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津田大介の“本性”を見た!――ジャーナリスト津田大介氏がゲストの「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第13回
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印刷2013/09/03 10:44

インタビュー

津田大介の“本性”を見た!――ジャーナリスト津田大介氏がゲストの「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第13回


 連載第13回めとなる,ドワンゴ・川上量生氏との対談企画「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」。今回のゲストは,ジャーナリストとして各メディアで活躍している津田大介氏です。さまざまな社会問題に切り込む,第一線のジャーナリストとして知られる津田氏ですが,以前はかなりの“廃ゲーマー”だったとか。今回は,そんな津田氏のゲーマーとしての半生を語ってもらいながら,昔懐かしいゲーム話に花を咲かせました。

 銭湯で「インベーダー」に出会ってからゲームにはまり,一時期は「将来は自分もゲームデザイナーに!」と考えていたという津田氏。遠藤雅伸氏のポスターを部屋に貼り,大学生の頃エロゲーにハマった話など,他では聞けない(?)エピソードが満載です。しかし,そんな話の合間からも,津田氏がジャーナリストとして大成するに至った原点が見える……かも?

 いつものように,雑談混じりの堅苦しくない内容――というか,今回は本当に雑談ばかりとなっておりますが,昨今,テレビでもよく見かける津田大介氏とはどんな人物なのか。興味があるという方は,ぜひご一読ください。

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銭湯と駄菓子屋さんでゲームを遊んでいたあの頃


4Gamer:
 津田さんに登場して頂くのは,今回で2回目(※一回目はこちら)ですね。

津田大介(つだだいすけ):ジャーナリスト/メディア・アクティビスト/「ポリタス」編集長。1973年生まれ。東京都出身。大学在学中よりライターとして活動しており,著書は「だれが「音楽」を殺すのか?」や「Twitter社会論 - 新たなリアルタイム・ウェブの潮流」など。「Tsudaる」というインターネットスラングでも知られる。ネット界隈の有名人で,最近ではTV番組のコメンテーターも務める。人生で一番好きなゲームは「ペンゴ」。一番好きなRPGは「ミネルバトンサーガ ラゴンの復活」
津田氏:
 はい。あまり対談の趣旨をよくわかっていないんですけど……。今日は「ゲームの話」が思う存分できるということで,とても楽しみにしています。

4Gamer:
 川上さんは,今回はどんなテーマを想定しているんですか? もしかして,ネット選挙とかそういう?

川上氏:
 いえいえ。今日は,最近「気鋭のジャーナリスト」としてブイブイ言わせている津田さんが,実は単なる廃ゲーマーでしかないってことを証明してやりたいなと思って。「津田大介に,偉そうに世の中にもの申す資格はない!」と,そんな結論を目指して議論していきたいと思います。

津田氏:
 えええっ!? 聞いてないですよ!

川上氏:
 だから4Gamer読者の皆さん,ごめんなさい。今日は“良い話”や“ためになる話”はまったくありません。

津田氏:
 いやいやいや,そんなことないですって。ちゃんと僕,“良い話”もたくさんできると思います。

川上氏:
 ありません!

4Gamer:
 そもそも,津田さんって本当にゲーマーだったんですか?

津田氏:
 最近は,さすがにあんまり遊ばなくなりましたけど,昔はかなり遊んでましたね……。というか,人生の前半を振り返るとゲームしかやってないです。学校をサボって本当にずっとゲームばかりしてた時期もありましたし。社会人――というか,ライターになってからはゲーム雑誌に寄稿してたこともあるんですよ。駆け出しのころ,角川書店の「コンプティーク」や,「ファンタジェンヌ」というエロゲー雑誌で攻略記事を何度か書きました。

川上氏:
 最初に触れたゲームはなんだったんですか?

津田氏:
 最初は,70年代後半のそれこそ「インベーダー」とか「ブロックくずし」が原点ですね。昔って銭湯とか街のいろいろな場所にゲーム機が置いてあったじゃないですか。だから,「コーヒー牛乳飲む?」って親から渡された100円玉で,僕はコーヒー牛乳は飲まずに「インベーダー」や「パックマン」,「ギャラクシアン」とかをやってたんですよ。

川上氏:
 ああ,あったあった。懐かしいですねぇ(笑)。

4Gamer:
 んん,津田さんっておいくつでしたっけ。

津田氏:
 僕は1973年生まれですから,今年の11月で40歳です。

川上氏:
 あれ。インベーダーって,確か僕が小学生の時()だから……。

※川上氏は1968年生まれ

津田氏:
 ええ。ですから,まだ僕が小学生にもなってない頃ですよ。保育園児の頃ですね。そのときに初めてゲームというものに触れて。インベーダーから入って,その後は「ギャラガ」をやりまくるみたいなね。そういう感じでした。

川上氏:
 不良園児ですね(笑)。

津田氏:
 僕の実家は,東京の北区だったんですけど,家のちょうど裏側にその銭湯があって,ちょっと離れたところには,ゲーム機が置いてある駄菓子屋さんがあったんですね。で,銭湯に行かないときは,その駄菓子屋さんにいって,やっぱりゲームを遊んでた。

4Gamer:
 駄菓子屋さんでゲームっていうのも,懐かしい光景ですよね。

川上氏:
 鉄板だよねぇ。

津田氏:
 僕らが子供の頃って,東京にもまだたくさん駄菓子屋さんがあったんですね。ゲームセンターでは100円のゲームが,駄菓子屋さんなら10円とか20円で遊べた。だから,よく通っていたんです。僕らの地元の北区滝野川3丁目には,とある小さな坂の上と下の両方に駄菓子屋さんがあって。どちらもおばあちゃんが経営してて,ババアがやってる駄菓子屋ということで,通称「上ババ」「下ババ」って呼ばれたんですね。ちなみに僕は下ババ派でした(笑)。なので,小学校低学年のときはもっぱら地元に複数あった駄菓子屋をめぐって安いゲームをプレイする感じでした。

川上氏:
 そういう話はなんかいいよねぇ。ある種の郷愁が感じられて。

ハイスコアガール」の作者として知られる漫画家・押切蓮介氏の「ピコピコ少年」は,1980〜1990年代のゲーム少年の姿を描いた自伝的ゲーム青春グラフィティ。当時“ピコピコ少年”だった人には一読の価値あり
津田氏:
 その後,僕が小学生3年生のとき(1983年)に任天堂からファミリーコンピュータが発売されるんですけれど,今でも印象に残っているのが,小学校1〜2年生までと,ファミコンが出た後とで,小学生の遊び方がガラっと変わったってことなんですよ。

川上氏:
 ファミコンがはやる前の世代って,アナログな遊びが主流でしたからね。遊びがデジタルに切り替わったのは,確かにファミコンあたりが境目になるのかも。

津田氏:
 ファミコン以前の頃は,鬼ごっこやドロケー,缶蹴り,ゴム飛び――みたいな感じでしたからね。当時は,そういう遊びをやりながらも「なんかつまんねーな」と思ってました。

川上氏:
 つまんなかったんだ(笑)。

津田氏:
 つまんなかったんです。だから,ファミコンが出たら今度はそっちに飛びついて。でも,最初の頃は,みんながファミコンを持ってるわけじゃなくて。最初は僕も買ってもらえなかったから,小学校のクラスメイトの家に遊びに行ってました。

4Gamer:
 たくさんカセット持ってるお金持ちの子の家にみんな集まる的な。

川上氏:
 それもよく見た光景ですよねぇ。

津田氏:
 あの頃は,ファミコンが欲しすぎて。でも,うちはあまり裕福な家じゃなかったからファミコン本体は買ってもらえなかった。なので,誕生日プレゼントでカセットだけ買ってもらうという荒技に出ました。そういう子供でした(苦笑)。

川上氏:
 あはは。

津田氏:
 最初に買ってもらったファミコンのカセットは,タイトーの「エレベーターアクション」ですね。で,小学5年生の誕生日にようやくファミコン本体を買ってもらえることになって,そのとき僕がリクエストしたのがポニーキャニオンから出てた「おにゃんこTOWN」っていうクソゲーでした。これは「平安京エイリアン」を30倍ぐらい駄目にしたようなゲームなんですけど,その二つを持って,よく友達の家に遊びにいってたんですよね。あとは,ジャレコの「フィールドコンバット」とかも買ってもらったかな。


最初に買ったゲーム機は「セガ・マークIII」


津田氏:
 そんな小学生時代を送っていたわけですけど,ファミコンを買ってもらう小学5年生と同時期に新たな人生の転機が訪れるんです。

川上氏:
 ほう。それは?

津田氏:
 いや,クラスの友達から「ゲーセンに行こうぜ!」って誘われたんですよ(笑)。でも当時,ゲーセンって本当に怖い場所だったじゃないですか。今みたいな明るい雰囲気じゃなくて。暗くて,怖くて,不良のたまり場みたいな感じだった。

川上氏:
 ほんとそうだよね。行っちゃいけない感じがあった。

津田氏:
 実際,かつて僕の実家のすぐ近くに東京都立王子工業高校という,生徒に暴走族がたくさんいるような荒れてた工業高校がありまして。その近くに「ゴリラ」というゲーセンがあったんです。「ゴリラ」はその学生たちのたまり場だった。だから,実家からは一番近いゲーセンなんですけど,そこは怖くて行けなかったのでちょっと遠出をして,京浜東北線王子駅の近くにある飛鳥山公園の向かいにある,「ポパイ」っていうゲームセンターまで遠征したんですね。

4Gamer:
 なんだか,当時の情景が目に浮かびます。

津田氏:
 そこで! 僕は「パックランド」と出会ってしまうんですね! いやー,初めてパックランドを遊んだときの衝撃といったら……。ほんと「世の中にこんなに面白いゲームがあるのか!」って感じで「パックランドやべーわ」と子供心に思って,すぐにアーケードゲームの虜になりましたよね。

川上量生氏
川上氏:
 「パックランド」の事をそこまで熱く語る人は初めて見ました(笑)。

津田氏:
 そうですか? まぁ,僕の一番好きなゲームは「ペンゴ」なんですけどね。人生で「あぁ,あのときは幸せだったな」と思える瞬間ってそこまで多くないじゃないですか。僕には今でも覚えている幸せな瞬間ってのがあるんです。
 王子駅のすぐそばにはマクドナルドがあるんですが,昔はその横がミニ遊園地みたいになってたんですね。小学生時代のある夏,めっちゃ猛暑でそこに置いてあった「ペンゴ」が暑さのせいで熱暴走して,ずっとお金を入れなくてもクレジットが増え続けるバグを起こしている場面に遭遇したんです!
 でもゲームは普通にプレーできたので,朝から晩までずっとフリープレイでペンゴをやってましたね。僕,あんま小学生時代の記憶がないんですけど,あれは小学生時代で一番幸せな記憶だったかもしれないな……。

川上氏:
 へえー。

津田氏:
 僕は基本的にマゾゲーのアクションゲームが好きなんです。だから他に好きなゲームを挙げろと言われると,例えばファミコンだったら,「スペランカー」とか「カイの冒険」とか「ヒットラーの復活」とか,あのあたりなんですよね。

4Gamer:
 「カイの冒険」とは,また渋いところを。

津田氏:
 いや渋くないですよ。 まごうことなき名作です! あれは「ゼビウス」や「ドルアーガの塔」を作った遠藤雅伸さんの作品じゃないですか!

川上氏:
 「ドルアーガの塔」は本当に面白かったよねぇ。

津田氏:
 「カイの冒険」は,その「ドルアーガの塔」のヒロインである「カイ」が主人公のアクションゲームで,要するに「ドルアーガの塔・エピソード0」なんですよ。ゲーム的には「スペランカー」みたいなアクションゲームなんですけど,基本的に理不尽さしか感じられないすばらしいゲームでした。

4Gamer:
 あー,普通にしゃがんだりできないのは,当時ちょっと,子供心に違和感がありましたよね。

津田氏:
 そうそう。十字キーの下を押してもしゃがめない。だから,敵が吐く火の玉をよけるには,ジャンプするしかない。唯一,天井に頭をぶつけると「イテ」とかいって強制的にしゃがみ状態になるんですけど,一定時間が経つと勝手に立ってしまう。しゃがむために天井に頭ぶつけて進まないといけないというひどいゲームでした。でも,あれはクソゲーではなく,名作だと思います。大学時代くらいまで暇になるとずっと全面クリアとかしてました。

川上氏:
 ちなみに,津田さんがファミコンを買ってもらうときの経緯はどういうものだったんですか?

津田氏:
 そのへんはいろいろな経緯がありまして。というのも,本当に小学校5年生くらいになるとゲームしかやってなくて,でもゲーセンに毎日通えるほどお金あるわけじゃない。
 そんな中で僕が見つけたのは,池袋にある西武百貨店に行くという方法でした。実家から池袋までは,自転車で15分くらいで行けるので,土日の休みになると西武百貨店の――確か9階にマイコンコーナーがあって――そこに行ってましたね。

4Gamer:
 ん,そこって……。

津田氏:
 ええ。そこは任天堂の岩田社長が通っていたパソコン少年たちの「聖地」でもあるんですよね。そこの常連たちがファミコンの初期作品を支えたHAL研究所を立ち上げて,後に岩田さんもそこに入るわけですから,今となっては伝説の場所で。
 僕は,プログラムとかはできなかったので,もっぱらそこでゲームばかりしていた。ファミコンが発売されてからは,マイコンコーナーの近くにゲーム機が売られてるコーナーができて,ファミコンのゲームが無料で遊べたんですよね。

川上氏:
 へー。

「アレックスキッドのミラクルワールド」
(c)SEGA
津田大介の“本性”を見た!――ジャーナリスト津田大介氏がゲストの「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第13回
津田氏:
 そんななかで出会ってしまったのが「セガ・マークIII」なんですよね。その頃,みんなはファミコンに夢中だったんだけど,西武百貨店で触ったマークIIIの「北斗の拳」や「アレックスキッドのミラクルワールド」が面白すぎて。「ファミコンより全然面白いソフトこっちの方があるじゃん!」って言って,マークIIIの方を先にお年玉かなんかで買うんですよ。で,「クラスのみんなスーパーマリオに夢中になってるけど,アレックスキッドの方が全然すげーから!」みたいに一人悦に入ってました。痛い小学生でしたね。

川上氏:
 セガ・マークIIIですか。確かにあれ,「北斗の拳」だけは妙に楽しかったな。

津田氏:
 「北斗の拳」はめっちゃやりましたね。「アレックスキッドのミラクルワールド」も「カイの冒険」とかと似てたマゾゲーテイスト高いアクションゲームでしたが,名作ですよ。マークIIIは大好きなハードで,その後もずっと遊ぶんですけど,結局はタイトルのバラエティが全然足りなくて,あとでファミコン買ってもらいました。

川上氏:
 現実を見据えての選択をしたと(笑)。

津田氏:
 そうですね。現実と妥協してファミコンを買って……。でも,ファミコンもたくさんやったなぁ。それで僕は中学生になるんですが,中学生になると同時に「ドラゴンクエスト」が発売されたんです。あれをクリアした時の情景の話がしたい。

4Gamer:
 クリアした時の情景?

津田氏:
 いや,子供の頃って,ゲームをやってると「ゲームばかりやってないで勉強しなさい!」とか親に怒られて,思う存分プレイできなかったじゃないですか。今と違ってテレビは1人1台の時代じゃないから,リビングのテレビを占有しちゃうという問題もあったし。

4Gamer:
 はいはい。

津田氏:
 だけど,あまりにもドラクエがやりたくてやりたくて,どうすれば誰にも文句も言われず死ぬほどゲームができるか考えていたら,ある時,僕は気づいたんです。「リビングを占有して迷惑がかかる時間帯にゲームをやるから文句を言われるんだ。しかし,朝4時とかに早起きしてゲームをすれば,そもそも親は寝てるし何も言われないんじゃないか」と。世界の真実にたどり着いたんですね。「これだっ!」みたいな(笑)。

一同:
 (笑)。

津田氏:
 普段寝坊がちな僕が翌朝から毎朝4時起きですよ。その代わり,学校の授業は一日中寝てました(笑)。加えて,学校では全然勉強しないで「火吹山の魔法使い」とか「盗賊都市」とか,あるいは「ドラゴンスレイヤー」などのゲームブックばかり買って読んでました。「ドラゴンスレイヤー」はめっちゃ面白かったけど,誤植があったのか,途中から先に進めなかったというトラウマが自分にはあるんですけど……。
 まぁ,ドラクエに話を戻すと,僕はゲームは好きなんだけど,RPGのレベル上げみたいな単純作業はあまり好きじゃないんですね。だから,割と低いレベル――確かレベル19――で,ある日,ラスボスの「竜王」に挑戦したんです。

川上氏:
 レベル19だと,結構厳しいですよね。

津田氏:
 はい。何度も何度も竜王に負けたんですけど,ある朝,かなりの接戦になって,ギリギリ竜王を打ち倒すことができた。「やったー! 倒した!」って感動に打ち震えていて,エンディングが始まった時にちょうど夜が空けて,朝日の光がカーテンの隙間からすーっと差してきて。光がふわーみたいな。あれは僕が今までゲームをやってきたなかで一番感動した瞬間です。あの神々しい風景を僕は一生忘れることはないでしょうね。

川上氏:
 もう,自然が演出してくれたみたいな(笑)。

津田氏:
 いつか堀井雄二さんに会うことがあったら,この話を伝えたいなぁ……。

 
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