国主導のデジタル金融がリープフロッグで先進国を追い抜き,日本製品には価格が数倍に跳ね上がってなお売れる巨大な需要がある。
IVS2026で行われたセッション「Brazil Unlocked: Why Latin America's Largest Market Is the Next Frontier for Japanese Capital and Japanese Startups」では,現地に根差す投資家と起業家が,その「美しい歪み」の正体と攻略法を語った。
ゲームメディアがなぜ投資セッションを,と思われるかもしれない。だがブラジルは,4Gamerがgamescom latamの取材で足を運ぶ地であり,「Free Fire」をはじめ,数多のタイトルが熱狂的に遊ばれているeスポーツ大国でもある。市場としての巨大さは,ゲーム産業の肌感覚とも地続きだ。だからこそ,この国の商機の全体像は押さえておいて損はない。
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登壇したのは4名。Headline Brazilのマネージングパートナーで,1998年にブラジル初期のEC事業(同国版「価格.com」に当たるBuscape)を立ち上げた“レジェンド起業家”Romero Rodrigues氏。
2012年から現地に住み,2014年にベンチャーキャピタルを立ち上げたB Venture Capital(BVC)ジェネラルパートナーの中山 充氏。
そして日本に親会社,ブラジルに子会社を置くグローバルスタートアップAndesの創業者兼CEO,藤田 徹(テツ・ルーカス藤田)氏だ。モデレーターはSGgrow代表の眞下弘和氏が務めた。
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Rodrigues氏がまず示したのは,人口2億1000万人という規模である。日本より約7割多い人口を抱え,非効率が山ほど残る大陸国家。GDPは日本の約半分だが,中山氏によればラテンアメリカ全体では日本の1.5倍に達し,アフリカ全体を足しても届かない値だという。
1人当たりGDPは1万ドル水準で,これはASEANの2倍,インドの4倍,アフリカの6倍。すでに市場のベースが整っている国だと考えてよい。
興味深いのは,金融の“進化しすぎ”ぶりだ。1980〜90年代に年率最大3000%というハイパーインフレを経験したこの国では,1日でも現金を寝かせると金利で目減りする。人々が金利を負担する余力を持てなかった結果,逆説的に世界屈指の高度な金融システムが育った。
中央銀行が主導して決済インフラ「Pix」を構築し,銀行間送金の手数料を無料化。治安の悪さゆえ,現金を持つこと自体がリスクとなる事情も後押しし,水1本の購入すらキャッシュレスで完結する社会になった。
その象徴が,世界最大級のデジタルバンク「Nubank」だ。創業からわずか8年で時価総額5兆円規模で上場し,現在は10兆円規模へ。しかも売上の約9割はいまだブラジル国内が占めるというのだから,単一市場としての底の深さが分かる。
公共交通は脆弱でもUberやAirbnbが当たり前。Netflixはアメリカに次ぐ規模――生活基盤がまるごとデジタルに載っているのだ。
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ただし,この進みすぎた独自のエコシステムはそのまま高い参入障壁になると,中山氏は同じ大国メキシコと対比してみせた。
メキシコは海外からの受託生産に最適化された社会で参入は容易だが,入った瞬間にグローバル競争へ放り込まれる。対してブラジルは,独自の金融・税制で市場が回っているぶん参入は難しいが,一度食い込めば外からの競合が入りにくく,安定したポジションを築ける。
Rodrigues氏のいう“壁に囲まれた庭”は,現地勢にとっては一種のセーフティにほかならない。
しかもこの国は地域のなかで特別な位置を占める。コロンビアやチリ発のスタートアップはユニコーンになるべく,ブラジルへの進出をほぼ避けられない一方,ブラジル発ならば国内にとどまっても十分な規模を得られる。Rodrigues氏はこれを,「地域制覇に向けて丘の頂に立つようなものだ」と表現した。
起業家の顔ぶれも激変した。中山氏が始めた2014年当時,VCの年間投資額は約400億円にすぎなかった。それが2021年には1兆円超のピークを迎え,現在は年間3000億円規模(およそ20億ドル)で推移している。米国と連動したサイクルを描く,成熟した市場になったわけだ。
注目すべきは,EXITの厚みである。日本がIPO中心なのに対し,ブラジルはM&Aが主体で,年間150〜200件が成立している。
国内には現在およそ20社のユニコーンが存在し,そこで経営や資金調達を実地に学んだ人材が独立するケースが増加。中山氏のファンドでは投資先の約半分が連続起業家で,1000万〜2000万ドル規模の小さな売却を経験し,次は桁違いの挑戦を狙う層だという。
買い手も多様だ。Naspers(Prosus)のような海外テックに加え,ブラジル発の巨大テック,DXを求める地元企業,そしてVisaやMastercardといった国際金融大手までもが決済インフラ企業を買いに動く。
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ここからが,ゲーム業界の読者にも通じる話だ。
ブラジルには,世界に約500万人いる日系人のうち,約6割にあたる約300万人が住む。世界で最も日系人が多い国であり,サンパウロの「リベルダージ」は原宿・竹下通りを思わせる密度で,日系人のみならず現地ブラジル人が日本食や日本製品を求めて集まる。
寿司レストランの数は,ピザに次いで2番目――シュラスコ(伝統肉料理)より多いという。Netflix経由の韓流・和ドラマ人気が,東アジア文化への関心をさらに押し上げてもいるそうだ。
これほどの需要がありながら,日系大手で本格参入できているのはダイソーやすき家など数えるほど。あのユニクロですら撤退した市場だ。藤田氏はこの需給の落差を「美しい歪み」と呼ぶ。日本のドン・キホーテで500円の整髪料が現地では3000円,約6倍で売れる。
日本では100円ショップの消耗品扱いのダイソー製品も,現地では“信頼できる高品質な日本ブランド”としてプレミアム価格で買われていく。サンパウロ中心部のランチが約2500円,整髪料が1200〜1500円という物価高もあり,日本製品は「品質のわりに割安」な選択肢に映るのだ。
ではなぜ供給が追いつかないのか? 中山氏いわく,遠隔地の面倒な通関・物流をこなせるのは総合商社だが,彼らは三桁ミリオンドル規模以上の案件でなければ動かない。単品では小さくとも束ねれば莫大になる細かな流通が,まるごと未開拓のまま放置されている。
そこへ中国勢のTemuやSheinが安さで攻め込んでいるが,品質面では日本ブランドに分があるというのが,現地ユーザーの声だという。
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その歪みを突くのが,日系ブラジル人の親を持つ藤田氏だ。
24歳の同氏は,市場選定で最重要となるファウンダーズ・マーケット・フィットを,日本×ブラジルという自らのルーツに見いだした。ブラジルはeスポーツや物流,宇宙開発まで大きな市場を抱えるが,二つの国にまたがる自身の強みを最も生かせるのは越境コマースだと見て,この領域に張った。
父はかつて,日本円にして5000円ほどを握りしめてブラジルから日本へ出稼ぎに来た人物だという。その地で母と出会って生まれたのが藤田氏で,日本とブラジルの双方に軸足を持つ生い立ちそのものが,事業の原点になった。ラテンアメリカとアジアという地球の反対側同士を,1万8000kmの距離を感じさせない一つの経済圏へ。それが同氏の掲げるビジョンだ。
ブラジルの難しさは,すべてが「変数」でできている点にあると藤田氏は説く。商品1点にかかる関税は時に60%に達し,税制も頻繁に変わるため,現地のプロですら全容を100%把握できない。
Andesはこの変数をAIで一つずつ定数へと変換し,日本からブラジルへの円滑なEC流通を成立させている。ECはサイトを作れば済むものではなく,むしろインフラ側の作り込みが勝負なのだという。
同社の視線はさらに先の「エージェンティックコマース」に向く。従来のECは商品データを二次元のテーブルで管理するが,ChatGPTやClaudeといった生成AIエージェントが,ユーザーの抽象的な要望を的確に汲むには不十分だ。そこでAndesは商品1点ずつを,AIが意味を捉えるための数値の並び――「ベクトル」と呼ばれる1000次元規模(一部は1500次元ほど)の表現へと変換している。
人間が眺める表ではなく,AIが意味の近さで検索・照合できる形に,商品情報そのものを作り替えているわけだ。これが回り出せば,ユーザーがふわっと話すだけで最適な商品にたどり着く次世代ECが見えてくる。
組織運営も徹底してAIネイティブだ。1〜2か月前はエンジニア約10名を含む17名の陣容だったが,開発のAIネイティブ化を進めた結果,いまやエンジニアは1名のみ。しかもその1名は元・非エンジニアで,プロダクトを構造化・言語化してAIに読み込ませることで開発を回している。
その結果,人件費よりもAPIトークン代のほうが高くつく,というのが現状らしい。加えて,購入ユーザーの約8割が分割払いを望むブラジルでは,ECを起点に独自の分割払いを提供する“楽天モデル”のフィンテック展開が,巨大な機会として横たわっている。
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投資家2人が挙げた有望領域は,いずれも「非効率をAIで潰す」方向で一致していた。
第1は,B2B向けの埋め込み型金融だ。ブラジルは公定歩合(14.25%)と市中金利の差が世界一大きい。中山氏の投資先には歯科治療ローンを年利40%で提供する企業もあり,貸し倒れを差し引いても粗利25%を確保できるという高収益市場だという。
決済や大手向けB2Cは決着済みだが,特定業種に埋め込まれたニッチ金融には,まだ莫大な余地が残る。
第2は,人を雇わずに済ませるためのB2BバーティカルAIだ。ブラジルは労働組合が強く,とにかく労働者が手厚く守られている。1年働かせれば翌年は10%昇給させねばならず,毎年1か月の有給を与えたうえ,その休業中の給与はなぜか1.3倍。
さらに最低1か月分のボーナスも義務で,退職者から残業代未払いや休暇中の労働などを理由に訴えられるリスクも高い。
要するに経営者にとって採用は,もっとも避けたい行為なのだ。SaaSが行き渡る前にAI時代が到来したため,企業は一足飛びに省人化を求める。導入支援やスイッチングコストの高いB2Bは現地対応が必須で,勝機が大きいというわけだ。
第3は物流である。国土にヨーロッパ全体が収まるほど広く,州をまたげば煩雑なインボイス問題が生じ,ラストワンマイルの「ワンマイル」が何マイルにもなる。配送の組み合わせをAIで最適化するだけで,コストが半減する余地がある。Rodrigues氏はこれに加え,赤字体質で不正も多いヘルスケアを,AIが効率化しうる有望分野として挙げていた。
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最後に,参入の具体策が語られた。
藤田氏が実践するのはLinkedInを使ったトップアプローチだ。ブラジルはビジネスパーソンでLinkedInを使っていない人を探すほうが難しいほど普及率が高く,アプローチ先の経営層から平社員まで片端からメッセージを送る。移民国家ゆえか現地の人々は懐が深く,見ず知らずの相手でも意外なほど気軽に会ってくれ,市場解像度がぐっと上がるという。
消費者行動の違いにも注意がいる。中山氏が挙げたのはDAZNの例だ。日本ではスポーツ大会の独占配信後も約25%が契約を維持するのに対し,同じ施策をブラジルで打つと,大会終了と同時に全員が解約したという。単発で引き込むのではなく,継続的に価値を届け,現地の経済感覚に合わせた価格設計とプロモーションを組む必要がある。
そしてRodrigues氏と中山氏がそろって説いたのが,時間軸だ。まずは直接投資に飛び込まず,市場を熟知したファンドと組んで共同投資から入り,学びながら直接投資へ進む。事業なら現地の営業レップを雇うか強力なパートナーと提携し,営業体制を固める。
「3年で結果を」といわれれば厳しいが,10年計画で試行錯誤を重ねる覚悟があれば,それを受け止めるだけの巨大な胃袋がこの国にはある。現地で苦労を重ねてきた日系の先輩経営者や,根を張るVCを頼るのが,最も確実な近道なのだろう。ブラジル市場攻略の鍵は,スピードよりも腰の据わった長期のコミットメントにありそうだ。

















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