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「黒川塾 六十二(62)」聴講レポート。久夛良木 健氏が自身の育てたPlayStationのこれまでと,デジタルエンターテイメントの可能性を語った
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印刷2018/07/19 15:56

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「黒川塾 六十二(62)」聴講レポート。久夛良木 健氏が自身の育てたPlayStationのこれまでと,デジタルエンターテイメントの可能性を語った

 2018年7月19日,トークイベント「エンタテインメントの未来を考える会 黒川塾 六十二(62)」が,東京都内で開催された。このイベントは,メディアコンテンツ研究家の黒川文雄氏が,ゲストを招いて,ゲームを含むエンターテイメントのあるべき姿をポジティブに考えるというものである。

画像集 No.006のサムネイル画像 / 「黒川塾 六十二(62)」聴講レポート。久夛良木 健氏が自身の育てたPlayStationのこれまでと,デジタルエンターテイメントの可能性を語った

 今回のテーマは,「デジタル・エンタテインメントの未来」。PlayStationの生みの親である久夛良木 健氏をゲストに招き,ゲームやエンタテインメントの未来,AIの可能性,スマートフォンなどのデジタル機器の進化にまつわるトークが交わされた。

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黒川文雄氏
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久夛良木 健氏

 現在,久夛良木氏が主として研究しているのはAIである。もともと子どもの頃に映画「2001年宇宙の旅」を見たことなどからAIに憧れていたそうで,それが高じてIBM PCが発表される1981年より前にPCを自作していたとのこと。その憧れは,ソニー・コンピュータエンタテインメント(以下,SCE。現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)でPlayStation事業を手がけていたときも変わらずあったという。

 PlayStaionの生みの親ということで,テクノロジーの人だと思われがちな久夛良木氏だが,本人からするとそれは誤解だという。実はエンターテイメントが好きで,それがたまたまコンピュータとつながった結果,PlayStationが生まれたとのこと。
 久夛良木氏はPlayStationを「遊びで作らないと,あんなものはできないでしょう」「ちょっと大きな,大人の遊び」と表現。さらに「僕はコンピュータエンターテイメントというジャンルで遊びたかった」「古くはSF小説があり,アニメがあり,それがIBM PCになり,PlayStationやセガサターンになり,今がある。今のような時代になるのを待っていた」と語った。

 PlayStation登場以前のゲームは,当時のSF小説やアニメなどと同じ“男の子の遊び”であり,いつか卒業するべき存在だった。久夛良木氏は「そうした通過儀礼的なものだと,作り手もどこに向かって作ればいいのか分からない。そこでもっと大人に向けたものを作ろうと考えた」とし,PlayStation事業のスタート当時は,若いゲーマーがゆくゆくはエンターテイメントを作る側に回ること,そしてグローバル展開の二つを意識したと明かした。

 そうした久夛良木氏の狙いは見事に当たり,今や初代PlayStationのゲームタイトルに影響されてゲーム開発を志したというゲームクリエイターは世界中に存在する。「北欧の人達がゲームを作る,それどころかゲームエンジンを作ってしまうなんて,当時は考えもしなかった」と語っていた。

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 なおPlayStationが誕生したのは,ソニーが開発に参加していたスーパーファミコン用CD-ROMアダプタの計画が1991年に突如キャンセルされたことに端を発している……と語られることが多いが,久夛良木氏によるとまったく関係ないという。

 実際,久夛良木氏は任天堂でファミコンやスーパーファミコンの開発を手がけた上村雅之氏と親交があり,2017年には一緒にパネルディスカッションも行っている。
 またスーパーファミコンの音源チップを設計した久夛良木氏は,当時,社員同様に任天堂に出入りしていたそうだ。

 それではなぜ「任天堂vs.ソニー」という対立構造ができたのかというと,「メディアが勝手に作った」と久夛良木氏。続けて「そこにセガが加わったこともあって,我々は1銭も使わなかったのに,ゲーム業界がすごく盛り上がった。いわば無料広告だった」と当時を振り返った。

 ちなみにメディア関連でいうと,大手の新聞は1994年12月3日の初代PlayStation発売にまったく触れなかったという。久夛良木氏によると,70万台出荷した頃から徐々に取り上げられるようになっていったそうだ。

 また初代PlayStationのゲームは,数人規模で開発されることも珍しいことではなかった。久夛良木氏によると,そうしたメーカーはもともとPCやファミコン向けのゲームを作っていたところが多く,独自に3Dゲームを開発するには無理があったので,SCEで各メーカーが共有できるサンプルコードのライブラリを用意したという。
 そうしたライブラリの中には,大手メーカーの看板IP用に開発したものもあったそうで,久夛良木氏は「オープンソースという意味では,現在のGitHubに相当するようなことをやっていた」とし,「それが進化した結果,今や北欧でゲームエンジンが作られ,中国ではAIの研究が進められている」と話していた。

 話題は,久夛良木氏がSCEを離れた後にリリースされたPlayStation 4にもおよんだ。PlayStation 4のリリース当時,久夛良木氏は「ネットに溶け込む存在になっていくだろう」との予想を第10回の黒川塾にて語ったが,確かに現在のゲーム機はオンライン対戦やゲームプレイの配信,ダウンロード販売などなど,ネットと切っても切り離せない存在となっている。
 もともとPlayStationには,そのように「オープンにやっていこう」という意図があったそうだが,久夛良木氏によるとさまざまな“大人の事情”により,PlayStation 4が登場するまで実現しなかったという。

 なお久夛良木氏は,こうしたPlayStationの進化を「ゲーム機の進化」ではなく,「コンピュータエンタテイメントの進化」だと捉えているとのこと。「PlayStationがあったから,MicrosoftがXbox事業に乗りだし,リビングルームの中心に置く戦略を打ち出した。そうなると今度はIntelなどのハイテク業界が大騒ぎになった」とし,「今やゲームコンテンツ市場は世界中で13兆円規模となっており,映画市場はその半分もない。それはもはやゲーム機かどうかは関係なく,新しいドメインができたことを示している」と,久夛良木氏は説明していた。

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 前述したように,久夛良木氏は,PlayStation事業を離れた後,再びAIに目を向けた。その中でもAIによって可能となる新しいエンターテイメントの登場に着目しているとのことで,そのヒントは海外ドラマにあるそうだ。
 久夛良木氏によると,今の海外ドラマは,映画を筆頭にさまざまなエンターテイメントに関わってきた人材が「本当に面白くないと打ち切られる」という事情のもと,スピード感を持って作っているため,「今はまだないけれども,1年後にはリアルに存在しているかもしれない」というアイデアが数多く詰まっているという。

 関連して,「海外ドラマのような展開」を謳うゲームもあるが,久夛良木氏は「Detroit: Become Human」のようなアドベンチャーゲームは,いくら分岐が多くともプレイしている中で手を止めて考える瞬間があるため,時間軸が止まってしまう感覚を受ける,とコメント。
 むしろ今は,「PLAYERUNKNOWN’S BATTLEGROUNDS」のように,多数のプレイヤーが同時にプレイし,ボーッとしているとどんどん置いていかれてしまうような,常に時間軸が流れているゲームのほうに,よりエンターテイメントを感じるという。

 そのほか話題は,昨今のゲームやデジタル環境を取り巻くさまざまな部分におよんだ。
 海外と日本におけるゲームのテイストの差を問われた久夛良木氏は,「大人と子どもの違い」とし,「海外では大人が大人のためのゲームを作っているけれども,日本はそうではない」と語った。さらに,それはゲームに限らずの社会全体の傾向でもあるとし,「例えばフランスでアニメイベントを開催する時期は,街がアニメテイストで溢れることもあるが,その時期が終われば元の街並みに戻る。しかし日本では,地下鉄の駅などを常にアニメキャラが飾っている。こんな国はほかにない」と日本の特異性を指摘した。

 そうした中,大学で講義を行っている久夛良木氏は,昨今の中国人留学生の成長振りから,今後の中国のクリエイティブに注目しているという。例えば先日,莫大な予算をかけたにもかかわらず,駄作と評され公開直後に上映打ちきりとなった中国の映画が話題となったが,そのように中国では鑑賞する側の目が急激に育っており,やがて彼らが作る側に回ったとき,極めてクオリティの高いものができるのではないかというわけである。

 eスポーツについては,日本の展開は遅すぎると指摘するとともに,久夛良木氏は「スポーツとは選手だけでなく,観る人があってのものであり,巨大なスタジアムを埋め尽くすほど観客がいるからこそスポーツイベントが成立する」と持論を語った。
 それはゲームも同じで,海外では背景に大きなコミュニティがあり,eスポーツの大会には一般のスポーツに負けないくらい多くの観客が集まり,また試合の配信も多くの人が鑑賞する。残念ながら日本ではまだそこまでの地盤や盛り上がりはないが,「久夛良木氏は日本人は祭り好きだから,目がないわけではないはず」との見解を示していた。

 デジタルデバイスについては,スマートフォンに代わる存在が早急に必要だという。久夛良木氏は,いわゆる歩きスマホの危険性を指摘し「指で画面をタッチするUIが歩きスマホを誘発している。あれは絶対に変えなければならない」と話していた。

 新しいデジタルエンターテイメントの登場については,「今まさに転換期」とのこと。過去10年20年は単なる準備期間だった,と思わせるような変化が起きると予想しているという。
 ちなみに久夛良木氏はリアルのエンターテイメントを重視しているため,VRやAR,MRにほとんど興味がないそうだ。

 トークの最後には,久夛良木氏がクリエイティブを目指す後進に向けて,「もっとハジケてほしい」とエールを送り,「毎日こんなに暑いんだから,ラテンのノリでもいいんじゃないか」とコメント。「何かをやるのに国は関係なくなっている。日本に来て何かを作っている海外の人達は皆,好奇心が旺盛」「好奇心を持って,ぜひハジケてください。ハジケそうなヤツがいたら,おだててもっとハジケさせてください」と語って,トークを締めくくった。

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