黒衣マトは、
入学式の日に一際目を引くクラスメイト、小鳥遊ヨミと出会う。
天真爛漫なマト。どこか大人びたヨミ。
対照的な二人は一緒の時間を過ごすうちに友情を深めていく。
2年に進級しクラスが離れてしまった少女たちの心がやがてすれ違い始める。
そして時を同じく。もう一つの世界では、
青い炎を瞳に宿す少女、ブラック★ロックシューターと、
漆黒の大鎌を持つ少女、デッドマスターが
死闘を繰り広げていた……。
「ブラック★ロックシューター」公式サイト
4Gamer:
いろいろな試みという意味でいうと,ここ最近グッドスマイルカンパニーさんが推進してきたB★RSは,本当に挑戦的なプロジェクトですよね。
安藝氏:
会う人会う人にそう言われるんですけど,僕としては,そんなにいびつなビジネスをしているつもりはないんですよ。
4Gamer:
でも,50分ものフルアニメーション作品をタダで配ってしまおうというのは,今まで聞いたことがありません。
安藝氏:
ホビージャパンさんなどにご協力して頂いて,雑誌に付く無料の付録DVDという形などでやらせて頂きました。ほかにも,メガミマガジンさんとアニメディアさんにも付きます。
4Gamer:
トータルで何枚くらいのDVDが配布されるんですか?
先日ちょっと数えてみたんですけど,全部で60万枚くらいですね。これ,オリコンチャートとかにカウントされたら,実は今年の年間アニメDVDでトップを取れる数字だと思います(笑)。
4Gamer:
やりすぎです(笑)。
でも面白い取り組みですよね。今のアニメ業界が,DVDの売り上げに依存したビジネスモデルになっている一方で,今回のような「映像そのものじゃないところで儲けよう」という試みは。
安藝氏:
広告モデルという視点で見れば,昔バンダイさんとかが,玩具を売るためにアニメを作っていたのと似たものなんですよね。テレビのモデル自体が,そもそもフリーモデルで。広告でユーザーがそれを目にすることで対価を売りにいきましょうっていう。
4Gamer:
最近,ネット界隈では「フリーミアム」なんて言葉も流行ってますが。
安藝氏:
別にフリーモデル自体は,昔からあるものですよね。ただ,インターネットのような新しいメディアが出現したことで,コンテンツの出し方とか,契約の形とか,“フリーの形”が変わってきたということだと思うんですよ。で,そうした変化に対応しながら,その時代その時代の環境で許されることを,頑張って考えながら丁寧に実行していく。それが大事なんじゃないかなと思うんです。
4Gamer:
B★RSも,そういう挑戦の一環であると。ネット界隈でビジネスモデルの話になると,やっぱりどうやってお客さんにお金を払ってもらうか,払う価値を見出してもらうかが議論されます。そんななかで,アナログなフィギュアという商品が大きく伸びてきた。
安藝氏:
この時代だからこそ,という側面は少なからずあるとは思います。でも,だからといってこれがすべてだとも思わないし,コンテンツのあり方として,漫画や映像やゲームなどだけではなくて,こういう方向性(フィギュア)もありますというだけで。
4Gamer:
キャラクターがバっと人気になるパターンって,昔から,例えばCMのキャラクターで火がついたりだとか,入り口がいくつかあったと思うんですけど,B★RSはその現代版というか。
安藝氏:
ニコニコ動画だったりPixivだったりね。
4Gamer:
ところで,B★RSをアニメ化するにあたって,気をつけたことはなんだったんでしょう? いわゆる「初音ミク」なんかもそうなんですけど,ネット発で人気のキャラクターって,ネット上に“原典”があって,それをユーザーさんが独自解釈しながら拡散されていくじゃないですか。
安藝氏:
いやぁ,もう注意のしようもないといいますか。B★RSの絵だけでも,pixivに何千点ってあがっていて,本当にユーザーさんの解釈がさまざまなんですよ。だから,そこを気にしても仕方なくて,あくまでhukeさんが生み出したコアの部分,そこを膨らませるというところに注力しようと。
4Gamer:
アニメ化するにあたっては,ストーリーをどうするかとかも難しい部分だったんじゃないですか?
安藝氏:
B★RSの最初のイラストって,hukeさんがとても落ち込んでナイーブになっていた時期に描いた絵なんですね。そういう時に,B★RSを描くことで,hukeさん自身が立ち上がることができたっていう話を,彼から聞いたことがあって。
だからストーリーに関しては,そうしたイラストを生み出した時のhukeさんの気持ちや葛藤なんかをベースにしていくべきだろうと。そのうえで,いろいろな試行錯誤を重ねました。
4Gamer:
脚本の監修に谷川流(※)さんが加わったされたのはいつだったんですか?
※谷川流(たにがわながる):人気ライトノベル作家。代表作は「涼宮ハルヒ」シリーズ
安藝氏:
ストーリーの方向性がぼんやり決まったあたりで,やっぱり「ちゃんとお話を作ってくれる人が必要だ」という話になって。「誰かいい人いないかなぁ」とあれこれ探していたんですけど,ある時,「駄目元でもいいから,谷川さんに相談してみよう」という話になって,連絡を取ってみたんですよ。せめてアドバイスでも貰えたらラッキーくらいの気持ちで。
4Gamer:
そうしたら受けてくれた?
安藝氏:
そう。最初は,プロジェクトの会議に参加してアドバイスを頂けませんか?という形でお願いしたんですけど,「いいよー」みたいな感じで受けて頂いて。そして一緒に会議を重ねていくうちに「やっぱりこの人しかいない!」みたいな感じになってしまって。改めて監修をお願いしてみたら,また「いいよー」と(笑)。
4Gamer:
ちなみに,B★RSのプロジェクトの手応えはいかがですか?
安藝氏:
いや,もの凄い“熱”ですよね。ファンの方が作り出すパワーの凄さというか。先日も秋葉原で先行上映会をやらせて頂いたのですが,予想外に沢山のお客さんに来て頂いて。「やばい,イスが足りない!」みたいな状況にもなりました。
4Gamer:
フィギュアも売れているんですか?
安藝氏:
おかげさまで大変好調というか,過去最高というレベルです。
4Gamer:
何個くらいですか?
安藝氏:
「ねんどろいど ブラック★ロックシューター」と「figma ブラック★ロックシュー」を併せて,16万個を超える注文を頂きました。
4Gamer:
じ,16万ですか。昨今,市場規模の大きいゲームでさえ,10万本売れるタイトルはそう多くないのに。
安藝氏:
ちょっといやらしく聞こえてしまうかもしれませんけど,ちゃんと儲かれば,より良い形で次のプロジェクトに繋げていけるし,挑戦できることの幅も広げていけるんですよね。B★RS自体は,コマーシャリズム(商業主義)からは外れたところで生まれたコンテンツなんですけど,コマーシャリズムに乗っかることで初めてチャレンジが可能になるということも多いんです。
4Gamer:
とてもよく分かります。
安藝氏:
B★RSは,いろいろな偶然が重なってブームになった,いわば“奇跡”のような作品です。今のコンテンツ業界は,この“偶然”をしっかりと受け止める必要があると思うんです。既存の媒体やビジネスモデルに縛られることなく,もっと個々の作品やクリエイターに合った,ベストな形を模索していくべきではないでしょうか。
4Gamer:
アニメ業界でいうと,5〜6年かもうちょっと前くらいに,コンテンツファンドが組まれて大きな投資をしていた時期があったじゃないですか。
安藝氏:
ありましたね。でもあれ,ほとんど大失敗だったじゃないですか。
4Gamer:
はい。だから最近では,もうアニメに投資しようっていうのをあんまり聞かなくなってしまいました。
安藝氏:
ええ。でも,だからこそ僕は「アニメに投資してちゃんとリクープできるんだ」っていうのを,そうした人達にもう一度伝えたかったんです。アニメに限らず,日本のコンテンツって,僕はとても“ビューティフルなもの”だと思っているので,そうした文化が無くなってしまうのは避けたいですよね。だからコンテンツにお金を出す仕組みや,コンテンツに投資したいっていうニーズは作っていかないと駄目だと思います。
4Gamer:
では,B★RSが成功が収めても,同じやり方でそれに続くコンテンツは生まれるのでしょうか。
安藝氏:
そこはまったく同じでは駄目かもしれませんね。通用するモデルというか,とくにコンテンツのビジネスモデルが通用する時間って本当に短くて,基本的には水ものなんですよ。喧伝される成功例は,それだから成功したのであって,いろいろな要素のタイミングが上手くマッチした結果の産物なんです。
4Gamer:
我々が言うのもなんですけど,メディアが書きたてた時点では,ビジネスとしては周回遅れだったりもしますからね。
安藝氏:
投資っていうのは,モデルにやってしまっては駄目だと思うんですよね。あくまで新しい何かに取り組む“姿勢”というのかな,そこに対して投資すべきなんです。それが結果として大成功だったりするわけで。もちろん大失敗だったりすることもありますけど。
4Gamer:
2匹目のドジョウ狙いは有効な戦略ではありますが,1回は回収できても,2回,3回とは続かないことが多いんですよね。
安藝氏:
そうなんです。2回目以降に,途端に苦しくなる。
4Gamer:
では,そんな状況の中で,B★RSがより発展するために,あるいはB★RSに続く作品が生まれてくるには何が必要なんでしょうか。
安藝氏:
僕が一つ確信を持っていることがあるすれば,それは,コンテンツを生み出し育てていく“環境の幅/選択肢”が,もっともっと広くあるべきだというところです。
4Gamer:
今はまだ狭いということですか?
安藝氏:
それなりに大きなプロジェクトになると,30分のテレビアニメや映画,ゲームで言うなら,オタク狙いならPSPで,もう少しマスを狙うならDSで,とかそういうくらいですよね。コンテンツに投資をするという観点から見ると,展開の幅はまだまだ狭いんじゃないかなと感じます。
4Gamer:
B★RSもそうだし,先日お話を伺った「Steins;Gate」なんかも,そうしたチャレンジに含まれますか。
そうですね。それこそ作品や作家さんそれぞれに合ったスタイルというのかな,それを自在に使い分けながら,クリエイターさんが自由に活躍できる環境が必要だと思っています。B★RSでは,ニコニコ動画で出た当時は「5分のPV」という形が結果として適切だったと感じるし,逆にこれからさらに広げていくにあたっては,こういう(DVDをタダで配ったりする)スタイルが合っているんじゃないか?という感じですね。
4Gamer:
分かりました。
話がどんどん広がっていくので終わらせるのは残念ではありますが,最後に,読者に向けて一言お願いします。
安藝氏:
フィギュアというと,やっぱりまだまだマニアックなイメージを持たれてる人が多いかもしれませんけれど,最近は間口も広くなって,だんだんと身近なものになってきたんじゃないかなと思います。フィギュアって実際に触ってみると,とっても“いい感じ”のアイテムなので,食わず嫌いをせずに,ぜひ一度触れてみてほしいなと思います。
またB★RSも,最初にニコニコ動画で出てきた時のインパクトに負けないものを!という意気込みでやらせて頂いているプロジェクトなので,こちらもぜひ多くの方に見てみてほしいですね。そしてもし,DVDを2枚手に入れた方は,お友達に渡して布教して頂ければと思います(笑)。
4Gamer:
本日はありがとうございました。
文字通り“根掘り葉掘り”というか,いろいろと突っ込んだ話を聞いてみた今回のインタビューだったが,フィギュアの製造工程やそれにかかるコストなど,普段なかなか聞けない話を数多く聞けたのはとても興味深かった。
ちなみに「今はまだ言えないが」とのことではあったが,グッドスマイルカンパニーは,今後ゲーマーに向けた取り組みも積極的に行っていくつもりのようで,フィギュアをよりポピュラーなものにするためにも,これからもよりアグレッシブにいろいろな取り組みにチャレンジしていくのだという。
参入企業が相次ぎ,より競争の激しさが増している近年のフィギュア業界だが,フィギュアという商品を軸にして,安藝氏と彼の率いるグッドスマイルカンパニーがどこへ向かっていくのか,実に興味深い。
ちなみに。インタビューでも話題に挙がったアニメ版「ブラック★ロックシューター」は,8月19日からニコニコ動画でも本編が配信されている。無料で配布されているアニメとは到底思えないような,非常にハイクオリティな作品に仕上がっているので,本インタビューで興味を持ったという人は,そちらもチェックしておくといいだろう。
「ブラック★ロックシューター」公式サイト
「グッドスマイルカンパニー」公式サイト
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