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東京を世界一のeスポーツ都市へ。東京メトロがゲシピと協業し,eスポーツジム事業に取り組むことになった経緯や今後の展望が紹介されたセミナーをレポート
本セミナーで取り上げられたeスポーツジム事業の企画は,東京メトロのオープンイノベーションプログラム「Tokyo Metro ACCELERATOR 2019」にゲシピが応募し,審査やプレゼンテーションを経て採択されたもの。同プログラムは,東京メトロが保有する資源とスタートアップ企業のアイデア・技術を組み合わせ,新たな事業や価値を生み出すことを目的として,2016年より実施されている。
eスポーツジム事業の紹介は,本事業のコーディネーターを務める東京メトロの川尻 明氏より行われた。それによると,今回のeスポーツジム事業について東京メトロが魅力を感じた点は3つあったという。
1つは「新規参入市場としての魅力」で,近年成長の著しいeスポーツ市場に参入するチャンスだと捉えているとのこと。
2つめは,「eスポーツ市場が抱える課題を解決することにより,東京メトロが社会的意義の包含されたeスポーツの発展に貢献できる」という点。eスポーツには地方創生や共生社会の創出といった社会的な意義を内包しているが,練習場の不足や裾野が広がらないといった課題があるという。
そこでeスポーツジム事業を展開し,アマチュアプレイヤー向けにトレーニングできる施設を提供したり,リーグを開催したりすることで,多くの人に気軽にeスポーツに取り組んでもらえる環境を作れば,それらの課題解決に貢献できるのではないか,というのが東京メトロの見解だ。
3つめは,「東京メトロが掲げる『東京の魅力・活力の共創』と,ゲシピのビジョンが一致した」こと。つまり,ゲシピの提案した東京メトロ沿線でeスポーツジムとイベントの相互展開は,点ではなく面による事業展開を可能とし,それが「東京の魅力・活力の共創」につながると考えたそうだ。さらにはeスポーツジム事業を通じて,世界都市「東京」の新しいカルチャーとしてeスポーツを発信していくことも視野に入れているという。
続いて,「eスポーツジム設立に向けた検討状況」が紹介された。まずeスポーツジムの理念は3つあり,1つめは「eスポーツを真剣に楽しみ学べる場を提供することで,多くの社会的意義が包含されたeスポーツの裾野を拡大」というもの。とくに“楽しみ学べる”という表現には,eスポーツジムとは真剣にeスポーツを練習する場であると同時に,eスポーツの楽しさを理解してもらう場でもあるという意味が込められているそうだ。
2つめは,「体験性を重視しており,画面越し(オンライン)では伝わらない機微な指導を実施し,ジム生のeスポーツスキル向上を目指す」。コロナ禍の影響で対面指導が難しい昨今ではあるが,将来を見据えて,しっかりしたカリキュラムのもと,アマチュアプレイヤーを育成し,eスポーツの裾野を広げることに貢献していくという。
3つめは,「eスポーツ業界全体の発展に寄与することを目的に,業界の抱える各種課題の解決に挑戦」。インフラ企業である東京メトロとして,eスポーツ業界全体が抱えるさまざまな課題に取り組み,グレーな部分を残すことなく解決していくとのことである。
eスポーツジムのビジネスモデルは,基本的に月額会員制を採用し,ジム生への自主練習場所提供と各自の希望に応じた各種スキルの指導を行う。
また詳細は追って発表されるが,場所は東京23区内。利用者層は,中学生から30代社会人のeスポーツ初心者から中級者を想定している。
こうしたeスポーツジム事業の展開を検討するにあたって,発生した2つの課題も紹介された。
1つは「風営法(第2条第5号)への該当有無」だ。つまりeスポーツジムはゲームセンターと見なされるのではないかという懸念だが,結論としては風営法(第2条第5号)に該当しない形で開業の許諾を得られたという。川尻氏らが具体的に何をやったかというと,所轄の警察署にeスポーツジムの意義などを丁寧に説明したそうだ。またeスポーツに使用するゲーム機以外を設置しないことも,開業を許諾された条件とのこと。
なお警察署の解釈は,あくまでも“今回開業予定のeスポーツジム”に関するものであり,ほかのeスポーツ施設の解釈に準用できるものではない。例えばeスポーツジムも,多店舗展開する場合は都度所轄の警察署に相談するという。
2つめの課題は,「前例のない事業への挑戦」である。今回のeスポーツジム事業は,おそらく日本初の取り組みになるので,手法が確立しておらず,1つ1つ手探りで進めたとのこと。
セミナーでは,まずeスポーツジムで取り扱うタイトルの使用許諾を得る手段が不明だったこと,また東京メトロの取引先にもそういったコネクションがないという課題に直面したことが挙げられた。これはゲシピのコネクション及び関係企業の協力により,各種の調整や交渉を実現できたという。
また新規事業であるため,社内で潤沢な予算を確保するのが難しかったことも挙げられた。こちらは新たなユーザー層の獲得など,金銭以外の部分での貢献で最大限協力することをアピールしたとのこと。
そうやってeスポーツジム事業の展開を検討していく中で,東京メトロとしての強みも感じられたという。ソフト面にある強みでは,やはり鉄道会社として東京を支えている東京メトロというブランドに対する人々の信頼感と,eスポーツ事業参入発表時の「あの東京メトロが」という注目度の高さが挙げられた。
またハード面の強みでは,電車内や駅構内など豊富な広告媒体でアピールできることが挙げられた。
eスポーツジム事業の今後の展望も紹介された。ミッションは3つあり,1つは「1店舗目の開業と継続的なサービス改善」。第1店舗は2021年4月頃に開業するべく準備中で,またそれに先駆けた先行サービスに関する発表が近日中になされるとのこと。
2つめのミッションは「多店舗展開構想」で,東京メトログループ一丸となり,沿線各路線での事業展開を目指す。
3つめのミッションは「将来構想」で,eスポーツジムの地方へのフランチャイズ展開やeスポーツ指導のデータ収集・解析,これまで積み上げたノウハウを活かしたeスポーツ事業への各種コンサルティングなどを構想している。
セミナーの最後には,今回のeスポーツ事業に関わる4名をパネリストとするパネルディスカッションが行われた。
「今回の協業案を検討するにあたり,とくに議論を要した点」というテーマでは,ゲシピ 代表取締役/CEO 真鍋拓也氏が回答。それによると,「いかにして東京メトロとゲシピのビジョンを一致させるか」というところに,もっとも議論が必要だったとのこと。
ゲシピでは「eスポーツは人の成長を加速させる」という信念のもと事業を進めており,東京メトロにそれを深く理解してもらうべく,実際にeスポーツイベントに参加してもらったり,ゲシピのオンラインサービスを見学してもらったりした上で議論を進めていったそうだ。
また川尻氏も,東京メトロとeスポーツのイメージがあまりにもかけ離れていることから,「実際に体験しなければ,社内の理解は得られない」「体験して,この価値を多くの人に伝えたいという思いで資料を準備し,議論を進めていった」とコメントしていた。
「協業案が評価されたポイント」というテーマでは,東京メトロ 企業価値創造部(新規事業企画担当)課長 大原恭子氏が説明した,
大原氏は上記のとおりeスポーツ市場の魅力や抱えている課題の解決,「東京の魅力・活力の共創」を実現できることだと回答。加えてeスポーツジムは,これまでの日本にないまったく新しい事業であることや,新しい価値を生み出そうという川尻氏の熱意も評価されたという。
また東京メトロ 企業価値創造部(新規事業企画担当) Tokyo Metro ACCELERATOR事務局 森 信治氏は,この協業案を審査する上で賛否両論あったことを明かした。例えば「eスポーツが東京メトロに悪いイメージをもたらすのではないか」という懸念を抱く審査員もいたとのこと。最終的には審査委員長が「これから伸びていく分野で,可能性もある」と採択を決定したそうだ。
「採択後に遭遇した困難や課題」というテーマでは,まず真鍋氏が東京メトロの対応がリアルタイムかつ非常にスムーズであることを明かし,よく言われるような「大企業とゲシピのようなスタートアップとのスピード感の違い」はなかったと答えた。
また困難という意味では,これまでにない事業ということもあり,数百人におよぶさまざまな業種の人達から協力を得るべく話をしなければならなかったことが大変だったと語った。
川尻氏は,真鍋氏に同意を示しつつ,理念を守りつつ事業として成立させるということがもっとも困難であるとし,今後も多くの人の協力を得ながら一緒に作り上げていきたいと展望を語った。
「今後の展望」を問われた大原氏は,「第一歩として,eスポーツジムを開業し,成り立たせることを確実に成し遂げたい。将来的には,東京全体でeスポーツを盛り上げていく形にしたい」と答えた。
また真鍋氏は「5年後,10年後に,eスポーツジムがなかった頃はどこでeスポーツの練習をしていたのか? と聞かれるような世界にしたい。eスポーツが当たり前の存在である世界にしたい」とし,「そのためにはeスポーツを社会に溶け込ませなければならない」と述べ,今後は多様なパートナーとともにさまざまなサービスを提供していく予定であることを明かした。
最後に川尻氏が,eスポーツ関係者やeスポーツ関連事業への参入を検討している企業に呼びかける以下のメッセージを読み上げ,セミナーをまとめていた。
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